闇の中に蒼い輝きがある・・・・・・
 
 
それは、天の川の西の岸にあるチュンセ童子とポンセ童子という双子のお星様の住む水晶でできた小さなお宮・・・・ではなく。
 
 
コンフォート17マンション
 
 
闇の中に蒼い瞳が開かれる。惣流アスカの覚醒。ベッドの上にいるのは皮膚感覚が教えるが、明かりのない薄闇の中、自分が今どんな格好をしているのか、気づくのにすこしかかる。その異様さに。日本で着ることなどまず無いギルジャケットに・・・・・ブーツ。あー、靴のまま寝てた・・・・・それもまあ、こんな山野荒地用のやつを・・・・そこまで確認して、はた、と。
 
 
自分がなぜここにいるのか・・・・・・
 
 
いや、ここが自分ちであるのは認識しているが・・・・格好はどう見ても、靴履きも考慮にいれて、外歩きなのだが・・・・・家から外に出ていたのは間違いないのだけれど・・・・「どうやって帰ってきたんだっけ・・・・・というか」なんで外に出ることになったのか・・・・・それがどうもうまく結びつかない。時計を見る・・・・深夜。ずっと寝ていたのか、靴も抜かずにベッドに寝ころんでそのまま眠っていた・・・・・おかしい。
いくらなんでもそこまでやれば、ミサトかシンジが注意するはず・・・・ここは日本だと。
 
 
とりあえず、ブーツを脱ぎ、ジャケットも脱ぐ。
 
 
・・・・ということは、そのミサトもシンジも、いないのか。それとも自分が1人で出歩いていて二人が眠った後に帰ってそのまま疲れてつっぷして自分の部屋で意識不明・・・・とか残業サラリーマンみたいなことをやったのか・・・・ちょっと考えられない。
 
 
すまないとは思いつつ、家を探検。葛城ミサトも・・・・・碇シンジも・・・・・いない。いるのはペンペンだけだ。書き置きの類もない・・・・・・・・家の中がずいぶんと涼しく感じる・・・・ジャケットを脱いだせいでもあるまいが。なんであんな格好で寝てたのか説明してほしいだけなのに。自分でギル時代を思い返して姿見の前でファッションショーをやってたわけもない。冷蔵庫からジュースをとりだして、飲んでみる。少し落ち着こう・・・・ごくごくごく・・・・・・・・ごくごくごく・・・・・・・「待てよ?」
 
 
深夜に二人が留守ということで考えられるのは・・・・・・・・「使徒来襲?」
 
 
これくらいしかないではないか。いや、もうミサトは帰ってきてるんだったっけ・・・・
そのあたりから記憶が曖昧になっている。シンジが夜中出かけている理由がそれくらいしかないというだけで・・・・・・「シンジ?」・・・・は朝にはいた・・・・けど、昼には?夕方には?どうだったか・・・・ジュースをコップに再び注ぎ・・・・
 
 
・・・・・ごくごくごく・・・・・・このところ眠ってばかりだから記憶が曖昧なのだ
二人と最後に顔合わせたのは・・・それぞれいつのことだったか・・・・「うーん・・・」
 
ちょっと薬が効きすぎているのではないか。こんなにぼんやりするなんて。
 
 
じっと左手を見る。火傷の手を。じっと。何か、思い出しそうになる・・・・・そうだ。
 
 
これ以上ない、何より確かな手がかり。
 
 
火。炎。火炎。そこから記憶を再現しようとした・・・・・・その時。
 
 
 
「”そこまで”」
 
 
惣流アスカ当人が、停止させた。それは端から見れば奇妙な光景。しかしペンぺンも寝ているから誰も目撃するものはない。それは約定の内、約束の外。コップに映る蒼い瞳の姿同じく。
 
