「いつまで待たせれば気が済むんだ!今は一刻も早く帰って”CX計画”をゴーさせねばならぬというのに・・・・」
 
 
深夜12時の、青春映画の舞台にも使われそうな白い木造のバス待合所。
通常ならとうに灯が落ち無人になっているはずのここから何度も繰り返される絵にはならない中年男の苛立つ声。
 
 
「諦めなさいよ、時田。ここはそういう街なんでしょ。逆に言えばまだ”外”は安全じゃないってことなんだからわざわざその中を出て行くこたあないじゃないの。そう考えると腹も立たない、と」
時田と呼ばれた中年男をなだめるのは同じ中年女、ではなく娘ほどにも年が違う少女であった。視線も合わせず手にはゲーム機に似た携帯端末。下手をすると幼女といってもいいくらいの背丈でありオレンジ髪のその目立つ不謹慎オーラにじむ同じベンチに座った組み合わせを不審な目で見られないのはこの待合所に他の客がいないからであった。当然いるべきはずのバス会社の職員もいない。灯りは全てそのまま点灯され空調も稼働中である現状は二人が宿代を浮かすためにここに入り込んだ招かれざる客ではないことを意味する。
 
 
ようするに
 
 
この待合所から一歩たりとも出ぬように閉じこめられている、わけである。
木造の待合い施設は出入り自由のその性質上、ドアというものはない。
待ちたくなければさっさとその足で移動すればよさそうなものだが・・・
 
 
正確を期すると、出ぬように命令されている、のである。
大人しく従わなかった場合のペナルティを明言されて。客扱いどころか罪人扱いどころか荷物扱いどころか・・・・・・ほぼ敵性捕虜の扱い。商談が上手い具合にいったので忘れかけていたが、やはりここは外国ですらない「異界」。
 
 
「タイミングが悪かったわよねえ、バスに乗って札を回収されてさあ戻ろうってところで戒厳令が出ちゃったから。なんかよっぽどヤバイ事態が起きたんだろうけどギリギリアウトだったよね・・・と、こちらはセーフっと。しっぷうの〜ワゴン車で〜いーまーこの世につーいーたー」
 
携帯端末から目を離さず小さな指でカチャカチャやっているオレンジ髪の少女に
 
「今更何をこの街が恐れる必要がある?たとえ使徒が来たとしても戦闘を避けるだけなら隠れていればいい。それはこの街における日常のはずだろう」
 
中年、実年齢はそれよりももっと上であるところの時田シロウ氏は不機嫌なまま言い返す。
傍目がないからいいものの、非常に大人げない光景ではある。実際内実は別として。
 
「使徒以上の何かが外をウロウロしてるんじゃないの?それとも苦手なものとかね・・・基本混沌としてるものを整調させようとすれば、それこそが軋みと混乱を呼び込む。そこに乗じた連中のダンパに戦闘力のないあたしたちが出て行っても怪我するだけ。いいじゃないの、商売はうまくいったわけだし。時田、アンタ少しは休むってこと知らないの?」
 
「足止めくらって壁の花、か。・・・ネルフの連中はまったく頼りにはならんしな・・・・のんびり高みの見物客を決め込むのはどうもな・・・それにしてもあの人事は未だに理解不能だな・・・どういう意味があるのか全くわからん。なあ、どう思う?」
 
そのネルフの人間にしてみれば、なんでお前がそんなことを言ってられるのかそれこそ理解不能じゃい!といったところであろうが時田氏の表情に不自然な力みはない。
専売特許であるはずのJTフィールド発生機能をよりにもよって使徒に奪われ転用され業界から居場所など完全にないはずの、クスブリどころかもはや水も滴るコンクリ状態であるはずのこのおっさんがなぜこんなナチュラルに上から目線で人事批判なのか・・・生で聞ける立場であれば同情的であった日向マコトでさえ首締めにいっていたであろう。
 
