同時刻、日本は第三新東京市ではえらいことになっていた。
 
 
「666結界突破されました!!」
「777結界ももちません・・・あと10秒・・・決壊!!」
「888結界も・・・おそらく・・!なんだこの打撃力は・・・いや、持ちこたえられるはずなのに・・・切り崩されていく・・・!こんな攻撃・・・・・このスキマなんて」
 
 
じわじわと、または、舌を出す影のように、もしくは死の臭いが強すぎる波潮のごとく、マギの仕切る都市を、かじり、スポイルさせ、啄んできた「なにか」が
 
 
手をのばしてきた。長い手を。切り裂く爪を輝かせる、長い長い手を。
掴もうと。握ろうと。そして、奪おうと。
 
 
阿鼻叫喚のネルフ総本部発令所。マギの深部治療がまだ終わらぬ、ということは防衛面でも半死人以下のコンディションであり、通常であれば余裕でのしをつけて返り討ちにするレベルの攻撃が十分以上に効く。モスキート級のパンチのはずが、ヘビー級ほどに。
そもそも、届きもしない攻撃が届いてしまうのがもはや末期的。結界という名の各種ガードがこじ開けられていく・・・・ありえない光景。深部治療に入っていようが、こんなことはありえないはずなのだ。都市の生活機能はかなり低下させてもガチガチに防護を固めていた。マトリョーシカ亀のように。こちらの防衛力を越える攻撃力で襲いかかってこられるのならば・・・それも考えにくいが、まだ理解できる。だが、今回のこれは、
 
 
ほんのわずかであるが・・・・自ら処理速度を低下、余計な手間をこの忙しいのにわざわざかけている・・・動作チェック1回で処理すればいいところを、10回やっているような・・・この遅延が積み重なれば山どころか月にも届く。ただ、これがシステム不調なのか攻撃なのかは分からない。ただ、攻撃であるのなら、そこまで手が届き仕掛けられるのならもう少し破壊力高いことをしそうなもので・・・・伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲルあたりも違和感を得てはいても、対処する余裕がない。「これだから若者は!!」とか思いきり言いたかったが、そんなヒマすらない。根本的な対処法が決められないとどうにもならないやつだ、と経験から悟っている。自分たちも時間稼ぎしかできないのに、下の若者に言ってもしょうがない。「これが・・・使徒・・・・?」発令所スタッフでありながら直接、その威を見たことのない者もいる。怯え混乱する一歩手前。独力で踏みとどまれるほどに優秀ではあるが、通らないと余計疲れる道もある。「冷静に。パターン青は出てない。訓練通りに」「は、はいっ!」古株も「・・・まだな」とか付け加える余力なし。
 
内部犯を心配しなくていい(もちろん、それを許すほど幹部連はユルくない)のが救いだが。強大な相手に立ち向かう覚悟は出来ていても、正体が不明な何かに背中を刺されるのはまた別で。
 
 
「ゲート・オブ・アスラ、起動!!」日向マコトが
「反転回廊ヨモツヒラ、準備よろし!!」伊吹マヤが
「ネブカドネザルの門、施錠完了!!」青葉シゲルが
 
 
3者の生体認証(5種)によって、立ち上がる不可視の金城鉄壁。どのくらい堅いかというと、「あなたたちが死んだら戻せなくなるなら、死んでも死なないように。死んだらフレッシュゾンビの刑ね」・・・120%マジの目で葛城ミサトが言ったことで察してほしい。その時の赤木リツコ博士の目はコズミック深淵すぎて・・・・直視できなかった。
そんなわけで、なるべくならやりたくない方法であったが、仕方がない。
 
 
「侵攻が・・・・止まった!?」
「ど、どうして・・?」
「い、いやでも油断するな!!状況注視!・・・・むむ・・・これは・・・止まった?」
 
 
発令所スタッフからは喜びよりも戸惑いの方が強い。日向マコトらが何をしたのか知らされていないゆえ。さすがにこれは秘中の秘。本人たちと幹部連しか知らない。
だから、先ほどのもかっこよく叫んだわけではない。本人達の心通信内のみで。
 
 
999結界の手前(便宜上表現)で、かろうじて謎の侵攻は止まった。身分姓名を名乗ってシステム攻撃を仕掛ける奴もいないが、それでも政治的圧力をかけて(碇ゲンドウと冬月相談役が悪魔の顔してマックスかけまくっている)素性が浮き上がらない判明しないというのは異常。正体が割れたらエヴァという最強の決戦兵器を有する組織がどういう反撃をしかけるか。計算できない者はコンピューターに触れる資格はないであろう。物理で叩かれる覚悟をもっているか、否や。
 
