天井が見える。木目のある、一般家屋の天井。橙の影の色は今の時刻を教える。ペナントと・・・ビールジョッキを持った水着の女のポスターが貼ってあったりするのは部屋の持ち主の趣味なのだろうが・・・・少なくともここは自分の城ではないわけだ・・・来訪の記憶も無く・・・監禁されたにしては緊張感のない・・・ポスターとペナントであり・・・この視界、自分の体勢は仰向けに・・・寝ているということになり、そして。
 
 
目が覚めてモノが見える、ということは、竜号機は機能している、死んではいないらしい。
自分も、また。
 
 
「ああ、目え覚めたかい」
 
 
頭頂の、枕の向こうから知った声。
 
 
「ねえさん・・・・・」
 
溢れた声はかすれ、そちらに顔を向け起きあがろうとした途端、
「・・・・・・・くぅ!」
 
ジンジンジュクジュクと全身に灼けマグロになったような痛みが走る。とても売り物、使い物にならない。
 
 
「今のあんたは因幡の白ウサギ状態だからねえ。ヒリヒリじゃすまないだろ。まだ寝てなよ。まあ、あたしの家じゃないけど。この状態のあんたを放り出すほど人情紙風船じゃありませんよ皿山くんは・・・・シャクシャク」
 
 
そういって額に濡れタオルを乗せられた。シャクシャクいっているのはリンゴを囓っているらしい。散る香りがこころよい・・・くらいには内臓機能は保っているようだが。見舞いの品でもないのだろうから好きにすればいい・・・しかし、なんだこの余裕は。
 
現状のダメージを考慮するに、自分は使徒に敗れた。竜尾道から表に文字通り、斬り込んだ、というところで光と熱に包まれたくらいしか記憶にないが、機体から降りた記憶が無くこの場に竜号機がない、ということになり、さらに姉がそばにいるなどという異常事態を考慮すればそれ以外の結論はない。使徒に、破れた。おそらくは高出力の光線兵器で狙撃された・・・・隠里から表戦場に現れるその刹那を、完璧なタイミングで。
 
ロボットアニメでいうなら、合体ロボットがさあ!いざ!合体しよう!!というタイミング、特撮ヒーローモノでいうならピンチのときに登場したヒーローが口上述べてるその隙だらけに一番いいときを、バキュンとやられた。いわゆる、「そんなのありか状態」である。敵にしてみれば「知ったことかばーか状態」ということになるが。
まあ、水上左眼はロボットアニメも特撮ヒーローものも見ないのでそんなことを考えたりしない。
 
 
 
「・・・ここは、あのサブリーダーの家、ですか」
 
「そうだよ。皿山くんの家の二階の、一応大急ぎで掃除したらしい皿山くんの部屋、だけど、あんたの今の目線だと壁にあったポスター移動した意味がないと思わないかい?・・・むしゃむしゃ」
 
「・・・・・・」
 
「ああ、布団は皿山くんのおっかさんのだから。ぬくもりが違うだろ?」
 
「・・・・・・あとで、弁償します・・・」
 
「別にいいんじゃないの。そんなこと気にするおっかさんじゃないよ・・・とはいってもあんたは気にするんだからだしょうがないねえ。にしても、今回はずいぶんとド派手に負けたねえ。真夜中のドラゴン花火・・・びっくりしたやつも多いだろうねえ・・・むしゃむしゃ」
 
「・・・・・む」
 
「?・・・む、ってなんだい。もしかしてカエルが田んぼにするやつかい」
 
「・・・いえ、むしゃむしゃ、というのはなんの音かと」
 
「パイナップルだよ。鼻がおかしいのかい」
 
「・・・・・」
 
 
こっぴどく敗北すること自体には、慣れている。水上左眼はウィナー成分よりルーザー成分で出来ている、と言ってもいい。その代わり、その後の帳尻は合わせてきた。
ATフィールドよりも飛行能力を得るまでずいぶんと辛酸をなめた。そこに至るまでは歩行する戦車のようなもので、ぴー助の自由自在さには比較するまでもない苦痛に近い不便を強いられた。隠密行動に向くはずがない機体の使用は制限に縛られたパズルを解くに近かった。・・・それをいい思い出だと片付けられない自分は器が小さいのだろう。とあれ、
 
