「・・・・え!?なんで?」
 
碇シンジの知っている女子学生の声が飛び込んでくるのが早く。
 
 
「なっっ!?」
 
 
イレギュラーがあったにせよ、時間が停止したわけではない。そんなことはありえない。
 
 
だが、事実として。目前の光景として。怒り猛ったはずのチョキチョキズの姿が、ない。
 
 
消えていた。なんの痕跡もなく。綺麗さっぱり。そんな怪人は始めからいなかったかの。
ように。「え・・・・ちょ、ちょき・・・・・・・?」ル・シフェンも異常に泣き止む。
 
なんだこれは・・・・。なんだこれは・・・・百万回ほど脳内で呟き検証するが分からない。消えたとしか。あの巨体が。声もあげられず。こんな、簡単に。ありえない。
 
強大な暴力の奔流にも揺るぎもしなかったチョキチョキズが。TURBOになったチョキチョキズが・・・こんなことは・・・ヤツにもできまい・・・誰が・・・碇シンジなのか
初号機も使わず、こんなマネができる・・・魔少年だったのか・・・?もしくは
声を飛ばした・・・小娘の音色だったが・・・そう、なのか・・・?判断としては呆然としているル・シフェンを連れての撤退だったが。
 
 
 
「遅くなりました。シンジさん。あっと、逃げないで下さいね。逃がしませんけど」
 
若い声。しかし、侮れない。侮りようがない。場慣れした、恐るべき少年の声がカンプラーアァの動きを完全制止する。ヘタなマネをすると、無力になった少女を貫いて縫い止めますよ、と。そんな警告込みで。仕事ですから遅滞なく躊躇なく実行する、と。自分たちの同種であるから間違いようもない。チョキチョキズがいない以上、抵抗不可。
 
 
「もうちょっと遅くても良かったですかね〜。シンジさんの(E)トコロが見られたのに〜、あ、(E)で、かっこいい、って略ですよう」
 
赤い靴の女。おっとりとした口調に、心底からの恐怖が。境界の外にある者の気配。
 
自分たちの名はいかに轟こうが、人界の中にあるが。なんの遠慮も緊張もなく入ってきた女の人影は。”こんなもの”が来るのならば。自分たちの行動は遅かった。遅きに失した。
 
 
「さいきんの流行りですと・・・”ボク、TUEEEE!!”とか、でしたか?」
 
 
怪人に対抗するのは・・・それを踏み越えてくるのは・・・
 
 
「いやいや、ギリギリですから!ヤバキチ三平でしたから僕!」
 
頼んでいた助太刀、という名の、歩く妖刀ウォーキングムサマサソード。表を歩かせたら業界的にもアウトである段階の。生きた反則。適切な鞘に収まっているからいいものの、抜き身でぶらついていたら確実に歴史改変されている混沌の女。
「ユトさん、で、いいんですよね?今回」
 
「ええ。それがしっくりきますね?」なぜか疑問形で笑顔の女。「六分儀ユト、でお願いします」
 
「いろいろあるので、僕とは姉弟、ということにしといて下さい。六分儀タキロー、ゲンドウ様より頼まれました碇シンジ殿の護衛任務、始めさせていただきます。・・それと」
 
学生服に目深にかぶった学生帽から鋭い片目をのぞかせて、五芒星マントにゲタ。腰に呪文の記された手ぬぐい。六芒星が染め抜かれた手袋。北欧ストックホルムに到着するまでこのアンティーク学生ルックでは目立ちすぎたのではなかろうか、背は伸びているからもう半ズボンではないが。相変わらず手際がいい。自動する黒い縄を投げると、カンプラーアァとル・シフェンの動きを封じてしまう。助けを求めるどころか自滅もできない。
 
 
「ナツミ・・・ちゃん?なんでここに・・・・・・・・・まさか・・・・・・まさか」
 
さきほどヤバキチ三平だとほざいていた状況より絶望した表情を向けて碇シンジ。
 
そこには、鈴原トウジの実妹であり、今や同中同クラスとなっている鈴原ナツミがいた。
 
自分の意思で来ることはありえないし、考えられるのは、掠われてきたということで、
それを疑うのがてめえの味方であるはずのユトである、というのが、互いの性根&関係性が分かる。やりかねんし、やるかもしれないな、と冗談抜きで。常に計算に入れておかねばやばい人物。それが六分儀ユト。それは、ゴッドマザーの母親・碇ユイからも言われている。裏切られたらあなたが未熟だと。そんなわけで、さっそくやらかしてくれたのかもしれぬ、ごめんトウジ!切腹っっ!!と思ってしまったのも仕方ない面もあった。
 
