碇シンジとしても、情報分析の総合職でもなく、(留年した)ただの中学生であるから、そう全体を見て判断行動しているわけではない。目の前の事態にいつも全力アタック・オーバーキラーズであった。加減をしないのである。洗剤の新製品にちかい。本人はしているつもりでも。引き寄せ力が強いのもあるかもしれないが。呼んできた助っ人の重力もあった。ただの運であろう、と切り捨てるのも学生には厳しい。碇シンジもがんばっている。
 
 
さて、そんながんばった碇シンジ一行は、高級だが国際政治の訳ありにも強い系ホテルの一室で手に入れた情報の確認を行っていた。体力と精神力もその他いろいろ限界だった鈴原ナツミは別室で休ませてある。「式神の見張りはつけておきますので安心してください」とタキローが言うので安心だった。「鈴原ナツミさんはこのまま同行してもらいます」などと碇シンジがネルフ本部に連絡をいれてしまったので鈴原ナツミとしてはまったく安心でなかっただろうが。「よかったんですかね〜・・・いや、これも有りですかね・・・親友の妹・・・むしろ王道・・・王道が王道に掠奪・・・うーむ〜なかなかのお手前」ユトは何を言っているのか。「・・・それに、本丸もやっぱり、やばかった、と。貴種流離の反撃物語とか・・・そこについていくとか・・・まあ、ですけど。静御前ポジですかね」
 
 
カンプラーアァから手に入れたのは、古びた携帯ゲーム機と古ぼけた本。
 
 
「うわ。仕事じゃなかったら絶対に触らないし、知り合いにも絶対に触るなと警告するやつですね」タキローが見かけに騙されずに霊視鑑定。ちなみに六分儀のお家芸でもある。
 
「生半可な装備じゃ二度と戻ってこれないな・・・と言うか地中1000メートル以下に埋めるべき。誰がどう立ち回ろうと不幸にしかならない極凶品ですよこれ・・現代にリンクさせた黄泉平坂・・・いや文化圏でいうと・・・ふむ、ちょっとだけ・・・うわっと!おっと!そうはいかない、読むものか!スイッチ入れるものか!・・・この六分儀タキローを甘く見るなよ!」うっかりものがゲーム機のスイッチを入れ、本を開いてしまい新たな冒険が始まる・・・!というのがお約束であるが、この場にはいなかった。いない。
それがどういうシロモノか、カンプラーアァからしっかり情報をとっていた、というのもある。
 
 
 
それは。「鍵」にして「扉」にして「結界」。
 
 
ゼーレ天領「ゲ■ン■ケ■ン」「ユダロン」に通じるアイテム。
 
 
 
地名として存在せぬわけではないが、機能と神秘の大半は移転済み。むしろ現代に合わせて可視性の出張所を設置した、という方が正しいか。京都六分儀としてタキローはそのあたり肌感覚で理解する。ユトはいうまでもない。現住所がまさにそっち系であるし。
万能科学の砦の住人である碇シンジも経験値的にもういまさらであるからなるほど君。
 
 
「ユダロン」は敵対するものどもの言語を消去するという、まこと取り返しがつかない系大呪術である。となえけしさるもの。キャスイレイザー、このユーザーの一人が綾波レイであるというのは、世界の均衡にとって良かったのか悪かったのか。
 
 
「ゲ■ン■ケ■ン」は、消えた言葉忘れ去られた言葉、かつて地上で語られていた声の波ども響きの文様を全て記録保存保管している、という棺の幽谷、言死郷。その噂にいつわりがないのであれば、ユダロンにて消去されたものもそこにあるはず。復活が許されるかは別として。
 
 
業界においても眉唾、伝説、フェイクだと言う者も多い。辿り着けても真実を知れねば。
ああ、それは幸い。そこに行けぬ知れぬのは、まだ、まともな人間である証拠。祝福残量のある証拠。そんなところに行けるのは、いって良いのは。戻ってこれるのは。
 
 
赤木ナオミは、「ユダロン」を既に踏破し、「ゲ■ン■ケ■ン」に向かったのだそうだ。
 
 
そんな人外魔境におれば時田氏がいくら一生懸命探そうが見つかるはずがない。
 
「はあ、それはすごいものですねえ。その、茹でたメロンみたいな名前の、ゆだろん?でしたか、それをどうにかするのも大変でしょうに、そこから息もつかずに次とか。えらい働きものですねえ、ナオミさんは」
 
癒やしキャラみたいなコトをいっているが、「本性はバレてるぞ!」とかいう者もいない。
綾波チンなら律儀につっこんだかもしれないが。それがウソか本当か、真実でもなんらかの罠込みか・・・そのあたりをカンプラーアァの心底から読み取る手管のひとつ。
碇ユイの手下として、メギ事件の関連情報は細大マル秘漏らさず聞かされている。
助言役も仕事のうち。何を吹き込もうと自由だ、とは言われているけれど。
 
