「・・・・あ。死んじゃった。死ぬかと思ったけど死んだ」
 
 
 
それなのに、いきなり縁起の悪い、思いっきり盛り下がるワードを連発する碇シンイチ(仮)。どゆこと!?と思って振り返ってヤツを見たが、その視線は本にあり。どうもその内容のことらしい。それも「攻略」しているということだったが・・・
 
 
何をしているのか、のぞきこもうとしたらタキローに止められた。「すいません、なつみん。事前に説明しておくべきでしたが、シンイチ(仮)殿の本を読んではいけません。おそらく脳神経が焼き切れます」
 
 
「をいーーーー!!」
さすがに突っ込んだ。「さすがにそれはしといてやーーー!!」
 
「って!!?シンイチ(仮)はんは、そんな危険なコトしてるんかいっっ!!」
長柄の鎌「さくらながし」を振りまわして三回転してしまった。エフェクトが花火みたいでなかなかかっこいい。けれど。
 
「シンイチ(仮)殿は大丈夫です。特殊体質で平気なのです。ご心配なく」
しれっとかわして、さらっと言われた。そんなこともしらないのかと。しらんけど!
「心配するにきまっとるやろ・・・ほんま・・・だいじょうぶなん?シンイチ(仮)はん」
 
「だ、大丈夫ですよ。殺したって死にませんよ。僕がちゃんと制御を・・」
 
 
「あ。また殺された。死んじゃった。運が悪いなあ、いや今度こそ・・・」
 
わざとじゃなかろうけど、これで心配するなというのは。かなりの無理筋。黙ってやってくださいよ、とタキローが睨んでも注意までしないのは、どちらにも負担があるせいだろう。しかも聞くだにこれは悪い流れ。ギャンブルでいうスッカラカン・ロード。
普通、年上の女性なら諫めそうなものだが、ユトは楽しげにその様子を眺めるだけ。
クラス「誘拐犯」・・・・罠を解除したり宝箱を解錠したりする「盗賊」はよくあるが。
そういうロールプレイだというのなら、役柄的に正しい。納得するしかない。
 
 
何が危険か、やばさの予兆を感じるセンスこそ旅のリーダーには必要。
勇者なつみんには、幸いなことにそれがあった。
 
 
「ここで作戦タイムをとりまっせー!」
 
 
あえて明るく。しかめっつらで会議してもいいアイデアはでえへん。固まった頭やら肩をちょっとほぐすだけでも違う。旅立ち、即対策会議、とか・・・とは思うが仕方ない。
 
「はーいシンイチ(仮)さん、ながら攻略はいいですけど、ひとりにこだわることはないと思いますよ〜。タキローちゃん、問題は、ないかな?」
ユトも手伝ってくれた。積極的ではないが、支援はしてくれると。立ち位置らしい。
 
「情報共有くらいなら。直接介入までは・・・ちょっと、だけど」
できない、とは言いたくなかったらしい男の子、タキロー。お膳立てはしてくれたらしい。
専門的なことはわからへんけど。
 
 
「ううう・・・勝てない・・・殺されちゃうよ・・・やっぱり課金は正義なの・・・?」
 
めそめそしながらいったん本を閉じた碇シンイチ(仮)。獄任ドゥをその本でぶっ叩いて金品を巻き上げた同一人物とはとても。いや、作品の間で強さインフレはよくある問題ではあるけど。どんなおぞましい恐ろしモンスターと対戦していたのか・・・・そもそも
その本は何なのか・・?殺すとか死んだとか推理小説なのだろうか?トリックが見破れないと殺されるとか・・・?なんか違う気もする。
 
 
「”撃滅!ユダドクロンの挑戦!”・・・はあ、なかなか好戦的なタイトル・・・でんな」
 
少し目がチクッとしたが、タイトルを教えてもらった。ただそれで内容が分かるというと。
 
「それでゲームブック形式・・・それで、本を前後いったりきたり開いて読んでたわけですか」
プレイスタイルとしては個人用。おおぜいでわいわい楽しむ・・・向けではない。
 
ひとつの流れを読み追って、終わりに至る普通の物語と異なり、読み手の選択によって異なる運命が展開していき、己の選んだ結末に至る・・・たいていは死亡、バッドエンドではあるが、己で選んだのだから納得はある。映画の中のヒーローヒロインたちの苦闘に文句をつけていても、実際にその場に立てばどうなるか、と。ハッピーエンドに至るのは並大抵のことではないのだと。思い知れるよい人生教材でもある。一将功成りて万骨枯る。
 
 
もちろん、ただのゲームブックではありえず、これを読み通すことで「ユダロン」の深奥に至れる、という・・・あまり深く考えてはいけない、自分の現状がこうなのだ。勇者なつみんなのだ。そういうこともあるだろう。むしろ、こっちの方で碇シンイチ(仮)が主人公やってないとおかしいやろ!と思う。まあ、生きて家に帰れたら誰にも話さんけど。
やっぱりこう、同時攻略とかながら攻略とかされると、「選ばれし者の恍惚と不安」とかない。とにかく急いでクリアせんとあかん!と思うだけだ。風情に欠ける。
 
