「結局、赤木ナオミは何がしたかったわけ?」
 
 
赤木リツコ博士の研究室にて。葛城ミサトがコーヒー片手にたずねる。さぼりではなく、時刻は深夜の底、明けそうもない残業の果て。女ふたりの雑談。立場も眠る丑三つ時。
だからこれは公式見解などではない。ただの雑談だ。一連の事象はあらかたケリがついた。
 
 
使徒戦でもないのに、ネルフがこれほど縦横無尽にやった、業界と世界に存在感をまざまざと見せつけた。対使徒というメイン業務を失って、斜陽機関、いらない子部隊になるはずだったのだが・・・「これからのネクストはオレたちの時代!」だと思っていた者たちは大いにアテが外れることになった。いろいろと表沙汰にできないレベルで大失点をつけてしまった組織はネルフに大いに借りを作ることになり・・・それを元手にてめえたちの好きな道筋をつけるのが葛城ミサトの仕事であったが、ずいぶんとやりやすかった。
整っているうちがやりやすい仕事と、乱れている最中にしか進まない仕事もある。
 
 
一歩間違えれば、瓦礫の城、砦の廃墟になっていたかもしれない・・・こんなふうにコーヒーなんぞ飲んでいられない、己の唇を噛みきった血を飲んでいたかもしれない、乱世を歓迎するということは決してない。己ひとりの身体を代償としてなら浪漫を追うのも良かろうが。もう、そんな歳でもない。リツコ博士よりは若いけど。そんな、歳でもないのだ。
 
まあ、年齢を考えすぎると出来ないこともあるので。そんなに拘らなくてもいいかあ。
 
 
・・・・・いやー・・・・マジでナギサくんとかあ・・・・私とシンジ君が?みたいな話でもうゾッとす・・・い、いや、知能レベル的にはつりあうのが80,90代の爺様しかいないのを考えると無理からぬから、むろん祝福するけど。親友として。碇司令の後妻でシンジ君の継母よりかは・・・・ありそうでありえない話。これ以上は話がそれすぎる。
 
 
失っていたかも知れないものも巨大だが、得たものも大きい。
 
 
赤木シリーズ、あえて言うが、現存するものたちを全員、綾波党の監視下におけた。
 
それらが造り上げた「大海嘯皇帝式」やら「タイタンなまず式」やら「天源破戒式」やら「バビノン」やら「フリクリ」やら・・・・・常人が束になっても制作不可能な空想兵器レベルの危険極まるシロモノどもをネルフの東方賢者、赤木リツコ博士の管理下におけたことも・・もちろん、簡単に「ああそうですかお任せしまっせ」というスムージィーな流れではなく、かなり苦労したが残さず全ゲットした。恨みを買うのが怖くてネルフはつとまらない。無害化するなり封印するなり、そのスジに返却するなりしていくわけだが、管理下にあることを明言しないものもあった。
 
 
「密林大帝式」・・・標的を認知見敵する全機能を狂わせて、攻撃を回避する・・・黄金のキをいつまでも発見できずうろうろとさまよったあげく白骨死体にさせるがごとくの冒険者・盗賊殺し・・・頑丈な壁も堅牢な扉もいつかは破られる。光の速さでいつしかすりぬけられる。
 
ただ、正しいルートを選択し続けられれば。それが脈動する木影の群れに途切れたなら。
 
現時点では最高の防御式。皇帝列会式が最強の矛であり、対となる最高の盾として赤木ナオミが設計したこれは、多分に意図的なものであったのだろうが、同時多重攻撃における同士討ちさえ誘発してのけた。おそらく敵兵の数が多ければ多いほど効果は高まる。
静かに、それこそ存在すら知られずに、第三新東京市は、無限樹海に守られている。
 
 
赤木ナオミが、己の意思で造った、遺産。置き土産。
ある程度、身の安全が保証されていければ、前には進めない。
防御至上で、亀ガードで固まっていても、判定勝利もつかめない。
この都市を闇の金庫みたいにしてしまっても、意味がない。闇金シティーとかカンベンだ。
 
 
 
本人の口から語ってもらえば話は早いが、彼女はもういない。
 
 
「赤木シリーズの保護が目的だったのかしら・・・・?」
 
「本人の前で言うとか、人の心がないのね・・・行動履歴からすると・・・そう、でしょうね。メギの再生を1番に求めているようでいて・・・そうではなかった。解放を求めるだけなら起こす騒ぎの規模が大きすぎるしね・・・」
 
