「・・・・・”は、いない”」
 
 
炎名に”その名”をつけることで赤い拳銃は真の姿を顕し真の力を解放する、完全にラングレー専用のものとなる。コーティングされていた機殻が完全に剥がれおち、念炎が銃に刻銘していく・・・・ラングレーの与えたその名は”銃とともに生まれてきた子供”・・・・・のはずだったが、炎の刻銘はそれだけで止まず、否定形が刻まれ完成とした。
 
 
「あぁ!?」
ラングレーが我が炎を疑った。そこで否定形などいれたら、全く凄みがなくなるではないか。”銃とともに生まれてきた子供は、いない”・・・・・・・なんじゃそりゃあ!!。
政府公報のCMじゃあるまいし、そんなフォークソングみたいな名前の武器があるか!!
そのネーミングのかっこ悪さに激怒するラングレーであるが、他の誰がやったわけではない。念炎で焼き刻んだのは、自分なのだ。他の誰がこんなことがやれて、その資格があるというのか。いや、待てよ・・・・
 
 
「アスカ・・・・・」
 
 
身のうちにある防御人格・・・介入可能なのは、神と悪魔を別にすればアスカだけ。
いや、神も悪魔もそんな資格などない!その資格があるのは、この世界にただ1人!!。
神聖この上ない命名権に横槍を入れられてラングレーの怒るまいことか。
 
「・・・・ああああ・・・・」適当に作成され魔王討伐を断念することが決定されているデータ収集用勇者の名ではない、怒りのあまりに言葉など出てこないのだ。
 
 
 
「うがーっ!!!!」
 
 
 
とりあえず空砲のまま、赤塚不二男のマンガにでてくる目のつながったおまわりさんみたいに天に向けて乱射するラングレーである。しかし、それだけで竜号機のつれてきた天風が貫かれてだいぶ弱くなる。銃はすでにその名を受け入れた。改名も変名も許されず、滅びるまでその名において戦っていくことになるだろう。
 
 
だが、その怒りのあまりにラングレーの目が覚めた。最強になるのではない、気に喰わなければたとえそれが最強であろうともぶっとばす、ラングレーのラングレーたる本性を思い出した。それゆえの、人類最後の切り札。かかる惑いにやられているようでは絶望の戦況を逆転などできようもない。・・・・・もともと、そのようなキャラなのだから。
 
 
ただ愛銃をぶっ放したことでストレスが解消できた、という見方もできるが・・・
 
 
ともあれ、脚部に絡みつく光るねば糸は消えていた。
 
 
 
もう、あの蜘蛛の巣のようなべたつく、罠の気配はなくなっている。
自分の周囲だけはなく、第三新東京市全域から、魔笛のようなあの気配が、消えていた。
 
 
それがどうしてなのか、どういうことなのか、考える余裕は、さすがにない。
 
 
「・・・・・・ちょっと、あぶなかった・・・・・わね」
先ほどから頭の中で渦を巻いていたイケイケの破壊衝動はすっかりなりをひそめていた。
戦闘意欲とは似て全く異なったそれは、ここで断線できなければあの鉾の破壊に向けて動いていたのは間違いない。それか、あの竜エヴァにつっかかっていったか・・・・もしや
 
 
向こうはやる気かもしれないが・・・・・・竜と睨み合う。魔弾を斬り落とした化け物。凄まじい圧迫感だ。弐号機がもう立っているのも限界だと囁いてくる。相手は所属不明であり、味方でないなら敵に違いない。・・・・戦るならば、一撃でしとめる必要がある。
それがかなわねば・・・・あの十本刀で三枚におろされて、タタキにでもされるか・・・
 
 
距離が近すぎる。こちらが十全のコンディションでも難しい相手だが・・・不利が過ぎる。
機動限界まで・・・あと25秒。バックドラフト覚悟で拡大増幅した炎念をぶつけてみるか・・・・逆流した炎がこちらの頭を吹き飛ばす確率の方が高いが・・・・・それに
竜って・・・・火を吹くんじゃなかったか?あの鱗めいた装甲は耐火性能も高そうだし。
自爆する趣味はさらさらない。くそ、こんな機体を隠し持ってやがったとは・・・・どこの所属が分からなければスペックも読めない。どこまでやる?こいつは・・・・
 
