白竜とお湯を
「黒龍とお茶を」、という小説があるが、綾波レイと明の入浴はまさにそんな感じだった。
長い長い白くて綺麗な髪をもつ黒羅羅明暗の明は、その髪をまとめるでもなくそのまま湯船の中央にすいすいと進みゆくと、そこで沈んでしまい髪は流して浸して梳いてしまうのだ。マナー違反と言えばマナー違反だが、ここは銭湯ではないので番台のおばちゃんが怒ってくれることもなかったし、他には利用者はなし。
二人の貸し切りゆえにそんな好き勝手なこともできるのだが、白髪が湯にゆらゆらと浸し流れているのを、ほうーっと見る綾波レイ。東方剣主の刀で大冷や汗をかかされたのでそれを流すために誘いにのったのだ・・・・・シャワーですませてもよかったのだが・・・・・明と同じく湯船につかり、・・・・そして、しげしげと白髪を見てしまう・・・・・ここは山奥の滝壺ではないけど、彼女は竜の化身なんじゃないか・・・・そう思う・・・・・それほどの髪。マナーがどうのという野暮は封じてしまう・・・・・人の髪とはおもえない、人以外のものを縒り合わせたあれは特別製の鬘じゃないか・・・拙い推理は嫉妬に近い・・・・男が鍛え抜かれた同性の筋肉を見て覚える憧憬や嫉妬と似たようなものを女の髪は感じさせる・・・・・綾波レイも少女とはいえ、女。背をそらすようにして明が白い腹を湯面にさらすようにすると、白い花が湯に咲く。隅っこからほうーっと見てしまう。やばい、長湯になりそうだ。にしても、やっぱり黒羅羅明暗は、暗がどんなにわめいても、「女」、なんだな、とハッキリ雌雄が分かってしまう・・・・いや、余計なことを考えていないでさっさと自分だけあがってしまえばいいのだが・・・・明が湯船に潜りながら泳いだり・・・まさに白竜・・・肺活量が半端でなくほとんど顔を見せない・・・・心配になるころ、ようやく顔を見せた、と思ったら今度は水風呂に入り、眠っているんじゃないかとおもうほどこれまた潜り続ける・・・・そして、また湯につかる・・・心配するのをやめて、あれは何かの修行のつもりなのではないかと綾波レイが思い始めた時
「あんまり、傷がないね」ふいに、明が言った。
湯を味わいきっているような横顔に、一瞬、なんのことか分からなかった綾波レイ。
が、すぐに身体に傷跡がない、ということだろうと思った。四肢をひろげてのんびりしているのかと思ったら、しっかりこっちを観察しているのだ。ぴちょん、と水滴が背筋におちてきたような。そう、湯気にあてらえてぼうっとしていてはいけない。いくらここが風呂だからと言って文字通り裸のつき合い、開放的になることはないし、なるわけもない。
なんせ、明暗はギルチルドレンであり宗教の教主であり、なにより使徒に”尋常ではない関わり”をもっている・・・・身体について言われることにはどうしても過剰な反応がある・・・・「きれいな身体・・・・ね」
「シンジ君やアスカはどう?」
「え?」
構えなおした綾波レイにかけてきた言葉は。
「いやね、これまでさんざん戦ってきたからね、たくさん傷を受けているのかなってね・・・・・だとしたら」
「・・・・・・何」
「ごめんなさいって言おうかってね。暗とね。その視界に広がる全ての炎名になりかわって」
疼いた。傷が。誰の目にも見えない、エントリープラグの中で神経接続しLCLの血の匂いを嗅ぎながらエヴァの中でひとりでなめるしかない傷が、胸の奥に仕舞われている傷が。
自分のほかにも。碇君にも、弐号機・・・惣流アスカにも、あるはずだ。
身体的に傷があるわけはないのだ。エントリープラグの中に胎児のように封じこめてある自分たちの肉体が傷つくような損傷は、それは敗北と死を意味する。明暗の問いの意はそれ以外のところにある。
きれいな身体であるのは、それは「死ねぬ」身体であるからだ。
傷つくことを許されていない、身体。明暗の問いはその再確認にすぎない。願いのように。
どんなに平気な顔をしていても。人間である以上。終わりの見えないこの戦い。
パイロット同士でさえ、慰め合うこともできずにいた。完全勝利のその日まで不死身であることを要求される肉体・・・・そんなバカなものはこの世のどこにもないことは皆、知っているのに。願いという名の鎖に拘束される。ミウゴキモトレナイ。
どんなに親身でも、ほかの人間の言葉はそこまで届かない。傷の仕舞われている場所を知らないし、分かっても到達できない。通常人の使う言葉よりも長いレンジ、長い手をもって伸ばしたように。届く。明のふいの言葉は、きた。少し、鎖がゆるんだ。
「暗も言っただろうけど、私にもいわせて。遅れて、ごめんなさい」
天使のいる場所、あなたたちのところまで。
ようやく、来たわ。自分でいうのもおこがましいけど、出前一丁、無敵の増援がね。
明の目はそう言っている。だから、ひとりでそんなにたくさんもたなくてもいいのね。
これほど誇り高く晴れやかに伸ばされた手を綾波レイは知らない。闇の底にも届きそうな。
すこし、手伝ってあげるから、やりたいことをやりなさいな。
読んだわけではない。これはあくまでこちらがそう解釈して思うだけのこと。その目を。
その裏に邪悪な意図が隠されている可能性だってある。しかし・・・・
「・・・・・」
綾波レイの頬が紅潮していた。それは、単に長湯のせいだったのか。
「あー、それから、嘘つきのシンジ君のことなんだけど」
これは後輩の新入社員の恋路を見守る先輩女子社員のような心持ち・・・つまりは小さな親切大きなお世話的に余計なお節介で、理知的な明らしくない付け足し。
紅潮していた綾波レイの顔から血の気がひいていく。出来ればその名は避けて欲しい、と青い線で顔にかいてある。
「余計なことだとは分かっているんですけどね・・・人が人と一緒にいられる時間というのは短いですからね・・・・明日にはもう会えなくなっているかもしれません。
特に、わたしたちは」
「・・・・・・・」
「これは暗が吹き込んだのだけど、シンジ君にレイさんが”えぐえぐと泣かされた”ってことになってるから、もしシンジ君が土下座とかして謝ってきたら受け容れてあげて」
「?」
えぐえぐ・・・・・・何で自分が碇シンジに泣かされなきゃならんのか理解不能の綾波レイ。しかし、そんなのをかーんたんに信じるところが、らしいといえばらしい。
それにしたって、土下座なんかするわけがない・・・・されても困るし・・・・困惑する。
「そうでもないけど・・・・一瞬にしてワニの大軍が待つ堀に突き落とされたように真っ青になっていましたね」
ワニの大軍・・なんという例えだろうか・・・本拠地で逃亡した信者、抜け信相手に実際にそんなことやっていたんじゃあるまいか。・・・・いや待て、まさか碇君相手にやってみた、とか・・・・
「いえいえ。放り込んだのは虎と象と獅子とカバと猿の檻」