 
ともあれ、この「”撃滅!ユダドクロンの挑戦!”」内に赤木ナオミがいる可能性が高い、と碇シンイチ(仮)は言った。タイトル的にそうなのだ、と言われたが、そうなのか、と応じるしかない。大急ぎで攻略にとりかかっているのも分かる。
 
 
 
<1>
 
 
物語、世界観としては、「メギ皇帝の城に囚われた”ナオコ姫”を救い出せ!」というもので、ユダロンシュロスに入りその主からユダロン使用許可をもらうのが目的でない碇シンイチ(仮)向けになっているといえる。
 
 
”ナオコ姫”というのが、赤木ナオミのことなのか、自分の名前は元に戻るのかその手段は、情報を集めながら巨大かつ複雑な、八本の手をもつ悪魔の塔のごとくの、メギ皇帝の城を駆け巡る碇シンイチ(仮)であったが、さっそく詰まりポイントに出くわした。
 
 
 
<705>
 
 
「”ナオコ姫”っていうのは実は・・」
 
情報収集に勤しむ君はちょうどよい盗み聞きポイントを見つけた。護衛の騎士たち専用酒場の厨房に通じる食糧倉庫だ。そこで聞き耳をたてると、ちょうどよく話が聞こえてくる。そして、今いい感じに重要情報が聞こえてきた・・・・ところで
 
 
背後からモンスターがおそいかかってきた!
 
 
這い寄る澱粉  技量点 56 生命点 350
 
 
勝てるわけがないが、勝ったといいはるなら <1444>へ
負けるに決まってるが、正直に申告したなら <14>へ
 
 
 
「ここで、毎回デンプンにぶっ殺されるんだけど・・・おかしくない?」
 
太りすぎの成人病ならダイエットしろ、というところであるが、若さもあろうが今の所碇シンイチ(仮)にそれは必要ない。むしろ必要なのはマッスル。筋肉。ただし、脳みそには至らない類いの。バランスのよいそれ。
 
 
「・・・・・え?脳筋・・・なん・・・?シンイチ(仮)はん・・・」
兄からは小癪の権化、小賢しさの化身のように聞いていたのに、かなりバカだ。
 
惣流先輩の評価が適正だったということなのか・・・男はしょせん、男に甘いしな・・・
壁にぶつかっても、ぶつかり続けて、壁の方が壊れてくれた人生だったのかも・・・
 
 
「ここは、賄賂ですわ」
 
正直に申告するのはゲーマーとしてはえらいけど、今は遊んでる場合やないし。
 
 
「え?デンプンに賄賂とか・・・」
「勝てるわけがない、って選択肢に書いてるくらいですから他をあたるのが正解です・・・・ほい、賄賂判定してください」
「ええー・・・でもぉ・・・」
小娘のようにイヤイヤする碇シンイチ(仮)。惣流アスカであれば確実にケリをいれている。しかし、おかんレベルの高い鈴原ナツミ、勇者なつみんは説得する。
 
 
「金のカタチをした、ワナっちゅうことですわ。それはむしろ、上級者テクやないです?」
 
「なるほど!やるよ!・・・賄賂判定、ころころー!やった、成功だ!」
「さすがシンイチ(仮)はん!」
 
見事なあしらいであった。ユトとタキローも感心する。なかなかこう、同級生にこんな小学生にするようには出来ない。将来は小児科の看護師とかいいのではないか。ちなみに。
 
 
鈴原ナツミは知らないが、ぶっ殺されて<14>へ進んでいるのに、死にもしないしひどいめにもあっていないのは、碇シンイチ(仮)の懐にある綾波レイの贈った「栞」のおかげであった。脳筋な突撃選択を繰りかえすたび、綾波レイの胸はどっきんばくばくと疼き、高鳴るのだが、それもまた知るよしもないのであった。
 
 
 
賄賂その他の手段で切り抜けたなら<899>へ
 
 
<899>
 
 
あらためて聞き耳を立てる。「ナオコ姫は・・・ナオ・・・ミ姫という名前らしい」
 
 
護衛の騎士たちは聞かれていることにも気づかず、情報をダダ漏れにする。
 
「ナオコ姫とは、ナオミ姫の母親の名前である」とか「メギ皇帝を倒すべく単身乗り込んできたが、果たせず囚われてしまった」とか「そのあまりにも美しさにメギ皇帝が惚れ込んで嫁にするために地下42階の牢屋に閉じ込めて毎晩口説きまくっている」けど「まったく相手にされていない」とか「その黒く赤い髪の美しさに魅了された何人かの騎士が裏切りナオミ姫を連れて逃げようととしたが失敗、一人を残して首チョンパされた」とか「とにかくナオミ姫は世界一の美人で頭脳優秀、人格も優れているので、勇者であればまあ助けぬわけにもいかないだろう」とか。「ナオミ姫は魔法使いでもないのに、言葉に関する不思議な力をもっている」とか「ナオミ姫には巨人のしもべがおり、メギ皇帝も警戒している」とか
 