 
「いやいや・・・・ユト姉さんじゃありませんよ。遅くなってしまったのは、そちらの鈴原ナツミさんの救出に時間をとられてしまったからなんです」
 
「そうですよお。人さらいなんて、人間のやることじゃ、ありませんよう」
 
口調はやさしいのだが、目の色が深すぎて怖すぎるので、うなづくだけにしておく碇シンジ。カンプラーアァたちにはチョキチョキズをどこにやったのか異論があっただろうが、それも出来ない。史上最強の誘拐犯。それに特化した異能者。とデータにあるが・・・・
そんな、生やさしいものではない。
 
 
「あ・・・そ、そうなんです。実は・・・病院の帰りに・・・なんか変な連中に車に連れ込まれて・・運ばれて・・・すごっ・・・凄う・・・・怖うて・・・それで・・この人らに助けてもろうて・・・・」
泣きだそうになっても、堪える精神力は兄に似たのか、鈴原ナツミは混乱が残りつつもなんとか説明しようとするが、実際は本人もよく分からず、ここにいるのだろう。というか、なんで同行させているのか。助けてくれるのはいいけど、送り返してくれればいいのに。
 
・・・いや、安全な所まで送ってくれてたら間に合ってないのか−・・・・うーむ・・・
もしくは、それが正解かもしれない状況、局面、とか・・・・?ううーむ・・・・
 
 
危ない橋を文字通りに渡った仲でもあるので、六分儀タキローには碇シンジが何を言いたいのかだいたい分かる。分かるし、”ユト姉さんはああ言いましたけど、ほんとに急いできたんですから。出待ちとかしてませんからね!僕があなたのカッコEトコとか見てもしょうがないでしょ?見たくもありませんし。京都からも出たくないんですけどね!”片目でアイコンタクトもとれる。完璧に通じているかどうかはともかくとして。ぶぶづけ。
 
 
とりあえず、ここを片して、場所を変えた方がいい、というのは通じた。
 
ユトが表で倒れている襲撃部隊を全てクリーニングした、というのならともかく。
鈴原ナツミは震えを隠せていないし、出来れば抱き寄せて落ち着かせたりしたい。親友の実妹であるからそうすべきであろう。サービスではなく、友情として。義妹だったら悩むが。トウジの妹がこんなに可愛いわけはある。
 
 
そのためには、必要な情報を採取しなければならない。
この二人から。ほんとに怪人はどこにやったのか。・・・ケシちゃって、ないよね?
 
「チョ!チョキを!!どこにやったの!!」
「それを教えてもらわねば、我らも口を割りにくい」
 
一般人である鈴原ナツミの前でガチ拷問というのも、碇シンジも困るところであった。
教科書的解答であれば、ネルフに連絡して指示を仰ぐなり知恵を借りる、という所だが。
 
 
「月に」
 
ルナテック、としかいいようのない目つき。愚弄や挑発といった人の口で形成される技術の類いであればどこほど救いがあるか。けれど、これは人外の、それゆえの無慈悲。
引力の糸でからめて、輝く円形に墜落させたのだ、と。あとのことなど、しるはずもない。
 
その目を前に、抵抗など無意味。この女であれば、ほんとうにそうしたかもしれないという重圧に正気など保つはずもない。意図してやったわけではないが、防護するために鈴原ナツミを抱きしめて不可視とする。「え!?し、シンジはん!?あの、その!?うち・・」
 
試しているのか楽しんでいるのか。ちろりろ。赤月色の瞳がこちらにも。この人は・・・
 
 
一撃どころか、一瞥で、口を割らせた。ムダな時間をかけない。模範解答ではありえない。
ただ、技術ではないので余人にマネなどできるはずがない。六分儀にもこんなマネはできない・・・タキローも口を挟まず、記録に徹した。抜かりなどあるはずもない。が。
 
 
「トウジの妹の・・・ナツミちゃんを・・・誘拐なんて・・・・するの?」
 
碇シンジが最後にこれを聞いた。「したのか」ではないあたり、キレてはいないようだが。
 
その問いかけ発する口など、牙など生えておらずとも、十分に怪物で。虚偽など吐こうものならば。「それに関しては知らぬし、我らが知らされておらぬ以上、赤木ナオミの指示でもない」というのがその返答。もし、その返答が「イエス」であれば、神の子供でも食い殺そうな目でしばらく眺めていたが・・・・その前でブラフを使える人間は皆無に平等。真実であると判断し、受諾した。碇シンジの判断基準ではどうなのか、雇い主の子供、であるが現地の判断は彼が行うと契約にある。行くも退くも。手がかりを得た以上、あとは組織力に任せて、単独の異界行はそこで止めてもいいはずだったが。
 
