「汝が、伝説の勇者か」
 
などと、薄暗く無限にだだっ広い空間で、えび茶色のローブに身を包んでいるが頭がファミコンになっている謎の人物にそう呼びかけられるということは、ここはゲーム世界。
 
事前の打ち合わせも無く、周囲に撮影スタッフもおらず、唯一登場人物の頭部が任天堂のファミリーコンピューター(完全に同一であるかは不明。ぱちもんかもしれないが)となれば、おそらく、そうであろう。あの世だったら、呼びかけ役ももう少しそれっぽいビジュアルだろうし、人生終了後にそんなことを問われても困るし。
 
 
「そうです。伝説の勇者は、そちらのナツミちゃんです」
 
碇シンイチ(仮)がこちらの了承も得ずに勝手に返答した。しかも古ぼけた本を読みながら。さらにパラ読みどころでない前後ジャンプ読みとでもいうのか、いったりきたりしている。まさかこの状況で仕事の資料とか事務ソフトのマニュアルとかじゃあるまい。
 
って、いや!!いやいやいやいや!!?何を主人公とかに仕立て上げようとしてるのか!
こんな異能があるわけでもないアイアム一般人に!本とかパラ読みしてないで自分でやらんかい!それがダメなら、せめてユトさんとかタキローさんとかに
 
「あいにくだが、僕たちは駄目そうだ」
「そうですねえ、テレビゲームはあまり縁がなくて・・・人生ゲームとかとくいなんですけど〜」
 
声がしたからそちらを見ると、明らかに姿が薄いタキローとユトの姿が。ゆらゆらと。
 
「散発的な助太刀程度ならいけそうだが・・・常時四人接続に加えてそれを二重にして整合性をとるには・・・このくらいが限度だ・・・」
「そうですね〜わたしももうすこし踏み込めそうではあるのですが、こちら側の護衛とシンイチ(仮)さんにお願いされた仕事をこなしながらとなると〜・・・ごめんなさい。
事態の把握はできますから、あぶなくなったら引き上げは・・・・たぶん、できるかな〜」
 
碇シンイチ(仮)とは明らかに存在度が違う。同じパーティーメンバーにはなれず、ある程度エネルギーがたまったら出てこれる召喚キャラみたいなものか。心細い・・・。
 
 
「では、伝説の勇者「なつみん」よ」
謎のファミコンヘッドが厳かに呼びかけてきた。が!なんじゃそれは!!
 
「勝手に愛称!しかも、ひらがなって!」
 
「我が名は獄任(ごくまかせ)ドゥ。忘れ去られたゲームたちを弔う祭司である。
GD、と略しても可だ。」
 
「最初からGDって名乗ればええやん!!獄任ドゥとか言いにくいから誰もよばんし!」
 
「だが、略さずにきちんとフルネームを正確に呼び続けるのなら、最強武器を授けよう」
 
「ふん!うちはひっかからんで!発音が悪い、とかいうて、あとで巻き上げる流れや!」
 
「獄任ドゥ・・・・・・さん、付けはセーフですか?」
それなのに、あまり鍛えられていないのか、碇シンイチ(仮)が余計な口を挟む。しかも
本を読みながら・・・は、やめたほうがええのでは?
 
「セーフだ。むしろ推奨される。こちらも・・・多少のめこぼしはするが、継続するならば最強防具を授けよう」
伝説の名機をフェイスにしているだけあって、器もでかいのか、かんべんしてもらえてさらに最強防具とか!・・・・・・あれ?ちょっとガバガバやない?ヌルヌル?
 
