最近、夢を見る。
 
 
その夢には赤い女が出てくる。
赤い軍服を着ていて、瞳は青い。
その瞳で見つめるだけでものは燃えはじめ、歩くだけでひとは争いはじめた。
その手が触れるだけで、銃も砲も支配される。女王に跪くしもべのように。
世界最強の命令権を司る女。その女はネルフの司令の席にありながらエヴァを駆る。
 
 
<いつぞやの借りをかえしてあげるよ>
その女は執念深く、やられた事は忘れることなく記憶し続けて、倍にしてやり返した。
一つの目の青いエヴァをマジックソードの進化系のひとつ炎鎌<冬裂きの鶴>で焼き裂く。
 
 
<アンタらね・・・・・まとめてバカ焼き・・・じゃない、カバ焼きにしてあげる>
白いウナギのような量産エヴァを単独で撃破し続ける。狂ったような笑い声をあげながら。
撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃ちまくる。空薬莢のピラミッド。
戦って戦って戦って戦って戦う。闘争して闘争して闘争して闘争する。それしかない。
勝利して勝利して勝利して勝利する。誰が一番なのか、証明して証明して証明し続ける。
戦いを挑む者は殺し、そうでないものは支配する。その女は一人で協力者を欲しない。
それは、近づくだけで敗北の二文字を焦がして消滅させるほどの熱量を内蔵しているから。
その女は負けない敗れない。頂点に立つために、先をいく邪魔者は力づくで排除する。
 
 
<どっちが旗機にふさわしいか、挑ませてもらうよ、初号機。お前さえいなければ>
七本の炎の鍵剣をこれでもかこれでもかと紫の機体にぶち込み動きを永遠に封じる。かか。
天から人類を脅かす使徒も、世界を影から支配する古い秘密結社も、その女には同列。
 
炎を絶やしさえしなければ、いつかは燃える・・・・・・どんなものでも燃えてしまう
 
 
それがその女の力の源であり人生哲学。ゆえに強かった。天も、影も、いつかは燃える。
燃やしてやる。
炎が消えるときは自分が死ぬとき。そのときは全てを道連れにする。世界最後の日になる。
自分は世界の寿命。ほんとのほんきでその女はそう思っていたし、実行するだろう。
特異な発想、珍しい思考ではない。ただし太陽の神様がほんとにおわした古代に遡れば、の話だが。
自分の腹の中には無敵の溶鉱炉、太陽がある、と信じ切っている。レトロな人格。
大昔から連綿と続いてきた人格、陽巫女の系譜であり、たまたま現代で、それがその女に当たった、というだけのことかもしれない。ただ、問題なのはそれだけでなく、さまざまな力やさ異能がその女には備わっていた、ということだった。最も問題なのは、その人間の能力をそのまま拡大増幅するという、エヴァ、という人造人間を操れる、ということだった。
十四才の時点でそれは実証されている。
 
 
十四才・・・・・・それは、いまのわたし。
 
 
そして、その女は・・・・・未来の、約束された未来の、自分。
 
 
その女は(ある意味、当然の事ながら)わたしにはやさしい。世界で唯一人の味方。
労い、慰め、励ましてくれる。そして、言う。
「早く、一日も、一刻も早く、”ここまで”来るように」、と。ゴールインすれば。
そうすれば、もう悲しいことも辛いことも味わわなくてすむ。あとは、わたしがやるから、と。”大人”のわたしが。救世主のように、そう言う。はやく、大きくなるように、と。
ここにくるまで途切れぬように、忘れぬように、そして、死なぬように。
守りなさい、その命を。どうか、ここまで届けて。辿り着いて。防御して。
早く、会いたい・・・・・会いたいよ、と。母親が離れた我が子を呼ぶよりも強く。
圧倒的な力で。その力は、こと戦闘だけにいえばユイおかあさんを凌駕する・・・・
炎を絶やさなければいつかは燃える・・・・こんな考えをもっている「怪物」を相手にしない、してくれないだろう、そもそも勝負にならないか、たぶん。
 
 
「わたしに かえり なさい」
 
 
その女はいう。それは絶大な力を得ること。約束された力の財産。危機を呼ぶので封印凍結された黄色い太陽。
 
 
約束された第2人格・惣流・アスカ・ラングレー。
 
 
三度の飯より戦闘が大好きで、名声名誉もお好みで、強そうな自称をつけるのが趣味。
そういう女に、わたしはなる。なるように、決められている。時が流れ、その女が待つ邂逅地点までたどり着けば、強制的に切り替えられる。古びた石炭汽車が、最新式の列車にモデルチェンジされるように。そうなれば、早く、強く、全てがよくなる誰もが喜ぶ。
それは、約束されたこと。動かせない現実。決められた運命。忘れていたかったのに。
セカンドチルドレン。その名の意味。
 
 
けれど、その邂逅地点はまだ先のこと、時間はまだ流れきっていないはず、なのに
 
 
その女は姿を現した・・・・・このごろの夢では強くそれを言う。
「早く、わたしに きりかわれ」と。「あなたの時間はそろそろおわる」と。
「どちらが求められているか・・・・・それは、強い方。つまり・・・・わたし」
「戦闘はまだまだ続く・・・・だんだんと劣勢になる・・・・味方はへっていくものだよ」
「わたしが弐号機を駆れば、よりたくさんの人間を救えるだろう。それは、正義」
「この戦は生存競争。どちらかが滅びるまで死に尽くすまで終わらない。その覚悟はあるの?」
 
 
「でも・・・・・まだ・・・・」
わたしがいい返事をしないと、その女はイライラとして語気も荒くなる。
まるで瞬間湯沸かし器だった。それも度が過ぎて蒸発させてしまうほどの。
「この・・・・・あまりグズグズしてると・・・・・丸太にして、焼くよ」
青い瞳に念をこめると、わたしの爪に火が灯される。まだ、脅しに留まっている。
自分に自分を脅されることほど、みじめでかなしいことはない。涙がでてくる。
それが、その女のカンにさわるらしい・・・・同時に、恐れているのがわかる。
こんなちっぽけでも、水、だからだろうか。とたんに距離をとる。
おそらく、その女は泣くことはない。敵が目の前まで押し寄せようと、友人が討ち死にしようと、大事なものが破壊されようと、いかなることがあろうとも。
全ての敵を焼き尽くす炎には、それ相応のものをくべねば、絶えてしまうのかもしれない。
青い瞳は、輝くけれど、こわいほどに、うつろで、なにもなかった。
ぽろ。眼窩からこぼれたサファイアのようなそれは、落ちて、割れた。
 
 
そんな、夢を見る。
 
 

 
 
 
独逸・ギルガメッシュ機関 
<ラングレー>の時計塔。
 
 
マイスター・カウフマンがその中で、立っている。他の子供とは隔離されて惣流アスカが暮らしていた部屋。薄暗く埃が厚く覆っている。ギルチルドレンにこの場に近づくことは禁止してあるが、それでなくても感性の優れた敏感な子供たちは恐れて近づこうとしない。
なにかの間違いでここに迷い出た子が重い熱病を発したことがある。治癒するまでにうわごとを言い続けた。「赤い女のひと」・・・・ギルに妖精などいない。夢魔もおらぬ。
だが、その熱病の後にその子供はエヴァとの神経接続、チルドレンの才能を失った。
多重人格も消えていた。目覚めて現れたのは「兵士」。資格を失いギルを去ることになったが、「あの女」が命じればいつでも戻ってくるだろう・・・魅入られていた。
 