 
すう・・・・・・
 
 
竜号機の左手、珠のような掴んでいる手がゆっくりと動く。それはなめらかでラングレーにして手をだしかねるほど・・・・戦気を静め落ち着き払い、戦闘行動ではないと知らせるに十分な威厳があった。反射的に銃を撃つこともなく、それを見つめる弐号機。
 
 
ぱああああ・・・・・・
 
珠から、穏やかな光が放たれて周辺を照らし出す。なんとも奇妙な行動だが・・・
 
 
手を出しかねるラングレーの疑問に対する、答えの一つは得られることになった。
 
 
珠の灯りに向かって四つの銀影が静かに飛んでくる。それが何か見知っていながら、それが鳥のように見えたのは、珠の明かりの幻だったのか・・・四つの銀の影、それは
 
 
「折れた・・・・刀・・・・零鳳、初凰・・・・」
 
 
使い手の意思と技のゆえに自滅させられたつがいの刀、使徒斬り日本刀、零鳳、初凰。
それらが、自らを産み鍛えた、使い手とはまた異なる意味の大主のもとへ、今、戻った。
それらを受け取る竜手の動きには、まごうことなき魂注ぎ造ったものへの愛しさがある。
 
 
「アタシがやったわけじゃないからね・・・・いちおう、いっとくけど」
どうせ聞こえるわけでもない、言わぬでもいい言い訳をしてしまうほどに。あの竜に乗っているのは女じゃないかな、となんとなく思った。ただのカンだが。
愛があればそれが侵され害された時には、怒りも憎しみも生じる。それを代替わりにぶつけられてもかなわんな、とは考えた。付け入る隙は今だ、とは思わなかった。そして
 
 
それをやらなくて正解だった。
 
 
劫っ
 
 
かぱっと口を開いた竜号機がそこから火を吐いたのだ。手にした折れた刀たちめがけて。
 
 
どろろ
 
 
どのくらいの熱量なのか、炎を操るラングレーにして一瞬、目が眩んだ。己に従わない火勢の軍団にふいをつかれて、「ちっ・・!」ここで攻撃された日には・・と恐怖とともに急いで視界を取り戻した時、すでに竜の手には新たな、一本の刀があった。二本分ではあるが厚みを増してかなり短くなっている。
 
 
二本の刀を溶かして一本の刀にする・・・・・・・さすがにあっけにとられたラングレーをさらに驚かせる、竜号機からの通信が入った。音声だけのものだが、それだけでも相手の正体の何割かは知れる。・・・まさか中身までも小型の爬虫類、続・時間砲計画よろしく知能あるトカゲが乗ってるわけじゃあるまいよ・・・・たぶん。
 
 
「仮接刀だが・・・・・・”皇卵”と名付く。・・・・くれてやる、鉄砲使い」
 
 
「な・・・・・」
その声は・・・・一応、人間で日本語。凜と冴え、武士の情け、という滅び去ったはずの形容がぴったりくる。亡霊がその機体に乗っているというなら、まだしもぴん、とくるが、その声はどう足しても二十には届くまい。だが、同世代でこれほどの使い手が残っていたのは、信じられないほど。機体と操縦者とこの二つを他機関の目から隠匿しきるのは並大抵のことではない。
 
 
「・・・奴の形見にせよ」
零鳳初凰を一つに溶かして再生した”皇卵”・・・・を弐号機に向けて放り投げると竜は天上に向けて飛び立った。行く先は・・・・・夜に浮かび沈没をはじめている巨大な島、第二支部。その翼で直接乗り込むつもりだ。
 