「誰を」
「シンジ君を。暗がね。・・・・・・にしても、レイさんはシンジ君のことになると、表情が読めやすくなりますね。とてもストレートに。気をつけた方がいいかねもしれませんね・・・・まるで」
「え」
その虎とか獅子とか象とか、都市生活ではあまり聞かない、聞き逃してはいかんような動物に関しての追求も、「心配性の母親のようですね」・・・・この一言で封じられた。
碇君の母親は、ユイおかあさん・・・・・・ということは・・・・・横腹をこちょこちょされたよーに再び紅潮に転じて桜色の綾波レイ。頭の中でその言葉がどういう化学変化を起こすのかは不明だが、読心さえ使われなければ明暗にとってはまだまだちょろい。
ナダがいれば、孫娘のそういった人の上に立つ方面の未熟さにどう思っただろうか。
しかも、これから後継者向けの試練が一つ与えられるとしたら・・・・・
「そろそろ、あがりましょうか・・・・湯あたりしてはいけませんしね」
綾波レイが風呂場から上がると、葛城ミサトから部屋に来るように連絡があった。
黒羅羅明暗も。まさか狙ったわけでもあるまい、まさか綾波レイが黒羅羅明暗と風呂に入っているなどと思いもよるまい。しかし、脱衣所にて所綾波レイは少々、困惑した。脱ぎ捨てた制服がないのだ。代わりに明暗と似たような青い中国服が丁寧にたたまれて置いてある。靴もセット。
「風呂上がりにマッサージもしてあげるつもりだったんですけどね・・・・洗濯もそれまでには終わるはずだったんですが」
確かに、冷や汗べとべとの制服をもう一度着る、というのはあれであるが・・・一人暮らしの質実剛健を遺憾なく発揮する綾波レイはその気でいたのだ。しんこうべの生活で多少の贅沢をしても清貧さが失われることはなかった。明がそもそも風呂に誘ったのは風邪でもひかれてはかなわんし、身体が弱そうなわりにはその点頓着なさそうな(うーん、どういう躾を受けているのだろう・・・)綾波レイに着替えさせるのが第一の目的だったのだが、まあ、仕方がない。示し合わせたわけでもないが、付き人の鼻羅は武芸以上にそういう点、ぬかりない。サイズもぴったりのはず。
「・・・・・」
これでいくしかない。明暗の謝罪を受け容れて、中華風綾波レイの出来上がり。
こうやって並んでみると、お似合いで、中央も手が出せない有力地方の大軍閥の姉妹、といったところだった。大陸スケール二姉妹、ワイルドスワンであった。
作戦部長室にいく道すがら、かなりの注目を浴びたが・・・・無礼というか漢としてやむなし、というかカメラ携帯で写真を撮る奴までいた・・・・なんとか到着した。
葛城ミサトもしばらく言葉が出ない。その後ろの日向マコトは眼鏡を光らせて「人類補完家族計画の発動・・・?」という謎の名称を呟く。なにげに葛城ミサトの裏拳が飛ぶ。
「は、はは・・・。た、たまにはそういうのもいいじゃない、レイ。明暗に貸してもらったの?」
「用件は・・・・なんですか」多少、掠れ気味の声で綾波レイ。さらし者になるためにこんな格好をしているわけではない。
「ん。ああ、そうね。来てもらったのはちょっち、レイに確認してもらいことがあったのよ」
気を取り直してデスクの上にJA連合の招待状を開く。JTフィールドを装備したロボットたちの姿が浮かび上がる。メロディー電報めいた説明が始まる。
「で、ここ、なんだけど・・・・・」
真・JAの協力企業名の中にある「綾波」その名。しんこうべを釣り上げる巨大クレーン技術を擁する綾波理化学研究所。代表としてある名は「綾波李白・リーポー」。
「間違いない?」
親族の綾波、それに間違いないか・・・・いまさらそんなことではない。
婉曲ながら、葛城ミサトが聞いているのは「何であなたのとこの里の人間が時田なんぞに協力してるのよ、その分だけ対応がめんどくさくなるじゃないのさ、キー」ということであり、「いくら大金が動くからといって、畑違いのこの業界にわざわざ出ばってきたのは・・・・その目的は・・・・聞き難いけど、聞かないとしょうがないから聞くんだけど、やっぱレイのせい?」ということである。
明暗はそれを冷ややかな目で見ている。葛城ミサトというのはバカじゃないか?。
それ経由でJTフィールドの裏入手を企んでいる、というならばまだいい。
それを知らせることになんの意義と利益があるというのか。知らせるべきではない。
知らされた方も面倒にして苦しむだけでなんの得もない。情というのも愚かな。
ロボットの、いやさJTフィールド搭載の兵器の件については明暗も独自のルートで聞き及んでいる。第三勢力になりうるかどうか、すでにその身体が判断も下し終えている。
連中のうちの何体かは、バルディエルの誘いを受けるだろう・・・その資格がある。
これから何が起きるのか、沈没する船からネズミが逃げるような正確さで明暗は感じ、その手に掴んでいる。「参加者」が増えるだけのこと。その時代に一回だけ現れる、最も純粋にして最も狡猾なる使徒・天覧のバルディエル・・・・そこに到る道を歩くもの。
よりにもよって、最も倒し難い使徒に関わりをもった身としての陰鬱がある。
そのせいで葛城ミサトの見立てに誤算があった。
「・・・悪いけど、状況によってはネルフが叩き潰すことになるかもしれない。
ごめんね」
初めに断りをいれてきた・・・・・・つまりは、高い確率でやる気だ。
そのために呼んだのだろう。こわい女だ、と明暗は思った。使徒と戦い抜いてきているだけあって、感じているのかもしれない。この先、何が起きるのかを。
それと同時にJTフィールドの一斉封殺を目論んでいる・・・・そんな目だ。これだけの仕事となると作戦部長が直々に乗り込んでも不自然ではない。偵察程度ではすみそうもない。
戦気満々。殺る気だ・・・・・たいていの人間をたじろがせる迫力がパンパンに漲っている。生兵法は怪我のもと、ちょっと力があったくれいでアマチュアがプロのリングにあがればどうなるか・・・・ボコボコにしてあげる・・・・その目がそういっている。こわい。
叩き潰す、とはそういうことである。綾波レイにその意図は正確に伝わった。
「それなら・・・・・いきます」
それが責任というものだ・・・・綾波レイの決断は早い。おまけに硬い。
初号機は都市の守護に留守にするわけにはいかぬし、弐号機は諸処の事情があるしいけぬだろう、となれば・・・残るは自分しかいない。葛城ミサトが事前に隠さず伝えてくれたので腹がくくれる。現地で突然、赤い瞳の同族に会えばやはり心が揺らいだだろう・・・
なのに
「レイ、現地へは明暗に行ってもらうから、いいわ」
きろ 赤い瞳が睨んだ。なんですかそれは いくのはわたし
「あー、いや、参号機は強襲型で、出張には慣れてるし・・・・ねえ、日向君」
