秋葉森水天門 (AKIBAMORI SUITENMON)
 
 
秋葉森の水の際。もっとも水位の低い場所である。水のライフラインの管理地点にして・・・なぜか道に迷ったよそ者が必ず辿り着く場所でもある。
 
 
既に時刻は午前四時。白い月が薄み、夜闇が揺らぎ天の紫色に。雲は地の影の色に眠る。
守護神(トーテム)の如く立ち並ぶ、ずんぐりとした、海水を高速にして大量に真水に置換してしまう、秋葉森の水の源流・り・さいくるとろんのタンク群。
世紀を越えて停泊し続ける日本一の臆病者を自称する男の作った巨大な箱船「デパート・ノア」、天空に手を伸ばし叶わず歪む黄金湾橋(ゴールド・ハンド)。やたらに鳥が多い。
明けの光に消えゆく星が、水際の怪異を語り終える。
 
コンクリートの堤防に頬杖をつき、海面に、青い人魚のタブラオ(劇場)のような浮き舞台状にのっぺりとした顔をだす元・高層ビルの屋上が四つあるのを見つめている。
 
 
白いスーツの女性・・・・・・
 
 
その傍らには「ワンカップ横綱」・・・自動販売機で買える秋葉森の地酒だ・・・・
何本かカラになって足下のコンビニの袋に入っている。
 
 
「・・・・・・・・」
水門街灯のささやかな明かりに浮かぶその顔は、たしか伊吹マヤ。
入社式でさっそく逃げだした新入社員を追っかけたはずだが、こんなところで何をやっているのか、といえば・・・・・
 
 
ぺろり・・・・さして美味くもなさそうにワンカップをなめる。
つまみには、海の上の航空障害灯・・誰に教えてもらったのかとんでもなく暗い飲み方だ。
空が強烈なオレンジの光を放つ秋葉森の夕方過ぎて、漁師のおっさんや海ニワトリがこけーこけーと家に戻っても、まだこんなところで一人飲んでいた。
 
 
水際の空間の持つ魔力のせいか、それとも酒に酔ったのか、いくつか幻をみた・・・・
 
 
 
沈んだ高層建築の屋上の浮き舞台・・・・・篝火がわりの航空障害灯・・・
その中央で、舞う。金色の髪の白拍子・・・・・・紫の鬼の面をかぶった童子と。踊る。
蕭々と謡いするかわりに、ましんの言葉でかわす。電網回線の代わりに蜘蛛の糸、珪素板の代わりの檜の舞台、走り抜ける電子の閃きに言霊を。金鷺に化す白拍子の語る無限の言葉を食べ続ける鬼の童子・・・・・その想いも何もかも喰らいつくす・・・・・・
 
 
 
そう、それが望んだこと・・・・・・そこまでしなければ・・・・・
 
 

 
 
ぼろろーん・・・・・・ぼろーん
 
 
ふいに夜空から降ってくる雨ならぬ、弦楽器の音。見上げると、そこには鳥のように照明灯に腰掛ける、Tシャツとジーンズの若い男女。眼鏡の男性はギターとハモニカ、女性は月琴、背にはアコーディオン。腰のベルトにリコーダーを差している。
 
 
「一曲、いかかですか?」にっこり笑って女性が言った。しかし、照明灯から降りてこようとはしない。これが、秋葉森の夜の名物、”ギターを持った明かり鳥”だ。歌を売る。
 
「じゃあ、一曲お願いします」
 
 
「それでは、今宵の貴女に捧げますのは・・・・さだまさし・”名刺の歌”です」
 
 
「たかが五十平方センチの名前を書いた白い紙切れに振り回されてなんだろね」
 
「されどその白い紙切れをとりあえずオレの顔と信じて誰もが疑わないんだモンね」
 
「強い名刺ではられてごらんよ、どうもこうものあくがでない」
 
「いまにみてろ、いまにみてろ、いまにみてろ・・っても、だれも見てないっ」
 
「てめーにさげた頭じゃねえぞ、てめーの名刺にさげたんだぞ」
 
「負け惜しみとグチがかなしいぜ、生ビール、あ、またポケベル。電話はどこ?」
 
 
               <ギター間奏>
 
 
「イヤな野郎ってほんとにいるよね、それが自分の上司ときてみろ、いっそさしちがえたろか・・・あ、でも家族が」
 
「たかが一枚一グラムの名刺に振り回されてる。今日でも明日でも辞めたる!あ、でも思うツボかも」
 
「弱い名刺をだされてごらんよ、抱きしめたくってしかたない。がんばろうねがんばろうねがんばろうね・・・って天下とるまで。あ、流れ星・・・」
 
「おいらにさげた頭じゃねえだろ、おいらの名刺にさげたんだろ、分かるから飲め、いいから飲め、ほら熱燗、あ、またポケベル・・・いいや、切っちゃエ」
 
             <ギター間奏・中略>
 
 
「ありったけの名刺こまかくちぎって、ほら、牡丹雪・・・・・・」
 
 
 

 
 
「お嬢さん、こんな夜中の女性の一人水門見物は危ないですぞ」と紫と白の横縞の全身タイツ姿の筋肉質の巨漢が声をかけてきた。自分の方がよっぽど危ない感じだが、とろんとした目の伊吹マヤは気にもせずにしばらくその・・・ISDN回線男・・・・と名乗るその大男と話をしていたっ。「・・・いやー、わたしは実は電線マンの甥っ子にあたるんです」
「ふんふん・・・それでぇ・・・・そーなんですかあ・・」「最近のお嬢さんには珍しい礼儀の正しさ、大和撫子ここに健在、という感じですなあ。それでですな・・・」
 
 
夢なのか、現実なのか、境界ははっきりしないが、おそらく夢だろう・・・夢だ。
 
 

 
 
「・・・・・・」
結局、祭門チサトは見つからなかった。新・雷門でさえどこにあるのか分からなかったのだから探せるはずがない。かなり秋葉森をあちこちいったのだが、人一人捜すとなるとこの街は広い。あれだけ目立つ格好だ。あちこちに聞いてみたのだが、胡散臭そうな顔をして教えてくれない。土日でもないくせに役所が休んでいる。警察もせせら笑って相手にしてくれない。確実に知っている風なのだが、教えようとしない。よそ者であるからだろうか。
 
 
・・・・・それはいいのだが、完全に道に迷ってしまった。伊吹商事に帰ろうと思っても帰れない。このごちゃごちゃ整理されてない街は街路標識の類も、その地域の人間が適当な親切心でつけているだけで、絵柄さえ統一されてなく、結局のところよそ者にはなにがなんだか分からない迷い道となる可能性の方が高い。ナビコンの類は「にせ東京タワー」のために使用不可。なら電話回線からネットにつなげて地図サービスでも読み込めばいいと思うのだが、秋葉森の人間は有名な地図嫌いで地図を造ろうという奇特当然な人間はいなかった。要は体でおぼえるしかないのだ。幻。そもそも生まれるはずのなかった都市。
だいたい、ここの街は日本国政府にその存在を正式に認められていない・・・。
 
