あまり早すぎても、当然のことながら遅すぎても、ならない。
 
 
碇シンジにも準備というものがある。周囲の者たちも、ガチガチの鎧を着させて送り出すわけにもいかないが、まさか若殿のオンリー御出陣に、はだかでいかせるはずもない。
 
ただしロンリー・ネイキッド。ここから家来、いやさ護衛をつれていくわけにはいかない。
潜入というより、エサ役であるからだ。ウォーキング身代金。ルアーマン。
どう考えても不自然な挙動こそ、誘いとなる。ターゲットがノコノコと。安全領域から。
 
 
鉄火場。戦いのリングに、わざわざあげるなどと。狂気の沙汰。傲慢の極み。悪手の絶景。
 
 
誰もがそれを分かっていながら、未成年「碇シンジ」を引き止める者もいない。
誰一人として。さまざまな感情をそれぞれの内に収めながら、不思議だと語る者はいない。
 
 
目的地は「北欧のどこか」にあるゼーレの隠し天領「ゲ■ン■ケ■ン」
 
 
赤木リツコ博士抜きとはいえ、ネルフ総本部のフルパワー情報収集にしてはずいぶんぽやけた話ではあるが、ゼーレの天領、それもさらに秘匿レベルがあがった隠し天領であったため、時田氏では1万2千年探してもその名すら掴めなかったであろう。
 
ユダロンが破壊した言語を、その言霊を弔う、という名目であるが、それだけであるはずもない。ただの記念碑施設ではありえない。対・抗ユダロンの一機関である。いかに異能やら能力やら知性やらが暴走いきつくとこまで突っ走りやすいか、よーく知っているゼーレが設立しないわけがない部署であった。喪失言語の再生・・・その研究をしているだけなのか、よくユダロンに抗しうるのか、判然としない。一説によると、「ゲ■ン■ケ■ン」の「■」には言葉が入っているはずなのだが、目障りにおもったユダロンが消去した、と。
全てを消すつもりだったのか、そこまでする気は無かったのか、できなかったのか。
 
そんな超(スーパー)伝奇みたいなことは、99,99%以上の人類には縁のないことであるので、公平に「ゲ■ン■ケ■ン」と表記する。
 
 
ただ、その名を知っていても、そこに至れるとは限らなかった。
その点はユダロンと同じく。権力も財力も体力も、”さほど”関係ない。
運か、生命力か、それを絶妙にブレンドした運命力か。黙示力か。禁断を踏破する資格は。
汝、代価の過多を知るや。知る者だけが、至る道が開かれる・・・・こともある。
 
 
赤木ナオミが「ユダロン」に向かったのか、それともそれに対抗できる禁地に向かったのか・・・マギの判断も分かれた。ユダロン行きが多数2,だった。
 
そうなれば「ユダロン」・・・中欧スイスで進撃バスターをかましてみる、というのが
通常判断、というものだが。マギの多数決もあるし。そこで釣り糸を垂らしてみるのが
吉っぽかろうが、ネルフ大幹部連の意見は違った。マギがそう判断したならその裏をかくのは基本。BASICだと。多分に犯罪者視点が混入されてはいたが。
 
 
とりま、北欧に向かってもらおうと。未成年の運命を決定した。
 
あるいは、そうすることでエサの匂いを流してみたのかもしれないが。
何が正解なのか、どうすればゴールにたどり着けるのか、など。神眼もたぬ身では。
何が正しいのかさえも。わかりはしないが。こんな怪しくて危険な仕事を未成年にやらしてはいかんのは、分かる。そうだろう、と思う。それでも、碇シンジしかいないのだ。
 
 
こんな局面で、いくのが・・・・推奨されるわけではむろんないが・・・この少年ならば。
いろいろな理由はあったが、結局の所、本人が「いってきますね」と言うのだから。
止められるはずもない。この街だけの王でなし、この国だけの守護役でもなし。
雷翼を輝かせる紫の巨人の「こころ」は、必要とされれば広大無辺に羽ばたく。
 
 
 