「(げっ、なんでこっちに振るんですか!)・・・・・・そうともいえますね・・・が、学校もありますし、使徒戦でもないのに欠席させるのはしのびない・・・・社会適応や道徳感覚ポイントが低下しますし・・・精神防壁は・・どぼげっっ!!」
前半部にはナイスなフォローに顔を輝かしつつも後半になった途端に葛城ミサトの”二重の極み”が炸裂する。
「ほお・・・」
残酷アチョーの国でも見かけないメイドイン明治日本の技に明暗が感心する。
この状況で自分を使おうという蛮勇に近いその判断センスにも。
「・・・・いきます」赤い瞳に決意の光を灯しながら
「明暗、いいわね」そちらを見ないようにして問う葛城ミサト。
「もちろん、かまいませんが・・・・・私たちは人質ですよ。単独で解き放たれてはマイスター・カウフマンの顔が立ちません。見張り役が必要でしょう。同等の力を持つ、ね」
一言で全てを解決してしまった。これ以外では事が進まぬようにしてしまった。
確かに決定権は自分にあったはずなのだが・・・・・葛城ミサトは不快を覚える前に笑ってしまった。そして、明暗の言質をとった。その状況でまた恐れねばならないのは参号機が零号機を倒して出国してしまうことだ。初号機のいない、手の届かぬ場所で。
たとえ自分を誘拐してもらっても別にかまわない。けど、零号機は、レイは。
マイスター・カウフマン、その名が出たということは信用していい、ということだ。この件に関しては。自分たちが碇司令の名を出してもそういうことには特にならんけど。
表だって意見するわけでもなく、ただ促しただけだが、運河を完成させたようにすでに流れは決定してしまっている。
「なんだか、ふたりともいつの間にか仲良しになってたのね」
負け惜しみ、には聞こえない。それがこの女のいいところだ、と明暗も綾波レイも思った。
「じゃあ、レイ、いいのね?本当に」
既に、エヴァ二体が第参新東京市を離れている時点での使徒来襲とその撃退率を弾きだしている。弐号機は・・・・パイロット不調で使えないとしても、初号機がいる。
エヴァ二体を投入するに足るイベントだろうか、その見積もりも。戦略的な価値は。
JTフィールドに誘われた雨後のタケノコ狩りになるか。
日向マコトはしぶそうな顔をしているが、葛城ミサトはその価値ありの判断。
明暗というこの剣呑な子供を操れる保証はどこにもない。レイを連れていくのは安全牌。
「はい」
明暗の方を一度、見て返答する綾波レイ。疑念はある。自分と零号機だけでも十分だろうに、どうしても参号機を使いたいらしい。または・・・・再び弐号機の悪夢を見たくないのか。まさか二体のエヴァを登場させて相手のド肝をぬいてやろうというんじゃないだろうし。今ごろロボット兵器が揃って騒いだところで・・・・何を恐れることがあるのか。
そして、即答しつつも後ろ髪ひかれる思いがある・・・・・この時期にこの都市を離れてもいいものか・・・・行く、といっておいて矛盾しているけれど・・・・
碇シンジと惣流アスカ・・・・・二人きりにしていいものか・・・・葛城ミサトが不在ということは、あの家に。鍋に火をかけたまま外出するような危うさが残る。
けれど、口に出して決めてしまったことだ。・・・・これで良かったのか。
けれど、赤い瞳の同族のことはほかの誰もどうにもしてくれない、頼れない。
なにか勘違いして、または騙されて自分の助力をしようと思ってしんこうべから出てきたのなら・・・・祖母たちの考えそうなことだ・・・・・みすてることは、出来ない。
「参号機は単独での強襲用ですから、同じエヴァとの連携行動は初めてですね。
楽しみです・・・リードの方をよろしく、レイさん」
葛城ミサトが言うまでもなく、先任として綾波レイが行動指示を出す方になる、という明暗の挨拶。楽ちんでいいけどね〜ほんとにそつがないわね・・・楽でいいけどさ。
チルドレン同士は位階もなく同格であるから、碇シンジや惣流アスカのような特殊ケースをのぞき、自我が確立しているパイロット同士で戦場での咄嗟の指示や判断を下す場合、どちらに従うか、というのは死命を分かつ大問題になる。そこまでいかなくとも周囲の被害などに格段の影響がある。それを明暗の方から譲っているのだから話が簡単に済んで良かった。
読めぬ行動に危惧を覚えても、精神年齢が高いのはこういう場合は助かる。子供同士で我を張り合う、というありがちで頭の痛い問題を抱えなくてすむ。
「出来れば日帰りしたいんだけどね・・・・後腐れなく」
目的地は第2東京、第28放置区域。因縁の場所であった。
エヴァと機械の鬼門が再び開かれるか、どうか。つるかめうしとら。
第2東京 第28放置区域 JA連合支部・・・その「多国籍客人用」の寝室
円にそって配置された部屋は地球をモチーフとした(こういうとなんか有り難みがあるが)
文化圏のスライドがあり、雑多な国の人々をワンフロアに泊めているわりにはケンカが起きない造りになっていた。デザインしたのは時田氏である。もちろん、内装もそれなりの
ものになっていた。金に糸目はつけ”た”が、適度に豪華であった。
こういうものの用意が、心遣いがJA連合プロジェクトを成功に導くのである。
だいたい、戦闘ロボットを造って動かそうなどと発想をするのは子供のように我が強い連中に決まっている・・・・・自分のことは棚にあげて時田氏はそう考えたし、それは的中していた。いちいち偉そうな、または世界の裏に隠れ住み続けたせいか、人間のつき合い方を知らない自閉症児の集団のようなU・R・Uの連中・・・・とにかく陰気で暗すぎる。挨拶が気味悪い薄ら笑いなのだから救いがない。そばによると陰気がうつるので、豪華だがヴィオロンの落ち葉秋のため息を彫り込んだ物寂しいエリアへ隔離させてもらった。
彼等のすぐ隣が電気騎士エリックを擁するイギリスの電気騎士団であったら喧嘩ではすまなかっただろう。こいつらはこいつらで、元気がよすぎて朝も早くから女王陛下への騎士の神聖誓句など唱えだしてうるさいことこの上ない。それでいて真面目で謹厳ではあるから注意もできない。
帝都財団の者たちも、どういうわけか、夜型で夜出歩くのが大好きでこれまた面倒なのだ。
ヒマがあれば百人一首や句会などやっているし・・・・・いちばんまったりとしているのは内田野コヅチと李小光 小型化研究所だ・・・・と思っていたら、研究テーマがほかのと違って日常分野にも広がっているためにすぐにテーマを見つけては研究や議論をはじめてしまう。結局のところ・・・・オリンピックの選手村の村長のような気苦労がある時田氏である。
そして、ここはそういった客室の中で中国圏に文化スライドした部屋である。
ベッドに緑の服を着た女の子が眠っている。古びた壊れかけたトースターを抱えて。
