「なんのために戦うのかと問われても、
どう答えてよいのやら」
「まるで、戦わないといけない、なんてルールでもあるみたいに」
葛城ミサトが第二十八放置区画の片隅で、天にむかって呟いた。
一人でちょいと空気を吸いながら腹ごなし。さすがに明暗の弁当は多すぎた。
あの面子でちょうどよいくらい。見越していたわけでもあるまいが、予定通りのような気もする。そもそも、綾波の名は気にかかっていた。
出来れば早めに引き上げた方がよいのだが、「ずらか・・・いや、避難するのだけは心配いらないです」だそうで、なぜかレイもうなづくのでこれ以上は干渉できない。
逆に、この”超”特別イベントに今さら遅蒔きながらやって来る者たちもいる・・・・慌てたように次々と着陸する航空機・・・・まさか単なるロボットマニアでもあるまい、おそらく高い高いパーティー券を購入して情報収集のためにこの貴重な機会をその目で確認するためにやってきた「業界関係者」そんなとこだろう・・・・これでエヴァが動かなければガックリくるんでしょうね・・・・やれやれ
JA連合発足記念式典、とはすっかり名ばかりの、見せ物バトルのショウタイム。
それがはじまるほんのすこし前のこと。その時、予感はあったのかもしれない。
自分たちも、それに参加せざるを得ないことに。油がべっとりと塗られた糸に絡め取られていることに。人類最後の、究極の決戦兵器が抑止力になるのかどうか。分厚い無関心という鎧をつけた火の粉が散っても小揺るぎもしない神の目を持つ不燃の番人。
「エヴァが、ここにあるからには」
零号機と参号機。おそらく、世界を半壊させるに足る戦力。四体で全壊ならば。
あと二体。初号機と弐号機。第参新東京市に残してきた。そのパイロット二人は、いま、うどん屋でうどんすすっとるらしい・・・・・携帯を持つ葛城ミサトの顔にたて線が何本かはいる。うーんシンジくんあのね・・・・・
「・・・・さっさとすませて、蕎麦でも食べて帰ろうかねっと!・・・・・ん?」
気合いを入れ直して綾波レイと明暗のもとへ戻ろうとした葛城ミサトのところへいかにも電気屋が使ってそうなワゴン車が向かってくる。JA連合のロゴが入っている。
その中には真田女史が乗っていた。闘志はあるが、透視能力があるわけではない葛城ミサトだが、
「いやな予感がするなあ・・・・それも、超いやな予感」
的中であった。敵中だけに。なんつって。
しかし、事態はそんなバカなことを言っていられなくなるのだった。
簡潔に、しかも強引に。それが戦のルールである。急々如律令。
誰が決めたのか、そんなことを考えるヒマもなく。
それは舞い散る刃のように。
強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだ、と世間的には言われる。
慎重で油断なく、確実性の高い言葉である。だが、それでも・・・・
弱い者は強い者に勝てない。
、と。 英国電気騎士団、副団長トム・アーミッドは思う。戦いの掟である、とさえ。
ゆえに、戦いの場に臨む時には、十分に準備を整えて戦う相手より”強くなって”おかねばならない。鉄則である。強くなることを怠った、準備不足の者はいかに天の時、地の利、人の和を所有していようが、弱い。これが彼の持論である。確かに、それでも勝てるかもしれない。世界は広い。中にはそんな無謀を勝利の女神に愛されて勝利を授けられた者もいるかもしれない。だが、我ら英国電気騎士団は女王の加護は受けていても、勝利の女神には髪の先にすら触れることが許されない。許されなかった・・・・・
こういうくそ真面目で油断なく用意周到な人物が八連敗で、いまだ勝ち星なしなのだから、使徒撃滅業界は厳しい。その厳しさはトム・アーミッドの豊かな金髪を、額のところを特に念入りに、ねぶるように攻めて攻めて攻めていた。領域は。短期間に。見る影もなく。
金髪は、豊かだった・・・・。
実のところ、英国電気騎士団の実力はどれくらいのものなのか。八連敗というレコードが業界に響き渡ってはいるが、それでブッ潰れもせずに、電気騎士エリックとともに出撃する団長のリチャード・ポンプマンは死にもせずに辞任もさせられずに、今も元気一杯に騎士道をマイペースにギャロップしている。時田氏がハッタリをかますように言ったとおりに、負けはしているものの、ロンドンをはじめとする英国の主要都市は使徒の侵攻をくらっていない。一応、立ち向かった挙げ句に、コースだけは外させているのである。好意的に表現すれば、”相討ち気味に退散させている”、ということになる。ちと語弊があるが。
強い、と冠することはとても出来ないが、かといって、本当に弱いのか?