じい、と葛城ミサトは、コーヒーを啜る親友の目を見ていた。
 
「表向きはそうだけど、・・・・奥には・・・芯には何かあるってところか・・・
吐きなさいよ」
「コーヒーを?汚いわね・・・」
入れ直しに席を立つ赤木リツコ博士に「これは想像なんだけど・・・赤木シリーズのしごできが過ぎるってのは・・・なにか・・・・あるんじゃない?」「それ、想像にもなってないから。暗いところにお化けがいる、みたいな」
「リツコにさえ作れないものが作れるってのが、腑に落ちないのよね・・・」
「いや・・・私以上の天才なんて、いくらでも・・・でもないけど、いるのはいるわよ」
 
「起源のひと・・・おかあさん」
 
「・・・・・」
天才科学者でも親友でもなく、ひとりの娘の目になった。
切ることはできても解くことはできない赤い縄で縛られている。天才も人間で娘の時代があったのだ。わたしにもあったけど。いや、私は今も人間だけど。凡俗よりの。
自然なことだが、誰かの子供、誰かの娘であるのだ。いかに知恵を巡らそうと不変の事実。
 
これ以上は踏み込めないと判断すると、葛城ミサトはあっさり引く。
「・・・碇司令たちなら・・・なんとかしてくれるんじゃない?」
「だめ・・・母さんは、ユイさんの近くにはいけないの・・・」
 
赤木ナオコ
賢者の母。
 
赤木シリーズが、なぜ、ここまで作り得てしまうのか。その理由は。
他の天才血統と隔絶する一点。まさか友人の母親をラストカーテン呼ばわりするわけにもいくまい。
 
「私が・・・どうにかするから」
「いつか・・・・いつか・・・・・」
「でも・・・こんなこと言っておいて・・・赤木シリーズのことも・・・・」
「どうにもできなかった・・・しなかったけどね・・・・」
 
 
天才でも科学者でも感情がデータとして整理できずに、言葉以前の形式で溢れてしまう夜もある。
 
 
呼び鈴が鳴らされた。電子的な接続はしたものの、碇シンジがこのたび北欧でゲットしてきたものだった。ただ、こんな夜、このメンツに混じろうという奇特な人間がネルフにいるはずもない。かろうじてやりそうなのは綾波レイくらいだが、もう里に戻っている。
 
 
「誰かしら」
「お化けじゃない?」
「バカじゃないの?ミサトなの?」
「え?ちょっち待って?今のは愚か者=わたし、の意で使用したってこと?」
「何がお化けよ。いい年して」
「え?何?ちょっと表に出る?久々にガチンコでやっちゃう?」
「コーヒーでいいのかしら・・・」
「いや、アルコールでいいんじゃない?子供扱いまずいでしょ」
「肉体年齢的には・・・ミサト、あなたまさかシンジ達と同居してた頃に晩酌に付き合わせたりとか・・・」
「今更なによ。んなわけないでしょ。基本、真面目なんだから。つまみと後片付けくらいは担当してもらってたけど、たまに」
 
 
 
「早く入れなさいよ、というか、もう入るわよ」
 
 
許可がなければ入れるはずがないネルフ総本部の三大魔窟のひとつとうたわれる赤木リツコ博士研究室の扉が勝手に開かれた。そこには、オレンジ髪の少女が立っていた。
 
「赤木ナオ・・・・ミ、じゃないのか・・・もう」
 
ボディスーツをまとった兵士三人をまとめてブチ抜く凶悪極まる特殊拳銃を下ろしながら葛城ミサト。その貫禄は、大陸を制覇する馬賊の頭目のそれ。公務員オーラは微塵も。
 
「コーヒーでいいのよね?」
こちらの方は、賢者であることを崩さない。マイペースでカップを用意する赤木リツコ博士。「砂糖とミルクは好きにして」さすがにここで弟子を使役したりしない。
 
「なんでこんな夜中にコーヒーなのよ。麦茶でしょ年齢的にも肌的にも。そんな時間ないから、これ渡しにきただけだからね」
 
そう言って赤木ナオミだったオレンジ髪の少女は、ピアスをふたつ、投げてよこした。
赤木リツコ博士と、葛城ミサトに、ひとつづつ。「あ」「ほいっと」うまくとれなかったリツコ博士の分を葛城ミサトが渡した。「ちょっと目が霞んだのよ・・・」「うんうん」
 