「碇君、これを」
 
 
深夜の出立となれば、送る者も限られる。しかも成功のビジョンが見えにくい・・・この中の何人が首尾良く、碇シンジが赤木ナオミを連れて帰ってくると思っていたか。
 
おそらく、思っていないどころか、「なんで行くのか未だによく分からない。零号機で留守を任されたけど」という顔で赤い瞳の綾波レイ。ちなみに聖★綾波女学院の制服姿。
 
 
「栞・・・だよね。ありがとう、綾波さん」
 
上等の和紙製で色は紫。上品ではあるが、栞以外の役には立ちそうもない、軽いので荷物にはならないけど、なぜここで渡してくるのか・・・ちっちゃく恋するJKのキュンなメッセージが記されているわけではなく、「<14>へ は すすまない」なる謎の暗号が書いてある。あと、「ここぞというときには、これは<01>」と。なんのことやら。
 
おそらく、綾波レイの自筆。どこぞの文具屋の製品だったら怖い。意味不明であるのは
変わらないが。もしかしたらしんこうべのJKの間では流行しているのかもしれない。
 
 
「<14>へ行ってはだめだから」
 
ミステリー小説なら開幕のフックとしていいかもだけど、もう少し説明してほしい・・・
<01>の方はいうまでもないよね、みたいな顔されても。秘匿性の優先?うーむ。
JKになれば多少はおしゃべりになったりしたかも、などと思っていたが、あまり変化がない。うれしいような難しいような困るような。かといってあまり説明を聞いている時間もなかった。この調子でどういうJK生活を送っているのか送れているのか・・・心配。
 
 
「・・・とりあえず、君の要求通りに仕上げたが・・・さすがに、”ガワ”をそのままってワケにはいかんからな・・・・こっちで調整させてもらったが・・・」
 
時田氏もいた。
 
直接口頭で伝えにくる・・・それ以上に、居ても立ってもいられず、来てしまったのだろう。口にすべき言葉は分かっているものの、出すべきか、己がそれを口にしてもいいのか
迷いながらも。「・・・・どうか・・・頼みます・・・どうか・・・」頭を、下げた。
 
 
ネルフのやり口は最低だ。最悪といっていい。時田氏はそれが誰よりよく分かっている。
 
 
秘匿天領の情報までは得られなくとも、ナオミのことは分かる。どう動くか、何を狙うか。
欲しいものは。目的は。求めるものは。如何にしてその命の証明をする気か。
 
皇帝列会式の爆裂進化系、大帝密林式コンピューター「ア・ゾマジャ・マギ」でもって、ネルフのマギを服従屈服させること・・・・「完成させるまで、持ち時間が足りそうもないわ」とぼやいていたのも嘘だった。そんな甘い女じゃなかった。その執着はサロメより。
求めるよりは、己の手で引きちぎりに行く・・・神も王も恐れることなく。収奪する。
 
碇シンジ・・・正確には、「エヴァ初号機の首」を。
 
メギもその力でマギに破れたわけではない。マギの自殺、強制心中に付き合わされただけで、「ユダロン」だか何だかの謎のオーバーテクノロジー?の介入があったからこその、
その自殺後でてめえらだけ復活させるスーパーズル!!のエヴァ初号機の頭を利用したとかいう底なしバックアップ領域があってこその、反則にすぎない。しれっと異種格闘技戦に持ち込んだあげくに凶器をバキバキ使ってくるヒール・・・癒やし系じゃない方のやつ・・・ストロング系と見せかけて、平然とやる。「わたしたち、チルドレンですから〜ベビーじゃないので〜」それが奴らの、ネルフの本性なのだ。
 
 
新式の「ア・ゾマジャ・マギ」で「マギ」をぶっ潰したところで、同じ手を使うだろう。
ならば、それを封じにかかるのは当然のことであり。ナオミがやらないわけがない。
「ユダロン」とやらをどうにかできるのかは、時田氏には分からない。できる算段がついたから姿を消したのだとも言えるし、それをその手段を開発したばかりに掠われた、という可能性もある。
 
 
「ユダロン」とやらをどうにかするのと、エヴァ初号機をどうにかしてやるのは、どちらが困難か。エヴァをどうにか、というか、決戦兵器という表舞台から蹴落としてやるのがJAの使命であるが。その記憶領域だけをクラッシュさせてやるのは・・・ナオミの才を
もってすれば、やってやれぬことはないのではないか・・・・・。むろん、その領域を用いて商売をしている連中が立ちはだかるだろうが、それでも実戦でATフィールドを突き破るよりは、まだ可能性があるだろう。その唯一の操縦者、碇シンジのデータを得れば。
有効な侵食ウイルスを作成可能かもしれない。密かに混入する方法なども。
 
 
だから、こんな子供など、大事に大事に金庫にしまっておけばいいのだ。
こんな風に、外に出すなど、しかも一人でとか・・・頭おかしいのか?
 