「分かりました。呼び続けますので、最強武器と最強防具、御下賜願いします」
 
「よかろう。ふぁみふぁみふぁみ。汝は年若いにもかかわらずなかなかよく分かっておるな、伝説の婚約者「しんいち(仮)」よ。ふぁみふぁみふぁみ」
「ああ・・そっちが生きになったんですか。まあ、伝説の裏切り者とかよりはいいかな。あははははは」
 
 
「どこからつっこんだらええんや・・・これは・・・・」
馴染んで笑い合ってる獄任ドゥと碇シンイチ(仮)のはんぱない怪しいオーラに頭が痛くなってくる鈴原ナツミ。もしや、ここがラスボス戦?武器をもらったらすぐさま斬りかかればクリアになるのか・・・?なりそうな所がこわい。
 
「つっこめるところから、もしくは、つっこみたいところからするといいんじゃないですか〜」
「いやいや、真面目にやってください。・・・・この霊威の奥深さ・・・・底が見えない・・・探査用の泡波鍼の音が聞こえない・・・・判定不能・・・六分儀の規定なら、ここで引き返してもらうところです・・・絶対に割に合わない・・・・これが「ゲ■ン■ケ■ン」の扉か・・・・」
 
 
 
「雪吹山の大神官を蘇らせるのが、汝の使命だ、勇者なつみんよ!」
 
ゲーム文脈でいうところのクエスト、これを果たせばゲームクリアですよ、という目的。
ただ、意外ではある。たいがい勇者業務のラストミッションはラスボスの殺害であるからだ。まさか保護者層からの批判や年齢判定を考慮したわけでもあるまい。
 
「え?ぶっ倒すんやのうて?」
 
と言ったら獄任ドゥににらまれた。「もう一度言おう。・・・いや、音量調整は適正か?
まーざーどぅー!まーざどぅー・・・どうだ?ちゃんと聞こえておるか?勇者なつみんよ」
 
冠の勇者いらんし、と思ったが、親切なのはありがたいので素直に頷く鈴原ナツミ。
年がら年中誰でも彼でもなんでもかんでもつっこんでいるわけではない。だいたいつっこみキャラでもない。いたって平凡な女子中学生・・・なのになんで勇者やねん!!あ。
 
 
「雪吹山の大神官を蘇らせるのが、汝の使命だ。勇者なつみんよ。そして、これが約束した最強武器と防具だ。受け取るがいい!勇者なつみんよ!」
 
語尾に「勇者なつみん」つけすぎ問題について語っている余裕はない。
 
 
「ヨダ・ヨシイナ・ニハナンミ!!」
獄任ドゥが呪文を唱えると鈴原ナツミはピンク色の光に包まれた。
 
「シンイチさん(仮)!タキローちゃん!バンクシーンかもしれません!録画の準備を!」
ユトが叫ぶが、間に合わない。そもそもどちらも脳処理的にそれどころではない。顔には出さないが、脳トレの先生があわててストップかけるほどに脳神経を酷使しているのだ。
 
 
「こ、これは・・・!」
お約束だと我ながら思ったが、そう口にするしかない瞬間、というものはある。これはそんな瞬間だった。えー!?これかいっ!?と思いつつ、同時に、ああーそうかもー・・と思うなれば。想っていたゆえに。べ、べつに憧れとかではなく!ごっつ強いイメージというか!頑丈な鎧ではなく、動きやすく厚みでいえば装甲とはとてもいえない薄さではあるけど、まちがいなく決戦の装い。負けられぬところではことごとく勝ってきた、それこそ伝説の、スーツ。
 
 
「プラグスーツ・・・・ナツミちゃん・・・いやさ、なつみんが」
「その色は・・・・この色が・・・・真名からの励起なのか・・・」
 
男子2名にガン見されて、悪い気は、しない。年上の女性からの視線はめっさ厳しい値打ち判定にかけられとるようで緊張はするが。それでもうつむきはしない。開き直る。
 
最強、と言われたらこれやろ!と。つまりは、そう刷り込まれてしまったわけで。
 
身体のラインに自信があるわけもないが・・・それでも、着てしまった・・・着させられたもんはしょうがない。色は・・・見たことがないけれど・・・それでいて懐かしい青。
 
「ブルーハワイ・・・?いや・・・もっと深い・・・・」
青とはいいつつ、単一色とも言い難い。色合いがゆるやかに変動して見える。光の加減に
よるものにしては、ここは薄暗く、スタート地点でそこまで処理リソースをさくものか。ここはいわばキャラクタークリエイト画面でもあるのだろうし。
 