本当に弱ければ、ATフィールドを張る使徒をどうやって迂回させたのか?
やろうと思っても八連敗なんてなかなか出来るもんじゃない・・・・
八回負けるにはそもそも、八回挑まねばならないのだから・・・・・死なずに
もし、エリックがJTフィールドという最強の盾を手にいれたら・・・・・・
大化けする可能性は誰にも否定できない。・・・・その意味で業界も注目している。
あの八連敗がJTフィールドで強くなったなら・・・・・まるで、いじめられっ子がボクシング習って強くなりました、みたいな話ではあるが。もともとJAが使徒撃滅業界でそれなりの立場と存在感を持ち、異彩の輝きを放っているのは、エヴァ弐号機に勝った、番狂わせを演じたからだ。使徒に勝っている、というのも、もちろんポイントだが。
と、周囲は騒ぐのだが、英国電気騎士団の性根の良いところと言うか頭の悪そうなところというか、これが伝統というか、そんなことをちっとも考えていないのだ。
女王に傅く以上、最強の戦士、としての最高の騎士、というものはありえないし、ましてや”最高の防御”、というものが三選択の道を経て結局、どこへ行き着くのか、団の長たる者が分かっていたから。単なる人徳バカ、といわれるリチャード・ポンプマンという騎士にトム・アーミッドという参謀が従うのはそこに理由がある。時田氏が一目で、つき合いも短いのに信用するのはそこにある。
戦闘用ですらないレプレツェンを虐めて喜んでいるマッドダイアモンドなど、我らの敵ではない・・・・・実のところ、トム・アーミッドにはその自負がある。
電気騎士エリックの力が、同じ人の造り出したものに向いたなら、どうなるか。
結果は明白。大英帝国の技術の粋と誇りで鋳造された、電気の騎士が、裏で暗躍するための犯罪機械人形などに負けるわけがない・・・・!。叫ぶのは団長に任せて、熱い想いを胸と後退しつつある額に秘めて、トム・アーミッドは戦闘の準備を整える・・・・そのために英国へ飛んだ。さんざんこちらの恩になっておきながら、それを返そうともしない薄情の人でなしの「魔法使いども」。約束は契約であり、それを守る義務が連中にはある。
・・・・・それを、なにをグズグズしているのか、英国から出てこようとしない。
「人の手で造られた若い金剛石を、鉛筆の芯に変えてしまう薬」を合成したので、それを間近るに届けますよ、アーミッド、という段取りだったのだが・・・・・空飛ぶ箒でも故障したのか!?・・・・それなら飛行機でくればいいのだ・・・・・まさか魔法薬の話が嘘だったら、その二枚舌を切り取ってシチューの具にしてやる!・・・・・とばかりに急遽帰国。「魔法」などにこの緊急時に固執するなんて・・・・・と、言われるのは目に見えているので連合の他の人間には詳細を知らせていない。よその国ではどうか知らぬが英国では魔法が生きている。人の、科学の足をガッチリと引っ張れるほどに。それで何回も煮え湯を飲まされれば信じる信じないのレベルではいられない。魔法は・・・・・ある。
マーリンズマーリン・・・・・・それが現代も魔法を使うことのできる本物の一族の名。
英国電気騎士団の天敵にしてお邪魔虫の名・・・・・。
電気騎士団の副団長が約束の速やかな履行を求めて急遽帰国したことが魔法使いの長い耳に入らぬわけもない。空港で出迎えがない場合は騎士団に戻り、団員を集結させて魔法使いどもの本拠への襲撃準備を指示する・・・・そう決めていた。魔法使いどもは居場所をくらますのが上手い・・・・・女王が直々に呼びでもせぬ限り、そう簡単に見つかるものではない。それもシビレを切らせた副団長が探すとなれば。
実際に、帰国してから遅延を責めるどころか、電話での交渉もできずに居場所を突き止めるのに時間を食った。だが、さすがはトム・アーミッド。捜索の網を狭めていきあとわずか・・・というところで、「自宅にうかがいます」と向こうから連絡があった。