 
どれだけ保つか分からないが(自分たちのフレッシュゾンビがかかっているので、相応に保って欲しいと願いつつ)部下達に休憩をとらせていく日向マコトたち三羽がらす。修羅場鉄火場に慣れていない者はやはり消耗が激しい。どのみち膠着状態にあり、反撃の狼煙を上げるのも自分たちの役目ではない。終わり方が見通せないのは辛いものだが・・・
 
 
 
「原因が分かったわ」
 
そこにマギの治療を終えた赤木リツコ博士が戻ってきた。左右に白衣姿のサギナとカナギを従えたその姿はブラックジャックを彷彿とさせ「先生!手術は・・・手術は成功したんですか!」と思わず駆けより呼びかける葛城ミサト。「話をきいてほしいのよわさ」「手は出せなかったのわさ」サギナとカナギがピノコの口調で。ちょっとだけ慰められた。が。
 
 
「え・・・・手遅れだった、とか・・・・?」
聞きにくいことも立場上聞かねばならない。正確な情報こそ困難の特効薬。いや予防ワクチンというべきか。即答してくれるはずの東方賢者が、しばし沈黙した。今の時間の価値は秒で砂金以上であるが、待つ。9秒くらい。「赤木博士」
 
 
「否定はしないわ」
 
半額セールされたロボットか!と後頭部を叩きそうになったが、愛想の良さで賢者に成り上がったわけではないから、その次にくるだろう長々とした説明を待つ。「赤木博士」
11秒待った。まあ、天才赤木リツコ博士様だからこの時間で再起動してくれるのだろうけど。
最悪の事態をしれっと告げられても、それはそれで腹立つが。にんげんだもの。
原因を解明するのはあなた、対応策を考えるのは、わたし。二人三脚だよね?
逃げようたって逃がさないけど。
 
 
「疑似ユダロン?・・・・・ユダロンそのものがその仕組みとか完全に理解してるわけじゃないけど、リツコ博士がそう仰るってことは・・・威力的には不完全なヤツを使われた・・・使われてるってこと?・・・しかも純正品じゃない、劣化コピー?あるいはフルパワーでいけない理由でもあンのか・・・・ともあれ、それをこっちの・・マギの障壁に塗られて・・脆くなってるってところか・・・」
 
 
「そうね・・・」
ロボットにはおそらく許されざるノーフレンドリーな口調で。東方賢者は応じた。
 
話しておいてなんだが、葛城ミサトがここまで理解するとは思ってなかった赤木リツコ博士。たいていの人間は、疑似ユダロン、などと言われた時点で思考停止する。もしくはループするか。障壁に塗られた、とかいうセンスは全く自分と同じで顔には出さず驚いた。
 
自分たちも使った「禁じ手」を他の誰かも必ず使うだろ、と考えるのは作戦家のサガとしても。理解可能な接点は多い方がいい。完全なシンメトリーなど期待できなくても。
疑似ユダロン、とか、そんなもの作成可能なのか、などと聞いてこないのも有り難い。
自分と同種ならばそのあたり絶対に追求して何十時間でも議論しただろう。時間ないの。
 
 
未完成ではあるのだろう、「疑似ユダロン」システム。もしくは、不出来な鏡写しの存在など許容しないユダロン自体が追っ手でも放って凍結させたのか。このあたりは想像するしかない。・・・自分にはその発想すらなかった。「レイがいるから必要ないでしょ」
ミサトごときに心を読まれるとか・・・疲れてるわね・・・・。まだ足りないけど。
不思議なことに、疲れているのに、歳を重ねているのに、まだ身体は動く。
 
 
「サギナ、カナギ、あなたたちはもう帰りなさい」・・・システムに埋め込まれて長い時間を過ごしてきたふたりは、こういった解析作業においても自由自在の右腕左腕、それも仕事ぶりでは超マッチョ、ダンプカーが乗るレベルの、究極仕上がりきっているパワードアームであり、ここで帰宅させたりしたら戦力ダウン甚だしいのだが。土台となる肉体のことを考慮すれば葛城ミサトもダメだと言えぬ。言えばここで戦争になる。その分、てめえの寿命削って働いてはくれるだろうけど。
 