「彼女」の血にはそんな能力もあった。東の旧い高貴な血統・・・・・惣流キョウコ。
史上最高温度の記録をもつパイロキネシスト。アスカはその血をひくその娘。
「あの男」ラングレー。戦火を恋人に煉獄を愛人に火炎の女を愛した兵器の申し子、左腕を世界初の魂銃器に改造し世界の夜に名を響かせて轟かせてその暴発で死んだ愚か者。
兵器を飼い慣らす男と火炎の目をもつ女、惹かれ合い結ばれるのは当然の結果かもしれないが、人の親として子を育てる能力と人生の時間の両方を持っていなかった。
なんのために子供をつくったのか分からない。生まれた女の子に育つ家はなかった。
その血筋がマルドウックなどの組織の目に止まっていたのは幸いだったか、一般人の市井を火炎で焼き尽くす事が起きる前に、ギルに移送された。
”才能”の発露と証明、訓練の日々。封印される事件の発生。時計塔での孤独な暮らし。
そして、月日が流れ、使徒来襲の刻。
エヴァ弐号機とともに日本、ネルフ本部へ・・・・。
 
 
部屋の主が日本に去っても、この塔には「なにか」がいた。我が物顔で。戦と血の塊。
いや、正確には、マイスター・カウフマンが共に日本へ去らせなかったのだ。
その「なにか」を
 
 
天井を見る。片隅には、縄で首を吊られた女の子の人形が。瞳は青い・サファイアが填っていた。いつも、嘲笑うかのように見下ろしていたその瞳が今はない。
割れて、床に落ちて転がっていた。拾い上げたマイスター・カウフマンの匠の太い指に挟まれている。ミストグリーンの隻眼に睨まれて。人形の瞳は深層催眠のシンボル。
それは約定が破棄されたことを意味する。
 
約束された第2人格。惣流アスカ・ラングレー。
約束させたのはマイスター・カウフマン。隻眼の岩老だった。
 
人類として最高レベルの攻撃力を誇る代わりに、破壊的な人格を持ち情愛というものがない惣流アスカラングレーから、ほんのわずか残る<防御性>を特化させて分断させて造り上げた人格が<惣流アスカ>。特異な能力もないが、制式型の弐号機に搭乗するには十分な力があった。人類決戦用といいつつ、その性能上、都市防衛の機体である弐号機には相性もよかった。世界中を転戦しつつ各地を制圧するようには出来ておらず向いていない。
ラングレーには協調性などもむろんなく、世界を支配すると豪語していたくらいだった。
喜んで世界中を転戦しつつ、各地を制圧しまくることだろう。自分が足の生えた核兵器であることに自覚もなく。内蔵電源五分の命では、世界を火の海にするような戦い方しか残されていないことも考えもせず。子供なのだ。それも、恐るべき子供だ。
チルドレンの認定が下る前、ギルに来るまでは「悪魔憑き」と呼ばれていたくらいだ。
いずれ、粛正されるのは目に見えている。千年の総統にでもなる気でいるらしいが。
A・V・Thの事件のことがある、危険性の芽は摘むべし、という意見もあり、身体に爆弾を埋め込み薬剤で支配し反逆の日に備えておくという話も出ていた。
 
だが、マイスター・カウフマンはそれを全て退けた。
ラングレーは未熟児。時が過ぎれば、いずれ成熟し己を知る日がくる、と。
その日まで、<樽>に閉じこめておく。外界に出るまでその中で火の出る修行をすればよい。酒のように。豊熟にして芳醇をその身が覚えるまで。その力はまだ若く幼く早すぎる。
年輪を経ておらぬ破壊力ほど始末に負えないものはないことをよく知っている。
自滅を招くだけのこと。新生するものがないこと。時間だけが解決できること。
人間細工師・マイスター・カウフマンは子供たちに長く生きてほしかった。隻眼なれど、五年、十年の短いタームで物事を見なかった。その先がある。どのように生きるか
生ける兵器として生きたい、と本人が願うのならばそれもいい。焦らずとも、人の世に戦が終わることはない。いつでも、そうして生きることができるだろう。
 
惣流アスカラングレーがそう簡単に説得に応じ納得するわけもなかったが、マイスター・カウフマンの秘術を尽くしてなんとかそれに成功した。まあ、半分ごり押しの力業であったが、とにかく渋々嫌々だが、惣流アスカラングレーは<24>歳まで表層意識に出ぬことを約束した。切りのいい二十歳でどうか、という点でかなり揉めたらしいが、カウフマンは出来れば三十代、二十八、九、くらいまで黙らせておきかったことを考えると譲歩であろう。この頃、チルドレンの分類はマルドウック式をのぞけば唯一の権威らしい権威、渚式分類法が未整理のまま使用されており、エヴァに搭乗し続ければ精神がエヴァと同一化、いずれはのっぺらぼうのように白痴化する、もしくはエヴァにシンクロ可能な精神領域をそのまま一つの人格と数える、など様々な話が飛び交っていたから、惣流アスカラングレーにしてみれば、しばらく防御系の惣流アスカに己の身代わり、安全確認毒味人形、という意味もあったかも知れない。エヴァの乗りすぎは魂を削られて獣化する、という話さえまことしやかに囁かれていた時分のこと。長い人生、いつでも戦いは開始できる。
 
 
結果だけみれば、それは宗教説諭談によくある、「変心」「魂の脱皮」といわれるもの。
だが、マイスターカウフマンは工匠であり、入る当人が納得するような見事な<心樽>を造り上げそこに入れただけのこと。昨日の弾圧者が今日のパトロン、というように簡単に
話は進みはしない。相手は自分たちより多くの時間を持ち先の未来を歩く子供なのだから
 
 
マイスター・カウフマンの目論見もまたラングレーの別にある。人類の試練である使徒との戦いをくぐり抜けることが防御系のアスカに出来たなら、その人格は攻撃系のラングレーを御することが出来るだろう。ふたつでゆっくりとそのうち溶け合う・・・・・
ただ、もとが防御系であるゆえに、その力、戦闘を勝利する力に乏しく欠けるのはいかんともしがたいが・・・・そこは他のエヴァとの連携でどうにかするしかない・・・・
明暗の参号機がいる・・・・直轄試験場管理の四号機、プロトタイプの零号機、試験型の初号機・・・・・だが、カウフマンも未来視ではないので、まさかこの先エヴァたちがあんなことやそんなことやこんなことになるのは思いもよらなかった。
 
使徒ではなく、民間企業のロボットに負けてしまうことなども・・・・・ウーム
 
 
そして、こうしてわずか数年、使徒戦闘の真っ盛り、十四の時に約定が終わるとは思ってもみなかった。十年も早い。数日前に第参新東京市に入った明暗からの連絡によると「赤い女がそこまで来ています」「焦げた匂いがする」明と暗の目と鼻は確かだ。念火炎・パイロキネシスの才能が目覚めかけている・・・・惣流キョウコの血、ラングレーが表に現れた・・・・何が引き金になったのかは分からない。だが、その才能をエヴァ弐号機で限界まで拡大すれば、使徒のみならず七日もあれば大海を涸らし蒼穹を焦がし世界を焼きつくすことができよう。だが、まだキョウコのみならばいい。彼女は、人間の世界に置くのは痛々しいほどに純真な、出来ることならおとぎ話の中においてやりたいほどの純心の女だった。それが現代に出現するのは、いっそ痛快、人間造形の型どりはマイスターの望むところでさえあった。
だが、史上最悪の総統銃ガンマンである父親の血筋にも目覚めたとしたら・・・・
エヴァの恐ろしさはそこにある。戦闘機械でも戦術脳でもなく、選ばれた子供を乗せたエヴァの。物理的な戦闘力だけをとって人間とのシンクロを軽視した伍号機が欠番になったのは当然といえる。浅薄なことだ。なにゆえにひとのかたちをとり、ひとのこころのまねをするのか、その意味を。葛城ミサト、あの女の言葉通りに。
 