深い寝息・・・・・5分ほどこの娘を観察していれば奇妙なことが起きているのが分かる。注意深く・・・・もちろん、見るのはトースターであって幼女の生足などではないですぞ、男性諸君。深い寝息・・・・・それに伴い、トースターが直っていく・・・・バネがいかれていたはずが呼吸と共にひっこんでいく。むろん、手は抱えたままで。
世にも奇妙な「機械治癒(マシーンヒール)」の能力。
「瑞麗(るいりー)、起きるアル!大変アル瑞麗!」
もう少し続けていれば、トースターは完全に修復されただろう。だが、眠りに直結するその能力は眠りが破られれば停止する。トースターはおしいところで”壊れかけ”の形容詞をはぎ取ってもらえなかった。ノックもせずに部屋に入ってきたこの人物のせいだ。
「・・・・あにさま?なぁに・・・」
子猫のように丸めたげんこつでこする寝ぼけまなこは・・・・赤瞳
そこに映るは白衣もかねる白い中国服に糸目、綾波李白。人工島をも吊り上げる神腕クレーンの管理者で、時田氏の要請に応えてその技術「大兄細胞」「烈鋼人骨」を真・JAに貸与したのである。今回のJA連合発足イベントのためにしんこうべから招かれたのだ・・・・結局のところ、後継者綾波レイは第参新東京市に戻ってしまったのだから、時田氏との関係などもてなし損のノウハウ漏洩にすぎなかったのだが、綾波李白は個人的に時田氏が気に入ってしまい、今回のプロジェクト参加、列席となった。
その瞳をもつは妹の綾波瑞麗。滅多なことでは兄のそばを離れない甘ったれの性格だが、特殊能力の宝庫である綾波においても唯一人しか持たない、あらゆる自然常識に反した「機械治癒」能力の持ち主。しんこうべの文字通りの命綱、神腕のメンテナンスに欠かせない人材である。しんこうべを離れていい綾波者ではないが、それより兄傍が優先する。
ナダが許可したのは、孫娘帰里への未練のためかもしれないし、私企業には門外不出の神腕のテクノロジーを外部に出した結末を責任者に見届けさせるためだったかもしれない。
「今、時田氏から聞いた話アルが・・・・驚いてはいけないアルよ・・・・瑞麗・・・・
なんと!!後継者・・・レイ様が今回のイベントに来られるそうアルよ!」
「えっ・・・あにさま、ほんとう?ほんとうのほんとう?」
「時田氏が嘘をついたんじゃなければ本当アル!嘘だった場合、時田氏の舌をペンチで引っこ抜くアル!その後、社長を辞めさせて蝦剥き屋に転職させるアル!」
「うわぁっ!・・・・よかったねよかったね」
感激のあまりに直りかけのトースターにほおずりする瑞麗。たまらん。
だいたいの綾波の人間がそうであるように、この兄妹も綾波レイのファンである。レイファンである。
この心境は異能の能力をもち海へ波間へと追いやられ続けた綾波の血が深層心理に直接刻み込むようなもので、一族を導く選ばれた者にはその存在を感じるだけでたとえようもない安心感を感じるのだ。そうして団結していなければ世間に砕かれ四散する血族の悲しい習性。
「”がーど”の人にもすぐにおしえてあげようよ!」
リーポーとルイリー、この二人は綾波の重要人物なので同じく綾波の警護がついていた。
時田氏もその点はかなり気をつかっており、内々の要請でリチャード・ポンプマン率いる電気騎士が施設内の警護にあたっていたので、たとえ綾波の名を持つわりにはあんまり警護役が有能でなくとも小心であっても、さして心配はいらなかった。
ガードの綾波者はナダから、そういうことであれば、と引き受けたのだ。半ば脅され。
うれしそうに綾波ルイリーがベッドから駆け出していこうとしたそのとき。
さして、心配はいらない、そういう建前であったはずなのだが
「時田さん、これは何かの間違いではないのですか」
ダイアモンドの指でプレート状のものをぴらぴらさせている、異様に長く尖った耳を持つ男が言った。その目は冷酷そのもの。自らの意思を実現させるためなら人殺しも破壊も辞さない目。人殺しも破壊もやったことはないが、負けじとにらみ返す時田氏。そのプレート状のものはその男が持つべきものではなかった。それは・・・
「JA連合会員・ナンバー6の会員証・・・・」
JA連合のトップである時田氏は兵器人間ウエポノイドであった黒服の男たちに腕部内蔵型機械武器・・爆発成形貫徹砲、ヨウ素レーザーメス、気体放電刀、・ミクロオキシゲン冷凍砲・・・を突きつけられてちょっとしたピンチであった。せっかくJA連合発足にあわせて新調した支部内の会長室もハチの巣にされてしまった。新調した特注のスーツも穴だらけだ。これで英国電気騎士団の団長・リチャード・ポンプマン男爵が黒服の男たちのボスの喉元に磁力光剣を突きつけていなければ完全に単なる脅迫になっている。
にしても、分が悪い。長い耳とダイアモンドの指をもつ、いかにも部下の失敗を許しそうにない非寛容そうな男の隣にはまだ、黒服の男に縛り上げられた若い娘がいた。ナンバー6の会員証の本当の持ち主だ。ウサギ耳を模したイヤーマッフルに黒い長髪、左目のまわりには一発殴られたのか、アザがあり、悔し泣きにひぐひぐと泣いていた。凛々しい顔立ちの気の強そうな娘だが力づくで会員証を奪われたのは見れば分かる。
JTフィールド発生器販売などという神をもネルフをも恐れぬ所業のツケが早くもまわってきたのだった。それがどれくらいリスクの高い危険な商売か、ハイリスク・ハイリターンは商売の常道だが、それにしても返ってくるのが早すぎた。
正しい科学の志に燃えた・・・・話を簡潔にするために、これを「善人」と呼ぶならば、それとは別の超利己的な考えを持つ、「悪人」もロボット兵器を造るわけである。そして、悪人もJTフィールドを欲しがるのだ。もろに葛城ミサトの危惧した未来予想図になる・・・。
JTフィールドを供給される条件として、JA連合に加入する必要がある。
ここらへんは時田氏や真田女史もバカではないので、きちんと考えている。誰彼でもカネさえあれば売ろうってんじゃあないのだ。まあ、金がなくとも売れないのだが。半端な値段ではないのだが、そのあたりはかなり時田氏と真田女史の裁量があり定価というものはない。商取引の基本をクリアしたところで、時田氏の設置した「条件」をクリアしなけれ
ば連合には入れてもらえない。
まず第一に、「ロボット兵器は内部に操縦者を配置しないこと」
第二に、「対人兵器を装備しないこと」
第三に「加入ロボットは、連合の製作した”同士討ち禁止回路”を組み込むこと」
第四に「連合会長がその機能を認めるロボットであること」
第五に「ロボット三原則を厳守すること」
JA1号、2号、3号、と名乗れとかいう条件ではないが、時田氏が気にいらないロボットは連合に入れてもらえないのである。つまりはJTフィールドも供給されない。