 
「そう、だいたい・・・・・その存在をみとめられていない・・・・・・」
 
 
伊吹マヤがつぶやく。
 
 
迷ったのなら誰かに迎えにきてもらえばいいだけの話だ。いくら秋葉森が広くとも北海道ほどはないし、砂嵐の吹きすさぶ巨大砂漠でもない。車なら三時間もあればぐねぐねした中心部から端、例えば水天門浄水場、都市鉱山(おやま)塵界埴輪、までいける。その程度の距離だ。
 
 
道さえ知っていれば。
 
実際、伊吹商事からここ水天門まで車で三十分ほどの距離だ。夜になる前にうまくにせ東京タワーの角度を見れば秋葉森なら子供でも帰ってこれる。夜になっても、タワーの表面の点滅灯は方角を星座よりは能弁に教えてくれる。望遠鏡は必須だが。
秋葉森の親は自分の子供にそのようにして家に帰る道を教えるのだ。
 
 
伊吹マヤが時間もないくせにこんなとこで酒などかっくらっているのは、社長業職務怠慢以外の何ものでもなかろう。おそらく、社員が帰りを待っている・・・・・
 
 
「でも、誰もまってなかったら・・・・・・・どうしよう・・・・?」
 
 
自問する。伊吹マヤをいじけさせ、ここに足止めさせているのはそれだった。
勢いで出てきてしまったのはいいものの、そこで目的を外され、手ぶらになって外の風に吹かれてみると、憑き物が落ちたように、「はっ」と気づいてしまった。
 
目的に向かって一心不乱に駆け抜けていた時はよかった。自分を演じさせ騙すことが出来た。気が張っていた、と言い換えても良い。わざわざ白いスーツや赤木ナオコ博士の真似をして赤いメガネなどをして装って「伊吹社長」などというネルフのオペレータにしてみれば冗談以外のなにものでもない荷を背負い、立場にいる。とてもじゃないが、人を率いてどうこう、というのは自分には向いていない・・・・人のフォローをしているのが十分似合いなのだ。
人数が増えた、ということはもう駆け抜ける風雲時期は終わった、ということだ。
これからは、歩くスピードで人を率いていかなくてはならない。それを成すには、才能とか能力とか、若さとか勢いとか美貌とか人柄人徳という便利な「武器」が使えずに、ただ自分の身ひとつが試される。そう、強い、自分自身の意志、だ。
 
 
歩くときは「誰かのため」という言い訳は必要はないのだから。自由に、そして自律に。
皆とともに。前に、橘エンシャが話したような暗夜行路を手をたずさえて。
 
 
それに、年齢のこともある。自分より若いのは・・・たったの二人で、あとは皆、自分より年上で経験も深い。目的のためにはどんな手段でも使おうという覚悟は決めてきたはずだけれど・・・・・
 
 
「手段・・・・・か、やっぱり、人は手段なんかじゃないよね・・・・もっと・・・」
 
情を覚えそうになって怖くなった。なにせ、自分は思いきり弱みにつけこんで脅迫して人を集めてきたのだから。あれをもう一回やれ、と言われたら・・・・・・
あれをもう一回やるはめに陥ったら・・・・・・
 
 
いったん、踏みとどまって自己を振り返ればマイナスの想念しか浮かんでこない。
その結果が、「アリの穴から崩れる堤」、だ。一人抜けて、そこからどばーっと組織崩壊。一番崩れやすいのは、組織を立ち上げた直前だ。全体で走り始める前。
「やっぱ、やめた」で簡単に人は去っていく。上に立つ者の孤独。
自分の中のスペックを何万回、再確認しても再度立ち上げは出来うる作業とは思われない。
 
機械は新しければ新しいほど機能はよいけれど、人間はそうもいかない。
 
目が覚めた後は哀しくてしょうがない、頬をなぶりに強い朝の風がふく。
それだけで今までつけていた仮面が砕け散る。もともと、無理な役どころ。
完全に血の気が引いている表情。しろちゃっけて呼吸を忘れたように唇の色も。
ただ、目の色だけが濡れたようにきらきらと輝く・・・・
 
 
「ここで自殺はやめてくれ」
背後から声がかかる。男言葉だが、女性の声だった。
「あとで清掃が厄介だ。人手不足なんでな」
 
 
振り向いてから一瞬、ぎょっとする伊吹マヤ。
その女性は一見してレスキュー隊員だか分からないが青いツナギに黒いベスト、ショートの髪にゴーグルを装着し、何より銃器、ライフルを下げている。特徴的なフォルムは国産
名器「八叉弐千五式」、麻酔針から手榴弾の打ち出しまで一丁でこなしてしまう便利な八機能をもつ八首の凶悪ライフルだ。そしてごつそうな軍用ブーツ。
 
 
「伊吹マヤさんか?」いきなり問われた。
 
「ええ・・・・・でも、どうして」
 
「迷い人の捜索願が届いている。・・・・こちら草薙、管理応答」
一方的に答えるとゴーグルに付属しているらしい無線に呼びかけた。
「捜索願の人物発見、帰還する」
 
「捜索願・・・・・・だれです」
 
「さあな。こちらの知ったことではない・・・・事務所まで案内する」
返事もまたずに歩き出す。伊吹マヤはそこから動かない。
「どうした?」
 
 
「いえ・・・・・ご迷惑、おかけしました・・・・・」
かあっ。恥ずかしさのあまり、赤面して顔をあげられない伊吹マヤ。
ゴーグルの相手にはその色が見えただろうか。
埒もない、冷めた甘えを心根で転がしている、自分の色が。
 
 
くくっ。ネクタイを締め直す。
 
 
水天門管理事務所 (SUITENMON KANRIJIMUSYO)
 
 
そこで待っていたのは、橘エンシャと・・・見慣れない三人組だった。
衝立の影の向こうでなにやら話をしていた。
 
「ずいぶんかかったねえ、麻布(あさぶ)ライリともあろう者が。親父さんが泣くよ」
「すいません、やばい所の聞き込みだったから通信を解除してたんですよ。それに、新雷に向かったって話だったからそっちの方を重点的に探してて・・・」
 
 
「橘さん・・・・・」
 
 
「ああ、社長。新入社員の歓迎会はひとまず棚上げにして、残った連中に一通り作業の”キモ”を話しておいたからね。夜っぴてかかって今、会社で寝ているよ。ま、選びに選んだだけあって、根本からあんたの考えが分かんないって奴はいなかったねえ。
 
 
例のお嬢ちゃんは七刻山のショーコが連れて謝りに来たよ。人形焼きもってね。
どうも、あの子は気が小さいのに「肩」であの爺さんが学校で職場でいらんことを・・・・そりゃ本人は脳神経学やらの泰斗で偉いんだろうけど、偉そうに周囲の面前で言うせいでせっかくの才能と能力に関わらず、続かないんだそうだよ。それで、だね。「うち」の職場はどうもライゾウ爺さんは気に入っているそうなんだ。余計な口も最低限に抑えられそうだってわけで、どうにかあの子本人が「人慣れ」するまで雇ってやってもらえないか
 
