「それじゃ、シンジ君・・・・」
「カヲル君・・・・・」
かたい握手のいつか離れる時のくる。ネルフのジオエアポートでの別れ。風が、強い。
白銀の髪を靡かせ、背を向けたフィフスの少年はヴイトールに乗り込む。
似合わぬ大きな紙袋をさげて。その中に、第三新東京市の記憶が、入っている。
いとしい、記憶が。
見送りは、サードチルドレン、碇シンジ。セカンドチルドレン、惣流アスカ。ファーストチルドレン、綾波レイ。作戦部長、葛城ミサト。そして、赤木リツコ博士。
特別機は夏の終わる世界へ飛び立った。
視界から、消える。今・・・・・・・
渚カヲルが第三新東京市より、去った。
「いっちゃったわね・・・・・」
「うん・・・・・・」
少女の言葉に、少年がさびしげにうなづいた。
包帯はとれたとはいえ、その瞳があまりに空ばかり見ているので、少女は。
「それにしても・・・・・・アンタ、渚に何贈ったわけ?壮行会の前日、徹夜で鈴原とか相田とかでゴソゴソやってたけど・・・・アレ?」
「うん・・・・・・エヴァの晴り降り人形だよ」
晴り降り人形。箱根の名物民芸品のひとつ。外見は民家の模型のようなもので、晴れの日には中から男の子の人形が出てきて、雨の日には女の子の人形がでてくる・・・・・・・それの碇シンジの第三新東京風アレンジである。よっつの出現ビルがあり、そこから天候に応じてエヴァ四体が出てくる、という仕組み。カンカン照りだとエヴァ弐号機、穏やかな晴天だとエヴァ四号機、曇り、または雪だとエヴァ零号機、雨、または雷だとエヴァ初号機が出てくる・・・エヴァは碇シンジの手による二頭身ディフォルメが施されている。
そのままでは、戦闘の血なまぐささがどうしても抜けないから、という気持ち、だ。
鈴原トウジや相田ケンスケに手伝ってもらったのは、時間のこともあるが、つき合いは彼らの方が長いことを、碇シンジは知っているからだ。男の子です。
ちなみに、鈴原トウジは阪神の帽子、相田ケンスケは自作写真集を贈っていた。
「てりふりにんぎょう・・・・・」
ただのプラモデルかと思った。どうせまた霧島ムスメの入れ知恵なんだろうけど。
今日もまたよくわからない奴・・・・・。それを今日から一人で抑える・・・こともないか・・・・渚のマネなんて出来ないし。ただ、無様なマネだけはさせないからね!。
決心を新たにする、渚カヲルに特に何も贈らなかった、惣流アスカであった。
ただ、「くれてやった」代物はある。何なのかは誰にも秘密らしいのだが。
洞木ヒカリと山岸マユミは合作の、電車の中で(飛行機だが)食べてねのお弁当。
もちろん特別機の機内食などあるはずもないことを考えると、さすがのみごと。
「・・・・・・・」
綾波レイも、周りに合わせてみたのかどうなのか、渚カヲルに贈ったものがある。
水筒である。(ネルフのロゴ入りなのはいうまでもない)その中に入っていたのは・・・。
こっちもよくわかんないわねー・・・・・・
惣流アスカのジト目。いくらなんでも・・・・・そのまま「水」なんか贈ってどうしろってのよ・・・まー、アタシがもらったわけじゃないからどうでもいいケド。
「今日はつきあうわよ、とことん」
「・・・・・・・・・」
葛城ミサトと赤木博士。今日はこのまま早退である・・・・・
「そーいやあ、シンジ。アンタ、渚からなんかもらってたでしょ。見せなさいよ!」
その命令口調でなくとも、見せる気のない碇シンジ。当然、押し問答になる。
我関せずの綾波レイだが、早々に去ってしまうことはせず、その様子を静かに見ていた。
渚カヲルは夢をみていた・・・・
特別機はすでに日本領空を離れ、雲海の彼方。北極点ルート。
第三新東京市、という地名は少年にとっては意味のないものに変わった。
ネルフ本部、というゼーレの使役組織の実働中枢のことも同じく。
葛城一尉直轄のエヴァチームのことも、また、同様に。
再び、「管理者」の任に戻った今となっては。