 
「ま、待て・・・・・・」
弐号機が皇卵を受け取るのと同時に、弐号機の活動限界が来た。ガクリと膝が折れてもう立つことが出来ない。極端な強引チューニングのツケがきたのだ。どちらにせよ、飛べないこちらには追うこともできないのだが。敵でもないが味方でもない・・・・いやさ、相手にされなかった、というのが本当のところか。竜には、竜の駆り手には歴とした目的がありそれを果たすためにここにやってきて・・・・その目的は、おそらく。
 
 
碇シンジ、その命だ。
 
 
どういった因縁があるのか知れようがないが・・・・あの竜は目的を果たすだろう。
弐号機はもう使えない。これ以上やれば今後に差し支える。今夜の戦闘はここまでだ。
 
 
だが・・・・・
 
 
「アタシはここで終われない・・・・・!発令所!!ミサト!!」
逆境にあってさらに燃え上がるのがラングレーである。オリビアを念炎のカウンターで焼き殺してから今まで呼びかけがあろうと沈黙していたが、今こそ返信する。ラングレーにとってオリビアやSPAWNロボごときは敵ではない、アスカにとっては強敵でも、こっちすればあんなもん焚き付けの木っ葉みたいなものだ、それらを払いのけたからといっていちいち驚嘆されていては仕事にならない。・・・・いらん邪魔はいれるくせにあの小娘は。
まだ胸の内にむかつきを残しながら、次の手を考える。炎が止まればそれは存在の消滅を意味する。動き続ける。戦い続ける。まだ戦える。まだ戦う手段はある。百億の凡人クラシック、略して凡クラには無理でもアタシにはできる。その手段は、ある。が、
とりあえず、この身と弐号機を回収してもらわんとなー・・・・・・てなことを考えていると。
 
 
「甘苦愚者並びに英国電気騎士団、ただいま参上!!エヴァ弐号機とそのパイロットよ、都市を守護せんと力振り絞るその勇気ある奮戦、我らの胸にしかと刻まれましたぞ!!
そなたこそ真の騎士!今宵の戦は炎の伝説として永く語り継がれることでしょう!
次は我らが盾になり申す!そなたはしばし陣中にて休み激戦を制した機体を癒してくだされ!」
 
 
ジェットモクラーから投下され、電気騎士エリックとレプレツェンがようやく到着。
 
 
「こ、子供なのにすごいじゃない・・・・・・ちょっと感動しちゃったわよ・・・ぐす」
電気騎士団団長・リチャード・ポンプマンと甘苦愚者代表・レプレ・・・どちらもロボット操縦者として頂点レベルの「血の気の多さ」と「熱さ」をもつ。実力はまあ底辺クラスであるが。身の程知らずの無謀な突撃ならお任せあれの、あまり頼りになりそうもないコンビだが・・・
 
第二支部が降下を始めたのは知ってるのだろうから・・・・その度胸と根性だけは認めざるを得まい。まあ、最強とはほど遠い位置にある二機だが・・・その力は未だ濁りのない若さというか・・・ロボットの力がどうあるべきか、彼らの思いは魔の笛に乗ることもなく。自分を気分良く持ち上げてもくれたわけだし・・・・くくく・・・・ラングレーは賞賛されることが大好きなのである。
 
 
N2沼からの使徒ロボの次波はない。なら、この連中でも大丈夫だろう。自分が戻るまでのわずかな間なら。すぐ戻る。・・・・ラングレーは気がついているのかいないのか、このような思考は元来の自分には、ないことを。罠の気配が消えている、ということは、その源の使徒がどうにかなった証であり、基本的にその力に誘導されてマイスターカウフマンの封印を破って表層意識に顕れているラングレーが、また深層意識に戻るのだということを。潜水艦じゃあるまいし本人が思っているほど自在に意識の浮沈が出来るのなら封印と契約の意味はない。
 
また、アスカに命名の横槍を入れられた、ということが、アスカにそれがやれた、ということがどういうことであるか。分からないラングレーでもなかろうに、分からなかった。
自分のことはえてして見えないものだ。自分のことは。
 