そして、ハットフィールドハウスもリーズ・カースルもかくや、という副団長ご自慢の見事な庭園にて待っていると。
「あたり一面木々は葉の生い茂る梢を 空にのばす
芳香を放つ梨にザクロ 緑豊かなるオリーブ
甘さをたたえたイチジクに赤いリンゴ こうした果樹はつねに実をつけ
夏冬を問わず 不足することはない
穏やかな西風に揺られ あちらで目を出し、こちらでは実が熟していく・・・・・」
トム・アーミッドの苦々しい想念をいなすようにあまやかな声で詩が運ばれる。
なんのかんのと言いつつ、やはり庭園の中にいれば気が静まってくる。
「老人はそこに、人から顧みられぬ 数ユゲラの土地をもっていた。
その土地は牡牛で鍬かえすほど 肥沃ではなく
牧畜にも葡萄づくりにも適さなかった
だが彼は茨の間に広い隙間をおいて 野菜を植え、まわりに
白百合、ほっそりした罌粟、熊葛を植えた
老人はこの宝により 自らは王侯に並ぶと考えた
そして夜遅く帰宅すると 人から買わない料理を食卓に積んだ」
「庭園は石の塀をめぐらせて どこにも見られないような美しいもの
実際のところ、あの、
”薔薇物語”の作者とて この美しき庭を描けはしまい
庭園の神プリアーポスも この庭の美しさ、一本の常緑の
月桂樹の下陰にある泉の 美しさを語る力はないだろう」
そこまで言われれば悪い気はしない。まんまチョーサーであろうとも。
だが、どこともしれぬところからうたわれる詩はまだ続く。
「老騎士ジャニュアリーにとって 庭を散歩するのは大きな楽しみ
だから鍵は誰にも渡さず 入り口の小さな扉をあける 小さな銀の鍵を
自分で持ち、気が向くと いつもそれで扉を開けた
妻に対するつとめを果たしたくなると 夏にはこの庭にでかける 二人だけで
そして床の中でできないことを 庭の中で果たしてご満悦・・・・・」
「・・・・いい加減にでてきたら如何ですかね。魔女・メア・・」
「どーも遅くなりましてすみませんですの」
まったく悪びれた様子もなく、魔女・メアリー・クララタンはそう言ってトム・アーミッドの前に立っていた。マーメイドレースのヴェールで顔を覆っていてとてもあやしい。
「人を小馬鹿にするのは、あなたがた魔法使いの職業病でしたね」
冷ややかに見返すトム・アーミッド。自慢の庭園から薔薇の美香が漂うが、雰囲気は和やかでも穏やかでもましてや友好的でもなく。いまさら遅延の理由を聞こうとも思わなかったが、向こうから勝手に喋りだした。
「そんなことは・・・・少なくとも、マーリンズの系譜の者はそんなことはありませんの。
魔法使いではない人間をマグル、なんて呼んで差別したりはしませんの。ただ、魔法薬を運搬する人選に手間取ってしまって、今日になってしまったというわけですの」
多少は悪いと思っているのか、だが、聞いている時間がない。
「ええ、分かりました。その魔法薬というのはさぞかし重たいのでしょうね。あなたのような知性的な淑女がその繊手で運ぶにはとても時間がかかるくらいに・・・・・彼が?」
魔女、メアリー・クララタンの後ろに控える、誠実そうではあるが、気弱そうなスーツの青年を見る。MMのネクタイピンだけが彼が魔法使いの仲間であることを教える。
「ケイン君は単なるお目付役ですの。わたしがきちんと”お役目”を果たすかどうか・・・・・うふふ」
「クララタン嬢、貴女が直々に来て下さるなら心強いですが・・・・・」
怒れる英国電気騎士副団長に遅延を詫びるのはそれなりの人材でなければならず、実際、この魔女・「先物買いの」メアリー・クララタンはマーリンズに仕える魔法使いの中では指折りの凄腕でしかも年齢不詳。嬢、というのは紳士の礼儀(リップサーヴィス)。魔法使いに外見など意味もない。問題は力量と知名度。「先物買いの」二つ名は、相場を荒らしに荒らしたあげくにがっぽり儲けて負け知らず、とシティーでも鳴り響いている。