まるで頑固親父のつくる行列の出来るラーメン屋のような商売である。その条件は百を越える。これを全てクリアーして時田氏と真田女史がオーケーを出さねば加入は認められない。第一の条件に抵触するロボットがかなり多くあり、その代表格として戦略自衛隊のトライデント新型があったが、時田氏はガンとして譲らなかった。JTフィールドが完璧に機能するのであれば、操縦者が搭乗してようがいまいが関係ないじゃないか!貴様、それでも大和民族か!!とさんざん噛みつかれたが、時田氏は微動だにしない。それってエヴァに対するアンテテーゼですの?そんなのいいじゃありません、か、ねぇん社長ォ・・ん・・とくすぐられても固い固い信念であった。しかし、フレキシブルなところもあった。節操がない、といってはいけない。
基本的に、「弱い」ロボットにはJTフィールドを供給する気はない時田氏。それをやって調子にのって使徒につっかかられて返り討ちにされては寝覚めが悪いからである。
とはいえ、さすがに契約文面に「お前弱いからダメ」などとは書けない。
ところが、何事にも例外があるもので、(連合発足してすぐに例外が出てはいけんのだが)イタリアに本部がある国際救助自然保護団体「甘苦愚者(BITTERSWEET FOOLS)」の所有する作業ロボット「レプレツェン」の二足歩行の技術が時田氏はなんとしても欲しかった。真・JAに接続することになったグレイスラスセンチュリー社の脚部は真・JAのパワーを支えうるほどに頑丈夫だが、軽やかさと柔軟さに欠けて負担が大きかった。連続行動時間がそのせいで299時間ほどになってしまう。そこにレプレツェンの歩行の軽やかさ・・・信じられないがロボットの巨体を支えつつ、その脚は人間より軽やかに着地することが出来る。
反重力装置でも内蔵しているのかと思うくらいにその衝撃吸収アブソーバーの性能が群を抜いている。森の中で作業してリスも鳥も逃げることがない、というのだから凄い。最も、それくらいでなければ地雷除去作業なども行う世界で一番度胸があり勇敢だという評判の「甘苦愚者」の所有する値打ちはなかろうが。
そして、世界で一番度胸があり勇敢であり無謀である、という評判の自然保護団体の代表こそ今現在、黒服の男に捕らわれている黒髪の娘、レプレである。
その名を冠するレプレツェンが独逸・黒い森で植林を行っていた時、ATフィールドを展開する使徒とでくわした。もともと戦闘用でないので闘うことはできない。フィールドで掘削されていく大地・・・・黒い森に奇怪な紋章が刻まれていく・・・・それを止めることもできない。絶対領域・・・・自分たちが世話してきた森があっというまに支配されてしまう。
結局、それは突如現れた青い四眼の巨人が倒したのだが・・・・倒してさっさと消えた・・・・その後、森はガラスの檻につつまれたように何者も入れなくなり、爆発的な成長をはじめた。航空写真で確認するだけだが、伝説にある世界樹やユグドラシルクラスの化け物めいた巨大樹がニョキニョキ生えだした。一体、森の中で何が起こっているのか。
たまに青い四眼の巨人がやって来て森に入るが、もちろん何も教えてはくれない。
甘苦愚者たちが仰いで情報を求めて叫んでも冷笑するように四つのカメラアイで見下ろすだけ。分かるのは、青い四眼巨人が森を包む謎のガラスの檻と同質の力をもっているらしいことだけ。もしや、この青い巨人が森を包んでいるのでは・・・・?疑念がある。
そして、疑念は解決されねばならない・・・・・時田氏の申し出は渡りに船であった。
身の程を知っているレプレツェンは使徒と戦闘がしたいのではない。ただ森の謎を解きたいだけ。だとしたら、別に弱くとも構わないだろう・・・・技術の交換をしてくれるなら。
時田氏のフレキシブルな判断で、戦闘用ロボット兵器ではないが、レプレツェンは六番目のJA連合のメンバーになった。甘苦愚者としてはべつにそれはどうでもいいことなのだが。連合メンバーに内蔵される同士討ち禁止回路の存在は国境を越えて動く彼女らにとって魅力だった。多少の保険にはなる、かも、という算段があるものの、特に栄誉とも感じていない。
だが、それを許さない者もいる。
ここで時田氏に銃をつきつけている彼等などがそうである。「MJー301」と名乗る、UFO技術を転用した(という)ロボット兵器を製造する常夏の自由の国からやってきたかなり怪しげで圧迫感のある集団である。
「嘘臭いですね・・・隠れ蓑にしても、もうすこしリアリティが欲しいですわ」
「そうかな。ここまでくればいっそのこと宇宙から来た、という設定にしてほしかったが。遅れてきた侵略者、という触れ込みなんていいと思わないか、真田君」
「こういうアプローチを喜ぶと思っているんでしょうか・・・・・」
他人やネルフから自分たちがどう見られていようがいっさいお構いなしの時田氏と真田女史は相手にしなかった。JTフィールドを開発した時田氏の対外イメージは電気バチバチのマッドサイエンティストであり、使徒相手にネルフ以外でひとり勝ちしている立場は”使徒殲滅業界のヒットラー”などと称されていることなど、思ってもみないらしい。
実物に会ってみると、時田氏はちょび髭ではあるが、神懸かりのカリスマ性、病的エキセントリックなところなどないいたって普通の人間で、このたび連合に加入した者たちはいささか拍子抜けして驚いていたものだ。
そして、その常識的判断をもって、彼等の加入申し込みを袖にしたのだが。
MJ−301の人間は、自分たちの連合加入が断られる、とは思ってもみなかったようだ。
JTフィールドには言い値を払う、といっているのに。搭乗者もないし、対人兵器も積んでいないし、同士討ち禁止回路の組み込みも無論、オーケーだ、条件はクリアしている。
その実力にも自信がある。何より、「自分たちがミスター時田の好みにバッチシ合っている・・・つまりは互いの相性はバッチリ!オ〜イエ〜、ハハハハ」だと思っていた。
小メギを使って連中の素性について追跡調査をやって見ると、常夏の島から北部の大陸の方へ移動してどんどん東の方へ・・・・最終的には”白いお家”の一歩手前まで辿れた。
ブラックカーテンは、自由の国では幼稚園児でも名前を知っている、タロットカードをトレードマークにする兵器産業の大雄。こんなヒマで手の込んだ真似をしてくるのは、どうしても東洋のイエローマジックモンキーオーケストラ・YMO時田氏に頭をさげたくなかったからか。どちらにせよ、時田氏は若い頃の因縁もあり、その兵器製造を中核としたエンタープライズが大嫌いだったので、JTフィールドを供給することは絶対なかった。
と、なると、非合法手段へ訴える。隠れ蓑の自由性を笠に着ての腕力風暴力味にて。
自分たちの連合加入が拒否され、頭に来るところは戦自のように他にもあったが、こうやって直々に乗り込んできて脅しにかかったのは今回のケースが初めてだった。