「鈍いわねー、それ、密林大帝式のマスターキーなんだから。見つからないようヘソにでもつけときなさいよ、じゃあね」
 
 
それで立ち去ろうとしたからさすがに呼び止めた。ここまで来れたからには帰りも楽勝なのであろうが。「まさかヘソにつけないと使えない、とかないわよね・・・」「そうして欲しけりゃそうしてあげるけど。やっとこうか?」「必要ないわよ。ミサトなの?」
 
 
 
閑話Q題
 
 
 
「時田とケリはつけたのかって?・・・・そんなこと聞く?人の心がないのね」
 
結局はコーヒーで。女3人語り。「真田とくっついてりゃいいのよ。冷静と情熱コンビでちょうどいいし」「真田さんってバツ4ってほんと?」「ほんとに人の心はないの?バツっていうか、ありゃ単に男が恐れをなして逃げただけだからバツ呼ばわりは女に不公平よ」
「職場でクールなら家庭ならホットと思うのがおかしいのよ。ギャップもいずれ慣れるし」
 
 
「なんで綾波レイを送り出してこないわけ?ユダロン経験者を差し置いて、レールガン式の鉄砲玉を送り出してきてからに!あれでずいぶん計算が狂ったわよ!おかしいでしょ?」「まあ・・・・それは・・」「いやいや、レイを行かしたとなったらどうせシンジ君も後を追うから。そういう計算がこっちにもあったわけよ。事実、うまくいったし」
 
 
「鈴原ナツミは・・・アレは隠し球だったわけ?完全にノーマークだったんだけど・・・ログを見ると・・・」「そうよ!タダ者じゃないわよ!だからシンジ君も同行させたのよ!あなたからもそう見えてたってことは大きいわね・・・」「記録しないでよ!オフレコの約束でしょ!」「一般人よ。エヴァとシンクロもできない・・・・・今の時点では、ね」
 
 
「バビノンで名前を変えれば、その存在を認識できなくなる・・・ユダロンの力が使えるレイが紐付けているから、関係者には分かるようになってるけど・・・いつまでやるの」
「そこまで面倒みきれないわよ。アンタたちが考えればいい。アタシはほんの少し、モラトリアムを与えたかっただけ・・・アタシがたまたま、もらった分だけ、あの子達ももらわないとおかしいでしょ・・・ああ、分からないか。要するに、我が儘よ、アタシの。
”自分”さえ、よければいいの。勤勉かつ確実に成果を出すのがモットーの赤木シリーズに生まれた汚点、怠惰の心情を拡散させたかったのよ。分からないでしょ」「分からないわね」「え・・・そこは、同情心を買うところでしょ?理解を示すところでしょ?人の心はないの?」「それこそ」「それこそでしょ」「ミサトなの?」「おばさんハートね」
 
 
ドギュン!!
 
 
「・・・・まあ、こんな騒ぎにならないと、表には出なかった・・・感謝は・・・した方がいい?」「しなくていいわよ。アンタたちがヘタを打っていたら、ここら一帯無くなってたでしょうから・・・カガガの件はこっちのミス。というか、なんであんなにテキトーなの管理が!聖遺物なんぞより遙かにやばいでしょこっちの方が!」「ままま〜・・・おかげさんで、こっちはあんじょうやらさしてもらいましたさかい。そないに怒らんとって」
「・・・撃たれても文句はいえないと思ってたけど・・・そっちがそういうならアタシも謝らないから・・・・むしろ、怒りがリミット越えてるの?え?笑いこらえてんの怖いんだけど・・・」「まあ、こんな騒ぎにならないと表には出なかったであろう感情もあった、ということで!それで、式はいつだっけ?」
 
バギュン!!
 