 
あの都市には思い当たる節が、物が、人間が多すぎる・・・・。
とにかく、早めに手を打たねば、戦闘どころか日常生活すら不可能になる。
それほどまでに、その「火炎の力」は強烈無比。睨むだけで牛を丸ごと灰にする実験記録映像が記憶に浮かぶ。彼女とあの男・・・・・・二人の娘。
 
防御系のアスカには感情のコントロールは叩き込んであったが、元々の限界値が低い。
一旦、ラングレーが表舞台に現れたなら、約定を破った以上、徹底的にやるだろう。
好き放題に,己の思うままに欲するままに。封印の反動でどこまで増長するか予想もつかない。・・・・そうなれば・・・・・残念なことだが、今度こそは退場させねばならない。最も穏便に済んで、この時計塔で生涯を過ごすか・・・・己が何者であるかすら忘れて。または、A・V・Thに処理されるか・・・・双方向フィールド・硝子の乙女・鉄の処女に抱かれて貫かれて。便宜上、セカンドの名称をつけてあるが、アレはチルドレンに欠番が出来た場合にすぐさま補充、ナンバーを補完できるように育てた特殊な子供だ。
後弐号機が完成した以上、どうあがこうがラングレーに勝ち目はない。首を断たれる。
出来れば、そのようなことにはなってほしくないが・・・・
明暗に助力を命じてはいるが、根本的にどうにか出来るのは・・・・・
 
 
葛城ミサト。
あの、元気のいい、神をも恐れぬイカサマ師の娘しかおるまい。
 
 
マイスター・カウフマンは時計塔を出た。これから、工房で人形を修復するのだ。
それが、なんの助けになるわけでもないが。己の手を離れたものは工人は修理できぬし、修理できぬなら祈ることもせぬ。この状況でギルより派遣できる能力を持った強い信仰と宗教心を秘めた教育者を造り上げることが出来なかったことを僅かに恥じながら。
 
 

 
 
 
「ちょっとシンジ、あんたは先にいっといてくれる?」
「え?・・・・・・・・う、うん・・・・・じゃあ・・先にいくよ」
 
 
よほどのことがない限り、家が同じで行く先も同じ学校で同じクラスで特に学級委員や部活動がないとくれば、一緒に登校するのはおかしくない。下校はともかく、登校は今や定番となり、とくに目をひくものではない。そういう認識が固定してしまった惣流アスカと碇シンジである。おかげさんで冷やかされることもないし、嫉妬の目を向けられることもない。とかく、自然なふたりの登校光景。それはどことなく”おかあさん”的であった碇シンジ効果が大きい。歳を重ねれば、思春期の少年少女は男らしくまたは女らしく意識もそれなりになるわけだが、惣流アスカはともかく、碇シンジの方がいっこうにそれらしくならない・・・成長が遅い、というよりベクトルが逆に、”おかあさん”的属性をより強めていっている気がする・・・・というのが友人たちの一致した意見であった。
 
それはともかく。
 
朝のセットなのである。この二人は。この二人がポテトとハンバーガーであり、鈴原トウジや相田ケンスケ、洞木ヒカリや山岸マユミ、霧島マナ、それから綾波レイ・・・シェイクやソーセージマフィン、ホットドッグ、アップルパイ、それからアイスクリーム・・・・をつけたりつけなかったり、というのが”登校朝セット”になる。スマイルでメニューはお決まりですか?というのを歩きながら決まったりするわけだ。昔はこれに渚カヲルというフィッシュバーガー(さんま)が加わっていたが、羽根が生えて飛んでいってしまって今はメニューの中にない。
基本の二人が一緒に学校いかない、ということはまずない。片方が負傷中、または別居中でもない限り。
惣流アスカが碇シンジを早起きして見捨てる、ということも、碇シンジが寝坊している惣流アスカを放っておく、ということも、ありえないからだった。その気になれば簡単に出来ることだが。やらなかった。それは、暗黙の了解、ルールのようなものかもしれない。
単に弁当をつくるのはいつも碇シンジであったから、時間的にそうなるだけ、一緒にいかねば惣流アスカは弁当なしになるだけ、ということなだけかもしれないが。
 
それでも。
 
そんなかんたんな「かぞくルール」をわざわざ停止してまで、惣流アスカがやらなければならなかったこと。
朝からなぜか疲労困憊してへろへろな、鉄人レースでもやったかのような碇シンジを送り出して、自分は家に残る。
不審げな碇シンジの目には「学校休むの?」という色もあったが、休む気はない。
話が終われば。すぐに追いつく。出来れば、何もなかったように。そんな顔をして。
追いつきたい。「何もなかったような」顔をして。そのために、やっておくことがある。
 
それは。
 
 
「明暗、いるんでしょ。出てきなさいよ」ベランダに出て、ぼそっと呟く。
どこにいるのか気配もつかめないが、向こうにはそれで通じるはず。あいつら、どこかでシンジの背中を見ているはず。なんでいつの間にこんなことになっているわけ?・・・・
ずっと、中国で教祖やってればいいのに・・・・・防衛の見地からしても参号機が、まさか、ここにくるなんて
 
「よう」反応が早い。すぐに黒羅羅・明暗が現れた。屋上にでもいたらしいが、最短コースをきたのだろう。ベランダからだ。空を飛んでもこんなに早くはこれまい。
呼んでおいてなんだが、その速度に恐れをなし、顔がこわばる惣流アスカ。
 
「なんか用か?オレたちもそろそろ家に帰ろうかと思ってたんだが・・・・・ふん、今朝のシンジの特訓メニューに文句があるって顔でもないな。なんだ」
猿のように素早くとも黒羅羅明暗には智恵がある。碇シンジが惣流アスカに綾波レイとの一件を話していないことを見抜き、ならば今朝の特訓でこっちがシンジに”動物園に行って”何を話してやったか教えることもあるまい、と判断を下す。もっと、ギルよりの、過去よりの顔をしており、話もそのことだろう。ラングレーもまだ出現していない。
二重人格が二重人格を瞳に映してとやかくいうのだ。奇妙な話である。
 
 
「ギルのこと・・・・・そう、ギルのことよ」
 
「ああ、ギルのことか。昔のことだな。お互いに」
 
「あたし、あんまりギルのこと、あいつに・・・シンジに話してないのよ。だから・・・・」
「ああ、あんまりお前の昔話をするなっていうのか」
 
「まさか・・・・・・・もう、話した?」
 
「だとしたら、シンジの奴は役者だな。千両役者ってやつか?・・・・まあ、あいつも見かけ通りの奴じゃあないが、それにしても意外な顔くらいするだろうな・・・ん?」
 
「黙ってて・・・・・いわないで・・・・・お願い・・・・・」
声が、震えている。明暗の顔を見ていられない。このような気弱、プライドが許さないのだが・・・・せせら笑われるのも覚悟している・・・・だけれど、それよりも
 
「・・・おいおい、そんな顔されたらオレたちが悪役みたいじゃねえか。オレたちだって遠路遙々中国から稼業を放ってまでネルフとギルの友好のために来てるんだ。聞かれたんならまだしも、わざわざ昔話なんぞ開帳したりしねえよ。そんな面白い話でもなし、な・・・お前が時計塔に入れられる前の話なんぞ。弱喪にして帰るを知らざる者、か」
 