 
そして、再封印。あっけないほど簡単に、再度人格が切り替わる。
否やもなにもなく、この次どう戦うかこの状況をどう覆すか、てなことしか考えていない少女がフェイドアウトする。
 
 
そして、浮かび上がる惣流アスカ。
 
 
「・・・・ありがと」
 
 
純正の攻撃人格でありながら、ネルフの盾となり、市街の盾となり、防御人格の自分の盾となってくれたラングレーに惣流アスカは小声で感謝した。それと、弐号機にも。恥ずかしいので小声なのだ。そこらへんもラングレーとアスカは異なる。だが。
マイスターカウフマンが望んだとおり自分たちの融合が進んでいることを、アスカの方は認知していた。認知しはじめていた。もう1人の自分の存在を。
自分の胸にラングレーが燃やした意気はまだ残っている。自分の胸なのだから当たり前だが、自分の頭にこの状況をどうにかする闘志と、いささか無茶がすぎる実行不可能気味のアイデアも残っていたことは本当に有り難い。こういった閃きは自分にはないものだ。
天啓というのか、脳細胞が製造するものじゃないな、これは。呆れつつやるしかないと。
 
 
弐号機が限界ならば、空いている零号機を使うしかない、と。
 
 
ラングレーはそう判断して、実行するつもりだったのだ。コーンフェイド製作の零号機用の魔弾拳銃も届いていたのを見逃さなかった。銃器が撃てればなんでもいいのだろうか、という結局は自分にもどってくる突っ込みはいいとして。
ふと、先ほどまで自分をボコボコにしてくれたオリビアとSPAWNロボタッグを見る。すでに破壊されて動かなくなっている。・・・・これをやったのはもう1人の自分。約束された第二人格。あの赤い女。戦うことしか考えない未来の自分の姿・・・その力が敵を倒した。
 
 
そのことについて、性能が劣ることを悩むことも力続かずやられた自分を責める気もない。星天弓を射ったあとはもう頭など働かず無心で体を動かしていてその点について考えていたわけでもないが、どうも今回の戦闘についての太極が見えたような気がするのだ。
使徒がなんのためにやってくるのか。どうしてこういう手を用いるのか。
はっきりと言葉にはならないけれど・・・・
 
ラングレーならば、なにを悠長なことを、と舌打ちしただろう。
 
 
ミサトなら。自分たちの葛城ミサトなら、それを代弁してくれる。その答えを。
自分の腕っぷしじゃあなく、人間の造ったロボットなんぞを乗っ取って襲いかかるなんていやらしいマネをしてくれた使徒に、こっちの勝ちでそっちの負けだと知らしめる答えを。
 
 
なんか、ドカンと一発。やってくれるはず。・・・・・正直、そうでもしてくれないと、
この状況でこれ以上、戦えそうもない。降下する第二支部。
あれが墜ちてしまったら・・・・
 
 
使徒戦なんて「おまけ」なんだと、ハッキリ言ってほしかった。
あたし達の仕事は、そんなんじゃないんだと。いつもの調子でがなって欲しい。
 
「ゼッタイ、大丈夫だよ」、とかいう無敵の呪文に匹敵するような、魔法の金言、葛城ミサト十八番、ここ一番の最強のハッタリワードを!!自分じゃ、これくらいのことしか、いえない。
 
 
「アタシが零号機に乗る。まだ、やること終わってないから・・・。なんか、ちょっと空が重たい感じだけど、・・・・作戦、あるんでしょ、指示してよ、ミサト」
 
やば、ちょっと声が震えた・・・
 
 

 
 