・・・・・・もちろん、入社一日目で逃げたことはきつく叱っておくから、というわけで会社の方で待っているんですけどね。
 
 
・・・・・・と、現在はこういう案配です。留守居役の橘エンシャがお伝えしましたわ」
 
 
「あの・・・・・私・・」
 
 
「で、どうします?執念深い社長さん」
にやっと、チェシャ猫のように見やる橘エンシャ。サービスは一度きりだよ。
 
 
「かっ、帰ります!・・・・・社に」
 
 
「せっかちだよ。社長さんは。こいつらを紹介させておくれでないかい?探偵なんだけど」
一応、橘エンシャの依頼を受けて探してくれたらしい二名をすっかりアウト・オブ・眼中ならぬ、アウト・オプ・眼中にしてしまった伊吹マヤ。顔は緋桜、瞳は煙花。
 
 
「あーっ、自己紹介は探偵の命!私が自分でやります、やらせてください」
探偵を名乗るには外見が派手。チェック模様がトレードマークで活動的なズボン姿。
赤桃色の髪が室内でもはずさない帽子から鼻すじをすらっと一房通る。音楽活動でもしてそうな感じだ。明るいのはいいけれど、どう見ても十代でしかも、いかにも経験が浅そうで頼りない。それにしても、”探偵”とは・・・・・なんだかアナクロな・・・・。
ごそごそと懐を探る。コインでも小型銃で撃ち抜くとかデモンストレーションをするのかな・・・・
 
 
「お初にお目にかかります。わたくし・・・・」
すっ・・・・・・と抜き出されたのは・・・・この子は猫目だ。
「こういうものでございます」
 
 
「名刺・・・・・・・・ですか。これは・・ご丁寧に」
紙の名刺なんて久しぶりに見た。いかにも手作りといった風の紙質で「都名探偵事務所・
”きき耳”探偵・麻布ライリ」とあり、住所・電話番号やら規定事項が隅に記されている。
裏にはこれまた細々と「都名探偵事務所のポリシー」が十条ほど記されている。
ご丁寧に簡単な本人のプロフィールまであり、尊敬する人「多羅尾伴内」とある。
 
 
「それで、こっちが”無味透明”探偵・渋谷ザンシツです」
それで名刺はないらしい。加持リョウジを数年ほど床屋に行かせなかったような風貌をしている。前髪で目が隠れて表情が(恋愛シュミレーションゲームの主人公のように)伺い知れない。
 
 
とどめが、これまたアナクロ二乗な。デザインの古びた英国紳士風の出で立ちにシルクハット・・・暑くないのか仁丹のようなヒゲを生やしているスマートな御仁。
 
「”古色蒼然”探偵、ピエール目黒と申します。ボンソワール・ヴィシソワーズ・コンソメスー・マドモアゼール」
近づいてきて手の甲にキスされそうだったので、あわててにこやかに一歩引く伊吹マヤ。
 
 
「他にも”電脳御宅”探偵、””行行武闘”探偵、”安楽椅子”探偵、”下町人情”探偵・・などなど古きも新しきもお客様のご要望にマッチした、一流の専門家を擁しております。
もめ事の際にはぜひ私どもを思いだして下さいませ。深夜朝駆け問題なし。二十四時間、電話一本ですぐに駆けつけますので。空いてて嬉しい、弱者の味方都名探偵事務所です!」
 
 
「あ、すみません、こちらの名刺は・・・・」
この娘は営業も兼ねているのだろうか・・・立て板に水の口の達者さだ。このままだとマイクを取りだしCMソングでも歌いかねない調子だ。名刺交換するしかない。のだが、
洒落で造ってはみたが、携帯するほどのものではない。車のトランクにいれたままだ。
伊吹商事の社長の名刺は。
 
 
「あ、いえいえ。依頼主様のことは存知あげておりますので」
 
「依頼主?」
この場合の依頼主とは橘エンシャのことではないか。それとも会社にツケてきたのか。
 
 
「ちょうどいいと思って中間報告代わりに引き合わせたんだけど・・・・
あんたが秋葉森(このまち)にわざわざやってきた本当の・・・目的
他の都市、ロシアメンテでもなく、カッパラル・マギアでもなく、電気九龍でもなく、
企業やシンジケートに依頼するでもなく、わざわざ単身、この面倒な秋葉森に来た理由。 
この連中に”例の人捜し”を頼んでるんだよ。・・未だ結果は出ずじまいだけどね」
 
 
「この人達に・・・?」
ゆっくりと・・・・・伊吹マヤの目の色が変わる。クリムゾンの斜光が眼鏡に流れる。
 
 
「そう怪訝な顔をしないでおくれよ。生死不明の・・・しかも秋葉森にいるのかどうかもはっきりしないこの街の設計者”伝説の賢人”捜しだからね。まともにやっても見つかりゃしないよ。プロに任せた方が時間も金も結局は得なのサ」
口は固いから信用していい、と言外にその目が。そして、麻布ライリに促す。
 
 
「後ほど報告書を提出させて頂きますが、ここで簡単に口頭でお伝えしましょうか?」
管理事務所にはあの草薙という女性の管理人が机で銃の手入れをしている。
この距離なら、ちょっと耳が鋭ければ十分に聞き取れる。なるべく部外秘にしたいのだが。
 
 
「トモコのことなら気にしなくていい。あれは水のことしか頭にない変わり者だからね」秋葉森の治水者は草薙トモコというらしい。にしても、橘エンシャはつくづく顔が広い。
 
 
 
「ではよろしいですね。お探しの・・・・・”赤木・レンタロウ”都市工学博士と
”双那・トキロウ・シイナ”夫妻の件ですが・・・・」
 
 
 

 
 
 
寂びてしまった高原の廃駅 (WASURARURU EKI)
 
 
「花時の 待つも楽しき 小駅かな」
 
ハイキングルックの時田氏がこんなところで何やっているのかと言えば、激務から来るストレス解消、JA二世号RXの勝利を記念してのバカンスで自然と戯れリフレッシュ・・・・しているわけではなかった。赤木ナオミにしょぼい光画部員呼ばわりされることになる首から下げたカメラもしっかり仕事の道具だ。まだ収穫に早い稲穂の池、手作りのかかしたちがへけけとわらう。山には緑がもえる。
 
 
再び電車の走ることのない廃線。耳を近づけても鉄は振動することはない。
 
 
かようものもなく、存在の意味をなくした鉄脈。
 
 
それに「用」があるのだ。そのためにわざわざこんなところまでやってきた。
 
 
コードを何本も接続し何やら調べる時田氏。ときたま寝転がり線路をハンマーでコンコン叩いてみる。薄く線路断面をそぎ取って廃駅内に勝手に設けた「臨時研究所」で分析する。
白ペンキ塗りの木造に、板そのもののベンチ。煮染めたよな色の「お知らせ」張り紙。
料金表や線路図が今も真面目に。今にも奥から鉄道員(ぽっぽや)さんが現れそうな雰囲気だが、そんなことは永遠にない。取り壊される予定すら忘れられているこの駅には。
物好きな鉄道ファンがたまに夜露よけに訪れて泊まることもあるそうだが、人の活気がこの小さい駅舎に満ちるのは何十年ぶりか・・・・廃駅になって
 
