「すみません」
なぜか3人に正座であやまられた。こうなるとこちらも「いえいえ、うちも興奮してしまって・・・すんません」謝るしかない鈴原ナツミ。こちらも正座で。
 
まだド深夜であるが、とても眠ってる場合ではない。車座になってカップヌードルに缶コーヒー。健康と美容を気にするのは後回し。パシってきたのが碇シンイチ(仮)なのは言うまでもない。
 
 
「なんちゅうか・・その・・・いわゆる、呪いをかけられてしもうた・・的な?」
「そうですね。その理解でいいと思います」
鈴原ナツミの疑念にはタキローが答えた。
 
カエルにされたとか黄金の像に変化したとかではなく、見た目は変わっていないのだが、声と名前が変わってしまった。なんじゃそれは、と思わないでもないが、本人への認証が阻害されるとなればかなりの問題だ。人間の認識のみならず、機械すらそれは欺くらしく
碇シンジ名義のカードが使えなくなっていた。肉体情報も弄られているのかもしれないが、のんびり検証している余裕もない。このままネルフに帰っても最悪、投獄される恐れもある。エヴァ初号機とシンクロ可不可問わず、動かせても動かせなくとも。動かせるかも知れないが、碇シンジではない人間をどう扱うか。帰るな危険。騒動にしかならない。
 
 
いったんは仕事を忘却し地元に帰りかけたユトとタキローは、立て直す「間」さえ得たならそこから己らの認識を「碇シンイチ(仮)は諸事情による雇い主の仮の姿で契約は続行される」上書きして対抗した。
 
呪いの発動元より距離があったのと的して頭勘定に入れられてなかったイレギュラーである鈴原ナツミも「碇シンイチ(仮)」との「仮契約の指輪(婚約バージョン)」「なんでそんなもの持ってきてたの!ユト姉さん!!」「いや、なんとなくポケットに入ったから。もちろんこれでらぶ度を操作したら面白いとかないよ?」
「でも効能はお墨付き・・・ま、いいかどうでも」「いやタキローちゃん、将来の上司の奥方が誰になるかはけっこう重要な問題じゃない?」「しらないし!関係ないし!あくまで仕事上の付き合いだから!・・・この指輪もそうですから。この仕事が終わるまで・・・呪いが解けるまでは外さないで下さい。こんな遠くの国で絆もない人間に連れまわされるなんて辛いでしょうか・・・あ、いえ僕の面倒が増えますから。左の薬指なのも気にしないように。設定です仕様です。」
 
マジックアイテムでレジストさせてもらったので、碇シンイチ(仮)=どこぞの誰かが勝手に決めた婚約者=まあ、悪いやつではない、的認識となり、「誰このひょうたん。・・・一緒に来い?なにふざけとんや。ついていけーん。実家に帰らせてもらいまっせ」のようなことにはならなかった。
 
指輪ひとつで惚れるとかそれこそ呪いもいいところ。しかもここまで評価が上がるようなことは何一つとして。
 
 
「シンジはやばい。そう見えへんかもしれんが、ぶっちぎりでやばい。そう思うとき」
同中のクラスメイトになった日に、兄からもそう諭された。兄は正しかった。
 
 
呪いで名前が変わって、己の存在がイチから変質してしまった・・・・というのに。
さほど慌てた様子でもない。もう少しパニックになってもおかしくはないと思うけれど。
 
 
「さすがに”どん兵衛”は売ってなかったよ」
ヌードルを啜りながら言うことがそれ。ルームサービスに化けて襲撃、というのを警戒したのかこういった高級だが国際裏政治御用達系ホテルでは自動販売機がわりあい充実していたりするのだが、さすがになかったらしい。「やっぱりお箸がネックなのかな」
どうでもいい。修学旅行ではないのだ。もちろん恋バナとかもいらん。
 
 
 
「うーん、どうしたものかなー」
 
真面目に考えてはいるのだろう。なんせ自分のことだ。今まではなんか人捜しとかだったらしいが、思い切り火の粉というか呪いで火だるま、といった有様であるから己の存在回復について何事か思いを巡らしているのだろう。出来ればなんらかの助言なり慰めを言ってやりたいところであるが、思いつかず麺をすするだけ。スープも飲み干してしまった。
 
 
ユトとタキロー、なる、この若いけれどいろいろと事情通であるらしい二人の護衛役(姉弟を演じているが、妹アイで見破ってしまった)が、なんらかの提案なり意見なりしてあげれば良さそうなものだが、それもない。姉の方は楽しげに、弟の方は厳しい顔で、
彼の決定を待っていた。
 
 
 
「決めた」
 
食べ終わるのと同時。長いのか短いのか。ただ、それに自分の命運も関係するとなれば。
ごくり。緊張でノドが鳴るのもやむを得ない。だって、こちとらふつうの女子中学生やし。
 
「あれ?ナツミちゃん、もう一個いく?」
なんだその耳の良さ。なんでカップヌードルを見せつける。腹の音じゃないのに!
「い、いえ!けっこうですから!お話をどうぞどうぞ!シンイチ(仮)はん!」
 