「聞かれても、教えないで」
 
「悪いが、聞かれた場合は正直に話すぜ」
 
「!!」
 
「男は嘘をつくな正直であれと今朝、シンジの奴には教えたばかりだしな」
当然、それが綾波レイの絡みだなどと惣流アスカは知らないし、そんなことはどうでもよかった。ただ、目の前の黒髪がとんでもない悪党、自分に害する敵に見えた。行く手を塞ぐ邪悪な隕石魔神、予言もされんのにブラックゴッド星から飛来した恐怖の大王に。
綾波レイがこれを聞けば、卑怯な・・・・と思ったか。自分だって頼み事をしているのに。
 
「アスカ、お前にシンジが興味や好意があるなら、知りたいってのが人情だろう。
聞いてこないなら、べつにそれほどお前に興味はないってことだ。いいのか?
相手を誤魔化してつき合っても得るものはねえぞ・・・・お前ら、つきあってるのか?」
 
 
「そんなこと・・・・・」
ものすげえ悪党だ。きんぴかだ。
 
 
「全てをさらけ出せ、とはいわねえが、両手を前に出しておくくらいのことはしとかねえと、いざって時に引き上げてもらえねえぞ。後ろ手に硬く握りしめてもな。シンジの奴は人を助けるのに躊躇はしないクチだろうが、どうもテクニックがなあ・・・・不器用だぞ、あいつ」
葛城ミサトに比べればたいていの人間が繊細であるように、黒羅羅明暗に比べれば地球上のたいていの人間は不器用の部類にはいるのであまりあてにならない評ではある。
実際に、明暗が今やっていることがそれだ。まあ、教祖だけあってクチがうまい。
相当に気をつけていてものせられてしまう。教祖というのは不信心者を目玉焼きのようにひっくりかえして信者にするのが仕事であるから、うまいのは当然かもしれない。
クチがうまいから、特に碇シンジなどを誤魔化すなどお茶の子さいさいであった。
アスカの全てを時間軸に沿って教えて!と目を血走らせて言われたならまだしも。
・・・それでそれは人として問題があるので、ちょいと修正をいれるが。なおかつ。
当人は切実に大まじめなのだろうが、少女まんまの惣流アスカの方も相手にしていない。
 
こうやって刺激しているのは、ラングレーを呼び出すためだ。マイスター・カウフマンともまた別の考えを明暗は持っている。血筋だかなんだか知らないがそのラングレーとかいうなんかの間違いで精神の海から浮かび上がってきた武装深海魚メガロドン人格と直接対決して、ボコボコにして再び沈めてやる・・・・それで万事解決だろう・・・と。二重人格だけあって、二重人格を恐れない。同病相哀れむ、ではない同病相打つ、といったところか。精神科医でもサイコダイバーでもないが、明暗は自分にその力がある、と自認しきっていた。こともめ事荒事の仲裁ならば、この黒羅羅明暗におまかせあれ、だ。
 
明暗の持つ闇も深く、なまなかの炎では照らすことさえ叶わず呑み込まれる。
明暗の持つ土の心がそもそも火に焼かれることはない、火は燃え上がるものだから。
 
ゆえに、通常の人間よりラングレーの脅威に鈍感だといえる。感じていないかもしれぬ。
正直な話、べつに惣流アスカがギルにいた子供の頃に、まだ悪魔憑きのラングレーであったころに、ルームメイトに不思議な火傷を負わす、A・V・Thを階段から突き落として首の骨を折らすといったさんざん非道なことをやらかしたことを碇シンジに教えて、二人の関係がギクシャクしようと構わない。たとえ評価が一変しようとそれはそれで事実なのだから。やむをえんことだろう。
弟分と妹分のことであるから、それくらいの面倒はみてやってもいい・・・・だが
 
そのくらいの魔性がなければ、エヴァを駆るチルドレンなど務まるまい。
そのくらいの魔性を受け止める苛烈な神性がなければ、使徒を狩ることはできまい。
 
ファーストの綾波レイ、フィフスの渚カヲル、それからサードの碇シンジ。
代表的な連中もプロフィールも特別プロテクトがかけられていて過去に何があったのか、わかったもんではない。エヴァはその子供の光、または闇を食らって起動する・・・・
参号機の体験からいうと、そうだ。闇は無論、光も一点に集中、溢れすぎれば正体を失う。
かつて、西暦と神の子供が産まれた馬小屋に集った星のように。自分をのぞいたほとんどのチルドレンが光をもってエヴァ起動の鍵にしている。明暗の目に映るエヴァ起動のシステムはそういったものだ。
 
そう、アスカ、お前には「魔性」がない。人が暮らす街の夜に一人でも真面目に輝く、警告灯のような赤い光がある。まっとうな、光だ。弱い民を危険から遠ざけてくれる勇気ある光だ。ちょっと、しゃちほこばってはいるが、な。大切な光だ。
ラングレーがそんなふうに悪魔のように酷い奴だからこそ、お前が生まれた・・・・
といわれても、ぴんとこないだろうし、それは秘密なんだが。人格の否定にしかならんし。
明暗にしてみると、可哀想な話だが、教えてやるわけにもいかない。だから「お前のせいではない!」ってことにもならんしなあ。アスカに潰された連中が黙っていまい。ともかく、そんなことをすれば一気に逆転現象が起こるかもしれない。なんせ相手は強烈で強力。無知と無心で対抗するしか現在のアスカの能力では無理、だろうなあ、と明暗は力量をはかっている。例えるなら、ラングレーは武火(モウフォ・強火の意)、アスカは文火(マンフォ・弱火の意)、力を競えばどうなるか。分かり切ったことだ。
 
そして、碇シンジの世間智も計っている。体育会系に見えて生徒会系でもあるのだ。
今まで自分の昔話をしなかったんだから、それはよほどシャイでなければ話題が豊富で芸人に転職した方がいいか、はたまた昔が振り返りたくないほど悪かった、ってことだろう。現状が良すぎて楽しすぎて思い返すヒマもないのか。ギルからの連絡や便りがほとんどないことを考えれば・・・・機密だとかいって誤魔化していたのかもしれんが・・・・その関係も分かるだろう。今まで一緒にやってきたなら、そう心配せんでもいいような気もするが。天災は忘れた頃にやってくる、ともいう。たまに、いるのだ。そういう人間が。人間関係、雰囲気の経絡秘孔がつける奴が。みんなが忘れた頃に余計なことに気づく奴が。
これは、性分でも頭が良い悪いの問題ではない。断言してもいい、ドームカーメー、そいつは神に選ばれている。碇シンジが選ばれていない、とはまだ観察の日の浅い明暗には断言できなかった。
アスカが自分のプライドを曲げてまで釘を刺した所を見ると、その可能性は大、だった。
やりかねん、というわけだ。フムン、なんてやつだ。
 
そして、碇シンジは光なのか闇なのか、明暗の目をもってしてもよく見抜けない。
そのどちらも持ち合わせていないただの子供のようにも見えるのだ。
だが、そんなはずもない。あの初号機の機動が証明する。光の中の闇、闇の中に光、もしくは光の中の光、闇の中の闇、をもつ希有な存在なのかも、しれない。
人の中の人、エヴァの中のエヴァ・・・・・
 
碇シンジと葛城ミサト。同居を成しているこの二人が、アスカの「軟土深控」。
柔軟な箇所ほど深く削り取られる。中華の国の伝統的な手法である。
 
 
ラングレーは出てきそうもない。攻撃性の高い赤い女は沈黙している。
「喋ったら焼き殺すわよ」くらいのことを言いだし、念力火炎を放射されるかと密かに陰水気を貯めていたのだが。昨日のあれは、本当に動揺のせいだったのか。それだけか。
たっぷりした風呂釜の湯をくるぶしが浸る程度にしたり、髪と身体から焦げる匂いがしたり、油もしいて弱火にしてあったフライパンの中身が炭化してたりするのは・・・・
 