魔法使いは世間知らず、と相場が決まっているものだが・・・・。
わざわざ、目付など、しかも、この魔力など欠片も感じない、肉体的な頑強さもない、ボディーガードの役にも立ちそうもない大人しそうな青年を同行させても仕方がなかろうに。魔法使いの考えることはよくわからん。魔法薬の取り扱いなら、エリックへの換装へのこともある、使い走りより熟練の専門家に同行してもらえば助かる。
「やはり、疑念がありますの?」
含み笑いを続けながら、メアリー・クララタンが問う。
「そちらの事情は尊重いたしますよ。こちらの事情を尊重していただけるのと同様に」
あまり時間がない。これから空港へ走ってもギリギリか・・・状況が変化していないことを祈るしかない。「魔法薬の効果のほどを確認させてもらってもよろしいですか?」
「もちろんですの。それから、あまり急がなくても十分に間に合いますの。遅れた分、それくらいサーヴィスいたしますですの。マーリンズの系譜は義理がたいですの・・・・・
あららら・・・・」
言いながら魔女は腰につけたポーチを探っていたが、いつの間にか指先は胸元へ。
そして、一通の封筒をとりだして見せた。古風に蝋で封印されている。
「そ、それはっっ!!!」
今までの元気のなさを一気に逆転させたかのように、目をむいて魔女に掴みかかろうとするケイン青年。正確には、その手でちらつかせる封筒を。魔女の目に妖しい火がある。
「”あやなみ レイ さまへ”・・・・・?」封筒の宛名を見て取ったトム・アーミッド。
ただでさえ下手な英字を書いたことしかない者が、ムリに外国語を映したような強引と言うか、けなげが滲んでいるというか、そんな字だった。しかも、写真でも同封しているのか膨らんでおり、かなり分厚い。
「おや、間違いましたdeathの。急がれているのに、これは失礼いたしましたdeathの」
発音明記に間違いはない。魔女の目の妖火はさらに燃え上がる。
「時間がないので、”こんなもの”は・・・・・・」
「びりびりびり、の、びりですの・・・・」
封筒は分厚かったが、その白くて繊細な指には超音波振動ナイフでも仕込まれているかのように、あまりにも簡単に、ケイン青年の悲鳴もおかまいなしに、引き裂いた。
シュレッダーに放り込んでもこうはいくまい、という細かさに紙の方で裂けていく。
「あ、あ、あ、あ・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、ああ・・・・・」
ケイン青年の悲鳴はほどなく諦めの呟きに変わる。察するに、彼のお役目はこれでパーになったようだ。封筒は宛名の人物に届けられることはない・・・・・永久に。
そもそも、これを書いた人物が、自分が日本まで魔法薬を届けにいく!!、とダダをこねだしたのが遅延の原因なのだった。それをなんとか宥め賺してレターを本人に必ず手渡す、という条件でようやく引きさがった、偉大なるマーリンズの孫にして、分厚い眼鏡をかけた玉子。エヴァに乗り込んでは電気騎士団の足を引っ張る、トム・アーミッドもよく知る魔法のモヤシっ子。マーリンズマーリンズマーリン。使徒撃破数 ゼロ。今現在、この業界で評価される点があるとすれば、歳が若いという未来への大いなる可能性”だけ”・・・
栴檀は双葉より芳しい、という未来への才気を見せているわけでも特にない。マーリンズの血筋を引いているだけの、魔法の温室でわがままに育てられて世間知らずの苦労知らずの、関係者にとってはまことにあつかいにくいこづらにくいデコが広いだけのガキであった。