 
「・・・・・セキュリティ体制、大丈夫なの・・・・?アタシが言うのもなんだけど・・・」「まあ、この時間、なんの音がしようとここに駆けつけてくるのは勇者の中の勇者よ」
「システムは・・・一部例外を除いて正常に作動しているわ・・・自爆機能とか・・・」
「オーケー、ごめんなさい。あやまります。調子のりました。その話題はふれないから」
「分かればいいのよ。さすが親友。物わかりがよくてうれしいわ」
「・・・なぜか、パタリロとバンコランのやりとりを見ているよーな気がするのだけど」
 
 
「おかわりは?」「いらないわ。もうお暇するし」「もう一軒いきましょうよ〜!」
 
朝になってしまう前に、オレンジ髪の少女はカップを赤木リツコ博士に手渡した。
 
「ごちそうさま。もう少し高い豆をつかってもいいんじゃないの?賢者さま」
「清貧をよしとされているのですよ、うちの賢者さまは。清く貧しく美しく!」
「どこの宝塚よ・・・せめて清く賢くにして。美しさはともかく。これが慣れてるから」
 
 
「そうね・・・けっこう口にあってた。それなりに美味であった。皇太后のお墨付きぞ」
 
 
 
 
「・・・・マギを殺したいとは思わないの?」
 
 
 
 
「・・・黙っておけばいいのに。リツコなの?」
 
 
 
「ナオミなら、そうしたと思うが。もう赤木ナオミはいない。・・・恨みを消す薬でも・・・・どこかの天才が作ってくれればいいんだけどね」
 
 
 
 
「しんこうべまで送りは時田さんが?」
「まーね、最後のドライブよ。なんか昭和でイヤなんだけど・・・・え?」
 
オレンジ髪の少女が目を丸くした。視界に信じられないものが写っていたからだ。
 
 
ピアスを握りしめて、グズグズと泣く赤木リツコの姿。
 
 
「誰この女、もしかしてニセモノというか影博士だったの?」
「そうかもしれないわね。本物はカメラでどこか遠くから仕事しながら見てたのかも」
「いや速攻で否定しなさいよ!人間失格でしょそれ!というかアンタは本物よね!?」
「ネルフは忍者屋敷じゃないんだから・・・でも、たまにはあるでしょこんなこと」
「今回が初めてじゃないの!?たまにはあるの!?」
「あるわよ。この女、むっ・・・・・ちゃ、情が深いから。底なしだから。奈落だから」
「そこまでいくと怖いんだけど・・・バッドエンドしか待ってなさそうなんだけど」
「そりゃもう覚悟して付き合わないと。たぶん、めっ・・・っちゃ明瞭に覚えてるんじゃない?忘れずに。魂に刻み込んで。わたしなんか都合の悪いことはすぐ忘れるけど」
 
 
賢い、ということはどういうことか。知恵がある、ということはどういうことか。
<解答期間 2000年>
 
 
無知の知、からもう一歩進んだ答えが欲しいこの頃。
頭が悪くなるファクターを消す薬でも飲めば何か思い浮かぶだろうか。
当代の答えをリレーしながら、しながら、しながら。もう少し先まで駆けていく。
スタート地点にそれはもう用意されてあったのかもしれないけど。
 
 
「アンタには無理そうだと思ってたけど・・・・・もしかして・・・・あ、いや・・・」
 
オレンジ髪の少女は何か言いかけて、やめた。生きた人間はすぐバカになる。バカにならないと生きていけない時もある。後事を託すとか、そんなのはアタシではない。
出来ることは全てやった。さすがにもう余生でいいだろう。時間はそんなにない。
 
 
こんなコーヒーをのんで、らちもない話をする時間を得るのが望みだったわけではない。
けど、こんな風にできた。メギの中に埋められて眠るのも良さそうだったけど。
 
 
赤木シリーズの本当の限界寿命がどこまでなのか、研究してみるのも一興。
コレは完成するようなモノではないから、趣味の領域だ。てめえの身体で試すのだから誰に文句を言われるでもなし。よさそうな研究施設をいくつか買収してやろうにも、あそこは基本的に綾波党が全て抑えてるからな−・・・そこからか・・・まあ、やりようはある。
 
 
「もしかしたら、不健康なアンタたちより、こっちの方が長生きするかもしれないしね・・・・あと、あんまり調子にのってふざけたマネしてたら、大帝の枝はアンタたちの首を吊し上げるわよ。特に葛城ミサト」
「じゃ、上まで送ってくわ。機械の目はともかく、人間の目は誤魔化すのがめんどうだし」 「ちょっ!?捨て台詞なんだから、ここで別れなさいよ!しかもリツコを放置とか!?」
「いい年なんだから自分で顔洗ってどうにかするわよ。つうわけで、時田さんにも挨拶してくるから」「時田にも会う気!?どういう神経してんの!?」「別に普通に社交辞令じゃないの。しない方がおかしいわよ、あ、ついでに職員食堂で朝食にする?」「しないし!」
 