 
 
「そうはいかないか。子供の使いじゃないんだし」
 
月に飛ばされたというチョキチョキズにも、それがぶっとばした襲撃グルーブの面々にも聞かせられたものではないが、碇シンジはそう言って捜索続行を決断。
 
「あとでトウジにぶん殴られそうだけど・・・」
常識的判断では、ここで鈴原ナツミを第三新東京市に戻すべきだが、その戦力と時間がない。「同行してもらって、いい?」親友の妹の身の安全より任務を優先するハードボイルド。いや、真のハードボイルドは、鈴原ナツミの護衛に六分儀ユトとタキローをつけて送り出し、己ひとりで任務にタフな笑顔で駆け出す、というものなのだが。
 
「え・・・・」鈴原ナツミの表情が固まる。
 
 
なぜ鈴原ナツミが掠われたのか。その理由と、
それが実行「されてしまった」事実を考えると。
ユトとタキローも何も考えずに、ここまで連れてきたわけでもない。むしろ念を重ねて。
 
当然、ここで家族の元に帰してもらえるだろう、思っていた鈴原ナツミであったが、
なにせ兄の親友だし、今や仲の良いクラスメートでもあるのだから。それがこの無茶振り。
 
 
「え、ええです!つ、つ、ついていきます!どこまでも!」
 
それでも「ええかげんにせえ!!このボケシンジがー!!」と兄譲りの飛びツッコミをかますこともなく、無茶を呑んだ。なんの味がしたかは鈴原ナツミにしか分からない。
 
碇シンジが、なんかどえらい重要任務を任された、というくらいには聞いていた。
それでも中学校に通っている人間に何をさせるっちゅうんかいな、と。なんか少年使節みたいな、式典で座って顔見せる系のやつでしょ早く帰ってこないかなー碇パイセン、くらいの気持ちでクラスの皆もいたのだ。そりゃ兄から武勇伝もいくつか聞いてはいたけど。
自分が重要人物とは思えないけど。邪魔はできんし、足も引っ張りたくない。兄の面子もある。別にブラコンではない。どちらかというと、カンだ。この局面では、この連中とともいた方が、いいのではないか、と。いつまでも、ではない。とりあえず、だ。
 
 
「ほえー」
碇シンジは感心していた。こうも快諾してもらえるとは思ってなかったのだ。親友の妹であるから口八丁で騙すわけにもいかない。ビンタのひとつも覚悟していた。
さすがはトウジの妹。すごい度胸だ。
 
 
「シンジさんのアレ・・・大巨人01ゼロワン、でしたっけ?」
「エヴァ・・・初号機じゃ、なかったかな、ユト姉さん」
この業界で「初号機」の名が出てこないのはモグリでもありえないが。
「ああ、その初号機。でしたか・・・たいそう強いらしいですが、それを後ろから闇討ちできる巨人もいるらしいですね。やろうと・・・思えば。大巨人03でしたか」
 
妹を人質に、参号機で初号機の襲撃を強要されたとしたら。パイロットが乗っていない無人の状態の機体を破壊するだけならば。どうだろうか。鈴原トウジと洞木ヒカリは。
 
 
「やらん!!そんなこと絶対に!うちの兄やんは、やらん!!」
 
鈴原ナツミが怒鳴った。 絶対などこの世にないと知ってはいるが、それでも。絶対だ。
 
むしろ、そんな絶対こそひっくり返すために、兄はあの巨人に身命を預けたのだ。
 
表を裏にせぬために。表は表、裏は裏。やすっぽく混じり合えば、熱も輝きも失せる。
スジやケジメ。力学も政治も必要ではあるが、どこかで線を引く者もいる。ケジメマンが。
それを承知の上で、乗り越える者も。ただの一本気なケジメンでも動乱をまとめられない。
そんな危地にある友を助けるために、似合いもせんことをやっているはずなのだから。
 
 
「ふふ。誰も参号機だなんて言ってませんよ。大巨人03ですよ〜」
「え・・・そ、そういうのもおるんですか・・・すいません・・・素人が大きな声で恥ずかし・・」
 
ユトのウソをわざわざ暴く勇者はこの場にはいない。ただ、資質をみたのだろう。
または資格を。本人が否定しようと、価値というものは多くは他者が鑑定する。
 
 
その仮定が現実になる可能性はどれほどのものか・・・・
それを実行しようとするパワーと、それをさせまいとするガードとの比率で決まる。
そして、いくつかのポイントを得ること。扉を開く鍵を得ること。
 