時田氏と真田女史が発足イベントの詰めの打ち合わせをやっていると、時田氏に手厚い友情を感じているため特に用も無いのに何かと顔を出す細かい相談事には向かない性格で声のでかいリチャード・ポンプマン男爵がやっぱり顔を出して、打ち合わせにならずに雑談タイムに移行して五分後のことであった。突如の乱入。電子冷凍銃や雷電鞭サンダーボルトバインドなどを突きつけつつ言ったのだ。
「これは何かの間違いではないか」、と。間違いは修正されるべき、という顔で。
ゆえに、修正”してきてやった”というその目の色が。だから、正しい結果を手に入れてきた、とダイアモンドの指が。自分たちの力で。
JA連合会員証、ナンバー6
使徒撃滅業界にいる者ならば、喉から手が出るほどに欲しい・・・・正確にはJTフィールドが欲しいだけなのだが・・・・使徒殺しのライセンスであった。
「”レプレツェン”はどうしたのですか」
こういう状況でも沈着冷静な真田女史。同じ女性が殴られてもひぐひぐと悔し泣きしていようが眉一つ動かさない。冷血ではあっても不感症などではない証拠に、その問いにはすでに正解が内蔵されていた。証拠を提出せよ、と言うに等しい。何が起きて、彼等が何をどのように要求するか、真田女史は正確に見積もり切っている。
加入契約をすませたばかりでJTフィールド発生器の搭載していない、戦闘用ですらないレプレツェンは、襲撃されればひとたまりもなかっただろう。破壊されたに決まっている。
だが、バラバラに分解されるまではない。それではこちらが機体を判別できないからだ。
戦闘能力をアピールする程度の破壊・・・・・頭部を握りつぶすかもぎ取るか・・・損傷がさほどないわりにショッキングな絵柄を選択するはず・・・・その修理にはどのくらいかかるか・・・・その光景を見せられた連合の人間の反応はどうか・・・・ウエポノイドの殺人兵器を額数�僂貌佑�つけられても真田女史の脳は停止しない。汗も浮かばない。
時田氏の方が肝度胸が据わらない。チョビ髭は怒りのあまりカイザーのように。
今にも真・JAをカムヒアしてこの傍若無人な悪漢どもを叩き潰してやろうと肩を怒らして頭から湯気をブンブク噴きだしている。
「このとおりですよ。我が”マッドダイアモンド”によってね」
話が通じそうなのはこの女だな、と判断してか、真田女史に目をむけダイアモンドの指をもつ異様に長く尖った耳を持つ男がいった。顎先で促した先には部下のウエポノイドがポケットから出した小型テレビの画面がある。その中に・・・・・
ダイヤの頭部をもつロボットに同じく頭を潰された・・・黒ウサギを模した頭部がもとはあったはずだが、ペシャンコにされて見る影もなし・・・・・ロボット”レプレツェン”がいた。場所はJA連合の専用港、情報が漏れたのか努力で収集したのか不明だが、とにかく陸揚げの時を狙われたらしい。同時にレプレ代表を捕獲したとなれば見事な手際だ。
「つけ加えておきますが奇襲ではありません。準備する時間を十分に与えた勝負でしたが、一ラウンドももたない・・・・・こちらの装甲に傷一つつけられない・・・・話にならない弱さでした」
ウグッ・・・・別に戦闘用ではないのだから、負けても恥ではないのだが、気の強いレプレはそれでも許せないのだろう、どこから見ても自分勝手な悪党そのまんまの連中にいいようにやられたことを。自分たちが踏みにじられたことを。屈辱に顔をゆがめて唇を噛みしめて赤い血が流れた。この気性の激しさはいつでも戦闘用ロボット兵器のパイロットがつとまるだろう。だが、今は悔し涙に俯く事しかできない・・・・
「なんということを・・・・この下郎が・・・・・」リチャード・ポンプマン男爵の剣に力が入る。出来ればこの下司の首を今スグ斬り飛ばしてやりたかった。だが、この場には敬愛する時田氏がいる。よく考えると、彼が全ての原因といえなくもないのだが。
「この会員証は私たちが代わりに受け取ってよろしいですね?」
100%純粋力づくのごり押し。ジャスティス・バイ・パワーなのか、パワーイズジャスティスなのか。正義なき力は暴力であるが、力無き正義はまた無力である。
結局、弱き者がこの使徒撃滅業界にデビューしようというのはムリだったのか。
本人たちにあまりその気もなかったし、時田氏が余計な欲をかかなければこういう事態は起きなかった。踏みにじられた甘苦愚者たちこそいい面の皮であった。
「お前たちなんかに渡すものか!!この悪党が!!」
レプレが顔をあげて吼えるが、近くで吼えても負け犬のそれは相手になんの感慨も与えない。鉄面皮どころか、指と同じく金剛石で出来ているに違いない、その冷血の頬肉。
「もし、君が私の部下ならば・・・・この指で頭蓋を握りつぶし脳髄を掻きだしている処だよ・・・・弱者め。唇には錠をかけ埃にでもまみれていろ・・・敗者の義務だ」
ダイアモンドの指を持つ男、ダイアモンドフィンガーがそれを実行しなかったのはひたすらリチャード・ポンプマン男爵の剣の存在ゆえ。目の前で婦女子が侮辱される行為に紳士の激しい怒りが燃えている。まさに修羅場のトライアングル。無尽蔵の殺気が三角形の中央に渦を巻き、耳をすませばごうごうと音が聞こえるほどに。
この始末を、時田氏はどうつけるのか。JA連合の会長として器量の見せ所だ。
「英国電気騎士団、団長リチャード・ポンプマン。電気騎士エリックと共に貴様たちに決闘を申し込むッ!!」
リチャード・ポンプマン男爵の大音声がもはや許せぬっっとばかりに響き渡る。
その気迫に感情除去手術を受けているウエポノイドたちさえも怖じ気づき、突きつけていた武器を下げ、レプレツェンの修復作業の計算を頭の中でしていた真田女史も計算を中断し、視線で殺せよとばかりにダイアモンドフィンガーを睨みつけていたレプレも、会長としてのここぞとばかりの見せ場を奪われた時田氏も、現代科学の結晶たるロボットが集結するこの場所で、あまりに古風なことをいってのけた、この人物をまじまじと見つめた。
決闘?・・・・・
英国電気騎士団・団長、リチャード・ポンプマン男爵。
電気騎士エリックとともに戦場を駆け、使徒に挑むこと八回、破れること八回、勝利には一度も届かなかった、連敗記録を更新中の「ミスター負け男」。
「なるほど・・・・・かの”噂に名高い”電気騎士エリックとマッドダイアモンドとの決闘・・・それは面白い。MJー301運用部長、UBユービー・ダイアモンドフィンガー、その件、確かに承諾しましたよ・・・・ククク。
けれど、我らには名誉などという一ドルにもならぬ価値は必要ありませんよ。代償として、我らの認める価値あるものを頂きますよ」
ダイアモンドフィンガーはほくそ笑んだかもしれない。冷血の目はそのままで腹の底で。