 
必ず、食いついてくるだろう。
ナオミも。その他の連中も。
 
 
ちゃんと、その危険性を教えたのか?ネルフめ。命は大事にしろと。それを危険にさらす行動はなるべく控えることとか。それは逃げなどではない。必要なことなのだと。
せめて、エヴァ初号機を使わせて・・・・無敵の絶対領域に保護させて・・・だな・・・
 
 
それなのに。ネルフは。自分の頼みにこの少年を選出した。・・・・してくれた。
 
してしまった、というべきか。最低で、最悪だ。こうなることを心の底で期待していた己は・・・・。不死身の神の子などではない。そうだったら「あんな注文」するものか。
それに近くあれる鎧すら、つけることなく。歳は高校生であっても、男の子、の顔立ち。
 
 
「リミットが、あるんですよね?だから、なるべく早く解決しますよ」
 
夜の雲の瞳が、語っていない事実を、あっさり告げてきた。ナオミの肉体の限界。
ネルフの連中は教えていないことは確信があった。ヒールの矜持的に、だ。
実験のための身体は、そのプランの完遂予定までの強度しか与えられていない。
完遂のために命を燃焼させたとて、それがナオミの夢、物語であるなら。
 
 
それでも・・・・エヴァなんぞに乗って小癪な小僧であるが・・・この局面であんな条件を出してくる、奇妙極まる子供であるが・・・送り出すべきではない。
 
この街に、この大人達と、共にいるべきなのだ。まだ、そうしていいだろうに。
 
誰も止めないのか?うまくいく保証などなかろう?裏目に出る可能性はずいぶん高いぞ?
それなのに。エヴァにすら乗っていかない未成年に、こう言ってしまった。
 
 
「お願いする・・・お願いします・・・何卒・・・」
 
情けなさに慟哭するように。理不尽さに怒り燃えるように。そして、祈るように。
首輪をつけて引き摺るようにして連行されても己は感謝できるだろうか。だからこそ。
その手には何もなく。懐に栞?を差し込んでいたけれど。
 
 
専用機が離陸する。
 
子供が、身一つで、夜の空を行く。
大人たちの手の届かない場所へ。
力ある、輝く翼を、あえて使わず。
 
 
ザン!!
 
斬馬刀でも振るうかの音を聞いたと、思った。のんきに子供を見送る者などいない。すぐさま己らのやるべき、やらねばならぬ、完璧にやり通さねばならぬ仕事にとりかかる気合いの残響。目つきのガン決まり具合はアイアンハートの海兵隊もこれを避くほど。
 
自分の感情が、同種類のものが、彼らの中に存在せぬはずがなく。またその響きの深さは。
時田氏はそれぞれの現場に移動する一同にも頭を下げた。
 
 
 
「・・・あー、受けたのはシンジ君だから。こっちには、いいですよ」
 
頭を下げ続ける時田氏に、最後に残った葛城ミサトが声をかけた。その後方に綾波レイ。
 
 
「寝た方がいいと思う。すごい隈・・・寝たふりは睡眠じゃない、健康維持は大事なこと」
 
女学院では敬語を教えていないわけではなかろうが、カテゴリ的にそうなのか。
 
無茶振りしてきやがってこのボケ社長が!!と怒鳴られても文句が言えない所でもあり。
衰弱しきっても入院に応じない頑固老人を馴染んだ調子で説諭しているようでもある。
 
なにか返答しなければな・・・と、思うか思わないかあたりで、時田氏の意識は途絶えた。
 
 
綾波レイが何かしたのか、タイミングで緊張の糸が切れたのか、単純に体力の限界だったのか・・・「よいしょっと」車椅子を用意していた綾波レイが、さして力もいれずに時田氏を乗せた。手際が良い。聖★綾波女学院では救命術は必須講義だったりするが。JKパワーで筋肉が強まっていたのかもしれない。「へー、うまいもんね。」感心しながらもJA連合に連絡を入れる葛城ミサト。「ここで死なれたらさっすがに寝覚めが悪いからねえ」
 