 
ラングレーである。
 
 
確かに碇シンジは約束を守った。念炎能力の治療。赤い瞳のあの女は認めたくないが認めてやる、たいした手際で、再起不能かもと内心恐れていた炎をあっけなく蘇らせた・・・あれほどの能力は欧州全域探してもおるまい・・・・そのやり方はまあ、別としてだ・・・・都合良くアスカも気絶したし・・・・思い返したくない・・・・ほんとにあれは同じ女なんだろうな・・・・うーむ・・・・、ま、まあ忘れよう。どう説得したものか、こちらを危険視しているだろうあの赤目に治療させた、という事実、約束の履行は確かに認めてやらねばなるまいし、応えねばなるまい。ここで、下手な事実を無防備に思い返してしまって精神崩壊でもされて、アスカが表に出られなくなれば、それはそれで都合はいいが、約束は守れなくなる。・・・・・あいつがどんな報復手段にでるか・・・・・どんな顔をするか・・・・泣きはしないだろうか・・・・そんなことを思うと、厄介だ。ゆえに介入する。
楽そうに聞こえたが、存外、面倒な縛りになったのかもしれない・・・・・あのバカ
 
 
まあ、あのバカが”あそこ”から二度と帰ってこなければ、大手をふってこっちが表に出られるわけだが・・・。ラングレーは外の世界、輝く鉾が屹立する都市を見やる。
その蒼は深く、期待も嘲笑も敵意も悪意も、外からはうかがえない。二人の関係上、確かにそれらは内包されてはいるはずなのだが。沈潜している。今は、誰にも何の遠慮は要らないはずだが。
 
 
「アスカは銀鉄のことを忘れているし・・・・・・さて、これからどうするか・・・久しぶりに弐号機でもかまいにいこうか」
それが切符をもたないせいなのか、もとより耐性がないせいなのか、代わりに自分が覚えているからか、それとも置いてかれたのかそんなにショックなのか、とにかくアスカは銀鉄でのことを一切覚えていない。ラングレーにとっては困りもしないので別にいいのだが。
問題はこれからどう動くか、だ。碇シンジの奴が二度と戻れないように弐号機であの鉾を燃やしてやってもいいし、このままサボって寝ててもいい・・・特別サービスとして鈴原トウジたち、あれらの様子を見にいってやってもいい・・・。だが、一類の赤目が零号機を離れ、現在この都市に稼働するエヴァが参号機、という状況は・・・・・・ギルの黒羅羅明暗が搭乗する参号機のみ、という現状は・・・・・・よからぬ考えをもつ獣たちには絶好の機会。下手をすると火事場泥棒、あれよあれよと骨まで囓られる羽目になるだろう。これに合わせて使徒の来襲の可能性・・・・すべからくこの世は敵だらけ。
 
 
 
のよ〜のよ〜
 
猫にしては奇妙な鳴き声が、ベランダから聞こえてきた。敵意は、感じられない。ついでにいうと、覇気も可愛さも。どこかで聞いたような・・・・
 
 
行ってみると、デブ猫が、いた。なぜか夜なのに目が糸目のままの奇妙なデブ猫だ。
もちろん、見覚えがある。その足下に一枚の紙切れが。
 
”渡すの忘れたから、わざわざ運んできたのよ〜”と云っているような。
”ごほうびほしいのよ〜なんかほしいのよ〜余った折り詰めのお寿司でいいのよ〜”とかずーずーしいこと云ってるような。
 
 
「はあ?あのバカ、切符は持っていったんでしょうに。まさか不足運賃の請求書?」
他に用事はなさそうだ。この巨体でこのなまけものがわざわざやってきたのは。
 
 
のよ〜のよ〜
こういう返答には意味がない猫鳴き。まったくこの車掌は・・・・・
焼いてやろうかとも思ったが、そんな真面目に対応するのが馬鹿らしくなる鳴き声だから。
 
 
「ふん・・・・・」
ラングレーは紙切れを拾った。見て蒼い瞳が片方、細くなる。
 
 
 
銀鉄遅延証明書
 
 
と、そうある。ちゃんと地球の言語で、というか日本漢字語で。どういうことか読み進んでみると、基本的には「適正代金を払いながら目的地へ到達できなかったことへの詫び」であるが、その最後のへんにとんでもないことが記されてあった。「運行の不都合が無事解消された後、これをもつ客側の都合が良い日時に駅に立てば希望した銀鉄が迎えにくる」
 
・・・・早い話が優遇タダ券である。それも超がつく。さすが銀鉄。
 
 
のよ〜のよ〜
どんなもんだと、デブ猫が見上げているような気がした。てめえの手柄じゃあるまいが。
ちなみに、目の前の蒼い瞳の少女が自分の乗客と同一人物だと疑ってもいない。
 