正直、そんなもんはないわよ、といいたい葛城ミサトである。
 
 
確実に20は老けた。心臓の持ち鼓動時間をこの数時間で使いきってしまったような気がする。だってそうだろう。弐号機からエントリープラグ引きずりだされてアスカがオリビアにブチ殺されるかと思ったら竜号機は見てるだけで助けてくんなんしと思ったらオリビアはいきなり発火して焼死するし弐号機は蝋燭が最後に激しく燃え出すように立ち上がったと思ったらSPAWNロボを炎名で撃ち殺すし!!その後は竜号機と睨み合ったら、折れた零鳳初凰が飛んできて焼き直しされて一つの刀になっちゃうし、弐号機は銃を天に向けて乱射するし竜号機は第二支部に向かって飛んでいくし・・・・どうコメントせえと?
森さんでもコメントできませんよ。ああ、あれはメメント・モリか。いや、ふざけてないわよ、真剣ですよ?葛城ミサト29歳、セメントです・・・その顔は目だけがギラギラと輝いて夜叉もかくや、という有様。
 
 
野散須カンタローが見抜いた通りに精根尽き果てている・・・・・このまま次の瞬間にバッタリといっても発令所の誰も不思議に思うまい。竜尾道は水上左眼と交渉が決裂しゼーレの皮算用会議で死力を尽くしてなんとか部下達の生命と身分の保障だけはとりつけた冬月副司令が駆けつけたため、多少は負担軽減したとはいえ限界はとうにいきすぎている。冗談なしに、逝ってきます、逝ってらっしゃいの世界である。両足に見えない棺桶があり、ちょっとでも座ろうものならそこで蓋が閉じてバタン、ウエルカムやみくろの世界。
 
 
皆、体力も精神力も尽き果てている、間違いなく、今夜は誰にとっても人生ギリギリの夜。
きっとこんやはえいえんのよるのはじまり、そう耳元で夜の精霊さんに囁かれても否定する元気はもはやない。誰か1人が倒れればそこからドミノ倒しのごとくバタバタいくのはわかりきっている。売り物もなく買うものもなく。現在のネルフ本部発令所は過労という透明な殺人鬼が跳梁する蝋人形の館といってもよい。
 
 
ただ・・・・・・
 
 
脳内麻薬でもフォローしきれない時間とともにゾリゾリすり減らされる体力、精神力とは正反対に、時間が過ぎれば過ぎるほどたまっていくものもある・・・。
 
 
それは、自分たちが、最強の群体である、という認識。
 
 
1人1人が最高の個体ではないけれど、この理不尽極まる暴力的でさえある現実に立ち向かう自分たちは確かに最強である、と。自分の仕事が世界一素晴らしい、とでも思わないと動けない日が誰にもあるが、完全にそれを信じ込む・・・それ以上、個人の矜恃や誇りでもこの状況は耐えられない。ゆえに、なんとかまだ立っていられる。
 
 
最高の群体というものがありえないように、また、最強の個体もありえない。
どちらも幻。
だが、最強の群体、最高の個体というのは、確かにあり得る。
今、ここに。
 
 
ネルフ発令所、ネルフ本部で、今火の玉となって死にものぐるいにやっている者たちは、自分たちを最強の群体だと思っていたし、それは降下する第二支部にぺしゃんこにされるまで絶対に続くのだ。
 
 
そして、「零号機を使う」などと言い出した惣流アスカに対しては、いちいち口に出したり顔に出したりする元気も余裕もないが、皆が皆、彼女は最高の個体だと思った。
ドロ臭くて、無茶でデタラメで、自分でいつも言ってるように「バカじゃないの」と相手にされないかもしれない、と心のどこかで心配しても言わずにはおれなかった惣流アスカのその一言が、実は、ムテキの呪文であった。効果は健忘、ケロリンと。
 
 
自分たちは最強の群体であるのに、それに加えて最高の個体がいるなんて、神様、そりゃ楽勝すぎますよ。
 
 
神様が聞けば大笑いした拍子にくぴと椎間板ヘルニア起こしそうな、身の程忘れ。
自分たちが暗黒タルタルの沼、底なしダルダルの沼にどっぷり漬かっていることを笑って忘れた。
 