 
「そういえば、シンジの奴の昔話は聞いてみたのか?けっこう長く一緒に住んでるんだ。そんな話になったことも一度や二度はあるだろう」
 
「え・・・・?いや・・・そんなの聞いたこと、ない・・・・詳しくは・・・」
 
「はあ?・・・・殺伐としてるんだな。日常会話しないのか、お前ら」
 
「別にそんなの・・・・どうだっていいじゃない、あんたに関係ないじゃん・・・」
 
「ま、こっちが打ってでれば、相手も打ち返してくるからな。無理もないか」
 
 
「ぐ・・・だ、だって・・・・あんなに好きなユイおかあさんと・・・・一緒に暮らせなかったなんて、かなり不幸だから・・・・父親はネルフの総司令だし・・・・」
最初は恐怖さえ感じていた。サードチルドレンに。素手で触れることさえ。
 
「知らないのか。人の不幸は蜜の味、好きな相手の不幸な過去は黒砂糖の味がする。お前も、シンジの奴にさして興味はないってことだな。操縦者としてのパートナー、ギルの教科書通りの正解のつき合い方だな。身の程をわきまえた、善い距離だ」
 
 
それにも反応はなく、ただ惣流アスカが発火しただけだった。叫んだ。火・論理的に
 
 
「日本には、察しと思いやりの文化ってのがあるのよ!!・・・・・・・・・だから・・・・・だから・・・・そんなんじゃない・・・・」
お前なんかに何が分かる。家事分担のジャンケンで全敗したのにほとんど毎日つくってくれた料理、その料理が出来るまで手伝いもしないのに同じキッチンで同じラジオを聴きながら待っていた時間、クーラーの代わりに、と風鈴よりも心が涼やかになるミニチュアの冬の家、音だけ使徒に対抗するための練習の時、ふと二人だけになった時の戯れのヴァイオリンとチェロの合奏、渚がいなくなった時、夕方と夜の狭間の時間の彷徨と追跡、疾風の円舞曲をものにするための、嵐のような特訓、からだをだいじにしなさいよ・・・、なんて母親みたいなことを考えていたキス・・・・・、
 
いつもいっしょにいたわけじゃない、アイツはぽんぽんどこかに行ってしまう、そして戻ってくる・・・あの時つくった永遠の夜逃げおにぎり・・・・あいつとの間には、ちっぽけでバカなエピソードが満載だ・・・・ほんとに。人類を守護するエヴァのパイロットとして思考するなら使徒の戦果に勝るものはないだろう。世界中に記録されるほど大きな事実。人類史上に刻まれる偉大な数字。どちらを重要視するなんていうまでもない。誰でもその数字をこそ讃えてくれることだろう。そんなバカでちっぽけな話など誰も聞いてくれもしないだろう。
バカだけど、世界中どこにもこんな話はない。身の程なんてわきまえてて、こんなバカな想いができるか!!。これは、自分たちだけの話。自分たちだけのものだから、誰が記録してくれるわけでもないから、自分たちが忘れてしまったり、気持ちが変わってあれは間違いだった、とか思ったら、それは違ったものになってしまう。数字じゃないから。
 
過去の凶状がすべてを、それらすべてを、黒く塗りつぶしてしまう気がする・・・・
いや、そんなことを起こす自分が帰ってきたことが、こわい。
そんなことをしておきながら、今まで、あの赤い軍服の女の夢を見るまで、思い出しもしなかった自分がおそろしい。
今日、学校に行って、自分はそのまま家に帰ってきて、いいのだろうか?
もし・・・もし、なにかの拍子にシンジやミサトに「あんなこと」をしてしまったら?
いくらあやまってもゆるされるはなしではない。視線で、人間を、焼く・・・・・?
そんなことがやれる”もの”が自分の裡にある・・・・制御できる自信もない。
 
 
予感がある。それは、使徒を倒すのにちょうどよい力ではないか、と。けど。
強くなった。レベルアップ。特別な才能(スキル)の取得。これからはもっと使徒が倒せるでしょう。そう、使徒を倒すことこそ世界から与えられた完遂すべき使命。
 
 
使徒・・・・使徒のこと・・・
 
 
倒してしまった使徒の事なんてどうでもいい・・・・強敵でも思い返すこともない。
戦闘で思い返すのは、初号機のシンジ、零号機のファースト、四号機の渚、発令所のミサトやリツコ、オペレーター3人組、碇司令、副司令、野散須の爺さん、整備の人たち・・・都市にある守るべき人たち・・ヒカリ、鈴原、相田、マユミ、戦闘に緊張する顔であり、厳しい激しい必勝の意思を込めた眼差しであり、雄叫びであり怒号であり冷静な喝破であり機械よりも機能的な音声であり、そして、勝利の歓喜・・・・晴れやかな、安堵。
それは輝かしい光に包まれた記憶。
 
だけれど、それは単に”光”を使徒から奪っただけのことじゃあ、ないのか?
頭の片隅で、囁く声がある。ぼっ、と闇の中、燭台に火が灯されたように。
使徒を倒すのは、悪魔であるべきかもしれない。人の精神の奥底にある魔性をエヴァという増幅器で巨大化して天の使いを食いちぎっているだけのことかもしれない。
でなければ、なぜ、ああも人に”似ていない”?”似せていない”?エヴァは人に似ていない・・・神殿を破壊する巨人のような無慈悲無感情、兵器な顔をしている。反存在。
だからこそ、使徒が倒せるのだと。エヴァにのみ、使徒が殲滅出来るのだと。壊世。
それなら、何を恥じることもない。それを、望まれているのだから。
魔性を宿していることを。邪悪な心を刃にして天の使いに向けることを。
何も知らぬ愚民どもに大いに語ってやればいい。それこそが我らの誇りであるのだと。
そう、悪魔憑きの惣流・アスカ・ラングレー・・・・紅蓮の娘よ
魔王のような声がして、ドブドブドブと黒い油が頭から注がれるイメージに襲われた。
魔女の宴、鋼鉄製の悪魔たちによる地獄の洗礼。魔弾の装填。魔性の発動。
脳内に火炎が広がっていっぱいになって・・・フラッシュ・オーバーが始まる・・・直前
 
 
 
「ア ス カ」
 
ぴんっ、と白い指が額を弾いた。気づくと、目の前には明がいた。
 
 
「誰にも言わないから安心しなさい。おそらく、気にはかけていても葛城三佐もそこまでご存じないでしょう」
 
 
「あ・・・・あ・・・・・う、うん・・・・」
何が起きたか一瞬、わからず幼稚園児のように脳を使わずうなづく惣流アスカ。
脳を満たす炎や暗い想念は明の指先一つでダウン、四散した。あべし。
諜報部の知り合い・・・・加持という人物が話していないなら。などと、明は暗と違って余計なことを言ったりしない。今一瞬、空間がねじ曲がったかと思うほどの陽炎が惣流アスカの身体から立ち上り、その姿を歪めたことなど。あのままほうっておいたらどうなっていたのか・・・・想像するのが恐ろしい。まさに人間火炎放射器、歩くナパーム弾だ。
長い袖に隠しはしたが、弾いた指先が火傷していた。爪が溶けている。なんて熱量・・・
”こんなもの”を街中に放していいのか・・・・・・明は判断に迷った、が、ここは本拠地の天京ではない。報告の義務もない。好きにさせておくしかない。それに、感情が高ぶるとまずいようだ。それを落ち着かせることが出来る人間のいる場所へ向かわせるのがベストだろう。数は少ない。その数にギルの人間が入っていないことが、アスカの全て。
 