 
この線路に一体なにがあるのか、というと・・・・それを調査中なわけだ。
 
どういう見当をつけて時田氏がここで調査を行っているのかといえば、それは同行した研究者チームも知らない。ただ、それを統括する真田女史が知るのみである。
それは、説明してみてもおそらく理解できないであろうから。
「怪獣の卵でも産みつけられているのかな?」冗談交じりに研究チームは笑いあったが、
事態はそれ以上に想像を超えている。ただ、調査を始め、分析結果が語り出すにつれ、彼らも首をひねりはじめる。
 
 
この廃線になぜか、強烈な電流”らしきもの”が伝導し駆け抜けた痕跡・・・・
 
 
そぎ取った線路の断面を肉眼でよーく視認してみると・・・”人の姿”らしき焦げ跡。
また、その変質部分を電子顕微鏡で拡大して見てみると・・・・・電子回路を思わす幾何学模様のパターンが刻まれている・・・・・さらにそのパターンの脈路を言語パターンのような記号が流れている・・・・・今もごく、ゆっくりとだが、流れている。
 
 
「なんじゃこりゃ!?」微生物のようなその「流体記号」にたまげる研究員。
 
 
「ここここ、これも、か、怪物、し、使徒のしわざっ、ですか?」
感染しちゃあかなわん、と線路から飛び退いてさけようとする者もいた。
ようやく時田社長が自分たちをこんなとこに連れてきた理由がわかってきたような。
 
 
「それを君たちに解析してもらいたいのだよ」
パチパチと現場検証よろしく写真をとりまくる時田氏は言った。時田氏も確証があってやって来たわけではなかったが、使徒のせいではないことだけは分かっている。
 
 
 
これをやったのは・・・・・・・
 
 
いつくかの仮定と推理の上の話だが・・・・・・
 
 
廃線を利用してロスと外部への影響を可能な限り少なくし常識外れケタ外れの大電力を送り込み、電力を吸い取られたJAを再起動させたのは・・・・・・・・
 
 
 
時田氏の脳裏に戦慄と共に閃き、再生される、十二枚の雷翼を広げる光景・・・・
 
 
沈思黙考する無花果の影を紋章とする特務機関・・・・・・ネルフ
 
そこに集う、得体の知れないうさんくさい異能の者たち・・・・そして
 
 
 
エヴァンゲリオン初号機
 
 
 
いくらなんでもあの状態からJAが自力で復活したと思うほど時田氏はめでたくない。
奇跡という奴は使徒の専売特許であろうし。もしくは悪魔に魂を売った代償か。
駆けても飛んでも間に合わぬ遠方から、飛び道具も使わず指一本動かすことなく、JAを勝利させてしまったエヴァ初号機という奴は・・・・使徒など問題にもならぬ大魔王か。
 
ここまでくれば、もはやこの電導廃線の謎を解き明かして「逆にエヴァ初号機を操ってやろう!」という発想はさすがの時田氏にも浮かばない。人間の敵う相手じゃないよ、これは。
 
知恵のある時田氏は引き時を心得ていた。
 
 
「見渡せば、磁界無限と オニヤンマ」
 
 
ただ、知ってしまった、理解してしまった者の恐怖というものがある。
闇がどれくらい深いのか・・・・・それを考えてしまった思い至った人間の罰。
半ば、恐怖に引きずられるようにして時田氏はここで調査を行っている。
 
江戸時代のちょんまげ結った侍が、巡航ミサイルが飛んでいくのを見たようなものかな。
これは。自分を分析して苦笑する時田氏。つまり、次元が違うのだ。
 
なぜか不思議な因縁で、一企業の社長がなぜか、この時点のエヴァ初号機の恐ろしさについて世界でも十本の指に入るほどに思い知ることになった。びりけつの十番でもだ。
高原の夏が異様にうすら寒く感じる・・・・青い空も薄紙のように安く見える。
 
 
そして、”電源を切ってあるはず”の本社専用特別回線携帯が鳴る。
 
 
「つーわけでやっといて」赤木ナオミからの連絡だった。
 
 
一瞬、世界の輪郭がぐにゃぐにゃと歪んだ気がした。この先、確実に何か起こる。
そう、第二次天災の時にさえ・・・・エヴァも使徒もいなかったのだから。
 
 
「すすきの穂 野原照らすや 金と銀・・・・・・」
 
 

 
 
放課後・・・・・
 
 
相田ケンスケの家にて「綾波レイ一行、オランダの美術館にて何をトチ狂ったか放火して名画を燃やしまくった疑惑」、略して「綾波疑惑」についての会合が開かれた。
 
集まったのは、惣流アスカ、洞木ヒカリ、山岸マユミ、鈴原トウジ、相田ケンスケ、そして碇シンジである。通常ならば、この手の話題は葛城邸にて行われるのだが、現在は暴風圏にある為、使用不可。映像機材の関係もあり、相田家で開かれることとなった。
相田家、相田ケンスケの私室は広いとは言い難いスペースであったが、その中でも惣流アスカと碇シンジとの距離は最も離れていた。なにせお互い口もきかないくらいだ。
 
 
今回の会合は、綾波疑惑について話し合い、意見を交換することはもちろんだが、惣流アスカ、碇シンジの二名の間をなんとかとりもってやろうという周囲の友情的思惑も含まれていた。こういう名目がなければ、碇シンジはともかく、半ば意地に・・・なんの意地なのか男子にはよく分からないし、女子もおぼろげに推察する程度なのだが・・・・なっている惣流アスカは元・同居人と話もせずじまいに一日を終えるのだから。
 
 
「危険域に入ってるよ、こりゃあ」と相田ケンスケが人ごと興味で面白がるのをやめたのは、惣流アスカがこのところ、碇シンジのことを「シンジ”君”」などと呼び出すようになってきたからだ。女子に対しては「”碇君”」、だ。もちろん、本人に直接言うわけではない。シンジがそれに合わせて「アスカ”さん”」とか呼び返した日には・・・・・想像しただけで背筋が寒うなってくるでぇ・・・・と鈴原トウジはニガウリになる。
 
 
クラスの・・・または学校の、今まで惣流アスカを外から眺めていた男子連中、碇シンジに声をかけてみたかった女子などはこの変化に大喜んだ。
 
外面だけ見てみれば、なにか惣流アスカは優しく、柔らかくなったような気がするからだ。
裏を返せば、黙って微笑んでいることが多くなった、ということ。
 
 
碇シンジの方にはとくにとりたてて変化はないのだが・・・。いや。
それどころか、どこか頬のつやがよくなったような感じすらある。つやつや。
 
 
それを惣流アスカが見抜いているかどうか・・・・・おそらくは。
 
 
こんな時期だが階級のあがった葛城ミサトはその分だけ仕事のレベルも領域も深まり広まりしたわけで、徹夜の多い激務に突入。”適格者”(チルドレン)を独自に探索する権限まで与えられたのはいいが、お陰様で今、手元にいる子供の面倒が見られない。
有能える者は限界ギリギリまでこき使う碇ゲンドウ式人事が完全に裏目に出ていた。
 
 
ともあれ、今日、ふたりは顔をあわせて何も話さない。おそらくあしたもあさっても。
同居人というくくり、仮でも家族というつながりがなくなれば、そこにあるのは・・・
数字として正確な、「ふたり」。確個ひとつづつ。
 