 
ちなみに。例外はあるもので、赤木リツコ博士は笑ってもいなかったし忘れてもいなかった。気絶していたのである。鉾の放電砲撃の命令コードを解析して引き金をその手にしたのはいいのだが、さすがに天才科学者だとほめてあげたいのだが・・・・竜号機が第二支部に向かって飛んでいくのを見て、何を思ったのか、巣にいる雛を守ろうとする母鳥の心境か、どうせ効きゃあしないのにそれを撃ち落とそうなどとするので、葛城ミサトが思わず後ろから駆け寄ってジャーマンスープレックスをかけてしまったのだ。気絶した親友を助け起こしもせずにそのまま冬月副司令のところへツカツカ駆け寄ると、第二支部への着地に成功した竜号機への”渡り”をつけるよう、強要する。再度交渉、今度はこっちの要求を貫かせるように・・・「それができたらあれはここへは来ていない。こちらの話など・・」「それでもやるんです!弐号機にはちょっと話かけたじゃないですか!脈ありますよ」「あ、あれはだな・・・」ウラウラウラとこれまでのストレスをぶつけるようにラッシュをかける作戦部長にさすがにたじとなる副司令。それなのに、惣流アスカから通信がくれば
 
 
「アスカが必死でねばってくれたから、なんとかそこまでしなくても大丈夫みたいよ」
葛城ミサトの声は無性にやさしい。オリビアにプラグ引きずり出されてからSPAWNロボを撃ち殺すまでの間、彼女が何であったのか見当はついている。だが、アスカはアスカ。
あのハゲ親父がここにいればおそらくそう言っただろう。
 
 
「え・・・・・でも・・・・・」そう言っても動ける戦力はない。ロボットもあてにはできない。初号機も使えないのだから・・・・・N2沼との連絡が復活したのか?けなげなほどに的確に状況を判断している惣流アスカである。そこで己をどう立ち回すべきなのか、熟練の演出家のように知っている。皆がバカシンジの登場を待望、切望しているのを分かっている。ゆえに、おろかのように振る舞ってみたのだが、やはり足らなかったのか?
バカ成分が
 
 
やさしく、無理もせずにほんとに、大丈夫、なんていわれると、かえって望みが絶たれる感じがする。もうハッタリ打つ気力もないのかと。だけれど、葛城ミサトの返答は斜め上をいく。
 
 
「零号機は・・・動くから」
 
 
「え・・・?」誰が動かすのか、と問いかけてやめる。そんなのは決まっている。
 
 
「だから、ひとまず戻ってらっしゃい。・・・・さすがにもう、いいでしょ?」
オリビア、SPAWNロボのタッグ相手の時にさんざか言われた命令だが、そういうことなら従うしかない。弐号機ではもう戦えないわけだし。
 
 
「・・・・・うん」
 
 
これがネルフの作戦部長、葛城ミサトが、エヴァ弐号機操縦者、惣流アスカに出した最後の命令になるとは
 
 
彼らは最強の群体であるから、自分たちでそう思っているから、目の前でこのような信じられないことを上役がやっていようと戦い続ける。とりあえずエヴァ弐号機を回収せねばならない。零号機に乗る必要はないのだとしても。彼女は十分すぎるほど、よくやった。
 
 
結局、今夜の弐号機の殲滅数、スコアを考えてみると・・・・・ここで弐号機が耐えて耐えて敵を退治しなければ、どうなっていたか・・・・・マギに計算させるまでもない。自分たちの行方は知れていた。夜に埋められ泉の下草葉の陰というやつだ。
 