あんな力の現れ方・・・・ラングレーとアスカの能力の比は・・・・まずいですね
真っ暗な火薬庫をよりによってマッチをもって迷い込んでおびえる子供みたいなもの。
戦闘経験はラングレーの方にも流れ込み、鍛えられて強くなっている・・・と考えた方がよいようです。マイスターの誤算、というのは神でもないあの人には酷でしょうか。
 
 
 
しばらくして、何もなかったかのような、顔をして惣流アスカが碇シンジに追いつくべく駆けて行った。過去の凶状が明らかにされることはないのだ、と安心しきった顔だった。
けれど、惣流アスカがのろのろしていた碇シンジに追いつくところまで見届けた明の表情は暗い。しゃれではない。
 
「けれど、ここまで顕在しては・・・・時間の問題ですね。いくら日本が夏だけとはいえ、気づかれるでしょう。冷凍庫で暮らすことになるかも・・・・母親のように
・・・・やはり、先の戦いの影響でしょうか」
ラングレーとアスカ、この二つは自分たちのように共依存の関係にはなれない。
武火と文火、同じ火こそ手を取り合うことは、同一に存在することは、本質的にできない。
そして、火性は水と氷と雪をその性分で自然に敵視するようになる。人間も自然の気の中で生かされているゆえに。氷肌雪膚の綾波レイとの今後の関係も。あまり手をこまねいていると、マイスターの指示が下り、A・V・Th・・・顔のない死神が追い始めるだろう。
そうなれば、ネルフとの友好どころではない・・・・。なかなか厄介な局面だ。
これで使徒の来襲もない「平和」な時間だというのだから、ほんとうにこの都市は。
明は大きく息を吸った。この都市で一番深い呼吸をする生物になった。
熱く乾いた空気が胸を満たした。
「どうしましょうかね、暗・・・・」
 
 

 
 
ネルフ本部作戦部長室。獄炎鴛鴦をもって光階段に立つ弐号機�兇寮鐺�光景がモニターに映し出されている。
 
「・・・・やはり、先の戦いの影響かしらねえ」
同じようなことを葛城ミサトが言っている。
「調子が悪いのか、アスカのお嬢は」でかい湯飲みで茶を啜りながら野散須カンタロー。
「いえ、悪いというのか、あれは・・・・」
明暗を見て悲鳴をあげて飛びすざった惣流アスカの姿を思い返す。異常だ。
そんな激越過敏に反応せねばならないなにかがアスカの裡にある、ということだ。
 
 
「あの・・・野散須作戦顧問」
 
「何ですかの」
 
「二重人格って、あると思いますか」
 
「ふむ・・・」
ギョロ目がぐるり、と達磨のように回転すると返答がきた。天地を辿りて確固たる。
 
「・・人は、ひとりじゃよ。難しく考えることはない」
 
「そ、そうですよね・・・・あはは、な、なにいってるんでしょう!、わたしは。わざわざ足を運んでいただいたのに、こんなバカなこと聞いちまって・・・すいませんでした」
 
「いやいや。年寄りに言えるのはこんなことくらいでの。正直な話、難しいことはよくわからんのよ。子供を育てておれば、いろんなことが出てくる・・・いろんなことが、の」
 
「はあ・・」
 
「だが、ちいっと助言させてもらえるなら・・・・いいかの?」
 
「ぜひ」
 
「人間はあまのじゃく、ではあるのう。見も知らぬ他人から懸命に助けを求められれば応じるくせに、子供や身内の助けを求める小さな声には知りつつ無視して動かぬようなところがある。小さな小癪な鬼の子が人の胸には住んでおるのじゃろうかな。
身内、子供、すぐ近くにおるようでも・・・・どの人間も遠いのかのう、叫ばねば届かぬのかもしれん、そうなってからでは遅いのじゃがの」
 
「あ・・・」
こんなところで年寄りの意見を聞いている場合ではなかった。・・・・動くこと。
もう歳をとった気でいたのか、足が萎えていた。謎解きなんかはリツコに任せておけばいい。危ねぇ・・・・これで気づかなかったらこの親父にまた湖に放り込まれていたとこだ。くそ・・・恥ずかしい・・・・・怒鳴られる方がよっぽど楽だ。赤面する葛城ミサト。
 
「今晩は、うちに飯でも食いにこんですかの。また蝉酒でも一献」
底光りしていたギョロ目は楽しげだ。こちらの心境を見越しているのだろう。
うう・・・・蝉酒
 
「はい、行かせていただきます。シンジ君とアスカといっしょに」
照れたあま笑みを浮かべる葛城ミサト。だが、その会食予定はキャンセルになる。
事態は悪い予感などより遙かに足が速かった。
燎原の火のように
 
 

 
 
第三中学校 二年A組
 
なんとか遅刻スレスレで碇シンジと惣流アスカ、二人間に合った。
階段の所で「もうダメだ、アスカ先にいって・・・」という碇シンジを惣流アスカが引っ張り上げつつも駆け抜けた結果である。「先に行けって言ったのに・・・なにぐずぐすしてたのよ」腕を組んで汗が浮きつつもその表情はなぜか明るい。
 
「おはよーっ!」「お、おはよう・・」さすがに教室の手前で離れているふたり。
 
「ギリギリやな、おふたりさん」
「おはよう、アスカ、碇君」
「おはよう、校門の様子だとダメだと思ったんだけどなあ、シンジお疲れだな」
「わたしの勝ちだね、相田くん。シンジ君、おかげでジュースをゲットできました。ありがとうございます〜、なんてね」
鈴原トウジと洞木ヒカリ、相田ケンスケ、霧島マナが遅刻スレイヤーズを迎える。
「あ、おはようございます・・・」
本(宮部みゆきの短編集・鳩笛草)を読んでいるうえに目が眼鏡の山岸マユミのワンテンポ遅れた挨拶が続く。
 
カバンをひきづりつつノロノロと自分の席に着く碇シンジ。惣流アスカが平然としているのを見比べるとかなりだらしなく見える。同じエヴァのパイロットであるのだから。
それから、人目もはばからず机につっぷしてしまう・・・。ちかれたび・・・
アスカの乗るエヴァとシンジの乗るエヴァがケンカすれば秒殺なのだろうなあ、と素人衆に思わせてしまうに十分な光景。・・・綾波レイがこの場にいればなんと見たか。
「なんやシンジぃ・・・・今日の特訓はそないに激しかったんか?」
鈴原トウジは黒羅羅明暗と一緒に駆けていた碇シンジを見ている。ちょっと声が大きいのは周囲の素人衆に、碇シンジの男の面子を保ってやるためである。
「ああ、あの人と・・・それで・・・」
がんばってるんだね、碇君・・・(正確にはがんばらされている)と暖かい癒しの眼差しの洞木ヒカリ。あの黒髪の人は、体力育成の特別コーチ、なのかしら。
「う、うん・・・・」
だが、その二人にしても、今朝碇シンジが黒羅羅明暗に何をやらされたかは知らない。
しかし二人の気持ちはうれしいので、適度な返答をしておく碇シンジ。
今日は早朝の動物園に入り込んで・・・・・人には言えない体験をしてきました。
それを切り抜けてきた自分を、自分でほめてあげたいと思います・・・。
しかし、碇シンジの満足度のレベルは、ディレクターとカメラマンの後から入るという川口浩探検隊の洞窟探検水曜スペシャル〜、てなもんで、一番精根尽き果てたのはその無茶につき合わされた影の護衛たち。今頃本部で人員装備の増強、応援の要請を上司に必死に訴えていることだろう。
 