「いや」「かえらない」
断固拒否られた。
 
 
東方賢者は、めっちゃ傷ついた。「でも、これ以上起きていたら・・・あとでひどいお熱が・・・身体の光晶化が・・・」何か聞き逃せない単語があったが女の友情でスルーする葛城ミサト。「かえるなら、よにんいっしょ」「カナギ、さんにん、でしょ?まちがえちゃだめでしょ?」何か聞き逃してはいけない数値があったが、そこまでその気ならもうしょうがねえや的にスルーする葛城ミサト。追求する時間もなかったが。
 
 
「要するに、現状ここまでマギがしてやられてンのは、その疑似ユダロンで障壁を断続的に脆くされてる・・有能なうちのスタッフ連中が違和感っててもこれだと指摘できねえレベルで・・・分かれば対処はできるからね。それで間の悪いことに、もう一方の襲撃あり、こっちは分かりやすすぎるほどに分かりやすいパワーアタック。攻城槌を全方位からドッカンドッカンドッカンドンドンドンドンドン・・・・・言ってて腹立ってきたわ・・・」
 
 
「大海嘯皇帝(ネオ・ラディア・ネモ)式」
「天源破戒(てんげんはかい)式」
「タイタンなまず式」
 
 
赤木リツコ博士と、赤木サギナとカナギが、静かに、おそらくは葛城ミサトの心臓と脳の血管がブチ切れないように配慮してのことであろう・・・・告げた。
 
 
「は?なにそれ?」
 
さすがの葛城ミサトも理解が追いつかない。受け入れたくなかっただけかもしれないが。
最後が「タイタンなまず」とか、童話っぽくもある名称だったのがアレだったのか。
 
 
「マギを攻撃してる・・・・マギ亜種の名前よ。現時点での単純な攻撃力、浸透力だけならそれぞれ皇帝列会式、メギの3倍はあるわ」
 
「はあっっ!?3倍って・・・つまり、3×3で、9倍ってこと?」
もちろん、そんな単純な計算ではないのだが、敵を過小評価するよりはいい。
 
だが。
 
「ちょっと、違うわね」赤木リツコ博士のダメだしが出た。
 
 
「現状、互いに足を引っ張り合いながら、の3倍よ」
 
 
「げふっ!!」
魂が、肉体を車田飛びで吹っ飛んでしまった葛城ミサト。正確な情報は劇薬でもあった。
 
このまま銀河の果てに逃亡したいひどい事態であるが、なんとかつけいる隙を探しながら片付けるしかない。くそ・・・・エヴァでとりあえずぶちのめしておけばよかった使徒戦の方がなんぼか気が楽だ・・・などと、口が裂けても言えないが・・・葛城ミサトも人間であるから、心の片隅でちらっと、思ってしまっても無理からぬ。太陽と同じくあまり直視し続けてもまずいものはある。己だけは弱い己を許してあげねば・・・・
 
 
しかし、そんな内心を見抜いたのか問題視されたのか、現世に戻らんとする葛城ミサトに特大のバチがあたった!!・・・・・わけではないのだろうが索敵班から半べそかいた連絡がきた。ここにきて、物理の敵が来襲。しかも・・・
 
 
「エヴァが!?しかも4444BC型が陽電子砲積んでる!?嘘でしょ・・・なんで日本にいんのよ・・・実はバチカンから盗まれてた?いや!ンなことより、なんでここまで気づかなかった・・・いや・・そうか・・・これもグルか・・・」
 
話しながら端末で送られてきた映像を確認する葛城ミサト。自分たちの本陣、第三新東京市より西方に異形のエヴァが布陣していた。サイバー戦だけでも頭が痛いのに・・・!
物理か!パワー・オブ・物理学か!!
 
 
エヴァ、エヴァンゲリオンとは人造人間であるから、基本的に人型をしている。いろいろ理由があるが、人が乗ってシンクロするのだから、その方が動かしやすい、というのが第一であろうが、・・・これは完全にそうするつもりがない。寄せ集め。下半身だけを六つ、上半身だけを四つ、左腕部分が7,右腕部分が5,半分に断ち割られた頭が8,と。
これでシンクロしようものなら、どういった視界になるのか・・・6つの下半身で基底部を支え移動する。神輿というか山車というか、明らかに人間が乗るようになっていない。それは不敬であり不可であっただろう。もちろん、戦闘用ではない。むしろその逆。
 