もしや、それが狙いだったかもしれない。最終目的はむろん、JTフィールドを実戦で展開し、ネルフ以外に使徒を倒した唯一の機体、JAにあるのだとしても。ここは仲裁しか
「盗賊めらが何をほざくかッ!!。天の裁きが与えられ醜悪な金剛石アタマが正義の剣で切り裂かれた後、貴様らこの乙女に靴を舐めて詫びよ!。清き誇りを汚したことを」
おいおいっ!!無茶なことを・・・・・時田氏は出来れば口に出して止めたかった。
時田氏の目には映像を一見しただけでも、、マッドダイアモンドの力が分かったためであった。やることは傍若無人で、所有する人間もこの通りの悪人だが・・・・強い。
レプレツェンが非戦闘用であったことを差し引いても、強い。機体に漲る力はタダゴトではない。UFO技術を転用したとかいうハッタリはおいても、かなりの天才が製作した代物に間違いない・・・黒幕が黒幕である・・・ダイアモンドを頭部にした頭突き攻撃は確かに強力だろう、JAのチョップに相当するだろう・・・しそうな感じだ・・・・・まあ、あくまで初期型の、だが・・・・・正直な話、電気騎士エリックが勝つのはかなり難しい・・・・ような気がする・・・・なんせ八連敗だしなあ・・・・野球で言えば最下位になる数字だ。
時田氏は電気騎士エリックのその不屈の闘志が気に入ってJA連合に入れたのだが、その戦闘能力にはさして期待していなかった。なぜなら、真・JAがいるからである。
真・JAならば、あんな金剛石頭ロボットなぞ瞬殺であり、勝利間違いなしなのだが。
とにかく、決闘なんぞ申し込んで、「じゃあ、私が勝ったらあなたの会員証は私のものだ」ということになり、そして、あっけなく「負けて」あんな悪漢どもを連合に加入させねばならない・・・・ようなことになったらかなわんがなしかし。
いかん、横山やすしをやっている場合ではない。
とにかく、売ってしまったケンカはしかたがない。連中が気にくわないのは自分も同じ。
いざとなれば。真・JAを適当なところで乱入させてボコボコにしてウヤムヤにしてやればいい。ウヤムヤにして水に流してしまうのは日本企業の得意技である。
自分たちにまず出来るのは、小メギを使った事後処理である。会話の代わりに銃を突きつけるようなギャングのような連中だ。今後、このようなことが起きぬようにしておかねばならない。人質をとってそれを盾にして要求する手法を使わないとも限らない。
しかし、バカな奴らめ、JTフィールドがあろうがなかろうが、最後はロボット自体の性能がモノをいうのだ・・・・ブレイクスルー技術の一つで勝てれば苦労はないよ・・・・
使徒も、それを木っ端の如く倒していくエヴァも、正真の化け物なのだから。
それはともかく、時田氏は自分を慕ってくれている連合加入者の顔をたてて、いかにも余裕を保ちながら、説明者顔して、ダイアモンドフィンガーにプレッシャーを与えるような感じで、こう言わなければならなかった。哀れみの微笑と悪戯な運命を楽しむ苦笑を混ぜ合わせた謎の笑み(まあ、アカデミー賞ものだ)を浮かべつつ・・・・
「フフ・・・・肝心なことを失念しているようですから、教えて差し上げましょう・・・電気の騎士が守護する英国、ロンドンが燃えたことが一度でもありましたか・・・・?」
だから、使徒戦8度の敗北、連敗レコード更新中であることなどを考えていたら痛い目にあうんだぞー、と時田氏は大いに言いたかった。のだが、ダイアモンドフィンガーに通じたのかどうか、いまひとつ不明であった。向こうも謎の笑みを浮かべているし。
さすがに碇ゲンドウのプレッシャー力には及ばない。根が正直なのだ、時田氏は。
フフフフ(時田氏笑い 圧迫度40)
フフフフ(ユービー笑い 圧迫度60)・・・・・圧されている
代理人にポーカー勝負やらせるようなもので、心臓に悪い時田氏。自分ではすぐにロイヤルストレートフラッシュが造れるのだが・・・・。大丈夫か、エリック?ほんとに。
結局、真田女史のまとめの提案で、その決闘日は発足イベントの日になった。
くそっ・・・・その日はネルフもエヴァもって見にくるというのに・・・・
向こうの目的は自分たちの力を見せつけ、相対的にこちらに大恥をかかすことだ。
してやったり、という形に唇が歪んだのは、ネルフの人間、そしてエヴァの列席情報を掴んでいたためだろうか。ネルフの連中に笑われることだけは我慢ならない・・・・・
時田氏は死にそうにイヤーな顔をしたが、ダイアモンドフィンガーは薄ら笑いをはじめて浮かべて承諾して、これ以降は大人しくなにもせずに去っていった。会員証も返却し、レプレを解放して。さすがにレプレツェンの損害賠償請求はできそうもなかったが。
にしても、吹っ掛けた決闘とは云え、割りに合わない条件ではある。
電気騎士エリックが勝っても、連中に謝らせるだけのことで一円の儲けにもならない。
もちろん、人間の誇り、礼節というものは金銭に換算できるものではないが。
これで負ければ、電気騎士のプライドはコナゴナになるだけではすまず、入れ替わりにあの悪漢連中を連合に入れてやらねばならない・・・・JA連合の根幹を揺るがす問題だ。
そりゃ本人はどうせ八連敗のみでもあるし失うモノはあまりないし、潔いといえば潔いのだが・・・・・時田氏は頭が痛くなってきた。大所帯を仕切るのは慣れてはいたが、それが人間ではなくロボットの大所帯ともなれば、また別の苦労がある・・・人類初の苦労だろう。下手をすれば、連合の空中分解の危機だ。だが・・・・・・
「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」
気丈に堪えてはいたが、解放されて緊張が解けたのだろう、かたかた歯の根が合わぬほどに震えるレプレに声をかけ、優しく抱き寄せて医務室の方へ運んでいったリチャード・ポンプマン男爵の姿を見ると何も言えなくなる時田氏であった。
こういう、弱者の前に盾となり、笑って立ち往生できるような奴こそ真の貴族。
そして、こういう人間を守れるJAこそ、真のJAだ。
時田氏のチョビ髭に正義が漲り、時田氏の怒りが静かに燃える・・・・
「けれど、社長の誘いのゆえにあの娘が狙われたことをお忘れなきよう」
冷静で正確な指摘を忘れない真田女史。もともとのその判断が誤りだったのだと。
その怒りにさして意味はない、と女は。勢いや熱血で誤魔化されるほど真田女史の監査目は甘くない。乱入の脅迫者なんぞより遙かに厳しい。
「う、うむ。そ、その通りだな・・・・真田君・・・・」正義の怒りが早くも消火された。
反省する時田氏。欲をかいて弱者をリングにあがらせるからこういう事態になったのだ。