 
「シンジ君が、碇シンジが引き受けたってんなら、ネルフが全力を出さない理由がない」
 
「もちろん時田さん、あんたたちの為だけじゃない。これは、試金石」
 
「使徒殲滅でもなく、同じエヴァと殺し合うでもなく、ネルフの生きる道・・・それを
示せるか、・・・あの子の、彼の手に、灯火はあるのか・・・先頭に立ってくれるのか」
 
 
綾波レイは何も言わない。言うまでもないからなのか。いきなりの独白についていけなかったのか、不明。もしくは、そんなことかっこよく言ってるヒマがあったら仕事しろと思っていたのか。この場に惣流アスカがいたら(どうしても都合がつかず、戻ってこれなかった。しばらく天京に絶対足止めであるから「惣流北欧編」が始まることもない)なんか良さげな受け答えをしていたのかな、と羨んだりは。
 
 
「碇君は、やるから」
 
こんなことしか、言えない。そうとしか思えないし、言葉が出てこない。女学院の授業でいろいろと仕込まれてはいるけれど、こと碇シンジに関しては。そうとしか。
強く望むのなら、強く応えてくれる。胸の奥には微かないたみ。唯一人、自分だけの。
 
 
「・・・そうね。シンジ君なら、見つけてくれるわよね」
 
目的語が略されているのはわざとなのかどうなのか、葛城ミサトは頷いて歩き出した。
 
まあ、もうJKであるから、車椅子を押すのは任してしまう。頼れるなあ。アスカだったらまあ、絶対やってくれんだろうし。レイならきっと舅さん姑さんともいい関係が築けるお嫁さんになれると思うわ!内心で葛城ミサトがなにほざいているのか察知しながらも
 
淡々と車椅子を押す綾波レイであった。葛城ミサトにやらせても段差を越せそうもないし。
 
ちょっとしたコツがいるのだ。それを知っていることで人生の局面が大いに変わってくる、こともあるかもしれない。パワーと愛では解消できない問題も。コツ密度は大事、と綾波女学院でも教えている。
 
 

 
 
ストックホルム。
 
 
北欧はスウェーデンの首都であり、ノーベル賞の授賞式が行われることで有名。知名度目当てにノーベル・シティとかに改名することもなかった。碇シンジが降り立ってしまったからには、どのような災厄が発生するか分からない。ネルフがスウェーデン政府と取り交わした密約的書類の入国目的には「家具の購入」とあった。符牒というより、観光地には可能な限り足を踏み入れてくれるな、もちのろんですよ、というあたりか。もちろん生命の保証もしない。乱行の限りを尽くすに決まっているどこぞの国のサイコパス王族が来ても警護はせねばならないが、極東からやってきたこの少年には無用であると。ノーガードの一般人として扱えと。まあ、何が起こったかにもよるのだが。規模にもよるが。
 
 
というわけで買い物をする碇シンジ。さすがに財布はネルフから渡されている。
これで予算は3000円まで、といったらさすがの碇シンジも怒るでおかし!であろう。
 
 
イングブ・エクストロームの木製ブックシェルフ、ジョン・グスタフ・アクセル・バーグのウィンザーチェア、由緒ある大聖堂のチャーチチェア、ホグランの燭台、シグネのコーヒーカップなどなど・・・自分のものにするのか、それとも誰それにプレゼントするのか
 
 
ともあれ、目つきといい値段といい、数量といい、旅行者の行動ではない。
家具道楽など、未成年がハマッてよい沼ではないのだが。その場で自国にお土産配送するでもなく、貸倉庫にいったんストックするとかやり口も業者くさかった。
 