 
「それでは、これからの作戦行動を発表します」
 
 
ここで、鈴原ナツミは、なんで碇シンイチ(仮)が、ここでもう一個いく?などと聞いてきたのか、考えて、覚悟を、腹をくくっておくべきだったのだ。「シンジはやばいでえ」兄の警告ももう一段階深く、考察しておくべきだったのだ。名前が多少変わろうと、本性は変わらない。瞳に(仮)とかあっても、性根の方はそうやすやすと。立てば無茶、座れば鬼謀、歩く姿は無理の花。
 
 
「鈴原ナツミさん」
 
「はいっ!?」よく分からんけど、自分の名が呼ばれたから挙手してしまった。
 
 
「この、古い携帯ゲーム機から「ゲ■ン■ケ■ン」攻略担当です。よろしくお願いします」
 
「はあっ!?」
 
分かったのは「よろしくお願いします」くらいなもので、それすら「理解してはいけない類いのやつだ」ということも肌感覚で分かるのに。・・・ネタではないらしい。ガチだと。本気でやれと。100%ピュア大真面目だと。碇シンイチ(仮)は。
 
「僕、碇シンイチ(仮)は、こちらの本から「ユダロン」攻略いきます。こちらに赤木ナオミさんが居ればそのまま確保、なおかつ僕の変名の呪いも解除します」
 
「確実にそうだという保証もありませんが、可能性としては一番高いですからね・・・名にし負うユダロンの霊威ならば僕の結界が抜けられたのも頷けます」
「でも、それなら〜シンイチ(仮)さんの名前自体を消去してしまえばよかったんじゃないですかねえ。そうなったら・・・・どーなってたのやら〜?」
 
「こわいことを言わないでくださいよ、ユトさん。もちろん魔術のことなんか僕は素人ですから・・・おびき寄せるためにやったのかもしれませんし。さすがに本の中に初号機で普通に乗り込むわけにもいかないでしょうしね。でも、タキロー君を信じてますよ、僕は」
「ですね〜。タキローちゃんの見立てならおそらく間違いありませんから〜」
 
「えっ!?じ、自信はそりゃあるけど本来は相応の解析設備と人員で・・・あ、いや・・・・・この地に骨と髪を埋めることになっても、あなたたちをお守りしますよ。そのためにここに来たのですから。六分儀タキローの名にかけて」
 
どうもその「あなたたち」に自分も入れてくれているらしい。なんて立派な。若いのに。
その分、そう言わせた碇シンイチ(仮)の邪知っぽさが浮かび上がる。こいつは・・・
 
 
「わたしは何をしましょうか?シンイチ(仮)さん」
 
自分に割り当てられた分の説明をもっと・・・せめて理解できるレベルでしてもらおうと・・・理解できなかったら出来ないですよね?そもそも・・・、と、口を開く前に先に言われてしまった。年齢的にも、たぶん自分より高難度の仕事が振られるのだろうけど、
 
「「ゲ■ン■ケ■ン」の現実住所の調査をお願いします。あー、あと、使徒・・・はもう出てこないだろうから・・・怪獣?とエヴァが思い切り戦っても周辺住民の皆さんに迷惑がかからない・・・いや、かかるのはかかるよね・・・・被害が最小限にすむかもだろう・・・その時にはすぐ避難してもらえるような場所をキープしといてください。電気の心配はいらないので、かなり人里離れても大丈夫です。そんな条件で」
 
「はーい。わかりました〜シンイチ(仮)さん」
六分儀ユトさん、お姉さんは、あっさり承った。その仕事がどれだけ難しいのか・・・自分のと比較してどうなのか・・・全く分からない。「ゲ■ン■ケ■ン」の現実住所?現住所の間違いじゃなくて?それもともかく、エヴァが戦えるところを、しかも自分の国でもない外国でキープしろとか・・・明らかに個人でやれることではない。それなのに。
どう考えてもネルフの仕事っぽいが、この人もそっち関係だったの・・・だろうか?
 
 
「・・・一応、確認するけど・・・・「ゲ■ン■ケ■ン」の端末側からの攻略は、彼女一人に任せるんじゃないよね?・・・」
タキローの声色は、「素人の女の子にそんなことはムリだから反対する」というものではなく、そこから更に”上乗せ”する心配に満ちていたからもう笑うしかない。
原付にしか乗ったことのない人間にいきなりレースマシンを与えて、なおかつ世界レベルのレースに出場する・・・くらいにしか想像力が追いつかない。うちになにをしろと?
コキ使う気満々だったからカップ麺よけいに食べていい、とか言ったのかこのボケは。
 