しかし、そこらへんが「先物買い」のクララタンにとってはなんとも言い難い魅力であり、誰にも目をつけられていない未開発領域を独走で占有する楽しみがあるらしい。
綾波レイダかなんだか知らないが、日本の小娘にこの楽しみを奪われてなるものか、と。
今まで直接会ったこともないくせに、ただその姿に心奪われて、この機会につづりにつづった愛のレターをかくのごとく。びりびりと。
「まだ若い身空で四人も子供がいるわりには世間ずれしてなくて友人の大借金をしょいこんであわや破滅のところをわたしに救われたケイン君には、命を大事にして欲しいですの」
ものすげえ説明セリフととともにものすげえ迫力で脅しにかかるメアリー・クララタン。
「は、はい・・・・」
言いなりになるしかないケイン君。まるで監視役になっていないところを見ると、誰しも嫌がった役割なのだろう。特に同情もしないトム・アーミッド。魔法使いどものクソ内部事情などどうでもいい。今は一刻を争うのだから。戦闘開始に間に合うか・・・・・
「急かせるようで申し訳ないが・・・・肝心の魔法薬を」
効果を実証させる時間が惜しい。受け取るだけ受け取って専用機に飛び乗るしかない。
魔法を信じるか信じぬか、愚問である。魔法は実在して、魔法使いが目の前にいるのだから。騎士が目の前にいて、騎士道が成されぬようなもの、と団長は笑うだろう。
だが、魔法使いは魔法薬の提出に応じなかった。
「あ、忘れておりましたの。あと一時間ほど女の人肌で暖めないと効果が低下してしまいますの。機体の取り付け作業直前にお渡しするのがベストだと思いますの」
「・・・・・信じてよろしいんでしょうな」
魔法はある。だから、この女は詐欺師ではない。魔法はある。英国には実在する。
でなければ・・・・・・。だから、トム・アーミッドはなんとか我慢できた。
「もちろんですの。遅延のお詫びに、”第三現魔象”までの使用許可を頂きましたので、この庭園から日本の上野公園まで一気に”根貫通”させますの。少しは時間が短縮できますの」魔法はある。だから、この言葉も嘘ではなかった。あっと、思った時には三人の姿は木の根に吸い込まれて消えた。
「なんでこんな時にあたしを呼ばないかな。
時田のやつ、バカじゃないの!!」
暗闇に運転席から、ぽかんとヘルメットが飛んだ。
オレンジ色の髪が時速十キロの低速風に吹き流れた。大口開けてはらわたもある。
ここは第二東京経済復興再生の秘策切り札とうたわれた「地下山手線」。今や走る電車はなく利用するものもいない存在すらほとんどの人間は知らない。犯罪者のたまり場にすらしてもらえない廃路。はっきりいって異界であり、あの世に大足またいでいるようなロストメモリーな空間であった。なにがあるかといえば、ぬったりとした闇。
この闇をのろのろ尺取り虫のごとくに蠢く異形の列車。
だが、水木しげるのマンガにでてくるお化け列車などではない。
「軌道連続更新システム」通称・ビッグワンダー。大昔、東北新幹線の路線拡張に大いに力を発揮したJRの持ち物をJA連合の時田氏が買い取って改装したものだ。
レールを抱え込んで、旧枕木を撤去して、新枕木を敷設して、新サイズにレールを戻す、という作業を走りながら行う。もちろん、人手でやるよりかなり速いし、人手がいらない。この延々とした作業を暗闇で鬱々と行う作業員は二名。おまけに一人は専任課長扱いで部下はなし、もうひとりは単にその姿を地上にさらさぬタメ、という逃亡者犯罪者チックな事情でここにいる。つまり、寒冷地ならぬ暗闇地特別手当などつかないわけで残業手当もむろんない。・・・・・念のために、これはリストラのための窓際拷問ではない。
作業自体は律儀にやりさえすればいい、特に特殊技能や頭脳がいる仕事ではないが、時田氏いわく、「JA連合の”魂”にかかわる大仕事」なのだという。機密は特別厳守された。