 
別に悪いことでも、まわりが心配することでもないのかもしれない。
 
 
ただ、その時が来た、というだけで。人間は、足を伸ばし腕を伸ばし、より強い羽が生え替わり、より厚い皮に脱皮するとき、ひとりになる。その成長の時期に他者の影響を受けてしまうとオリジナリティに欠損が生じる。新しいものを受け入れる白紙領域が狭くなる。
視野が広がると、今まで目の前にあったものだけじゃないんだな、というえらく簡単な真理を学ぶことになる。多少、最初はまごつくことになるが。
 
 
彼女だけはなく、彼だけではなく、あの子たちだけではない・・・・・
 
アスカだけではなく、シンジだけではなく、ミサトだけではない・・・・・・・
 
 
「絶対って言葉は最後の武器だな」ということに気づく。確かに目の前にあるけれど絶対ではない。無理して律儀に最後までつき合うこともない。目の前にあるものはたまたまそこにあるというだけで、それが全て、というのはとんでもない話だ。
 
 
要は、変化にもめごとはつきものだ、ということだ。
たぶん、惣流アスカと碇シンジに、洞木ヒカリあたりが「あなたたち、ケンカ・・・・・してるの?」と問うてみれば、ちょっと意表をつかれた感じで、いろいろとぐにょぐにょと紆余曲折なことを言いながら、最後には「たぶん、ちがう」と答えるだろう。
 
 
もめごとがどう収まるかもすでに決まっている。単純なこと。
惣流アスカがちょいと碇シンジに聞いてみればいい。
 
「ねえ?なんで家出したの?いつ帰ってくるつもり?」
 
 
「もう帰ってくるつもりはないよ、僕、このままリツコさんのところにご厄介になるから」
もしくは、「一人暮らしを始めるから。アスカもミサトさんと仲良くね・・・」もしくは。
とりあえず、答えが返ってきてけりがつくはずだ。
 
 
まあ、碇シンジも別段惣流アスカのためだけに生きているわけではないから、この年齢を考えると仕方がないと言えば仕方がないのだが、どれだけ相手が自分のことを心配するのかよく分かっていない、十分に汲み取れないところがある。
 
 
なにせ「ちょっと行ってくるよ」である。
 
るろうにじゃあるまいし、もうちょっとましに説明的な挨拶があってもよかろうに、豆腐でも買いにいくみたいに碇シンジはそれだけで行ってしまった。
 
 
それで一人暮らしをするのか、と思いきや、「のうのう」と赤木リツコ博士のとこに転がりこんでいる・・・・。惣流アスカにしてみれば「何考えてんのよ」ということになる。
もしかして「テゴメニサレテ・アーレー」(意味不明)されてんじゃないかしら・・・・
まったくもって理解不能の生物である。くそ、遊星からの物体”S”めえっ!
 
 
ちなみに、このあたりのことを鈴原トウジたちは知らない。知っておればもう少し違った対処をとっただろう。へんなところで気がきかないこの「神経ホタルイカ並に太い、仙人見習いみたいな」少年を電気椅子にくくりつけて、「急に雨降られて不完全燃焼気味の」少女をどう思っているのか、大義名分正義の名の下に白日にさらそうとしたであろう。
 
 
今回の会合の基盤にはそのようなことがあるのだが、
運のいいことにそういうわけで査問会は開かれず、「綾波疑惑」についての意見交換からまずは始まる。危険度からいえば、「青春学園」レベルと「国際陰謀」レベルとケタが10と3ほど異なっている。「つまらんケンカしとる場合やないやろ?オンドレら!!」と鈴原トウジから呼び出しされることになる。
 
 
客観的な視野というのは、このようにけっこう残酷なものなのである。
少年少女の心の問題はちょい横においておいて、とりあえずは、綾波レイだ。
 
 
たかが中学生が寄り集まった程度の会合ではあったが、実はうまいこと役者が揃っていることで、そのうち思わぬ情報がこの場に上げられることとなる。
 
 
硬い表情をした山岸マユミがしっかりとその胸に抱きしめている、
赤木ナオミでさえ気づかずに見過ごしていた「とある懐かしい方法(やりかた)」
 
 
そして、キーパーソンはやはり、碇シンジ。学校で半信半疑どころかまるで聞きもしなかった「綾波疑惑」に関する証拠映像をここに来て初めて見せられたときに発した言葉とは。
 
 
それからなにより、事件の渦中にいる綾波レイは・・・・・
 
 
 
 

 
 

 
 
 
MST−511・パンプキン・ヘッド。
その笑う緑色の頭部をさらして快調に欧州をちきちき走っていた。
 
 
        らーらーらー、らららーらら、らららーらー・・・・
 
        らーらーら、らららーらららー、・・・・・
 
 
 
 
食堂車の窓から見える、日本では見られない広野を眺めながら綾波レイがハミングした。ライン河にて「ローレライ」を口ずさむというのはヨーロッパ鉄道の旅では黄金の旅想パターンであるが、ここからは見えないのだから仕方がない。「ドラゴンクエスト」の名曲「荒野をゆく」である。綾波レイは歌を知らないので歌などあまり歌わないのだが、いつぞやの文化祭の時の前打ち上げのカラオケパーティーのおりに、碇シンジに「これならいいんじゃないかな」とあまり根本的解決になっていないが、教えられたのが「ハミング」であった。それも、「これならうるさい人も文句のでようもない」というのが、ジャンル「ゲーム音楽」。元々、歌じゃないから歌わなくてもいい、という、碇シンジリアリズムに満ちた教えである。自分に酔う覚悟と技量がなければ、ただ歌うよりそちらの方が恥ずかしかったりするのだが、そこが綾波レイと碇シンジである。
 
 
 
闇雪姫の歌ううたは、もの哀しく透明で、孤独な勇者を送るにふさわしい。
 
 
武器屋トルネコとスーパーマリオを足して二で割ったようなどっちにしろ、ヒゲでっぷりイタリア人っぽいオヤジがたいそう感動していた。他人に聞かせる気はむろん、綾波レイにはなかったが、この仮装食堂車内でもやはり、闇雪姫の綾波レイは群を抜いて目立ったために、歌い始めると談笑が自然とおさまり、その歌声に耳を傾けることとなる・・・・やはり、お姫様や王子様が何十人群れたとて、その中でも自然と格は決まってくるものだ。ここで、皆に注目される神秘の少女、綾波レイに敵意とライバル心を抱く少女や女性がいてもおかしくないのだが、というか実際にいるのだが、さすがにそれはお城の中ではなく、列車の中のこと。
掃除や風呂焚き飯炊きを命じたり、とイジめてやる機会があるわけではない。
しかも、周りにうるさそうなジイやと無精ひげとロンゲの騎士がいたりする。
 
 
歌い終わると、拍手が巻き起こる。 他人が聞いている意識もなかった綾波レイは何が起こったのか理解できない。誰に対しての拍手なのかも。そのへんが浮世離れしている王家の子女らしさを醸し出しているといえなくもない・・・。
 
 
デザートの「ゴースト・パフェ」がやってきた。ぱく。閉じこめられた車内で運動なんかしなくとも綾波に太る心配はない。ぱく。ぱく。ぱく。ぱく。
 
 
にゃはっ
 
ふいに食べている綾波レイの目が間違った三日月のような不気味な笑みをつくる。
「・・・・綾波レイ・神秘深淵ヴァージョン・・・こんなもんでいいんでしょ?あー、憧れのパンプキン・ヘッド食堂車の世界でもここでしか食べられないゴースト・パフェ・・・しあわせ・・・・」
 