 
敗北するためにあの機体が与えられた、といっても過言ではない。データ取りのために繰り返す失敗を義務づけられた短命の「これからだ」。
 
 
・・・・・見つけ出した反則を用いてそんな運命には従わなかったが。
 
 
だが、今回の敗戦は違う。今までの敗北は自分の意思と判断で逃げ帰ったこれたわけだが、今回は意思も判断も何もなく、破れた体を自分の陣地のど真ん中へ叩きつけられたのだ。
これがどういうことか・・・・・完璧な隠れ里たる竜尾道側へ。安全なはずの自陣地に。
 
 
その意味が、この姉に分からぬはずがなく。ただ、自分が負けた、という話ではない。
この先も負け続け、どころか、自分たちのこの街の安全、存在が脅かされる事態になっているというのに・・・・・リンゴなど。いや、今はパイナップルか。
 
 
「・・・ところで、なぜ私をここに?城か病院の方にでも・・・・・いや、使徒は竜号機は街はどうなったんです?あのコースなら市街に落下してたはず・・・・・まさか」
 
呑気なのは自分の方だった。姉がいることでつい調子が狂ってしまったが、あれだけの大敗北を喫した自分がこうしていることもまた異常。いくらこの姉がいるからといって。
 
いまさらの驚愕が上半身を跳ねあげようとするが、「・・・く・・・!」
灼ける痛みがそれをさせない。内臓がずっくり割れるような感覚にあわや悲鳴があがりそうになる。
 
「・・・・はわわわ・・・」噛み潰す熱の息は、かえって萌え系に変化する。無念。
 
 
「なんだあんたは。うしゃぎか。まあいいけど。三連続、四連続のお問い合わせだけどね、順番にいこうか。まず、市街は無事だ。ぴー助は街中に落ちなかった。海、水道に落ちたんだ。深夜のことだから舟にも被害はなし。ぴー助はこんな時のいつものところだよ。てめえで傷を癒してる。あんたは落下途中でシートから投げ出されたのかプカプカ浮いてたのをたまたま運良く見つけた符令たちが回収してあたしのとこへ・・・・その時は皿山のトコ、つまりココだね、で飯を食べてたんだけどそのままあんたを二階の皿山くんの貴重なプライベートルームへ運んで寝かせたわけだ。城か病院に運んでもいいんだけど、・・・同じことだしね。面倒くさいし。皿山家の皆さんもいいって言ってくれてるし、まあここで目覚めるまでまる二日間寝っぱなしってところかね」
 
 
「二日!?・・・・・・・・・は、はわわわわ・・・・・」
 
 
「いや別にあんたが嫌いってわけじゃないけど、そう自分を偽られてもねえ。うしゃぎはないだろ、うしゃぎは」
 
 
なに・が・うしゃ・ぎ・だ。さすがにこの場に刀はない。指一本動かすのも苦痛なのだ。
 
にしても・・・・まる二日間意識が戻らない相手を個人宅に寝かせたままとは・・・・
この姉・・・・・やはりユイ様仕込みだ。それを言われるとイヤな顔をするから言ってやろうかとも思うが、そんな場合ではない。
 
 
 
「使徒は・・・・どうしたのですか」
 
 
ここに興味を失い、第三新東京市へ通り過ぎていったのか、そしてそこでネルフに討たれたかもしくは今現在も交戦中か・・・戦況を予想できない。その時間はあまりに巨大すぎる。けれど竜尾道が使徒に蹂躙されていればさすがの姉もこんなことはしていられまい。
こちら側に乗り込んでくる方法を使徒が見つけた、とは限らぬ。むしろその可能性は低い。
それが出来ぬからこそ、こちらが巣穴から出てくる瞬間を狙い撃ちにしたのであろうし。
 
 
 
「あんたの軍師がやっつけたよ」
 
 
しかしながらも姉の返答はこちらの予想も理解許容量も遙かに超越したもので。
 
 
「え?・・・・・・はわ!わわわ!・・・・はふはふ・・・」
あやうく肺が熱爆するところだった。その返答の全てが理解不能。そも日本語だったか?
これもまた夢の続き、もしくはもう天の街にいるのかと思いきやこの激痛は真実本物で。
布団の縁をつかんでのたうちまわりそうになるのをかろうじて、堪える。この無様。
 
 
「なんだそのうしゃぎプラスおでん喰い、みたいな。いつもみたく涼しい顔してりゃいいじゃないか。自分で命令しておいて・・・ぱくぱく」
こちらの視界に入らず一方的に見下ろしているであろう姉の言葉は呆れ顔で。桃と李を。
 