 
「ブルーウォーター・・・裏切らない青空、夏の海の色なんでしょうねえ・・・きれいですよ、なつみん」
 
赤い瞳が柔らかく。もう判定は終わったらしい。夏の海でナツミ、とか、なんでこの人たちが知っているのか。ただの山勘か。まあ、同性に褒められるのは、やはり嬉しい。
なつみん呼びでも。
 
「ヘッドセットもちゃんとある・・・」「再現度が高いですね・・・手首とか」
やはり男子どもはこっちの欲しい言葉より、てめえらの言いたいことを優先する。
「それに、武器が長柄の鎌とか!」「いわゆるリーパー・・・確かに剣でトップを狙うのは難しいところですからね・・・素人はんとは思えない判断ですよ・・・」
 
武器は、そんなもの触ったこともない・・・見たことはある、ゲームやイラストなどで・・・いわゆる「死神の鎌」。魂を刈り取る、という長いアレだ。
背中から少し離れて浮いているのはゲームのお約束だからいいとして。
 
特殊効果とかついてて遠隔から敵をやっつけられる、というのならいいけど、・・・リーチがある分、安全度があがったと思うべきか。色はなぜか桜色。死体が埋まっているとかいうイメージからだろうか・・・これはふつうに黒とか銀とかでいいのではなかろうか。配色指定は誰?色変するのにまた何か・・・「様づけしろ」とか?ないわー・・・
 
 
むにっー!!
 
いきなり獄任ドゥにほっぺたを引っ張られた。「いひゃいいひゃい!」
 
「最強武器とかいっておいて、背中から少し離れて浮いてる仕様、ださーい!とか思ったただろう!勇者なつみんよ!!」
 
「ひょ、ひょんなこと・・・」
全く思っとらんし、スルーしとった。そのへんはお約束だからどうでもいい派だし。
武器の数とか重量とかあまり厳密に言い出すと楽しめないからつっこまない派だし!
 
「あれは、そういう武器をもってますよ、今はこれを装備してますよ、というアイコンなのだ!なぜそういう優しい認識であたたかく見守ってくれぬのだ・・・勇者なつみんよ!」
 
むにむにむに!!
さらにほっぺたを引っ張られる。それなりに痛い。
 
「いひゃ、うちはぁ・・・」
抗弁するよりさすがに実力でやり返してやるべきか・・・こんな時にふるわずになんの最強武器か。
 
GETA!!
 
その前に、タキローのゲタキックが炸裂した。たぶん連撃で、ほっぺ引っ張り攻撃をキャンセルさせたあと、派手に蹴っ飛ばした。目にも止まらなかったけど、たぶん。
あの勢いだったら、事前に引っ張りを外してもらわんとこっちも痛かったはず。
 
 
「あらあらタキローちゃん」
「情報収集も大事ですけど・・・これって、あなたの役目じゃないですか?シンイチ(仮)殿。それで、僕が沈着冷静にダメージ計算をするのが正しいポジションですからね!」
「タキロー君は熱血も似合うと思うよ?でもまあ・・・」
 
どうもこの3人にはネルフとかチルドレンとか関係ないところでの繋がり、それもかなり強固な高速回線、があるようで。この馴染み方、絶対に即製のそれじゃない。
疎外感と、初撃が碇シンイチ(仮)でなかったんは、自分の値打ちを示すようで少し・・・もちろんまだ冒険も始まっとらんのに、凹んだりはせんけど。うちは元気ですけど。
 
 
「なつみん、ちょっと向こうみててね〜?」
ユトにくるりと肩をさらわれてその通りにさせられる。「刺激強いかもだから、じょじょになれていこうね〜」「え?」「新東京市ではだいぶ、猫かぶってるんでしょ、あの人」
タキローもなぜか隣に。「え?」だから、見えなかった。見せなかったというべきか。
 
 
碇シンイチ(仮)が、獄任ドゥの襟首つかんで、にこやかに「そういえば、獄任ドゥさんってこの世界の中でどれくらい強いんですか?」たずねる目の色を。
 
 
「隠しボスとも互角以上に渡り合える。無論、勝利してしまうわけにもいかぬが・・・・なぜ、掴んだ手が離れぬ?・・・ぬぬぬぬ・・・・しかも、本を読みながら・・・貴様はもしや・・・」
 
HON・NO・KADO!!
 