とにかく、黒羅羅明暗の存在は碇シンジと惣流アスカが説明もせず、本人も学校などとてもガラではない、と登校を最初から拒否しているので正式に知られることはなかった。
なぜ学校なんぞにいく、「学生ごっこ」などをやるのか不思議がっていたくらいだ。
参号機を駆るフォースチルドレン、相田ケンスケはうすうすそのことに気がついていたが、その来日のカラクリは決して話して楽しいものではない。まあ、パイロットにもいろいろいるんだろうから、二人が紹介するまではいろいろつっこまず黙っておいた方がよさそうだ。米国の第2支部も「大火災」が起こって大変らしいからな・・・相田ケンスケの推理のジグソーパズルでは、明暗のピースは「所属から焼き出されて日本にやってきた」というものだから、気をつかったのだ。誤情報からはさすがにいくら頭をひねっても正解には行き着かない。己の目で見た情報ではない。そして、まさか、自分たちがあの鉄棒から黒髪が見ていた時に魂の奥底まで見抜かれていた・・・人材分析されたことなど気づくはずもない。明暗の判断では、相田ケンスケは「エヴァに乗るにはちょいと血の匂いが足りんな」というものだった。チルドレンの適性はないようだ。残念なことか幸福なことか。
鉄棒でぐるぐるしていたときに、明暗は中学校の全ての生徒に適性診断を行っていたのだ。
風にのってくる血の匂いを鼻でとらえ。気を送り、その反射度でだいたい人の才は分かる。
情報収集、偵察は戦闘の基本にして鉄則。戦うことと眠ることにしか興味がない四番の子供が、すぐそこまでやってきていることを、戦う力をもたぬ者たちは知らない。
 
 
「ファーストは、来てないの?」
 
未だ空席で遅刻決定の綾波レイの席を見て惣流アスカが問う。特に実験などはないはず。
 
「いんにゃあ・・・来ていないよ」
声がかなり似ている霧島マナがいうと多少へんな気もするが、まあ、問題ない。
霧島マナと綾波レイの会話は、目をつぶってはたで聞いていると半人前の腹話術師が練習しているような感じがするものだが、まあ、問題ない。
 
「夜遅くまで本部にいたらしいから・・・・・綾波さん」
明暗に教えられ、昨夜の綾波レイの様子は知っている碇シンジ。さすがに良心が痛むのかそれとも単なる疲労のせいか、しゃわがれ声で。そもそも綾波レイが昨夜、ああで明暗にちくってしまったから今朝、碇シンジがこのような状態になっているのだが。因果応報である。 だが、その声はいかにも深刻な事情を隠しているかのように・・・あの碇シンジが・・・響いた。この秘密を守り通せねば世界が崩壊する、というように。聞く者に、特に惣流アスカに、わるいわるい、わるーい方向へ想像が爆進するような声であった。
 
 
ふたりのあいだに・・・・なにかあった?・・・・・
 
 
「それって・・・・」問いつめよう(パート2)とした惣流アスカだが、入ってきた担任教師の姿を見てやめた。くそ、時間切れだ・・・・しかし、攻め方はほかにある。
「綾波、レイさんは今日は、お休みする、とお家の方から連絡がありました」
担任教師が本日の病欠者一名を告げる。心配しているようでも、さらっと流しているようでもあり。えーうー・・と教室内をそれとなく見渡して、事情を知っていそうな二名の顔を見たのは、義務感からではなかろう。教師たる者の。
 
そして、一時間目の授業が始まる。惣流アスカの意識は黒板以外に向けられたまま。
単なるねぼすけの遅刻ではない、が、逆に身体的なこと、体調を崩した軽い風邪などであればネルフ本部の病院に入院しているだろう。大げさなようだが、パイロットとしては当然のことだ・・・ファーストなら厳守する。家から連絡する必要もない・・・ということは、病気は病気でも、気の病、ということか。夜遅くまで本部・・・・シンジの深刻な声・・・・らしい、というのは誰かに聞いた、ということ・・・夜と朝の今までにシンジが接触した人間といえば、ミサトは除くとして・・・ヤツしかいない・・・・・黒羅羅・明暗・・・・・
そして、今日、学校にこれないような状況になった、追い込まれた、としたら・・・・
 
 
題名<おしえなさい>
題名<うたいなさい>
題名<しゃべりなさい>
題名<げろりなさい>
 
メール爆撃である。公序良俗、学校のルールにも反するが、まさか授業をさぼって屋上にでも呼び出しをかける・・・番格を決める決闘じゃあるまいし・・・わけにもいかずやむをえない。 しかし、微妙に薄目をあけつつ授業の最低限の情報を摂取しつつも、碇シンジは疲労した肉体を快復するために居眠りこいていた。その器用な技の前にメールの物療攻撃は敗北を喫した。どちらにせよ、メールで返事が出来る軽い話でもない。
碇シンジが綾波レイにやらかしたことは。
 
 
休み時間。碇シンジの体力もわずかに回復した。しかし、あくまでわずかなので、引き続き体力の回復をはかろう・・・・・ねよ。と、瞼を閉じて机につっぷした碇シンジの前に目をつりあげて立つ惣流アスカ。手をのばして、碇シンジのほおをつかんで引っ張る!
ぐにーん・・・
 
 
「なあーにいーーーー無視、してんの、よーーーーううう・・・・・」
 
「いあてててあてえ・・・・・・いたひひたい・・・はなひてよう・・・・」
 
 
・・・・・とんでもないものを見てしまったクラスの生徒たち。おそらく、それは見てはいけなかったものだろう。もちろん、いじめを見て見ぬふりをすることはいけないことだ。そんなのは恥ずかしいことだ。熱血・鈴原トウジあたりが止めにはいらねばならんだろう。「ワイトイレ」
「あ・オレも」
 
「あ、黒板拭きを綺麗にしなくちゃ・・・山岸さん、手伝って、ね」
だが、鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリ、山岸マユミ、次々離脱。友情の価値は。
自分たちの未来にかかわることであろうとも、犬も喰わぬよーな事柄にはクチをださぬのが一番よろしい。学校、というのは学問とともに処世術を学ぶ場所でもあるのだった。
第一、今の惣流アスカを止められる者は誰もいなかった。同じ女が見てこわいのだから、それを男が止められるわけがないのだ。断言してもいい。高踏派から野獣派への転換をもって碇シンジを”ゲルニ化”する惣流アスカ。こんなことされちゃあ、泣いちゃうぜ。
しかし、いいのか?それでいいのか?シンジよう! ・・・・という男どもの無言の応援歌を背に浴びつつも、碇シンジは、のばされ続けている・・・・ぐにーん
新世紀はますます女がつおくなることが決定された。されてしまった。
 
 
「そのへんに、しておいてあげたら?」
勇気ある少女がいた。霧島マナである。ブレイブハート。そこらのチキンとは違う。
チキンの中の太陽に向かって羽ばたくイカロスか。神話的勇敢さである。
 
「だめ?」
いや、そんな顔でそんなことを言われたらなあ・・・と凶悪場外乱闘レスラーでも頭をポリポリかいて振り上げた拳が停止してしまうであろうスマイル。笑顔は勇気、勇気は笑顔。
 
 
「・・・・・」女同士では、その効果に微妙な変更が加えられる可能性もある。
惣流アスカは余計な口だししてほしくないわね、とばかりにジト目で見る。ルビーを増幅器に用いたレーザーライフルの照準をセットしたような物騒さがこもっている。
 
 
「だめかあ・・・・」ブレイブハート、ここに挫ける?勇気には限界があるのか?
 