 
「弐号機の受け入れ準備はー、いいか、おめえら!まだもう一戦あるつもりでやっとけ!あともう一戦勝たせるつもりで気合いいれていけ!」ケージでは円谷エンショウをはじめとする整備の者たちが大回転の働きを続けている。発令所での頭脳労働とはまた違う、莫大なエネルギーを生じさせて目が離せないが近づけもしない初号機近くの生命の危険も伴った現場である。「疲れたなんてぬかして手え抜く奴は・・・」「いるわきゃねえでしょう、師匠!!あれだけの働きみせられてンなこと抜かす奴はいませんよ!!」「よーし、よく言った!!これが終わったら寿司食い放題だ!トロでもウニでもシャコでも好きなだけ喰わしてやる!!回るのは今夜で飽きたろうからもちろん出前だ!!・・・・・・そろそろお嬢がくるぞ!零号機、起動いいか!!」
「両腕、両足ばっちりです、高速作動用のサポーターもうまいこと馴染んでますよ!今度は剣をビュンビュン振り回しても大丈夫!いつでもいけます!」
「師匠!吊しておいたあの弾丸オヤジはどうしますか?なんかこめかみのあたりから血がピューとか吹いてますけど」
「もすこし吊しておけ!血抜きにちょうどいい。いくら肉ばっかり喰ってるアメリケだろうとすまさねえ、ケジメはつけてもらう」
 
「・・・きました!パイロット到着です!!」
 
 
照明ライトに加えて初号機からぽわぽわ湧いてくる球電のおかげでベルサイユ宮殿顔負けに煌々と輝くケージにつながる通路は、薄細い明かりしかないせいでずいぶんと暗く見える。その奥から赤い輝きが人の歩行速度で近づいてくる。何かの追加機材が運ばれてきたわりには搬入ルートが違う。それは、人。赤い輝きをもつ、人がやってくる。数名の足音を従えて、それは、薄暗い通路から強い照明のケージ内に姿を現した。
 
 
白いガウンが、ふわり、と脱がれ舞い、付きそう医療班の者に。
その下には白いプラグスーツ。強い明かりに銀を反射する空色の髪、そして、赤い瞳。
 
 
綾波レイ
 
 
知っている者にはどこか違和感を感じさせるところがあったが、確かにそれはエヴァ零号機専属操縦者、ファーストチルドレン、綾波レイだった。目の色と雰囲気、それが違う。
修羅場の中で些細なことだが、確かにそれを見抜いた者も数人いた。眠ってる間に人が変わったなんて話は聞いたことがねえが・・・・もう何年も1人で辛い旅をしてきたような顔を・・・もともと無表情ではあったが・・・している。足取りも心配げに医者がついてるわりにはえらくぴんしゃんしているしな・・・・つま先で風を斬るがごとく迷いがねえというか、思い詰めてるというか・・・・緊張とはまた別のなにかだな、ありゃあ・・・。
 
 
二言三言で付き人の医者達を帰し、とくに探すでもなく、零号機とは違う場所へ歩き出す。
零号機ではなくこちらに向けて歩いてくる綾波レイを見ながら円谷エンショウは思った。
パイロットが己の機体ではなく、整備の棟梁のところへわざわざ向かうのを周囲も不思議そうに見るが止めるほどではない。やはり零鳳と初凰のことかと聡い者は思った。
 
 
「零号機に乗るめえに、なんか話があるのかい」
自分の前に立ち、赤い瞳を無遠慮なほどにじいっと強く向けてくる少女に違和感をさらに濃くしながら問う整備の棟梁。そんなヒマはねえ、なんてことは分かり切っているだろうに。わざわざ面と向かって機体の不安を問うような弱々しさはどこにも見受けられない・・・・
 
 
て、ことはだ。なにか、とんでもねえことをいいだすぞ、この娘。
 
その口元をじいっと、見る。言葉を待つ。もはやたいがいのことじゃ驚く歳でも状況でもねえが・・・腹を括る。パイロットとはいえ、子供がなんか言ったからといって上の命令でもねえのにこちらがその通りに動くことはない。そんな道理くらいはわきまえているだろうに。だが、それでも・・・・匠のカンは見事に的中した。いいことでもなく、わるいことでもなく、とんでもねえこと。それは・・・
 
 
 
「エヴァ初号機の左腕部分を切断してください。手遅れにならないうちに」
 
 
相手が綾波レイでなければ、即座に目から火花飛ぶくらいにぶん殴っていたところである。