シン・カルナ・チャル・ステーシア

第二十一章「オセロ」




チャルダーシュの家

「はい、これ。分析のけっかね」
チャルダーシュは浅黒い肌をもつ賢人の素質を宿す若い女性に報告書を手渡した。
長生きのエルフにはそんな仕事が頼まれることもある。単なる物質の分析ではなく、それに加えての史学的な・・・たまたまこのエルフが見知っていれば実際の使用方法・・・・・本位の具合・バランスが分かることもある。
だから、この若い女性が最初に目を通すのもラストの「ちゃるだーしゅの感想コーナー」の欄だった。のんきそうな外見に反して、文章から剣がグサグサと湧き出してくるほどに正確で激越な「事実」。人間ではないが、人間がそれほど嫌いではない・・・エルフとしては極上の宝石のように珍しい・・・彼女にしてみればたまらん使用方法をされていたらしい。

それは・・・・鋳造貨だった。

発行年月 発行者、形状、単位、量目、純分、発行数量、銘文、意匠、機能、芸術的価値・・・などなど、とても依頼者が埋まらないだろうと思っていた箇所まで。

エレクトロン(琥珀金鋳貨)。西方で発掘された大昔のお金。メタノイというとっくに滅んだ帝国のお金だ。表と裏に人の姿が彫られている。表に皇帝、裏に奴隷。
表にして出すか裏にして出すか、それで価値が変わった、という貨幣学、経済史学上でも異端とされているお金だった。
最初は奴隷の姿だけ彫られていた、とはチャルダーシュの報告書にある。

長命で人間(じんかん)の巷にあるチャルダーシュでなければ、こんなことを知っているわけもない。

こんなことをチャルダーシュに依頼した浅黒い肌の若い女性は、セルフィア造幣貨幣局のオセロという。あと二十年もすれば大陸で名を響かす大富豪になる。
だが、今は下っ端の役人のひとりにすぎない。だからこんな時間があるのだが。

「一定の権威者により特定の金属にその価値を保証する刻印を押したものが貨幣の定義とするなら、帝王の刻印というのは珍しくもないわけですが、奴隷の刻印というものは珍しいですね。これが表裏面による価値の変化と何か関連があるのでしょうか」

「べつにそれはないわー。メタノイって国は、っていうか代々の皇帝さまは土木工事が大好きだったからね。ほとんど残ってないけど。その時に大量の奴隷が徴用されたの。
そのときの名残だよ。
たとえば、これは昔、長老に聞いたんだけど、まだあなたたちが貝殻とか鳥の羽とか鮫の歯とかタバコとかをお金にしていたときも、べつに頻繁に取引されていたってわけじゃないでしょ。どっちかというと宗教的な、社会的な慣習、それがどんなヘンテコなものでも、それに従って使い続けている・・・そんなもんでしょ」

そこまで話を遡られても常人としては困るものがあるが、オセロは座っている。

「だいたい、それを珍しがるけど、今のゴルビーとかシルビーとかドルピーとかエンイェンとか、食べられるわけでもない、身を飾ることくらいにしか使い用のない金属を有り難がっているのもおかしな話だけどねえ。きっと後世の人間は笑うわ」

「まだまだ鋳造貨幣は・・・金属主義は続くと思います。もっと文化が混じり合い、中原の経済世界が流動的にならなければ。まだ硬くて重い金属で十分です。大体その呼び名からして・・・重量の単位なのですからね。その名と金銀比率は・・・当分、チャルさんの孫子の代まで変わらないと思いますよ」

「お金の魔力かあ・・・・。そういえば、グルダルカ・ギィドって知ってる?」
行儀のあまりよくないエルフはうーん、と客の目の前で背伸びをしてからそんなことを聞いた。
「ええ・・。名前だけは」


グルダルカ・ギィド・・・・・・人間の国。だが、道具を持たず、自らの肉体を変化させてその代わりとしてきた風変わりな道を辿ってきた民族。その姿はすでに他国の人間とはかけ離れて、端的にいえば「怪物」に見える。
向こうに云わせると、布きれに身をいつも包み、道具がなければ何も出来ない・・・・・せいぜい出来るのは呼吸と生殖だけ・・・体温の保温さえしかねる、というのは、とても元は同じ種族だとは思えない「貧弱な」生物に見えるらしいが・・・・。
当然、大陸の歴史からは除外されたような形になっている。侵さず侵されず。
昔よりどんな暴君でもそこを侵略しようとする者はいなかった。・・・・ほとんど。

チャルダーシュはそこに旅行したことがあるらしい。

「そこのお金ってなんだと思う?」