 
現状、<一般人>枠であろうと、エヴァ参号機パイロット、鈴原トウジの実妹である点は大きい。本人に気づかれぬように、第三新東京市内ではそれなりのガードがされている。しかも普段と明らかに異なる行動をとったわけではない。それなのに突破された、というのは・・・・可能性、確率で言えば、気まぐれにユトが拉致った、という方がまだ高い。
 
天下の武装要塞都市で誘拐など、ただの犯罪組織がやるには割が合わない。
 
それが成された、合流地点だった関西の空港でユトとタキローが鈴原ナツミを保護し得たのは偶然でしかない。ユトだからこそ、かろうじてその匂いを嗅ぎ取ることができた、というべきか。
仕事人としてのユトとタキローの立場でいれば、たまたま助けた少女など、警察にでも任せて目的地に飛び立てばよかったのだが、「まあ、シンジさんにはサービスしませんとね〜」「時間がなかったしね。ご指名は光栄だけど・・こっちにも予定が・・ありますから」送り出した途中で「また」やられることなど、よくある話で。罪人は罪人をよく知る。
 
だけど、その先のことまでは知らない。この誘拐がたまたまの極レアで一件だけ成功した例なのかどうか、など。もし、他にもあるのならば。人の敵は。やはり。
 
 
 
「チョキを・・・チョキをかえせえ・・・かえしてぇ・・・」
 
さめざめと少女の、ル・シフェンの泣き声が場の空気を戻した。そういえば、長々と話していないで、早々と移動せねばならなかった。せっかく買った家具類はもったいないが。
 
「本当に月まで移動させたのか・・?(やりそうではあるが・・・)」
 
怪人とはいえ、さすがに空気がなければ長くは生きない。とはいえ、ただ始末するだけなら地球上のどこでもいいではないか・・・単にそういう趣味なのかブームなのかもしれないが。自分たちもそこに送られるのだとしたら・・・因果応報ではあろうが・・・
手持ちの情報で交渉にすらもっていけなかった、というのに無念すらない。コトの成否にかかわらず涅槃にて会うつもりであったが、月とは。
 
 
「助けにきませんね・・・・見捨てられたか・・・余力が無いのか・・・」
「あとは・・・”3人まとめて”、地元警察にお任せしましょうか〜後片付けはやっぱり地元の方々がいちばんですかんらねえ」
 
タキローとユトは、切り上げることにした。これ以上、ここでは釣れそうもなし、と。
 
遅れはしたが、その分を取り返そうと算段していたらしい。神鳴る巨人を駆る怪物王子を護衛しようというだけのことはある。命もとらず、三人まとめて捨て置き、という判断も罠込みのものだろうが・・・・どうやら・・・チョキチョキズは死なずにすんだらしい・・・再戦は、とても出来ない。それを命じられることもないだろう。自分たちはここまで。
カンプラーアァは観念した。
 
 
碇シンジに会ったことで、役目は果たしている。それ以上のことは、する必要は、ない。
 
だが、丁度良く、情報を求められたのなら。あるだけのモノを渡したところで。
まさか御仏の導きなのではなかろうが。どちらかというと、魔境における邪仙の誘いに近かろうが。・・・・・それもまた、あの赤い靴の女には見抜かれている気もするが。
 
”わたしは、そこまででは〜。尊敬するおねえさま、・・・うーん・・・お歳的には・・・おねえさまグレート?・・・おおおねえさま?・・・まあ、ともかく、”このうえはない”方がそう望まれるから、そーしただけなんですよ?わたしはまたちょっと意見が違ったりするんですけど〜”瞳が赤く光った気がして、聞こえぬはずの声が。あまりの恐ろしさに大昔に捨て去った念仏を唱えて、ル・シフェンを引き寄せた。魔性を従える格とは、などと考えてはならない。
 
 
姿を消した碇シンジたちが手配したらしい警察車両が大挙して押し寄せる音を聞きながら、唱え続ける。チョキチョキズとは地元警察署の前で人柱というか人杭になっているところを・・・・地面に頭から突っ込んでいたが怪人だから意識はないが死んではいない、轟音とともにいきなり空から降ってきたらしいが自殺するようなビジュアルではなく国際指名手配もされていたので、自分たちとともに収まるところに収まった。あとは、任せるしかない。天か魔か、はたまた碇シンジか。運を試そう。