 
「さー、知らないわよ。あたしにそんなこと聞かないでよ。・・・ちょっと今から十五分間、話かけないで。”皇帝の閲兵”・・・微妙なトコに入るから・・・」
端末画面を爪先で高速で擦る動作は待つことに耐えられなくなった幼女がカンシャクを起こしたようにしか見えない。が、それがそんな可愛らしいものではないことを時田氏は百も承知している。千倍も邪悪にして一万倍も他人に迷惑をもたらす行為であることを。止めないのはそれがまだ準備段階であり発動状態にないことと、
 
「自分は休まないで人に休めもないだろうよ・・・おっと、これは独り言だからな・・・それにしても・・・その”モギ”か・・・携帯可能な”マギ”とは・・・どこまで天才なんだ・・・それからその旺盛な征服欲・・・反省という言葉を知らないのか・・・」
返答はなく、端末を指でいじる音だけが響く。止めても止まらないことを知っているため。
奇妙な縁だが、付き合いは深く。気概的には親亀こけたら、だが、まあ能力的には希望観測で同格、といったところで。
 
 
ベンチから立ちあがって構内の自販機でアイスコーヒーを無糖と有糖二種類購入する時田氏。まったく時間が読めない。この先どれだけ待てばこの戒厳令が解除されて自分たちの足止めが終わるのか。基本的にここの支配者は商売熱心でいつまでもこんな無理を続けないだろう、とは思うがそれもまた希望的観測であり。その怖い者無しで商売熱心な相手がここまでやるからには長引くかも知れない、という可能性も捨てきれず。時は金なり。タイムイズマネー。そして、時はチャンスのおっ母さんでもある。
 
JAが使徒に唯一の能であるJTフィールドを奪われてこっちが打ちひしがれてもう出番ないだろ、と連中が思いこんでいる今がチャンスなのだ。敵がこちらの機能を真似てくるのは当然というか、有効性の証明のようなもので落ち込む必要は全くない。むしろ、そんなことを想定しないのがバカなのだといいたい。敢えて言おう、そんな奴はブタのケツであると。てめえで編み出した技術のカウンターを考えてないとしたらもう救いようがない。
使徒戦がATフィールドでの押し相撲、という考えはもう古いどころか古すぎるのだ。
もし、そんな固定観念もったのが新作戦部長になったとしたらネルフは不幸だ。
うちはハッピーだが。巻き込まれる一般市民のことを考えるとトータル地獄であるが。
 
 
そのための、JA連合。
 
 
「・・・・・まあ、略奪にも作法があるということだ。ネルフの諸君は気づいてもいないだろうが」
そこに一本、鉄筋をいれるためのCXなのだが・・・・ネルフがあのザマではこちらものんびり雌伏しとれんかもしれんしな・・・一刻も早く戻って陣頭指揮をとらねば・・・バラバラのエヴァの死体を回収してみたりと明らかにいろいろおかしくなってるからなあの連中・・・科学というか怪奇だぞあそこまでいくと・・・赤木印のシステムを変えたのか、内情もさっぱり知れなくなったしな・・・・
 
 
缶コーヒー無糖を飲み終わった時田氏がついでに用を足してこようと思い立つ。
別段これといった諜報的な用事ではなく、ほんまもんのトイレである。
声はかけず、冷えた缶コーヒーだけ連れの幼女の隣に置いておく。
「お父さん、トイレだから。すぐ戻る」とか言えば旅行中の親子だ。苦笑してしまう。
 
 
そして男子トイレで一人、孤独に己の用を片付ける時田氏。片付けていく・・・
 
処理する、というとなんか生臭いが、時田氏もいいおっさんであり連れも見た目はあの通り幼女なのでそういった表現は避けることにする。深読みはせぬこと。ただの生理現象である。仕事人間である時田氏としては用が片付くのは気分がよい。そんな心地よさの中でふと窓から外の夜景を見た。さっさとバスが迎えに来ないものかという内心から視線はどうしても道路を見てしまう。・・・・・・・・・それがまずかった。
 