 
ネルフ北欧支部からサポートは受けながら(ただし巻き添えを考慮してか担当はつかない)
貸倉庫で増えゆく家具雑貨を愛でながらの暮らし5日目で反応があった。
 
 
これが遅いのか早いのか、専門家にも判断が分かれるところであろう。
到着時点でもうコトが起きていたのだ、とみるのも正しいであろうし、コトがコトであるからプロであるほどに準備怠りなく整えていたのだ、というのも正しい。
処理しやすいように整列して、ドラマ一回分ほどにおさまるようにであればいいのだが。
たいがい、コトが動くときは、古の魔法が絡めばなおさら、まとめて一気にくる。
 
 
そこは、釣り場ではあるが、城であり陣地でもあった。
 
 
立地的に裏からもからも上からも侵入不可。ターゲットの五体保全を目的とするなら。
業界的には「生け贄台だろ」という見方もあったが。
 
 
なにせ護衛も何も無く、世界に一つだけの才能が、ロンリーワンなのである。
 
そこを狙ったり襲ったり掠ったりしない、というのは「Y]業界的にありえへんのである。
ゆえに、そんなんワナにきまってるやんけ、ということになる鉄板常考であり。
けど、こんなワンチャン放ってええんか?よそにかっさらわれたら面子丸つぶれやん?
 
「Y」、つまり、「やったるで業界」。旧使徒殲滅業界とは似てちょっと非なる。
 
少々法律や道理に反してもやってみるチャレンジング意識の高い業界なのであった。
獲物は山分けで、皆で一丁仲良うやりまっか?的な流れで、公的非公的組織問わぬ合流襲撃大作戦が始まる深夜。ストックホルム時間で午前1時42分。
 
 
そこに赤木ナオミの手の者が加わっていれば、食いついてきたらそこから辿る手がかりとなり、碇シンジの「エサ役」としての面目躍如というものだが。エサ役として有能、美味そうであればあるほど、外道も多く寄ってくる。だが多い。予想よりかなり多い。さらに
想定よりもずいぶんとここら一帯の封鎖度が高くなっており、非合法活動がしやすくなっている。と、こんなことはコトが収まってから聞いたのだけど。
 
 
 
「碇シンジは渡さんチョキー!!」
 
こんなことを咆吼された日にはその方が良かったのかも知れないが。周囲への誤解とか。
貸倉庫前の道は戦場、というよりは「テトリス」の画面に近かった。
 
入り口に立ち塞がるチョキ語尾の怪人・ちなみに両手も巨大なハサミが、突入してくる略称3文字の(たまに4文字もある)組織人員を次々戦闘不能にしていく。手法としてはその両手のハサミで頭部や胴体をジャギン!!というものではなく、入り口に向かってくる者たちを縦横無尽に吹っ飛ばして画面外(という名の戦闘エリア外)に追いやるというものだった。当たり前だが、銃器は通用しない。だから怪人なのだ。語尾が変だからではない。だが、精鋭腕っこきを揃えてなおかつ互いの足を引っ張らぬよう事前協定を結んでおきながら襲撃者グループの動きが悪すぎた。プロフェッショナルにして行動を躊躇わせる何かが、怪人にいちいち怯えるようではY業界の精鋭は務まらぬ、それ以外の妨害が。
 
 
「TTZ・・・回線を切断するのが大好きな電脳犯罪者(物理)チョキチョキズ・・・
ここしばらくの活動はなかったから・・引退したと思われてたけど・・・」
深夜であるが、しっかり起きている碇シンジ。昼寝は大目にとっていた。気分は夜勤。
監視カメラで入り口前の惨状を確認しつつ、必要データの入ったマイコン(マイコンピューターの略。一回りしてトレンドが戻ってきたわけでもなく、単に碇シンジの呼びブーム)
で、さっそく本命につながる獲物がヒットしたことに気を引き締める。ここで喜ぶ14才の僕じゃないのさ!と、カメラ目線になったりもしない。
 
 
「チョキは今までのチョキじゃない・・・・」
 
無人のはずの倉庫内に、女というには儚い、少女というには硬質な、声が。
「あら・・・?この椅子・・・けっこう素敵・・・もらっていこう・・・」
ルンド大聖堂からのお蔵だしだという揺り椅子に座りながら、夜の虹のような
 