 
無精ひげの男・・・・加持リョウジが苦り切った顔をする。
 
「オランダではやりすぎた・・・・お前は一体何者なんだ?・・・クリソツなのに騙されてついスカウトしたはいいけど・・・・やるんじゃなかったわ・・・・」
だんだんと口調が男のそれから女のそれに変化していく。実はこれはヘドバ伊藤だ。
 
 
「綾波レイよ・・・・・そういう契約でしょう?」
闇雪姫の姿をしているが、これはオランダで暴れまくった「にせ綾波レイ」だ。
ぺこちゃんのようにぺろりと舌でクリームをなめとる仕草の下に魔物めいた凄み。
 
 
こいつは・・・・・悪魔なんじゃないの・・・・・
ヘドバ伊藤は己の誤算に髭も凍らせる。しかし、平穏を表面上は保っていたれるのはそれ以上の「最強の魔女」が自分のバックについているからだ。
どうもこの赤い瞳を見ていると、催眠の達人である自分が吸い込まれそうになる。
 
 
にこにこと・・・・実の孫娘を見るような、または可愛い妹を見るような眼でパフェを片づけるにせ綾波レイを見るのは・・・やっぱりにせ者のにせ野散須夫妻ににせ青葉君だ。
完全に少女の虜にされている。今は「芝居」のシーンではない。好きなように振る舞っていいのだが、こうして少女を見ている。
 
 
「さすがじゃなあ・・・こうやって休憩時間まで次のシーンの練習をするとは」
「ほんとに・・・”レイ”ちゃんはきっといい役者になれるわ」
「でもさ、”カジ”さん、そこのセリフはシナリオじゃあ「お前は一体何者なんだ?・・・・お前を引き入れようとしたのは我らの失敗だったかもしれない」ですよ」
 
 
完全にこれが映画だと思っているひとたち。確かにヘドバ伊藤の仕事は趣味も入り込んで完璧な出来映えで、これを詳細に書けばスパイ小説が一本できあがるくらいだ。
呆れたことに天然色とまず見分けがつかないレベルのフルCG映像でここまでのフィルムまで創ってあるのだ。金にあかせて撮影の人員も確保してあった。
映画の制作と言うもの自体が夢のようなのに、それを虚偽に使うという、二重の嘘が自分の身に降りかかって見破れる人間はそうそういない・・・。
旅の間に今ではすっかりうち解けて、ほんとうに家族的な情を覚えるまでになっている。
”レイ”、”カジ”、”カンタロー”、”ソノ”、”アオバクン”という呼び名も自然。
 
 
「え、良かったですか?今の表情!少女らしい残酷さをなめる仕草で表現してみたつもりなんですけどぉ」
さきほどの凄みを完全消滅させて、”レイ”がキラキラと”ぶる”。
 
 
 
とてもじゃないが、本物を”眠り姫”にして貨物車の中の棺桶につっこんだ手並みを持つとは思えない。けれど、この脳天気な表情であの心を読みとる冷徹冷酷な冷静で鳴るファースト・チルドレンをああもやすやすと・・・・しかも洋服まで剥ぎ取って。
 
 
この列車に乗り込むなり、独断で動き出し加持リョウジ、野散須夫妻、青葉シゲルを次々とその完全に本物と見分けがつかない顔でだまくらかし、眠らせる。貨物車への運びだしだけはヘドバ伊藤が行ったが・・・その水際だったやりくちには舌を巻く。
もしやと思い、ゼーレあたりの手の者かと調査を依頼してみればそうでもない。
 
 
プロフィール上では、「ただの、綾波レイにそっくりな」神戸在住の少女・・・だ。
問題は、現在の神戸都市には「よくよくの事情がある者」だけしか住んでいないことだ。
そう、「墓守」が物見遊山の欧州旅行などするわけがない・・・。
あの赤い瞳を見たときに、ふらふらと、予定外のスカウトしてしまったが・・・。
 
 
 
何者なのよ・・・・・・この子は・・・・・・
 
 
窓辺の景色を見ながら、じいさんばあさんにいさんとキャラキャラ騒ぐその姿。
今更途中下車させるわけにもいかない。
そろそろ合流地点の「ハイリンヒックの霧谷」だ。そこでこの劇も終わりとなる。
なるべく、穏便に済ませたいが・・・・今度は何百単位の死者を出すことになるだろう。
お姫様を運び終えたカボチャの列車は・・・・谷で煮られる。
 
 
 
「綾波・レイか、そうそうある名前じゃないよな」
食堂車の隅の方から闇雪姫の姿を見ながら言う者がある。日本語だ。
 
異相の男だ。惑星の表面のようにボコボコしたテンガロン・ハット。サングラス。ぼろっちいのでポンチョというより、ボンチョを纏い、口が異様にでかく、歯もでかい。
四畳半惑星にでも生息していそうな強靱なおいどん系日本人。このまま砂漠に放り出してもまあ、この人物だけは余裕で半月は生きていそうだ。ガツガツと「縦だか横だかわからんステーキ」を喰っている。
そのテーブルの向こう側に連れがいる。うーむ、三日月のような細い美人だ。
顔立ちは日本風なのだが、腰までありそうな長い髪は金色だ。いや、月光の色だ。
こちらはごくまっとうなドレス姿だが、貝の簪をさして「人間になった人魚姫」ということにしてある。ちなみに男の格好がなんなのか、ピンとこない奴はこの列車に乗る資格はない。
女性の風情が物静かに見えるのは、瞼を閉じているせいか。寝ているわけではない。
 
「眼の色素は・・・・赤ですか」
「ああ、髪も空の色だよ・・・・・やっぱりあの子かな」
サングラスをちょいとずらして見入る眼は、小さいが、奥深い知性を秘めていた。
 
「他人の空似でしょう・・・・・声が違います。名前も彩名・ミレイさんとかいうんじゃないかしら。それに、あの子なら第三新東京市から離れられるわけがありませんもの・・・」
 
「第一類適格者、か。ああ、厭な響きだよ。宇宙でも五番目くらいに因果な話だ」
 
「と、欧州鉄道空間の偉大なる旅行者、大山ノブローこと双那トキロウさんはビフテキを貪りながら語るのであった・・・・」
 
「まあ、あの子に似ている子が明るく笑っているんなら、あの子も明るく笑っている可能性があるじゃないか。世界はつながってるんだ。それに確か、碇さんに引き取られたんだろう、きっとうまくやっているさ。それにしてもこれは、幸先がいいなあ」
「昔馴染みの仕事ですからね・・・秋葉森から出たのも何年ぶりかしら・・・・」
 
 

 
 

 
 
 
   そういうわけで、綾波レイは、ほんものの綾波レイは、今・・・・・
 
 
              棺桶の中にいる
 
 
 
           ぼっ・・・・・・赤い瞳が開く
      どうしてこんなことになったのか・・・・・・記憶をたぐる
 
 
 
