「世話になったわね・・・あー、まあ、残す記録は少ない方がいいんだろうけど・・・」
 
 
 
寝室のドアの前でオレンジ髪の少女が男に別れを告げようとしている。
 
ここのところ、激務のくせに毎日帰ってきて、こっちが作ってやった雑炊だけ平らげて、ぐうぐう眠っている。熱心なのはいいけれど、歳を考えると、あまりよくない仕事ぶりだ。
 
こっちは心配せずに、会社に泊まり込んでおけばいいものを。移動時間が無駄になる。
 
まあ、人のコトは言えないけど。起きた時にもすぐに口にできる雑炊をつくってある。
これしか作れないわけでは無論ないし、注文すればすぐに好きなものが食べられる便利な世の中で、男も「それなり」の企業連合のトップであるから、それなりの金もある。
理論ベースで作ってある己の料理はけっしてうまいものではない。消化にはいいが。
いいおっさんにはそういうものがいいのだ!分かっているから、男もほめてくれていた。
 
鍋いっぱいつくっても残さず食べるのだから、健康意識高すぎるなあ、と思って突っ込んでみたら、「長生きはする必要があるだろう?」とあっさり言われた。「悪役は意外と長生きするからな」だと。それがどういう意味であるのか・・・この姿では分からぬはずであるけど・・・分かってしまう。なんというか・・・不思議な関係だ。それを説明する単語は今の所、ない。多分、これから先もないのではないか。史上、かなりのレアケース。
利用と保護、と言い切ってしまえばいいのだろうが。それでは、男の側に不公平すぎる。
己の姿も体も、努力してそうなったわけでもない。囲い女、なんてものではない。
 
ただ、この男ならでは。あればこそ、というものは、あった。外見に惑わされず、本性と対峙し続ける度量が。魔性とか般若とか、そんな艶っぽいものではない。外見がねえ。
かといって、おじさんと幼女ジャンルでも、ないんだよねえ・・・これが。
 
 
想定外の人生ではあった。延長戦も終わりに近づいている。男の口からは最近ホスピスに近い医療施設の話がのぼることが多くなった。さりげないつもりだろうが。
アドバイスをもらいたいから現場を見学に行かないか・・・予定を早めにあけるから、と
そんなことも言っていた。ムダなのに。意味ないのに。これは病ではない。
 
想定外に伸びてしまっていた、だけのこと。だから、いつ、ぷつん、と終わってもおかしくない。耐用年数が大幅にオーバーした機械のように。恐怖はあったが、和らいでいた。
まぎれさせてもらっていた、というべきか。何かを残す・・・という発想にはならない。
残すべきものは・・・完膚なきまでに徹底的のゼロベースで消去されたし。
 
基本的に、悪党よりの性格なのだろう。アタシは。この延長戦で得たものを未来に、若者に引き継がせてよりよい社会に、とか、そんな気にどうしてもならない。
 
「自分」さえよければいい。「己」さえ、心地よければそれでいい。それだけだ。
それだけは、強く思う。極めて利己的な・・・これは多分、転写に失敗した分だろう。
天才のつく科学者にしても、この想いは・・・どうにもならない。妄執、執念。凝る。
 
そのままさよならしてやる。悪の花が散るのだから世間様にとってはいいことだろ?
 
挑むべきこともあったが、それからは逃げた。苦手なものは誰にだってある。それに得意な奴が子分にいれば、任せるんだけど・・・まあ、相手が悪すぎる。時間も無いし。
 
まだ、身体が動く内に。己の意思で行けるところまで。自分探しならぬ自己満足の片道切符で。継続のスイッチを入れにいこう。これがリベンジとか・・・もう笑うしかない。
 
 
 
「じゃあね、時田」
 
 
オレンジ髪の少女がキャリアーを引きながらドアを離れる。男、時田シロウ氏はあと1時間で起きてくる。雑炊パワーで目覚めも快調だろう。
 
 
作成に今日までかかってしまったが、仕上がりは完璧。さすがアタシの最後の仕事。
まあ、これがヘタ打ったら全部が雪崩でパーになるから。時間をかけて慎重に作ってきた。
傑作オブ名作。ドッグやらマウスイヤーどこではない速度で進化していった業界でも、これならあと百年はもつだろう。自信ある。人間の本質はそこまで変わらないだろうから。
できれば変わってほしくもあるけど、ね。
 
 
 
「密林大帝式(ア・ゾマジャ・マギ)、起動」
 
 
 
日本を発つと同時に、オレンジの髪の少女・・・赤木ナオミは、怨敵であるネルフ総本部が本陣、第三新東京市に向けて、「それ」を解き放った。