 
どうも嘘くさい。
 
 
カンプラーアァにしてもあくまで部下にすぎず、渡された情報が、その真意が伝わらず異なっていれば、その色合いは変化する。そのあたりの見極めはなかなか難しい。分かりやすい彼らの弱点を、アキレスの乙女を狙えば、吐くのは吐いてもらえても。
 
ただ、こうして部下ですらユダロンに至る手段を所有していたという事実は堅い。
 
「自分を捕まえられるものなら捕まえてみろ。メギの復讐は必ず果たしてやる」と赤木ナオミは言い放ったらしい。いちどユダロンでしてやられた赤木ナオミがその対抗手段を求めてユダロンを訪れるのは合理的であるし、追跡者が二度と戻れぬ魔境に入り込んでそこでくたばってくれるとなれば一石二鳥。なかなかの手段であると思える。
 
 
ただ、嘘くさい。
 
 
拷問しようと嘘をつき通す人間もいる。検証のための情報が無いなら時間の無駄でもある。
 
ただのガードであれば、碇シンジと鈴原ナツミを連れて動乱の臭いのするところから離れればいい。一番いいのは、多少遠回りしても堅実ルートでヒロシマの霧の山街に向かうことだけど・・・・そうして時が解決してくれていれば・・・本丸が落とされていなければ・・・陥落しても護衛の知ったことではない。
 
 
カンプラーアァの目の淵色からすると、こちらをユダロンに行かせたい、ようだった。
 
単純に話だけ聞けば、「ゲ■ン■ケ■ン」に向かうに決まっている。ユダロンに赤木ナオミが既にいないのだというのなら。それだけ報告して、専門部署に任す手もある。
この物騒なアイテムもろとも。・・・さすがにこの中では自分の力はどうなるのか・・・・試してみたい・・・などと、思ってしまうのが困る。タキローちゃんを笑えない。
 
 
赤木ナオミのターゲットは、自分の心血を注ぎ込んだ「メギ」をこれ以上無く徹底的に微塵も残さずに滅ぼしきってくれた、ネルフの「マギ」と、それを稼働させている連中・・・その中でも赤木リツコ博士と伊吹マヤは絶許らしい・・・と、エヴァ初号機専属操縦者・サードチルドレン、碇シンジ。肩書きを多くしないとなんか気がのらないのです。イメージが違いすぎますしね〜巨大ロボットのパイロットってたいてい熱血モミアゲじゃないんですかね〜は、ともかく。仕返しの準備が整った・・・か、命数の期限が来たか。
 
 
報復に人生最後の時間を使う。そのつもりでいる人間を報復対象者が探そうというのだから・・・なんて面白い。だから、最後までお付き合いする気ではいる。どのルートを辿れば一番面白い結末になるか・・・うふふふ。
 
碇シンジさんが、鈴原ナツミさんなんて足手まといを連れて、「ゲ■ン■ケ■ン」を攻略できるかどうか。いえ、何が待ち受けているのか分からないのですから、使えないのはわたしやタキローちゃんになってしまうかもしれませんが。
 
 
「シンジ殿の判断になりますが、目標人物を探し続けるのであれば、こちらから解析に取りかかります」
そう言ってタキローが黒手袋をはめたまま、慎重に携帯ゲーム機を取り上げる。今の所画面から牙が生えて噛みつく、ということはない。古ぼけた本はそのままで。
「ここで帰還する、という選択も当然ありますが。むしろ、推奨はそちらですけど」
 
 
 
「・・・・・・」
目をつむっているのは熟考しているのだろう。さすがに眠ってないだろう。疲れただろうけど。碇シンジが首をゆらめかせているのは、血流をほぐして促進しているためだろう。
 
 
 
「シンジ殿?」「シンジさん?」
とはいえ、名人戦ほどではないが、さすがに長考なのでふたりして声をかける。
 
 
 
「・・・・やられた・・・・・」
 
目を開いて呻く声は、苦いがイケボであった。イケボであったが苦いというべきか。
普段の碇シンジのどこを突こうが出るはずのない、声。腹話術でもない。
 
「タキローちゃん!」「どこも破られてない!」ユトとタキローが即座に反応したのは狙撃などではなく、遠隔の魔術。鈴原ナツミの部屋に数倍する堅牢さを誇る防御結界を構築してたが・・・それをすりぬけられたのか?完全な失態だが、なんでイケボイスになっているのか不明だが、護衛対象を守らねばならない。身代わりとしてトドメの災いを防がねばならない。「代行命呪!我、六分儀タキロー!災い寄りて受けたまう!!主の名、碇シン・・・っっ!!!なっ!?代行命呪が無効化!?そんなバカな!?ありえない!!」
 