 
「情報料込みと考えると、お得!!お得だよなつみん!」
「お得感は同意ですが、そこはナツミでお願いします!」
こっちはで勇者ではない。のだから。こういうの、慣れてしまってはいかんと思う。
ケジメはつけんと、うん。
 
 
「それで・・・・”こっち”に探しとる赤木ナオミはん・・が、いるっちゅうことは」
 
ここで勇者を辞任させてもらってもいい、ということか。幸い、ゲームスタートと同時のタコ殴り展開はなく、ゆるやかな丘陵地帯が目の前に広がり、自分たちが出てきた小さな神殿も雨風はしのげるし、遠目に村らしきものも見えるし、初心者さんも安心の世界設計になっているようだ。もちろん油断はならないが。どんな殺意の高いアドベンチャーが待ち受けているか分かったものではない。渡らなくていいなら、危ない橋は
 
 
「いや、”こっち”には、ナオミさんはいないと思う。髪がオレンジ色だから」
碇シンイチ(仮)が言い切った。
 
髪の色くらい気分で変えたかもしれないが、・・・・まあ、予感というか覚悟はしとりました。勇者続行。さくらながしを握り直す鈴原ナツミ=勇者なつみん。
 
 
「魔法使いでもないのに、言葉に関する不思議な力って・・・僕のコレだろうしね」
指で数字の7を前に突き出してくる、のは、もしかして「7前」→「なまえ」か?
確かに不便でもあるし、自分がずっと「勇者なつみん」だとしたら・・・恐怖だ。
 
「同時に攻略して、正解でしたか・・・でも、なつみん、頭痛とかしていませんか?」
タキローが尋ねる。「いえ、だいじょうぶです」「僕には聞いてくれないの?」
「シンイチ(仮)に不調が出るようなら、なつみんの頭は西瓜のように割れています」
「タキローちゃん?女の子には、もうすこし配慮しようね?」
「あ、はい。ごめんなさい・・・」「あ、いえ、あやまらんでええですよ。気にかけてくれたわけですから」「うふふ、なつみんは包容力がありますねえ」
 
 
「と、とにかく、こっちも攻略・・・雪吹山にいそぎましょ!」
 
攻略難度がどれほどのもんかも見当つかんが、座り込んでいてもクリアにはならないのだけは確かで。勇者なつみん一行は歩き始めた。手始めに村を目指す。その途中で、バカでかい馬に乗ったこれまたフロム脳でも搭載していないかぎり、絶対に挑まないだろう強者オーラに包まれた騎士が道の真ん中を堂々ときやがるので、ちょっと血が沸いたが、もちろん手など出さない。出さないに決まっている。オープンワールドあるあるで、初期レベルでは絶対に勝てない相手に決まっている。職業がベルセルクならやるかもだが。
 
 
この「勇者なつみんクエスト」がどれほどの冒険だったのか、攻略本換算しその厚さでたとえると、(当然、その間のしくじりや迷走、それにまつわる悲哀ぶちキレなどは計上されない。「感動」などももちろん野暮であり)広辞苑6冊分ほどであろうか。
 
 
鉄板のドラゴン退治イベント、王子様救出イベント、王国のっとり返しイベント、王様護衛イベント、伝説の武器探索イベント、ダンジョン製造イベント、悪役令嬢KOイベント、ハウジング、サポートキャラの育成イベント、にせ勇者イベント、疫病封殺イベント、乗り物飛行イベント、強ボス戦十連続イベント、悪の組織からの賞金首イベント、推しキャラくっつけるイベント、勝手に仲間に入った挙げ句に3ぺん裏切られたネズミ男イベントなどなど・・その間、いわゆるお使いイベントは1000回ほどこなしただろうか
 
 
同時に「”撃滅!ユダドクロンの挑戦!”」の攻略も進めていく。
 
 
「賄賂最強!バブリーアボイダンス!!」戦うこともないわけではなかったが、もっぱらこれ。どういうゲーム嗅覚なのか、やたらに各所で金貨銀貨を回収するのがうまい碇シンイチ(仮)であった。「まあ、このあたり・・・六分儀正統の血かな・・・」「そういうとこだよ、タキローちゃん」「・・・まあ、攻略が進んでるなら・・・うん・・」
 
 
謎解きも、三人寄れば文殊の知恵方式で、お願い菩薩様!独力にこだわったりしない。
 
 
 
「これがナオミ姫の牢の鍵・・・・」
 
牢屋番も金の力で籠絡し、クリティカル成功したのでサービスにミツユビオニトカゲの干物もつけてもらった碇シンイチ(仮)。ここまでくるにはいろいろあった。ながら攻略であるから2倍の苦労といえる。だが、ここまでくればエンディングは近い。逃走経路の地図も手に入れていた。もちろん金で。このまま一気に・・・いくぜ!!というのが熱血主人公であるが、碇シンイチ(仮)は用心深く、ここで一休みすることにした。