 
「それじゃ間に合わないから同時攻略、というか、”ながら攻略”するよ」
 
言い切った。なんの話なのか全くわからん相手になぜそこまでやれるのか。尺の少ないアニメ映画じゃあるまいし、もう少し説明せい!兄がやれたからといって、妹もいけるだろと思うのは信頼やない!マスクをかぶれば誰でもタイガーになれるわけやない!。そりゃ
ランドセル贈るくらいはお金があったらしてもええけど・・・いや・・・状況的にここはなんというか・・・虎の穴っぽい。常識もルール無用のあたりとか。ユトとタキローは理解しているようだ。それでもタキローの方はなんか諦め顔が強いような。ムリにムチャを重ねる、というカンが当たってしもうとるらしい。でも素人を絡めてはアカンやつそれ。
普通のパンチをぶちかましたい・・・ああ、さっきビンタはりまわしてもうたけど。それとは別枠で。
 
 
泣きをいれるつもりはない。あのまま掠われとったらどうなったかも分からん以上。
台風の目みたいなもんで、ヘタに離れるより中心近くにおった方が安全かもしれん。
兄の教えが身体の内側で響く。もし、もし、もし、千万が一、シンジとそーゆーことに
なった場合。がっちり隣におれ。振り回してもふりおとされんよう。足を踏みしめろ。
 
 
「ナツミちゃんは、ゲームが得意だったよね?」
 
イケボ自体は、こんな時でなけりゃ、くらっといきそうなレベルであるけれど。
その内容は。逆の意味でこっちをくらくらっとさせる。そんな話はしたことがないが・・・兄が自慢でもしたのか・・・入院中ではほかにできることがなかったから手慰みにやるくらいで、ゲームの天才とかプロとかでもない。段位があるかどうか知らないが、初段くらいであるまいか。ジャンルが広すぎて段位とか馴染まないかもだけど。楽しんでなんぼだし。ゲームとか。攻略とか、そりゃすごい人たちはすごいけど。そんなのを期待してるんだとすれば・・・そもそも、この古い機種は見たこともなく、どんなゲームが入っているのか・・・それすら教えてもらってないのに。
 
 
「苦手じゃありません。鈴原ナツミ、精一杯つとめさせていただきます」
 
そんな見得を切ってしまうのは。まさか古くても、ちんちろりんとかサイコロゲームでもるまいけど、勝つしかねえギャンブルに身を投じてしまったことへの覚悟と連帯を示すあため。出来ることがあるなら、任されたなら、守られるだけの足手まとい素人やっとる場合でもない。あとで兄がハジをかくのも出来れば、避けたいのも、ある。気合いだけでも。
 
「どんなゲームなのか、どのくらい難しいのか、僕たちにもぜんぜん分からないから!
ゲームというより、凶暴でアウトレイジな制作者からの”挑戦状”と思った方がいいかな?
クリア条件とかもあるのかないのか、そもそもクリアできるのかどうかも不明だから
難易度も”遊びじゃないのよゲームは”的な、悲しすぎるレベルかもしれないけど」
 
ずしんっ
ヘビー級どころかメガトン級のプレッシャーかけてきやがった・・・ヘタな慰めをされるよりはいいか・・・けど、綾波先輩や惣流先輩やないんやから、こっちは。泣かんけど!
 
「同時・・・ながら攻略のための調整、終わりました。シンイチ(仮)殿の方に負荷の全てがまわるようにしときましたけど?」
「うん、それでいいよ。さすがタキロー君、仕事が早い。ありがとう」
 
左腕と右腕に2匹づつ吸血させていた赤い蝶をながめながら碇シンイチ(仮)がのんびり即答。タキローとしては、多少狼狽えるところを見てみたかったのだが。
 
「蝶律・三年坂・・・邯鄲の初年、濡れ髪の弐年、黄炊の参年、蛹夢は碇シンイチ(仮)」
手際よく、一匹を残して三匹を己とユトと鈴原ナツミの腕にとまらせていく。
 
「・・・・ひぃ・・」泣きはしないが、さすがの絵面とやはり吸血される恐れで下半身がきゅーとなってしまう鈴原ナツミ。白から碇シンイチ(仮)の腕の血を吸って赤く染まった・・・おそらくは学者さんもしらん蝶は、綺麗ではあったが、和風ホラーでもあった。
必要だからやっているのだろうから、文句はいわぬが・・・あ、吸われてはない感じ。
こうなるとちょっと素敵なおしゃれブローチ・・・でもないか。吸血しとった事実は重い。
 
 
「こんな術もつかえるようになったんですねえ・・・タキローちゃんは立派になって。いえ〜もとから出来た子でしたね〜」
「いえ。あのしんこうべでの悪夢のような仕事の記憶で魘されないように、と。ただの防衛策ですよ。役に立ってよかったですけど」
なぜかユトに褒められて、タキローは一瞬、切なそうな顔になったが、すぐに元のビジネスモードに戻った。悪夢として眠りを妨げるひっどい仕事の記憶とか。あー・・・今回のがそうならないように気をつかねば。うちのできる範囲で。気を引き締める鈴原ナツミ。
 
 
「では、スイッチオン!ゲームイン!」
 
それを見越して待ち構えていた(かもしれない)碇シンイチ(仮)が某ニュース番組のようなことを言いながら謎の携帯ゲーム機のスイッチを入れた。