 
葛城ミサトはオレンジ髪の少女を連れて出て行った。
 
 
赤木リツコは気のすむまで、ぐずぐずと泣き、それからいつもの賢者に戻った。
 
そろそろ朝だ。賢人の知恵を求める者どもが大挙して、デジタル的に、押し寄せる。
この業務が滞ると、総本部の稼働が5パーセントは低下する。重すぎる責任。
 
特に密林大帝式は、東方賢者の専任事項であり、任せられるのが伊吹マヤくらいしかいないので大変。式とか、ほんとにいつのことになるのやら。コンマ3秒だけ、頬が桜色に染まって。仕事を続ける。不健康ではあるが、短命で終わる気は、全くない。むしろ死んでたまるかと思う。何があろうと生き延びる。やるべきことはともかく、やりたいことは多すぎる。この天才頭脳で適正に整理しているはずなのに、処理しきれない多さだ。
 
賢者が欲を出して何が悪いの?仕事と家庭と新婚を三立して何が悪いの?
 
こんなことになるとは、はじめて賢者になった朝には分からなかった。
 
 
 
いろいろと、世の中には、朝も夜も、晴れの日も雨の日も、楽しいことがある。
 
 
 
あとは健やかなる時も、そうではない時も、そのように過ごせるか。
 
 
 
「・・・今、いいですか?業務開始前にしようかと思ったんですが」
 
こちらは正当なる資格をかざして入室してきた。隠しきれないハニームーンオーラを漂わせるまだ宇宙には戻らない白銀の少年、火織ナギサであった。幸せそうな美少年は、薄幸の美少年よりイイ!異論は認めない。断固として。・・・・まあ、個人的見解はともかく。他人に吹聴することは絶対にない。特にミサトとか。死ぬまでネタにされ続けるだろうから。神話の中にしか存在しそうもない、あ、いやネルフには過去にも現存してたけど、そんなビュリホ生命体が自分の仕事場に出現してくれる・・・アテナ神殿じゃないわよね?ここ。しかもその顔に「あなたが心配なんです」とか書いてあったりした日には・・・・自分の顔もちゃんと直してあるから安心。ぬかりはない。
 
 
「どうしたの?ナギサ君」
 
キリッ。キリキリッッ!!知性100%放出でのキメ顔。手は止める。ここでわけわからん指示を出してしまったら都市がとんでもないことになる。赤い瞳がこちらを見てくる。
 
そして、ほっと緩む。「いえ、なんでもなかったようですね。すみません、お邪魔しました・・・なぜか、悪い予感がして様子を見に来ただけなんです」
 
この優しい美少年声。商売にしたら巨万の富になるであろう。誰にも聞かせないけど。
癒やされるどころではない、200時間は余裕で連続勤務できそうだ。危険だわ・・・
 
 
「・・・・ん?・・・これは・・・・」
 
優しかった赤い瞳が、眉根が寄って曇っていく。 「ど・・・どうしたの?」直しが甘かったのだろうか・・・・
 
 
「寝ていませんね?せめて仮眠はとるようにお願いしたはずですが・・・?」
声が怖い。ビュリホ生命体だからこその圧が凄い。神話的に逆らえない圧が。
 
「え?ちょっとミサトと話し込んでしまって・・・ミサトも寝てないから・・・」
言い訳になっていない。確かに、睡眠時間のあまりの少なさに苦言を呈され改善を約束させられはしたが・・・「ミサトがしつこくて・・・立場上、話を聞かないわけにはいかないし・・」ここでオレンジ髪の少女のことを出せば、それはそれで大問題になる。親友を生け贄にしとくのが1番だ。ウソではないし。
 