「・・・・それ、一撃だけだったみたい・・タキローちゃん・・」
ユトはすでに戦闘態勢を解いている。「でも・・・ま・・ずい・・・これ・・・よく・・研究・・してる・・・対・・・シン・・さん・・カスタム・・・」なぜ、自分がこうして誰かを守ろうとしているのか、なぜここにいるのか・・・自分が誰かよく分かっているから、「こんなところ」にいるはずがない・・・・ここにいる意味が、揺らぎ、立っていられない。かろうじて、赤い靴が、踊るように対抗しているが。
 
「ユト姉さん!!シン・・・殿!・・・・え!?・・・」
しくじるはずのないほどの確定強度の高い術の失敗反動、逆凪はタキローにも強烈な目眩となって襲いかかっていたが、なんとかゲタでこらえる。そして、異常に、異変に気づく。
 
 
碇シンジの名が、呼べなくなっている。
 
 
だから違えるはずのない術がキャンセルされた。非常時用であるから簡略高速化してあるが、ただ正式な名を唱える必要があった。それが、成せない・・・・こんなこと・・・
 
 
「僕は・・・”碇シンイチ(仮)”・・・・どうやったのか・・・名前をむりやり改名させられた・・・」
 
碇シンジ、いやさ「碇シンイチ(仮)」が己の名を口にした。瞳の色も夜雲色ではなく、
昼影色であり、しかも左右どちらにも(仮)と刻印されていた。
 
 
「碇・・・シンイチ・・・(仮)・・・さん・・・」
「なんでこんな・・・・こんなこと・・・」
 
名前に対するこだわりは、魔術業界に立脚度が高ければ高いほど、深刻になる。
契約に関するいくつかの呪術を受け入れている二人にしてみれば驚異的なほどに。
金銭的な結びつきだけならばまだしも。名が変われば、リセットされる条項もある。
 
 
「これは・・・ユダロン・・・・?こんなことも・・・?いや閲覧した記録に・・・・あれ・・・思い出せない・・・あー。それはそうですよね・・・でも、これは・・」
「契約・・・・完了・・・ご利用・・・くそっ!!こんな中途半端な!・・・でも・・戻らないと・・・」
 
ユトとタキローの足が出口に向かう。こんなことで契約が破棄になるとは、操り人形のようではあるが、人外の力を使う代わりに律令に縛られてもいる。人情の介在する余地なし。
 
 
 
「僕は・・・僕は・・・」
 
碇シンジ、いまや碇シンイチ(仮)と地の文でも呼ぶしかなくなった少年は呼び止めることもできず、嘆くのみ。本人にしても、こうなると任務もへちまもないが、かといってどこに帰ればいいかも・・・知識として分かってはいるが、そうする資格もないことも理解してしまっている。同じ人形でも糸が切れてもやっぱりつらい。どうしてよいのやら。
 
 
 
「僕は!!」
 
咆吼したが、何も変わらない。それで名が戻ることもない。ノーバディ。相棒がいない、という意味ではない。誰でもない。記憶があるのに、どこの誰でもないと知っている。
ユトとタキローが足を止めることもない。二人とも、ここにいていいタマではないのだ。
早急にあるべき場所へ元に戻らねばならない。かすかな違和感があるが、それでもレジストできないほどに、変名インパクトはマグナム強かった。
 
「どないしたんですか!!」
血相変えて鈴原ナツミがやってきた。壁の防音性能は高いはずだが、悪い予感がしたのか。
したのならモロ大的中しているわけだが。「え!?ユトさん?タキローさん?・・・え?どしたんですか・・・・なんかソレ・・・帰り支度みたいな・・・」
 
「帰るんですよ。かえるがなくからかーえろ、ですよ」
「僕たちの仕事は・・・ここで終わり・・・のようですから・・」
 
「え!?え!?え!?
鈴原ナツミにしてみれば驚くほかない。あまりにも唐突。あまりにも変。あまりにも無責任。護衛方針や報酬額でケンカ、という感じでもない。別人のように気合いが抜けてしもうとるというか・・・ここでこの二人に抜けられて碇シンジと二人にさせられても・・・
 
 
「ナツミちゃん・・・・君もここで・・・帰っていいんだよ・・・お家に・・・」
 
なにがどうなっているのか何がいらんことを言うたのか、こっちもしおれたキュウリというかしなびたヒョウタンみたいになってしまっているが、ムダにイケボで碇シンジが今更家に帰れなどというから
 
「オノレが連れてくっちゅーたんやろがい!!男がコロコロ言うこと変えんなや!このボケボンが!!」
 
 
ちょっとばかしキレ気味でビンタを7発くらいかましてしまった。