 
使徒戦の終結後、刀狩り方式にて各地で(正規非正規問わず)建造されていたエヴァのパーツをまるまる合体させてオブジェ化。使徒殲滅の供養塔としてバチカンで保管されていた。しゃれではない。一応、パイロットがいればATフィールドも展開可能、(目がまわって十秒も乗っていられないらしい)だが、メインの役目は発電用。スクワットするだけで大電力を生み出す素敵なシロモノだったが、動きがキモかったのか教義に反したのか、
お飾りになっていた。ある意味、平和のシンボルではあった。見た目が猟奇だったが。
 
 
こんな目立つモンがどうやって海を越えて、こんな近くまでやってきたのか。姿を現した、ということは射程距離だということだ。監視がふぬけていたというのは楽だが・・・それほどまでに都市全域の目が封じられたいた、ということだろう。自分も含めて。
検証は後回し。陽電子砲搭載、ということは、完全にやる気だ。悪夢の具現だ。
これも亜種マギどもの仲間だったら・・・いや、足引っ張り合っているんだったか・・・
 
 
とにかく、これ全部人間の仕業だ。それだけは間違いなし。はぁ〜・・・・・・・・
そこまで私達が憎たらしいのか。そこまでやる?同じ人類じゃん!皆兄弟姉妹じゃない!
 
 
「どう思う?」
さすがにこの有様で全てを即座に解決する方法とか口にできたら人間じゃない。神だ。
それは百も承知でリツコ博士に聞いてみる。
 
「まずは要求を聞いてみれば?こっちを全滅させるだけなら、もう終わってるわけだし」
つまりは、もう撃ってこれるわけかー。向こうは。あー、バチバチ光ながらスクワットしとるわ・・・こんなことなら廃棄させとくべきだったか・・・いやパーツ取りに使えるし
・・・アレに乗れるパイロットがいるとかそもそも想定外だったけど・・・
 
「まあ、意思疎通は大事だわね・・・・・一応、聞くけど、レイのケーブル切っていい?」
「ダメよ」
コッチの案が切って捨てられた。さすがの零号機でもダッシュで向かっている途中でブチ抜かれて終わりだろうし・・・空飛ぶ盾とかさすがに実用化されてないし・・・まあ、こうなると頼りは・・・
 
 
「碇シンジ君に要求します」
 
発令所に戻ってネゴネゴ交渉してやるか、と葛城ミサトが気合いを入れたところでエヴァ4444BC型パイロットより要求がきた。冷静だが、20代には届かないだろう少女の声。チルドレンのリストには該当なし。
 
「名指しですか・・・シンジ君を」
立場的には、その親父、碇ゲンドウが適当であろうが・・・・さて・・・この声は・・・
 
 
「今すぐ エヴァ初号機の頭を切断し」
 
「は?」
陽電子砲が向けられている現実に揺さぶられるハートが、さらにへし折られるサイコ要求。
 
 
「こちらの指定する兵装ビルの上に載せなさい。陽電子砲で撃ち抜きます」
 
「何言ってんの?どんなテルよ?」
テルというのはウィリアム・テルのことであろうが、それにしても矢で撃ち抜いたのはリンゴであり、子供の頭ではない。失敗したらそうなっていたかもしれないが。にしても。
 
「被害は最小限になるよう発射調整しますが、影響は零にはなりませんのでそちらでも努めてください」
 
それはそうだろうし、むしろ撃つな!!だが。なんなんだこいつは・・・4444BC型は実際運用は困難だが、シンクロ自体は(他の通常エヴァに比べれば)容易い。格闘行動はせずトリガーを引くだけならば・・・選ばれなかったパイロットでもやれるだろう。
 
そっちから辿るのは間に合いそうもない。マギのかくのごとし不調を除いても単独運用できるようにしてあるんだろうし。次から次へと・・・あーシンジ君がいればな・・・
アスカがいればな・・・鈴原君洞木さんがいればな・・・・レイはいるけど動けないし。
こっちから遠隔操作エントリープラグぽん、ならいいのに。もちろん通じない。
 
交渉の余地はありそうで・・・・かなり難しそうな相手だ・・・サイコさんっぽいし・・
 
 
 
ただ、碇シンジがここに、第三新東京市にいないことを知らないのは・・・
 
ブラフの意味もあるまいし。いやサイコさんだと単なる嫌がらせか、事態もかまわず定型でコトを進めてくる可能性もあるけど・・・どうしたもんかな−・・・どうしましょうかね、リツコ先生?・・・・あ、視線そらしやがった。女の友情って・・・