 
「いけません。ル・シフェン。我々は今回の件で代価を得てはならないのです」
サイドボードの中から、ヨガの行者のようにターバンの男が現れて、ル・シフェン、零嬢の異名をもつ休眠中と噂であった欧州全域を震え上がらせた電脳犯罪者を窘めた。
もちろん、人の買った家具の中に無断で入り込むのも犯罪だ。身体柔らか芸としては凄いが・・・カンプラーアァ。これも電脳犯罪などには無縁、生まれてこの方、キーボードに触れたこともありませんぞ、生涯不犯を誓っておりますぞ、みたいな顔をしているが、この男の電脳破壊を防ぐのはガンジス川の流れを堰き止めるより困難、とうたわれたほど。
 
 
「そう・・・だったかしら・・」
「そうです。0がひとつ増えれば、ケタが異なる。そういうことです」
 
どちらも、ネルフの極秘データによれば、赤木ナオミの「元・部下」。
 
理由も無く、こんなところに出向くタマでもない。3人もヒットした、ということは大当たりといっていいが、状況的には。チョキチョキズは外の襲撃部隊をぶっ飛ばし続けている。多少は消耗しないとおかしいのだけど。いくら怪人といっても。ヒーローとまではいかずとも、Y業界の腕っこきといえばそれなりにやるのだろうし。それが束になってこれとか。加持さんたちとか綾波党の人たちなら・・・どうかな?ここに爆弾を落とすとかできないにしても、このやられっぷりは・・・。理想としては、Y業界襲撃グループと赤木ナオミの部下グループがいい感じに潰し合って潰れ合って半死半生、なのだけど。
 
 
「あー・・・チョキがつよいの、意外なの?」
ル・シフェンが椅子から離れずに。よく見ると、その周囲に虹色の蝶が何匹か舞っており、それを指揮するように、白い指がゆるやかに動き続けている。
 
「チョキはね、むかしのチョキじゃないの。今は”ターボ”だから」
 
綾波レイで慣れているから、こんな調子の人でもなんとなく言いたいことの察しはつく碇シンジであった。「つまりは、チョキチョキズTURBO・・・・だね?」
 
「それで分かるのか・・・大したものだ。その通り、我々は常にアップデータする存在だ」
ターバン行者、カンプラーアァが淡々と。しばらく雌伏してたが必要十分な力を蓄えたから、お前達を喰らうぞ、などと分かりやすく獣の顔をしたりはしない。ただ、その目は。
 
 
「つまり・・・あなたたちも・・・”TURBO”・・・・・!」
 
「いや・・・わたしたちには・・・つけなくていいから・・・」
「そうだな・・・・言霊は強いが、進化したのか退化なのか微妙だな・・・よく考えると」
 
否定された。こちらはそのままらしい。ただ、能力が上がっているのは、怪人の腕っ節以上に襲撃部隊の動きを悪化させる何らかのサポート力で分かる。気合いの入った最新装備であればあるほど、通信連携やデータ関連能力を遅延させるだけでも大幅な戦力低下を招く。大勢 VS ナオミ部下3名 VS 自分ひとり、という局面で、詰まり気味。
 
 
詰んでいる、と言わないのは負け惜しみというよりも、ネルフ生活で培った反射に近い。
初号機もないのに。もちろん、襲撃を察知してからエマージェンシーを飛ばしてはいるが
地元スタッフが駆けつけてきたところで同じ目にあわされるだけ。
 
 
怪人に対抗できるのは・・・ヒーローか、運命の女神にエコ贔屓されている主人公か、
 
 
 
「全部、片付けてやったチョキ。ぜんぜんハサミ応えがなかったチョキ」
 
息切れひとつしていない。もう少しがんばってほしかった。「手応えでは?」とつっこんでいいのか意外な地雷だったから困るので、そこは仲間のみなさんに任せる碇シンジ。
実際、それどころではない。顔には出さないが、かなりのピンチであるのだから。
 
「手応えでは?」カンプラーアァがつっこんで、「あ、そうだったチョキ」と、チョキチョキズが己の頭をハサミでポリポリかいて「もー、チョキはーあきないんだからー、でも、おつかれさまー」ル・シフェンに抱きつかれて照れたりしているが、もちろん放置スルー。
14才の僕ならやらかしていた空気感。成長してるな、僕。でも、状況はやばいまま。
 