 
「寝ましょう」
「え?」
 
 
「寝て下さい」
「え?」
 
 
赤い瞳が迫ってくる。なんかオラオラオーラで。ご休憩しろと?業務は?始まったばかりなのに。あ、もうレッドアラーム鳴ってるし。早いとこ処理しないとマヤにも怒られる。
 
 
「リツコさんに業務が集中しすぎです。異常です。早急に是正すべきです。総本部の人間はリツコさんに甘えすぎる・・・リツコさんはあのひとたちの母親じゃないんだから」
 
怖いのにかわいいとか・・・美少年とは謎の生き物だ。ここ現実?夢?ファンタジー?
たぶん夢落ちだ。都合のいい・・・けど業務が秒で積み上がっているリアルからすると・・・まあ現実なんだろうな・・・やるべきことはやらないと
 
 
「そんなわけで、代わりを用意しました」
「え?」
 
 
うちの美少年は見目麗しいだけでなく、仕事も出来る。むしろそちらだけが注目されてはいたけど、代わりって。この赤木リツコの代わりって。有能すぎて怖いんですけど。
もちろん、場の空気を和ませる才能のことよ?マギ管理の業務なんてとてもとてもとても
 
 
<赤木リツコの代行1号なのら>
<代行2号です。仕事、もう始めていいんですか?>
<代行3号でつ。へー、リツコねえたんはこんな顔してたんでつか>
 
 
火織ナギサが示す端末画の中には、少女姿のアバターが3体おり、それぞれ名乗った。
事情を知らなければ、ふざけているのか発狂したのかと思うようなメンツであるが。
 
マギ・オルタ・マスターズ。
 
これならやるだろうな・・・・と、確信があった。実力のほどは嫌というほど胃に穴があくほどに思い知らされている。代行業務ならば3人もいれば十分に文殊レベルだろう。
 
 
「始めてくれ」
 
声と同時に、山のように積もった案件がごっそり処理された。もちろん精査しなければ分からないが・・・マヤたちから文句がこないことから察すると・・・テキトーにやったわけではないようだ・・・こんな、都合のいいことってある?やはり夢だ・・・じゃあ、寝ておいてもいいわよね、と赤木リツコ博士の瞼が閉じてしまったのも無理からぬ。
 
あと・・・20分。いや、10分でいいから。30分とか高望みはしないから。
 
目覚めた後には変わらぬ量の仕事の山が待っているのだろうけど・・・・今だけは。
通常人では悪夢としか思えない業務をこなし続けていたわけだが・・・
 
 
「もう少し、身体を労ってもらわないとね・・・・・」
 
月の光を飲んでその美しさを保っているような美少年でも、欲もあれば望みもある。
この都市の住民ほとんどが知っていることであるから、もう隠す気も照れる気もない。
 
 
ただ、さすがにオフィスレディコミみたいな展開になるには、朝日がまぶしすぎた。
 
 
この人を守る、と大言壮語した手前もある。大事に大事に大事にしないといけない。
それだけの人物であるし、そうしたい。賢いというのは損をしない、損を切る損を避ける敵に向けて損を仕掛け損をさせて損を取り込んだままにさせる、ということだろうけど・・・それだけの知識が海のようにあるのに、それをしない。葛城ミサトのような女の部下でなくてよかった。諫めることができる、時には足を止めさせる友人の立場で。
 
包んでしまう。知恵の限りを尽くし、仮想の寄り身を作って、そばに立つことができる。
人は誰かになれないけれど、誰かの近しい人にはなれる。助けになれる言葉を紡げる。
処理速度を犠牲にしてもマギがその形式のままでいるのは。助言を送る者を進めるため。
 
 
 
「やはり、式を挙げてから・・・になるのか・・・・」
 
 
赤木リツコ博士の肉体を抱き上げようとしたのは、せめて仮眠室に運ぶため。
邪念などない。健康を思ってのことだ。徹夜などさせた葛城ミサトにはあとで抗議だ。
宇宙にて、その美少年の肉体も清められている。欲望に負けたりなどしていない。
 
 
ただ、無重力生活が、筋肉に与える影響を少しばかり、失念してもいた。
それは仕方が無い。もともと、まだ帰還予定ではなかったのだ。慌てていたのだ。
 
 
 
そこから先、赤木リツコ研究室で何があったのか・・・マギが全力をもって機密保護しているのでそれは誰にも分からなかった。筒井康隆作「エディプスの恋人」は名作であるがそういうことでは多分ない。と思われる。もし、そうなら超ホラーな展開になってしまったわけだが・・・・まさか、ここで美少年がギックリ腰、とかいうザンネン展開でもあるまい。