 
見てしまった。
 
 
あいにく、目はかなりいい方だ。おまけに乗客転じて札無し滞在者の逃亡防止のためか周辺の照明は煌々とついている。
 
 
見えてしまった。
 
 
ピノキオの行進
 
 
ふと、そんなタイトルが思いつく。文字フォントはドロドロの怪奇流体調で。
 
走る車もない深夜の道路のど真ん中をゆくのは鼻の長い木製人形たち。それが六体。
もともと何体あったのか、人形たちはどれも傷つき手足がもがれたもの胴体が大きく抉られたものが多いが、そろって長い鼻を高く夜空に突き上げている。それも誇らしげに。
六体のうちの二体はその長い鼻に・・・・・・・どうも人形らしくもない肉づきのよい手と足を貫いていた。悪趣味であるが、もとからそのように製造されていたなら気色悪さも多少は軽減されるが・・・・服もズボンも身につけておらぬ彼らか彼女らかがどうしてマダラ模様であるのか、あまり考えたくないところだ。ジェミニィのない悪趣味な連想を。
 
 
見られてはまずい!
 
 
マーブルピノキオたちには目も鼻も口もないが、とっさに隠れる時田氏。これを臆病とするかさすが業界で生き延びるだけのことはある、と感心するか。通常のおっさんキャラであれば「いやー、疲れてるのかなー。錯覚だろ目の錯覚」などと誰も聞いてない独り言を言ってる間に背後に回り込まれて被害にあったりするのだが、そこは時田氏である。こんなところでやられてるヒマなどない。なにせ大志があるのである。推理などはあとでいい。しかし、コーヒーを飲んだばかりなので夢でもないだろう・・・・と、その時
 
 
きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
 
 
闇を引き裂く怪しい悲鳴。構内に響き渡る。誰だ誰だ誰だ、って決まっている!
このバス待合所には今、人間は二人しか、いない。はずなのだ。
駆け出す時田氏。内ポケットから拳銃のひとつでも取り出したいところだが。
持ち合わせは気合いと闘魂しかない。元来、とても頼もしい武器のはずだが。
救出せねばならぬのは、美しき幼な姫、ではなくかぎりなく悪い、かなり本気で世界征服を考えている性懲りもない魔女であることを鑑みると・・・・・勇者でもそれを成すのは今日日ちと難しいであろう。
 
 
が、時田氏は特攻していった。ネゴシエーションも何もない到着直後に真空膝蹴りで飛び込んでいく、まさに問答無用のテメ・シネーション(!!)であった。相手が機関銃などで待ちかまえていたら蜂の巣になるしかない。ヒーローには避けて通る弾丸も時田氏には遠慮無くその肉体内部を通過していくだろう。しかし、そんな恐怖にも怯まない時田氏の勇気を遮ったのは、予想外にも
 
 
がびちゃ
 
 
顔面に避けきれぬスピードとタイミングで飛んできたコーヒーの缶と、飲み口から当然溢れてくる内部のコーヒー、しかも目に入ったりする魔の悪さ。まさに冷たい黒いキリ攻撃。
たまらずベンチに自爆する時田氏。・・・・かなりダメージが入った。
 
 
「ご、ごめん時田・・・・・で、でも、なんかヘンな奴が・・・・今、ここに入ってこようとしたんだってば!!そ、それであたし、コーヒーぶつけてやろうと・・・・・すっぽぬけたけど・・・・」
キレることはよくあるが、身分上、怯えることも当然あるが、その頭脳ゆえにこの連れがそんな珍解答を出してくるのは時田氏にも意外だった。ここには他に人もおらず、悲鳴に驚いたのかそのヘンな奴というのは入ってくるのを諦めたのか・・・・
 