バトルロイヤルになれば一番弱い奴を狙うのは常道、または一番強い奴を集団で消す・・・つまりは真・JAだ・・・・うーむ・・・いや、問題は弱くはなかろうが決して強くもないであろう(微妙)電気騎士エリックをどうやってあのダイアモンドの脅迫者に勝たせるか、だ。・・・・勝ってもらわんと困る!非常に困る!絶対に困る!そりゃ、乙女の名誉を守るための決闘であるから、騎士の実力が女王様に祝福されて謎の魔法使いに入れ智恵されて強い悪党にこれ以上なくスカッと勝つ!!に決まっているんだが・・・・
「企業的な発想に囚われ判断ミスをなさった社長、己の実力を弁えない時代錯誤にして大言壮語の騎士、暴力と脅迫で契約を取れると勘違いしている最低の交渉者・・・三様に身勝手な殿方たちの後処理をしてまいります」
真田女史にしては長いセリフは怒りの顕れ。口調も顔色もまるで変化ないのが逆に怖い。
怖いので俯く時田氏。
「それでは、あのダイアで出来たピーマン頭を断ち割る方策を作製してまいりますので」
イヤ、わたしもそこまでは考えてなかったぞ!と時田氏がツッコミ返そうとした時にはすでに真田女史は退室していた。「あの真田君が怒っている・・・・」通常ならば、ハチの巣になった部屋の修復や、レプレツェンの回収、修理を先行させただろう・・・銃後の備えが基本フォーマットの真田君が自らバトルの舞台に飛び出そうとは・・・・よほど頭に来たのだろう・・・・だからって、ダイアモンドが割れるのか?真・JAならわけないが。
それを、当の決闘本人、エリックにやらせるわけだが。うーん、心配になる時田氏。
電気騎士エリックを急遽、改造パワーアップすることはリチャードが潔しとせぬだろうし。
だが、時田氏は真田女史の”内助の功パワー”を見くびっていた。
真の”脇役パワー”を目玉が飛び出るばかりに見せつけられることになる。
山内和豊の妻も吃驚のその方法とは・・・・・
これは、なんらかの罠ではないか・・・・その可能性もある
惣流アスカはまだ眠っている。それを装って自分で自分を焼いた恐怖を自覚したくないのかもしれない・・・・目覚めているのはラングレー。その身体を覚醒させているのは。
ラングレーは現状を分析して、そのパーセンテージを弾き出そうとしている。
ベランダから街を見ている。炎に包まれることも、砲声の響くこともない、平穏の夜。
規則正しい色鮮やかな電気の彩りは、活気のある暮らしの証拠。空に航空機の影もなく。
夜に平然と出歩けるというのは、ある意味、人類の悲願である。闇や魔物や精霊や獣や同族の襲撃や悪意に怯えることなく。これは、なんたる貴重の空気・・・・ラングレーは深く呼吸する。血の匂い火薬の匂い瓦礫の匂いもない、何の恐怖成分も含まないこれが平和の夜の空気。そこに混じる紫煙。ラングレーの指に挟まれている煙草から。そばにはライターもマッチもない。吸うのをとりわけ好むわけではないが、火をつけて怪しまれない便利さがなんとなく携帯させていた。
もちろん、アスカは吸わぬので葛城ミサトの部屋から失敬してきた。ランプや蝋燭などの方が好みだが、そんな気の利いたものはない。炎で蝶をつくってよく遊んだものだが。
ふう・・・・
語る相手もいない、ふとした口寂しさにフィルターに唇をつけてみる。
街を見る。自分が現れるには、あまりにのんきな光景だ。第一、炎がない。敵がいない。
何より、絶望がない。 自分以外に戦える機体が三体もある。十分以上の潤沢な戦力だ。
これなら、アスカ程度で十分だろう・・・・・自分が出るには役不足だ。あれだけいた使徒・・・敵連中は一体どうしたのか。あれから一体とて現れない。どういうことだ?
自分は絶望を焼き尽くすためにいる。戦況を一転させ、負け戦を覆すために存在する。マイスター・カウフマンの封印が解けた、ということは時代が、戦況が、民草が、運命の転輪が、自分を呼んでいるのではなかったのか。どういうことだ・・・・これは
それが先ほどの疑念に繋がる。表層に招いておいて自分の人格を消し去る、なんらかの罠・・・・ただ、腰抜けでも小心でもないあの岩人間、マイスター・カウフマンは自分の存在意義を分かっている・・・そこらの墨小人のように無闇に恐れたりはしない・・・・人類最後の負け戦において、自分ほど頼りにない人材は世界のどこを探してもいないのだから・・・・優勢な追撃戦などには興味もない・・・自分が欲するのは滅びかけの世界・・・・平穏などどこを探しても欠片も存在しない・・・阿修羅の時計が支配する赤く輝く火と炎の闊歩する世界・・・・
その名を炎名・・・・・自分専用の「赤い銃」の銘でもある。戦を始めるにはそれ相応の支度というものがある。ファントム・オブ・インフェルノもしばらくかかる・・・
正直、退屈で仕方がない。これ以上、退屈が続くようなら・・・・
「アスカ、ご飯出来たよー」
碇シンジがベランダに呼びに来た。エプロンなぞして、とてもパイロットとは思えない。
エヴァ初号機専属操縦者・・・・第参新東京市の守護者、総司令の子息にしてネルフ本部の旗機、最強の福音を預かる子供・・・・・・さて、こいつにでも相手をしてもらおうか。
「ん?・・・・煙草、吸ってたの・・・・怪我してるのに・・・・んっ・・・・」
この旗坊を誘惑でもして、ネルフの本部を内部からガタガタにでもしてみるか・・・それも面白い。
こいつ自身には年相応でさしたる魅力もないが、その周りには何十もの結界が囲み、数え切れないほどの守護がついてる。夜の雲のような・・・・異常だ。常人には見えないものだが、火の目をもつラングレーには分かる。それらを突破し籠絡するゲームだ。退屈しのぎには丁度いい。機体を駆っての勝負は装備が届いてからでも遅くはない。食事の世話をしてくれるのだ。他方面の世話をこちらがしてやっても、それはごく自然なことだ。
サードチルドレンとセカンドチルドレン・・・・・同じ多重人格同士、普段は日陰の人格を”引き出して対話して”みるのも面白いかもしれない・・・・・こっちより一つ多いけど。
その思いつきに退屈を晴らされる予感がして、満足げにキスを切り上げた。
「煙草の匂い・・・した?」
目を潤ませながら、ラングレーは演技を始める。炎が緞帳と観客を燃やし、一人舞台の開幕を告げる前の遊びとしてはなかなかいい暇つぶしだ。アスカがしたくてもできなかっただろう、今後もやりそうにないできそうもない、碇シンジに恋して恋に焦がれる少女の演技を。芝居の演目は、そう・・・二重人格(セカンド)と三重人格(サード)の、恋
・・・・セカンドとサード、たった一つの違い・・・・その間にある隔絶は
自分がどれほど罪深くて恐ろしい扉の前にいるのか、ラングレーは知らない。
世界全てが焼かれようと冷厳に見下ろすだけの夜雲の王城、玉座の間に続くその扉を。
炎の女道化の戯れを年若い少年王は受け容れるか、どうか・・・・・冗談や、遊びですまないこともこの世にはあるのだから。おんなじめにあわせるから。その誓いの前には。