けっしてマネしてはいけないが、本の角で獄任ドゥの頭をどつく碇シンイチ(仮)。
転げ回って痛がっているので、マジ痛いのだろう。ただ、隠しボスとも互角とか言っとったよーな・・・まあ、強さは相対的ではあるけど・・・「女の子の顔にむにむにーとかないでしょ」鬼の声。イケボだろうが。どんな顔してるのか・・・見たいような見たらアカンような・・・。やめとこう。アカンやつだ。「しかも、親友の妹さんなんだよね僕の」
 
 
「ならば、最初の時点で止めておけばよかろ・
 
ぐしゃっ!!
さらに3回どついて、アイテムとお金と地図を巻き上げた。鬼だった。
 
 
「なつみん、お返しにその鎌で切っとく?」
「いえいえいえ!けっこうですから!」
そんなカルマ行動に加担させるな!どれくらいのダメージを与えたりもらったりするのかいうダメージ計算は大事だが・・・まさかここでするか普通。見た目が鎧とかじゃないから心配になったのかもしれへんけど・・・えげつなガチすぎる。もう少し様式とか尊重しても・・・いや、ハナからそんなものはなく、ながら攻略だと宣言しとったな・・・この人。
 
 
ほんまやばい。
 
 
「じゃあ、雪吹山にレッツレリゴー」何語や、と思ったが、つっこまない。
 
 
「ゆ、ゆくがよい・・・この獄任ドゥの屍を越えて・・・勇者なつみんよ!ぐふっ」
 
さっさとこの場をあとにせんとまずい空気。「樹原涼子さんの「花」は名曲ですよね〜」
「ぐ、ぐふっ・・・・なつみん・・・・実は」「あれ?まだ続きがあるみたいですよ」
 
「・・・汝は・・・我の・・・ぐふっ!」「あ。消えた」「・・・うーわー・・・この時点で関係性をばらしにくるとか・・・ごっつー・・・」
 
 
ゲームであれば、この薄暗い空間を抜けると、広大なワールドがオープンされ、タイトルロゴが表示されたりするのだが、そういうことはない。あるのかもしれないが少なくとも自分の目には映っていない。鎌を握り直す。キャラクリエイト兼スタート地点を抜けて、
即戦闘、しかもいきなり強敵に取り囲まれてる、とかありうる。狙われるのはまず自分。
 
 
勇者なつみん れべる1 ぶき 「さくらながし」 よろい 「ぷらぐすーつ」
 
婚約者しんいち(仮) れべる1 ぶき「ぼうけんのほん」よろい「むらびとのふく」
 
陰陽師たきろー れべる50 ぶき「げげのげた」よろい「おんみょうじのふく」
 
誘拐犯ゆと れべる88 ぶき「あかいくつ」よろい「おどらないおどりこのふく」
 
 
・・・・なんだろうかこの面子。自分が勇者とかいうのは棚に上げさせてもらって。
 
これで冒険に挑んでいいのか・・・・いくしかないのだが。陰陽師は和風魔法使いとしても誘拐犯は・・・シーフ?危険を避ける役目は大事だけど・・・エンカした敵の攻撃を防ぐタンク、盾役は自分がやる・・・しかない?ほっぺたを引っ張られたのももう痛くないし。負ける気は、しない!
期間限定というのでなければ、諦めなければ、投げなければ、心おられなければ。
クリアは必ずできる。はず!
 
 
勇者なつみんとその仲間たちは、旅だった!生まれ育ちは違うけど、目的達成のため心はひとつ!ひとりはみんなのために!みんなはひとりのために!