 
ちなみに、このチョキチョキズには天敵がおり、その名を「ISDN回線男」という。
(現在のヴァージョンは”HIKARI回線男トゥモロウー”)
 
ただ、日本の武蔵野秋葉森在住であり、国内志向が強く、飛行機は苦手であった。
彼ならば対抗できるかもしれないが、さすがに遠すぎるのでたまたま社員旅行で訪れていました、などというお約束ラッキーがなければ、エンカウントはむつかしい。
ラッキーエンカウントに頼るようでは、業界は生き抜いていけない。用意して準備した者が、最後に笑う。そういうものなのだが・・・・
 
 
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅くない?)
 
声にも顔にも出すわけがないが、碇シンジの内心は。一応、このミッションに備えて助太刀を要請していたのだ。それも、極めつけの。一般世間に放つともうまずいレベルの。
 
 
「では我らの仕事も次の階梯といくとしよう」
増援がこないのは、このターバン行者の仕業か、こっちの助太刀が遅れているのもそれがあるのかもしれない・・・後方支援が手厚い・・・というか、最前線タンクが強すぎるというか・・よくまとまったパーティだと評価せざるをえない。
 
「おびき寄せたのなら僕の勝ちだね!」とかドヤ顔を向けたりしたいが、意味は無い。
とりあえず、ここから逃げて時間を稼ぎたいところ。囮作戦ってほんと難しいよねえ。
 
 
「・・・・あれ?初号機、もってきてないの・・・・?」
ル・シフェンが虹色の蝶を操りながら、意外そうに問うた。かまかけでも想像もない、なんらかのデータを確認した上での。事実、もってきていないが、そうするにしても、ネルフ総本部の機密中の機密、簡単に確認がとれる事項ではない。
 
 
「家出人を探して、連れて戻るのが頼まれたことで、初号機は必要ないよ」
ここでハッタリ合戦をやってもしょうがない。なんのムカつきスイッチを入れてあのハサミで首をジャキン!!とやられるか分かったものでない。
 
「時田さんは、赤木ナオミさんを探していますよ。一生懸命」
 
 
「ああ。あの人物はもうナオミ様とは関係がない。その縁は切られた」
「そうチョキ!もう無関係だチョキ!」
「偽装・・・・カバーの身分を装っていただけのこと・・・望みを叶えるために・・・」
 
 
 
まあ、そう言うだろうな、あなたたちは。そうでなければ、ここで出会わない。
 
 
と、碇シンジも理性では思った。だからこれは感情。
「・・・はい・・・?」灰の杯。グレイ・グレイル。すなのうつわになみだをこぼし。
せんとてんとをつないでみれば。めのかべにあおをえがき。ぜろのしょうてん。
 
夜雲色の瞳が、紫電を貯めていく・・・・「・・・・切られた・・・・?」
難しい、厄介な任務だから、何があっても、キレちゃダメよシンジ君、と葛城ミサトには
言い含められている。「いいか、シンジ」父親である碇ゲンドウもいくつか心得を伝えてきた。「キレちゃダメだ」専門的すぎたが、要約するとそのようなことであり。
 
 
彼らは赤木ナオミにつながる「糸」であり、それをキレて引きちぎるようなことは
 
 
碇シンジもそれはよく分かっていた。分かっていたので、ル・シフェンの虹色の蝶たちを燃やすくらいで耐えた。「あ・・・あ・・・・あ!」命ある生物ではありえず、超高性能な情報端末をそのようなカタチにしただけのシロモノであっただろうが、少女どころか幼女のように「あーーーん!!」ギャン泣きさせるに十分な無体。
ガマンしていないともいう。
 
 
「どうやったのだ・・・!?チョキ!?」
 
碇シンジはこちらをにらみつけるだけで、指一本も動かしていない。その手段は不明だが
それを解明するよりも先に瞬間激怒したであろうチョキチョキズが碇シンジの首を切断する前に制止する必要がある・・・!とカンプラーアァが刹那で判断するよりも
 
「その首、チョン切ってやるチョキ!!」