「じゃあ、シンジ君」
「泣いたら、なぐさめてあげるねっ。がんばって!」
 
火に油をそそぐようなものである。通常は。ただ、それを霧島マナが言うのだ。
綾波レイとよく聞けば声質がクリソツな霧島マナが。
 
「なんて友愛と献身・・・・教室の大気から、怒りの気が消えていく・・・・・」
山岸マユミが大好きな名作アニメのセリフを呟く。ちなみに老婆のセリフであるがそりゃ。
 
惣流アスカとしては大義名分を失った気分である。印籠を落とした水戸黄門のような。
「ふんっ!」
ぱちんっ。引っ張っていた頬を離した。おかげさんでなんとか「泣かされず」にすんだ。
実のところ、クラスの者はそれを恐れていたのだ。いろいろな意味で。それを目撃した場合・・・慰めてやればいいのかはげましていいのか、わらえばいいのか・・・精神衛生にとても悪い気がして。
 
 
「アンタ、ファーストになにかしたの」紅のロックオンを碇シンジに移して問う。
いささか自分でも常軌を逸しているとは思うが止まらない。明暗とのやり取りがそれを加速させる。互いに興味が、ないのか?打てば相手も打ってくるしな・・・・
まるで、ケンカしたことのないヤツは真の親友をつくれない!!と聞いて大したことでもないのにケンカをおっぱじめる小学生男子高学年、ないしは、適度なガス抜きが夫婦円満の秘訣!と女性雑誌で読んでさっそく夫婦喧嘩をしかける新妻・・・といったところ。
 
「なにもしてないよ!!言ったけど!」
打てば響いた碇シンジ。周囲の者全てに「バカ」・・・大文字で「バカ」、目視可能なほどに濃ゆく「おおバカ」と腹の底でつっこまれて。しょせんは他人事だが、目の前でここまで言われると、放っておけなくなるのが人情というもの。山岸マユミですらその想いを禁じ得なかったのだから、碇シンジのおおバカレベルはただごとではない。
 
 
「へぇ・・・・・言ったの」
それは、蛇が大口をあけて卵を呑み込もうとするところを目撃するに等しい。
 
 
アッチョンブリケ、をする碇シンジ。ほんとにここは中学校だろうか・・・
 
 
「まあ、あとでゆっくり聞かせてもらいましょうか・・・もうすぐ二時間目だし」
手がかりを得て頭が冷えてきたのだろう、普段の自分を取り戻す惣流アスカ。
いくなんでもこれは騒ぎすぎた・・・・少し反省する。やりすぎたか・・・・べつに、シンジがファーストに立ち直れなくなるほどの精神的ダメージを与えたとかいうわけでもないだろうし、まさか。ただちょっと、真面目なファーストも疲れたのかも知れない・・・相変わらずのこのバカの相変わらずの言葉に、ストレスたまって知恵熱が出たとか・・・・うん、ありうるわね・・・・明暗絡みのことかと思ったけど・・・・
 
 
 
「言わない」
 
碇シンジの言葉が危機回避にほうっとゆるんだ教室の空気を再び張りつめさせる。
 
 
「誰にもいわない。アスカにも」
 
選んだ様子が微塵もない言葉は、惣流アスカの耳には宣戦布告に聞こえた。
その瞳の夜雲色は意思が決まった時に見せる、碇シンジの戦闘色。
従わず左右されず傾けず、天空を見上げてそのまま瞳を映し染め上げたような、あの色。
ようやく目が覚めてきたらしい。言葉の方を選びはじめた。夜雲色はそのままに。
ひいりひいり、と周囲の空気が帯電を始めて幻のねじまき鳥が鳴く。
 
 
「アスカには重荷・・・・いや・・・耐えられない・・・・いや、邪魔になるかもしれないから」
さきほどのメール爆撃の題名のよう。同じこと。避けられている、いや、避けるように通達してきているのだ。その細い背中にどういった権限を背負っているのか知らないけど。
シンジのくせに・・・・
これ以上は、綾波レイか、渚カヲルがいれば、止めさせただろう。二人とも、二人の目だ、夜雲色と青焔色、 下界のことなど映っていない。”こんなもの”を市街に放ってよいものやら・・・と言った明暗の見立てが正解になった。
 
 
「なによそれ・・・どうして、そんなこというの?」
青い瞳は挑戦的に細められ、口調は途中から幼女のそれに変わった。惣流アスカが分裂・・・突如、頭からぱっくり半分割れてしまったかのような。発狂一歩手前、とでもいうような展開される心理劇におののくヒマもなかった。コントロールを失った表層意識を押しのけてなにか別のもの、惣流アスカではないものが表に現れたことを、夜雲色の瞳は見抜いたかどうか。正対する青い瞳から不可視の熱が収束して発射されたことを。
 
<燃えてみる?>唇のかたちがそのように歪んでいることを。
 
惣流アスカの左手が動いた。己の瞳の前を、視線を塞ぐように、掌が熱を掴むと・・・・炎に包まれた。
 
それは一瞬のこと。
 
「きゃあっっ」
霧島マナの悲鳴は、惣流アスカの左手から伸びて天井をなめた火に反応したスプリンクラーから放射される秒80リットルの猛烈な水のせいか、はたまた瞳に焼きついた同級生の腕が燃えている、という凄惨な光景のせいか。
それは、炎の騎士の、雷の大王に対する初めての拝謁だったのかもしれない。
鳴り響く火災警報にフラッシュを繰り返す避難誘導灯が生徒たちを浮き立たせる。
普段の避難行動とは別レベルの事象が彼等の動きを止めている。学校中が騒乱する。
確かに、彼等も見たのだ。なんの火の気もないところから惣流アスカの手から突如発生した火炎を。すぐに消えたが、それは火でできた棒で天井を突いた、ように見えた。
「クロスファイア・・・?」山岸マユミの呟きには震えと恐怖があった。
 
 
 
今日はもう授業にならない。片づけ作業で丸一日潰れた。教室は猛烈な水浸しで、それは中心部にいた惣流アスカ、霧島マナ、碇シンジも同じ。滝壺に身投げしたよな濡れ姿。そして、人形のように魂を抜かれたような惣流アスカは左手に大火傷を負っていた、白昼夢ではない、保健室で応急手当を受けた後、すぐに本部の病院へ。付き添いはその責任がある碇シンジ。もし、惣流アスカの左腕がわずかに遅ければ、火だるまになっていたはず。発火の原因は不明。
ただ、分かるのは熱量には意思がありベクトルをもたされており、矢のように線上を結んで移動した、ということだけ。その中間地点に左手が翳され塞いだゆえに、熱はそこで停止して仕事をした、ということだ。碇シンジの目に熱量ベクトルが映ったわけではない。ただ、かつて見たことがないほどの懸命さと必死をもって惣流アスカが動いたことだけが分かる。許されぬ暴力の阻止、家族の守護。そのために。自分の手を焼いたのだ、と。
 
 
その報はすぐさま葛城ミサトにもたらされた。どんな火器を用いたのか?医者たちは首をひねったが火傷は重度で綺麗に治るかどうか難しい、という。碇シンジが花瓶に頭ぶつけて気絶、という笑い話ではすまない。葛城ミサトは動きが遅れた自分を悔いた。
くそ、必要とあれば独逸にだって行ってくるが・・・・・足ぬるくなっていた。
自分との言い争いが原因だと、自分を責める碇シンジ。片方の目からさめざめと涙を流す。
もう片方で夜雲色を留めながら。それは半分正しく、半分間違っている。その表れか。
治療室の前で待ちながら、葛城ミサトは碇シンジを胸に抱きしめた。濡れる十字架。
 
葛城ミサトは腹をくくった。涙を流さぬ夜雲色の瞳に頼ることにした。
足下が固まっていないと駆けることができない。ギルの時計塔で感じた違和感がアスカを追って日本までやってきたらしい・・・・・・・・「シンジ君」
 
 
 
葛城ミサトは、第2支部とその内部で実験作業中であったエヴァ四号機とその専属操縦者が消えたことをはじめて教えた。