生まれた場所、帰るべき場所、新生命圏実験場、バイオスフィア・�掘Ν検�
そこに帰れば、ゼーレより「制裁」が待ち受けていることも、少年は知っている。
第三新東京市での行動はすべて「エフェソス」に知られている。四号機の第三の、眼。
「”ペルガモ”・・・・”ラオデキヤ”もそろそろ膨造生完了・・・・」
七つの教会の名を冠せられる、七つ目玉・・・・・・
ヴオンッ・・・・・・・・・
ジュイン・・・・・・・・・
赤い瞳が高速で迫り来る強大の存在を感知する・・・・・この北の果ての高空で
それは・・・・・
十二枚の光の翼をもつ・・・・・二体の巨人
右方に六つの眼をもつ、四号機封じのためのエヴァ十二号機
左方に七つの眼をもつ、初号機殺しのためのエヴァ十三号機
エヴァシリーズ最終型・・・・・使徒殲滅でなく、エヴァ封殺の為の・・・・・最後の
儀式を司る、人造の祭司。
渚カヲルの眼には、全ての「力」を奪われて、翼をもぎ取られ孤独の地に叩き落とされ、真っ二つに引き裂かれるエヴァ初号機の姿が映る。零号機、弐号機もそこにはいない。
この世のただ一つの暗黒。その中心に立つ碇シンジ。瞳を閉じて、告げる言葉。
「使徒も・・・・神様も・・・・・人間さえも・・・・・みんなが敵なのなら・・・・」
「・・・・・・僕は・・・・・・・僕は、悪魔になりたい・・・・・・・」
「はっ!・・・・・・あ・・・・・・・」
渚カヲルは、夢を見ていた・・・・・救いのない、悪夢を
少年は、重く息を吐きながら・・・・・孤席に深く、沈んだ。
ふっと、手が傍らに置いたあった紙袋に触れた。ぱか。中の何かが開いてしまった。
オルゴールだ。孤独の機内に音楽が流れ出す・・・・・・
イ・ツマデモ・タエル・コトナク・ト・モ・ダチデ・イヨウ・・・・・・
キョ・ウ・ノヒハ・サヨウ・ナラ マ・タ・アウ・ヒマデ・・・・・
どこで買ってきたのか、ぼろっちいオルゴールだ。しかも、別れの相手に贈るものとしては選曲さえも年代がかっている。おめでたそうなサルが中央でくるくると踊っているし。
誰が贈ったものやら・・・・・・碇シンジ並のセンスだ。
「フッ・・・・・・・」
時田社長が何者かとモニター通信を行っている。
「・・・・と、そういうわけでしてね。メカニズムだけではやはり、使徒には対抗できないということが分かっただけでも収穫がありましたよ。ネルフの葛城一尉をスカウトする、という手もありますのでまあ、やってみようかと。・・・・・・ああ、はい、はは、そうですね。JTフィールドの方は・・・・・」
相手はどうやら女性のようだが、その立場は今現在社長室が完全シールドされていることでも伺える。無論、ネのつく特務機関などに盗聴されぬよう十時間以上かけてのクリーニングがされている。JA二世号がやられてもまるで懲りた風もない時田氏もこの女性と話すのは三度目だ。冷や汗が、背中にとめどなく流れてゆく。
「では、そういうことで。・・・・赤木・・・博士」
通信が終わると、精根尽き果てたように椅子によたれかかる時田氏。
「ああ・・・・・ネルフの連中も可哀想に・・・・・」
と、わけのわからない同情を洩らしながら・・・・・首をコキコキ鳴らした。
渚カヲルの帰還
管理者の生体パターンが入力され、ようやく凍結封印の解かれる・・・・・・闇の世界
濃厚な何百何千の生命の気配。しかし、呼吸音すらない無音の世界。声を、待っている。深く静かな闇の中で。ずっとずっと待っていた。赤い瞳の少年の帰りを。
「ただいま」
闇が、一斉に何千何百の宝石の瞳を開いた。ひとつひとつが生命の火を宿している分だけ世界中のいかなる都市摩天楼の夜景より美しかった。ひとつひとつが少年の帰還を待ち望み、そして歓喜に打ち震えているのだから。百華絢爛、満天光輝。そして寄り集まって、ひとつの意志をあらわす
「帰る家、ホームがあるということは幸せにつながる・・・・・」
だから、ちょっとした間違いは気にしない、渚カヲルであった。