「ごめん、・・・・・・って額から血い出てるじゃないの、時田!」
明らかにお前のせいなのだが、ということは倒れたまま時田氏は言わず、その代わり
 
「ヘンな奴というのは・・・人間だったか、それとも人形だったか・・・?」
「やばい時田!打ち所が悪かった?それより血を拭かないと・・・・ハンカチどこ」
「私はまともだ!が、状況が異常かもしれん。いいから答えろ!」
「うわ今、血がピュッと吹いた!時田あんたホントに大丈夫なの?」
「構うなと言っただろう・・・・・木の人形、ピノキオのように鼻の長い木の人形を見たんじゃないのか・・・」
反射的に怒鳴りそうになったが、意識して声をひそめる時田氏。この角度と位置なら外の道路からは見えないと思うが・・・・それにしてもコーヒー目に沁みる。全くハードボイルド関係ないが。
 
「何よそれ?幻覚でも見えてるの?・・・・あたしが見たのは・・・もっと・・・嫌な感じの・・・人形か人間かと聞かれたら即、人間だと答えられる・・・・けど・・・」
 
「何だそれは」
この女らしくもない歯切れの悪さだ。しかし、そうなるとあのピノキオ連中以外にも何かこの待合所の周りにいる、ということになり危険度増大だ。詳細を聞いておく必要がある。
時田氏は黒い霧の痛みに耐えながら先を促す。
 
 
「サカナを・・・・大きな魚を咥えていたから・・・・腰まであるような大きな魚を無理に呑もうとして・・・飲み込めずに頭だけ呑み込んで・・・・そこから先は生きてて尾ひれとかがビチビチいってて・・・・滑稽、とか意地汚い、とかで・・・感想切り捨てるところ・・・なんでしょうけど・・・なんだかひどくイヤな感じがするのよ・・・・」
 
 
「・・・?」
話だけ聞けば失敗するしかないコントの芸人のような寓話の中だけの住人のような奇妙な話だが。ともあれ、人形は生きた魚など食おうとも呑もうともするまい。なるほど人間だ。
 
 
「それから・・全身、ずいぶん年期のはいったカンジの・・・なんかいろいろ図面だか数式だか書かれただぶだぶの防護服みたいなのを着てて・・・・目もシールドされたゴーグルで表情も内心もうかがえない・・・だけど、見ただけで、ゾッとするのよ・・・」
震えている。ここまで人間を、特にこの女を怯えさせるのは人形には不可能、やはり人間か・・・・・・・・・・・・・・・「痛い」震えた手で流血の傷を触られると。
 
 
「て、ことはこれは夢じゃないのね・・・・・・」
「私の傷で確認するのはやめてくれ・・・・」
「いいじゃないの・・・・時田のくせに」
「それよりも・・・・目を洗ってこよう。このままでは格好がつかん」
「じゃあ、あたしが手をひいてあげるから・・・あー、洗面所よね」
「まさか女子トイレじゃないだろうな」
「別にいいじゃないの。他に見てる人間が・・・いるわけじゃなし」
 
 
とりあえず、保証は「ここから勝手に出たらどうなっても知らない」というここの支配者の言葉しかない。逆に言えば「ここから出なければ(最低限)安全を保証する」ということにはなりはしないか。ピノキオどもがこっちに入ってくるつもりならもうとっくに待合いしているはず。連中は連中でどこかに行く目的があるのだろう・・・・・あってほしい。
残るは気色の悪い魚食い野郎だが、現状打つ手などない。見かけ倒しでこれもどこかへ行っておいてほしい。まあ、確かにこういうことがあるのなら戒厳令も出すだろう。
 
使徒戦とはまた違った魔境感覚だ。暗黒の隠れ里・・・・竜尾道。こんなところでなければ注文できない品が要り用というのだから、こちらも因果な商売ではある。
 
 
オレンジの髪の幼女に手をひかれて女子トイレに入っていった時田氏はそんなことを考えた。
 
 
 
背後からの
魚をくらう怪人の
赤い視線に気づくことなく