 
最後の最後にヤニの直筆か、猫の手では苦労して記したらしい、
「もし、オレたちの列車を呼ぶときは・・・・・お前の考えた名前を呼ぶがいい」と一筆。
「無論、指名自体は望んでいないが」とつけ加えて。
それまで命名化の儀式を行わないのだとしても・・・・・ヤニらしい、というべきか。
 
 
「・・・・・・・」
ラングレーは黙って冷蔵庫をあさり、残っていた出前ものなどを全部、大きめのビニール袋にいれてデブ猫・・・・マサムネにくれてやる。適当に詰めたからもう手の使えない立って歩いたりしない、猫にどうかできる量ではないが、それでも
 
 
うれしいのよ〜!ありがとうなのよ〜!働いたあとはごはんがおいしいのよ〜!!
大喜びしてそれらをくわえてベランダからあの巨体が飛んで消えた。ちょうどマンションの前に止まっていた車のボンネットを派手に凹まして逃げていった。しかも食べ物は捨てず。
 
「化け猫・・・・・」
炎魔の乙女・ラングレーをしてそう言わしめたデブ猫はもう見えなくなる。”ああいうやつ”が大丈夫なのに、鈴原トウジたちがどうにかなるわけがない。そこまで不公平な話もなかろう・・・・・。ベランダからわたる夜の風、戦の空気、都市の匂いを嗅ぐ。
 
・・・・なかなかキナ臭いことになっているようだ。現状況は。
遠方だが、大量の敵の陣取りを感じる。それも、通常兵器のか弱さでは、ない。
エヴァで相手をするしかない、絶対領域を侵せる力をもつ、一群。その存在を、感じる。
 
ラングレーの蒼い瞳は人ごとのようにそれを、それらを見ている。
外界である都市と。内面であるアスカとを。
戦闘は望むところだが・・・・・・・・・その前に、やることと選ぶことが
 
 
「これを、どうしようかな」
 
 
銀鉄遅延証明なる、”紙切れ”。こんな夢のおつりみたいなモンをよこされても迷惑だ。
これから、アスカは火や激しい波の中を駆け抜けていかねばならないのだから。
アスカがこれに触れさえすれば、銀鉄での記憶を思い出すことができるのだろう。
 
 
手のひらにある、それを・・・・・・
 
 
「”銀鉄”か・・・・・・・」
 
 
蒼い瞳・・・・・念炎の照準を合わせる・・・・・
 
 
「結局、”あれ”は・・・・・人間の手におえるもんじゃない・・・・・」
 
 
心の中のトリガーを引けば、それで跡形もなく、燃え尽きる・・・・・はず
 
 
「・・・・じゅわっ」
 
 
燃焼音は口だけで。手にある紙切れは燃えてない。「・・・・せっかく復活した炎を使う第一回目がこんな紙切れってのも冴えない話だし」「そのうち燃やすことにして・・・・どっかに隠しておくか」誰に聞かせるわけでもない、かえって内面の自分に聞かせぬために口に外出ししているような感じである。「アスカには見つからない場所・・・・・場所・・・」完全に他人には聞かせられるようなことを云うラングレーである。二重人格である。セカンドチルドレンである。
 
 
「”あそこ”なら・・・・・」いいだろうと、頭の回転が恐ろしく速いラングレーは、限定された家の中でありながら、葛城ミサト、惣流アスカ、それから碇シンジ、これらの者がどう探しても見つかりっこない場所に遅延証明を隠した。
 
 
「さて・・・・・・・・・」
 
 
ここからは、アスカにやらせるか、それとも自分でいってしまうか・・・・・
 
 
ちと迷うところであるが
 
 
エヴァ弐号機パイロット・惣流アスカラングレーはとりあえず、携帯を取り出す。
旅は終わり、この地で戦うために。ひとときの異郷の夢は醒めて、戦闘の日常を呼び込む。
それは、自らの意思。
 
そう、いつもどおりに激しい日常に、帰ってきた。今度は即座に出た相手に、その灼熱の対話にいつもの顔つきに戻っていく・・・・・蒼く、強く輝く瞳・・・・・
 
もはや痛みのない左手の包帯を解いてみれば、火傷は綺麗に完治していた。意識も明瞭、なんの不安要素もない。すぐに出よう。皆が自分を待っている。「ああ、でかける鍵は忘れないで」戸締まりもきちんと忘れない惣流アスカを。