完全に先手をとられたとしかいいようがない。相手は先に列車に乗っており、待ちかまえていた。「遅かったわね」もうひとりの自分。こんなところまで来た・・・・・?
思うまもなく、すっと近づいてきて首筋を噛まれた。「ま、怪奇ゴシックロマンてことで」
とかなんとか言っていたような気もするが、それで血の気が引いて意識が失せた。
ほんとうに何�佞�吸われているかもしれないが、今は確認のしようがない。
 
 
それで現在こんなところにおり、救出されないというところを見ると、狭い車内のことだ。探索中というのも望みは薄い。もうひとりの自分に似たような目に合わされたと考えるのが妥当・・・・。あのひとたちが・・・・・
 
 
 
一瞬だけ綾波レイの赤い瞳が感情を燃料にして燃え上げる。一瞬だけ、臨界を超えた。
闇が持つ人の心に対する支配力はそれだけでドロドロに溶かされたが、身体を圧する棺桶が砕けたわけでもないので状況は変わらない。綾波レイは非力である。こうなった以上、されるがままに、どこなりと連れ去られてしまうだろう。あとは政治駆け引き取引にこの身は委ねられる・・・。今、殺されていないということは殺傷の意はないのだろう。
 
 
哀しいくらいに自分の価値を知り抜いてる綾波レイである。
世界情勢、というものを擬人化してみるとすれば、それは全身に重度のケロイドを負いながら狂い笑いを上げる放火魔のようなものだろう。はっきりいって正気ではこの世界の明日は読めない。自分がこれからどのように転がるか・・・・ファースト・チルドレンからまた別の名称で呼ばれるようになるかもしれない。
ネルフではない、別の組織に所属して。
 
 
胸にこみあげるほど、あの、幽霊団地の自分の部屋が恋しかった。
「ここなら、よく眠れるか・・・・レイ」自分の力を恐れることなく、それに対応してくれた碇司令。あの静けさの中、何もさびしくなかった。自分のことを考えてくれた。
常識も、他人の声も関係なし、自分のことだけを。ただ、それだけで。
あの部屋は、自分の家だった。
 
 
 
・・・・・首をぐるりとまわして自分の背中をみるような気分。白い背中には亀裂が走っており、その中には体の時間が隠れている。機械の骨組みも、鉄の回路もなかった。
 
 
 
困ったことに、諦めが良すぎる綾波レイはすっかり神経閉鎖になってしまった。
 
確かに、こんな江戸川乱歩好み的状況に陥ってパニックを起こさないだけ大したものだが、
時には、焦りを通り越してウキウキした顔で四肢を手錠をはめられても閉じこめられたお金持ち用の金庫から抜け出そうとする加持リョウジ(モノホン)や、せっかく直してもらったばかりの義足で夫婦一緒にいれられた頑丈なコンテナを縛られ寝ころんだ体勢でのカポエラエビかかと落としで蹴破ろうとする野散須カンタロー(むろん、マネできぬ本物)などを見習って欲しい。多少、見苦しいくらいしぶとくないと長生きはできない。
 
 
でっかいイグアナの着ぐるみの中に、接着剤で封印されてペット用の檻の中に転がされてもはや人生の悟りを得て解脱しかけている青葉君のまねはしなくていいが・・・。
 
 

 
 
 
伊吹商事 (ATORIE IBUKI)
 
 
は、立ち上げの風雲期を越えて大車輪で動き始めていた。いわば、旋風、疾風期に入ったのである。風、とくれば林の如く、といきたいのだが、これだけの人数が集まれば夜の昼もなくやかましい。しかも、伊吹商事に不夜城だ。二十四時間体制で回り続ける。
もちろん、二十四時間勤務を一週間、というお化けのような勤務形態ではない。
べつに労働基準監督署など怖くない伊吹商事であるが、それでは人間は死んでしまう。
 
 
働ける人間は二十四時間働くが、そうでない人間は通常の昼間の八時間程度を働く。
前者の代表は仕事人の加藤ジンエと松下コウノスケ、後者は石野丸アラシと春込イスズさん。中間層は、出来るときは残業をこなして帰る出来なければそのまま帰るわけだ。
 
 
中間層でもない、例外というのもある。
まずは社長の伊吹マヤ。これは社長だからあたりまえだ。
 
それから橘エンシャ。「あたしゃ物づくりには向かない」との公約通り、制作の仕事はほとんどやらない。ただし、三日と空けない会議には必ず出席してきっちり意見を言う。
 
 
そして、くだんの祭門チサトだ。
彼女は社長直々の命令で、松下コウノスケのアシスタントに付かされた。
あの気弱な娘に、いかにも目下の面倒なんぞ見そうにないし気も使いそうにないエリート松下のアシスタントなんか務まるのか?報復人事じゃなかろうか、と一部では囁かれたが、やらせてみると、はっきりいって機能面能力面で、他の者には務まらないことが分かった。全く愛想がない上に、要求することがハードにして高度。アシスタントというよりパートーナーの力量に対する要求をガンガン言ってくる。その上、速度までを求める。
求めるだけでそれに応えられなかったからといって怒り出すわけでもないのがまた不気味、とルルビー・メイズ社にいた頃はよく言われていた。はっきり言って、二人分の能力がなければ松下コウノスケの要求には100%応えられない。彼の先を読むくらいでなければ。この二人、というか三人というか、の仕事ぶりこそはまさに伊吹商事の中核。
電子の修羅場というか、とにかく凄まじい。巨大なミキサーがあってそこに放り込むと数秒でどんな複雑な仕事も分解されつくしてジュースと完成するような錯覚が起きてくるほどだ。確かに、松下コウノスケは超一流企業、ルルビー・メイズの最奥部最先端の光景を伊吹商事に現出させていた。・・・・祭門チサトと、ライゾウ爺孫の能力をもって。
橘エンシャの発案だが、正鵠を射ていた。
 
 
「よく頑張ってんなあ、チサトちゃん。だけど、大変だろう・・・・松下の若大将につき合うんじゃゆっくり食事もとれねえだろう。若いうちから体、壊しちまうぞ」
心配げに言う、海老名トラジロウ。呼び名が「寅さん」なのはお約束だ。
確かに、松下コウノスケはよく働く。感心するほど文句ねえほど働く。ほとんど会社に泊まり込み(他に理由もあるようだが)仮眠は”四当五落”以上のエリート体質だから三時間でオーケーだと言うし、食事は弁当や春込イスズさんの「陣中食卓」で済ませてしまう。
ほとんど社内から出歩かない。いやはや、仕事の鉄人だ。このくらいでないと社会の大黒柱を支えていけないのだろう。しかし、本人はそれで良かろうが、祭門チサトはライゾウ爺さん込みとは言え十六の娘さんだ。二日にいっぺんしか家に帰れないというのは・・・・。一応、その時は社長のホテルに寄って小綺麗にはしているが、つらかろうし疲れる。
 
一丁、ここはあたしが言うて聞かそうか、と諸肌を脱ぎそうな案配なので、今までは黙って肩の頭脳装甲に大きな水筒から漿液をポンプでコポコポ注ぎ変えていた祭門チサトだが、慌てて止めに入る。なにせ寅さんの一丁は日活映画の一丁拳銃の一丁に近い。
 