 
「軍師とは、誰のことです」
 
 
「そうそう、いいぞう。言いぐさが冷たくなってきた。当然、今の軍師に決まってるだろ・・・・・碇シンジだよ」
 
 
「そんな命令は・・・・・・・というより、私は今目が覚めたのでしょう。碇シンジに命令など出来るはずが」
 
「いや、あんたを寝間着に着替えさせる途中でうわごとみたいに言ってたんだよ。この耳で確かに聞いたから間違いない。だから伝えておいたのさ」
 
 
「・・・・逃げなかったのですか、この機に。・・・いえ、初号機を使ったのですね?
もしくは・・・」
 
「いや、悪知恵一本槍・・・・・とでもいうのかね、あれは。子ダヌキでもタヌキには違いない、と。戦闘なんて代物じゃない・・・・・・せいぜい応援を頼むと思ったんだけど。もきゅもきゅ」
 
「口先でどうこうなる相手でもないでしょう・・・にしても、この完熟バナナの芳香・・・・もしかして・・・・・わたしの・・・あつつつっ・・・」
 
 
「鬼の居ぬ間の洗濯、竜の居ぬ間の果物拾い。あんな立派な果樹園を独り占めとは・・・・仕事だけですっかり無趣味になっちまったかと心配してたけど、姉さん安心したよ。ちょっと中に入ってみたかったんだよねえ・・・・と、不法侵入がばれたところで。さー、あたしはキング・カブで風にでもなってこようかねえ」
 
 
立ち上がる気配。それだけで急に気温がさがったような。何か言葉を探してしまう。
探さねばならぬほど胸中に迷いがあるというのが。嘘と真実の境も見抜けない。
もっと肝心な話をするべきなのだが・・・・・・なにが要であるのか、分からない。
月に一度あるかないかの休養日に引き籠もる果樹園に入られたからどうというのだ。
 
 
「・・・・玄関ホールに飾ってある写真は、見て、いませんよね」
 
 
「別に見てないよ。休みの日に少々頭のネジを緩めたところで誰が責める道理があるよ。フルーツ畑でこんにゃ・・」
 
「(ガラスの十代@光GENJIのイントロになろうとした絶叫)」
 
「うわ、なんだいその”ガラスの十代・光GENJIのイントロになろうとしたけど声にならない絶叫”は。別にいいじゃないか、くだもの畑でこんにゃ・・」
 
「(パラダイス銀河@同じく、のイントロになろうとした絶叫)」
 
 
「ま、そこまで嫌がるならもうやめとくけどさ・・・以下同文のリアクションも。あんた大丈夫?ひそかにおつむがクラッシュしてたんじゃないよねえ。それとも、もう少し居た方がいいかい」
 
「いえ、もう・・・大丈夫です、から。早く・・・」
もはや体力が尽きて、布団の中に顔ごともぐりこむ。
 
 
「そうかね、じゃ行くよ。達者でな、さくら」
片眼だけ出して立ち去るその姿・・・・またテキ屋のような格好をして・・・を見送る。
・・・さくらって誰だと指弾することもできない。「・・あー、なんでもないなんでもない、ちょっと回復マッサージしてやろうかと思ったら筋違えちまって。もう意識はあるからあとは適当にかまっておくれ。じゃ、頼むよ」階下から声が聞こえる。
こんな後始末までさせた日には。
 
 
「・・・・・・・」
見慣れぬ部屋はまた沈黙に戻る。けれど温度になぜか変わりはない。おそらく、考える題目が出来たからだろう。・・・・気温下がるどころかなんか上がってるような。知恵熱にしては効率が悪すぎる。
 
 
「使徒は、倒された・・・・・・か」
 
 
それはかなりの難題であるはずだが。いや、だった、というべきか。解決されたのなら。
自分があっさりやられた相手に、こっちが寝ている間に”力以外で”カタをつける。
長らくない体験だった。これもまた夢でないというのなら・・・・・考えることは
 
どれだけの損害を出してくれたのか・・・・・・はたして。怒るべきか賞賛するべきか。
 
 
それから
 
 
・・・・ほんとうに自分はそんな命令を、うわごとを言っていたのだろうか・・・・
 
 
我ながらそれは・・・
 
 
お姫様すぎやしないかと、思案した。
 
 
「・・・呼ぶだけのことは、あるというわけか・・・・」