 
「いえっ!わたしが・・・・好きでやっていることですから。仕事ですけど・・・」
「だけどよ、働くのはいいことだが、働きすぎるのは悪いことだぜ・・・
いいかい?チサトちゃん、人間は仕事だけじゃない、恋いに、愛に生きていくことも大事なんだ。そこんとこをあの冷水ヤカン頭はわかっちゃいねえ、確かに仕事は出来るが手前の子分を大事にしねえのは男じゃあねえよ」
 
 
「松下さんはそんな冷たい人じゃありません・・・・・だって」
 
 
「ん?だってなんだい?」
 
 
「わたしが晩、家に帰るとき、・・・・”気をつけて帰れ”と言ってもらわなかった日は・・・・ありませんから」
ぽっと、祭門チサトの顔が赤い。
 
 
「ほー、こいつあ、おじさん一本とられちまったな!」ぺしっと額をたたく寅さん。
「いやー、がんばれよお、チサトちゃん。おじさんたちも応援してるからな!いやぁ、実にめでてぇ!!あ、尾道さんよ、原田さん、石野丸ちゃんよ、実はなあ・・・・・」
「いやっ!?あのっ、そのっ、海老名さん、あのっ、ちょっと・・・・・別にわたし、そういう意味で・・・・・あのぉ!」
伊吹商事の寅さんは了見も広いし人はいいのだが、デリカシーがないし声がでかい。
そういうものにつられてか、毎日、少しずつ祭門チサトの声が大きくなっている。
 
 
そんじょそこらの企業では祭門チサト一人の能力も使い切れまい。ここ秋葉森でもライゾウ祖父込みで彼女を活躍させられる場所はそうそうない。わざわざ七刻山のショーコがその才能を惜しんであちこちの会社を諦めず連れていっただけのことはある。
 
 
松下コウノスケと祭門チサトの組が実務組立的中核だとしたら、
百山田サブロウと藤原ルカとN石部長と石野丸アラシが創造製造的中核だった。
 
 
この四人の組み合わせ方は、無限階段のように絶妙なバランスでどこから生まれてくるのか分からないのだが、いつまでたってもアイデアが走り続け止まることを知らなかった。ノリにのっている作曲家のようにプログラムが涌き続ける。膨大な容量を持つはずの伊吹商事のサーバーの、彼ら専用領域がこれには悲鳴をあげた。これを回り続けて摩擦熱で終え始めてもまだ止まらない、人呼んで「炎のコマ」状態である。
仕方がないから伊吹マヤが夜中に呼び出され、領域を拡大、心配だから予備に連結増設しておいた。
 
不思議なのは、彼らの仕事ぶりで、百山田サブロウは巨漢でありながら淡々としており、外にでたくなったら夜中にも散歩にいくような感じでガツガツしていない。
藤原ルカは電子図書館「ザナドゥ」秋葉森支店の仕事もあるので軽めの残業しかしない。
N石部長に至っては、あちこちうろつくばかりでいつ仕事しているのか不明ときている。
石野丸アラシは現役の小学生なので、昼は学校があり、夕方にやって来て夜になると帰る。
 
 
そのくせ、なんでこのような状況になるのか・・・・・
その気になった人間の創造力には、結局機械は足下にも及ばないということか。
各人が元々、保有しているものが膨大であることもあるが。
百山田サブロウの天才、藤原ルカのザナドゥの知恵、N石部長の経験、石野丸アラシの血筋・・・・これらが組み合わさると情報量は無限倍に膨れあがる。この四人に共通するのは、出し惜しみするようなせこさとは縁がない、ということだ。奔放なほどに。
この四人が集結するとき、その空間は蜜が流れるような豊穣な約束の大地を思わせた。
 
 
社長・伊吹マヤの示した得体の知れない「思考公園・レーダーパーク」構想に着実に近づき肉付けしていく。
 
 
他の社員も持てる力を振り絞り、全力で働いているのだが、ここで「社員ではないのに何故か伊吹商事に住み込んでいる」というある人物のことを記さねばなるまい。
 
 
 
その名は「ISDN回線男」
 
 
伊吹社長が水天門で出会った怪人である。本人の弁によると電線マンの甥っ子にあたる、秋葉森の平和を守る正義のヒーローらしい。が、周囲の話によると、日本最大の電話会社が自分トコの回線を守るために造りあげた人造強化人間だとか、ただの切れた電線を踏んで感電して頭がおかしくなった変質者だとかいう正体が定かでない、秋葉森の悪い意味での有名人らしい。筋骨隆々の体を紫白の全身タイツで包んだ姿は正義だろうと悪だろうと実在されるとたしかに不気味だ。
 
酔った拍子に伊吹マヤがこのISDN回線男の悩みを聞き入れてしまったのである。
もちろん、夢だと思ったから大盤振る舞いで肯いたのだが、それは・・・・・
 
「私は正義の味方なのに、住むところがない」という切実な悩みであった。
 
悪の組織に築六十年以上のぼろアパートが取り壊され、地下にあった彼の「住まい兼基地
」も埋められてしまったのだという。仕方がないから不動産屋にいったが、誰も恩知らずなことに部屋と基地を貸そうとしない。海を眺めて気分が落ち着いたら悪の組織の息がかかっている悪徳不動産屋を片端から「倒しに」いく!と聞いたから、酒に酔ってなんだか同情的になっていた伊吹マヤはついつい、「それじゃ、うちの会社の地下でよければ」などと言ってしまったのだ。「大きくて音のうるさい近所迷惑な大排気量バイクも入りますし」などと「キミ・・・好意はうれしいが、ひそかにケンカを売っていないか?」お酒って恐い!などとぶりっこしてもあとの祭り・・・・真に受けたISDN回線男はさっそくやってきた・・・・。そのときの社員一同の顔を想像していただきたい。よくもまあ、リコールされなかったものだ。さすがの橘エンシャの顔もそのときばかりはひきつった。
 
 
仕方がないから、ISDN回線男は表向きは伊吹商事の警備員として雇うこととなった。
正義の味方だから給料はいらない。ただし、飯には呼ばれるが。
 
 
 
美人の社長に有能社員、おまけに無敵の警備員!
伊吹商事に敵はナシ、税金払わぬ乗っ取り会社、ないのは納期の時間だけ
謎が謎呼び、給料高い、いつまで続くか、自転車企業。
 
 
 
この先もいろいろなことが起こる。
藤原ルカの妹のセトが姉貴を取り返しにきたり、ここで働くのは家出の資金をためるのがばれたアラシを石野丸電気店から引き取りにきたり、春込イスズさんの行方不明の旦那が帰ってきたり、顧問弁護士にと売り込む輩がやってきたり、ルルビー・メイズから松下コウノスケを取り返しに彼を慕う若手社員が押し寄せたり、野球のチームの好みから社内が三国志状態になってしまったり、と。ほとんどが邪魔だが。
 
 
「一秒も無駄にできないんです」ことごとく撃退していく伊吹マヤ社長。
 
 
貫禄がついてきたかなあ、と思うと、土曜の夜はひとりで水天門にゆき、じいっと”浮き舞台”を小一時間ほど眺めているのであった。母を待つ小娘のように。
 
 
「はぁ・・・・・・っ」
そして、銀色の吐息。足下には、ワンカップ横綱が転がる。大人である。