ゆえにこの二名は時田氏のかなりの信認を受けている。
JA連合・伝達課・課長 伝江(つたえ)タイゾウ・・・・と、
何やら怒りにかられて運転席から飛び出してガントリークレーンの方へいってしまったオレンジの髪をもつ少女。一丁前に作業着は着ているものの、どう見ても身体は小学生で、労働基準法違反であるが、機密は守られているので労働監督署が怒る気遣いはない。なにせ、その名前すらJA連合特別最高機密指定とされているのだから。
「”だから”、どんなに困っても時田社長は”あなた”を呼ばないのだと、わたくし伝江はそう思います」
誠実そうな丸顔で、誠実そうな丸眼鏡で、地下作業のせいか、誠実とは関係なさそうだがどうも色が白い伝江タイゾウ課長はひとりで頷く。
「それに、この仕事もかならず終わらせないといけませんし」
地上の方ではなんとも、JA連合が発足式から乗り込んできた外国勢力に喧嘩を売られてえらいことになっているらしい。・・・・・確かに自分たちが出ていけば、確かにスグにカタをつけられることでしょう・・・・・わたくし伝江とあの子が出ていけば。
「こと、相手がロボットであるならば」そして、「この第二東京圏内であるならば」。
真・JAの敵ではありません。わたくし、伝江は断言いたします。誠実そうな丸眼鏡がピキーンと光る。「あのシステム」さえ機動させれば得体の知れぬカリフォルニア米、じゃない外国ロボットなど片手でチョイです。ただ、それを使えば、仮想敵であるネルフに感知されるわけでもあり。システムの防御網が未だこのように未完成の状況では使用は避けたいわけであり、伝えたくな〜い、わけであります。それにあの子の存在がわずかでも、業界にちらり、とでも漏れたなら・・・・。
嚢中の錐、ぷつり、とでも知られたなら。それを避けるためにはこうやって地下に隠しておくほかない、少なくとも全ての準備が整うまでは・・・・・ネルフと対等以上に対話が出来る状況になるまでは。
特に、こんな業界の全ての目が集まるイベントにでていくなどもってのほか。
私、伝江は絶対にゆるしません。ええ、許しませんとも!
「社長なら大丈夫でーす。真・JAにはなんの心配もありませーん。だから、地上に出ていったりはしないよーうに。わかりましたかー?」
運転席から顔を出してガントリークレーンの少女へ諭す伝江タイゾウ。かなりの癇癪持ちであり、身体は小さいが、天才頭脳を持ち合わせているだけになにをやらかすか、分からない。だが、それだけに己の身に降りかかる危険性については十二分に把握しているはず。
地上に出れば。
地上世界に、少女の籍はすでにない。建前上でいえば少女はオレンジの髪をした鬼であり。どこにもない。迎え入れるあたたかな家は存在しない。時田氏が似合いもせずにジェームズボンドもロジャー・スミスも顔負けのような危ない賭け橋をわたってここに匿ってきたのだから。JA連合名誉博士、というあやしげな肩書きまで与えて。
闇の向こうから返事はない。
ガコン
かえってきたのは最後尾の枕木運搬台車が切り離される音だけ。意志の鉄、鋼の音。
「!!ナオ・・・」
オレンジの髪の少女の名をあわてて叫ぶ伝江タイゾウだが、相手は非常用独立エンジンを作動させて逆噴射で吹かして轟雷の響きをあげながらすっ飛んでいき、最後までその声は伝わらない。「バカな時田め、バカな時田め・・・・・」少女はそれだけを繰り返している。
使徒バルディエルは同士討ちの専門家である。小学生が無知ゆえに大王コオロギとカマキリとを戦わせるのと少し違うのは、争う双方にそれなりの肩入れをしてから真正面からぶつかりあうような段取りをつけることであろうか。やるならば、フェアに。その方が同士討ちは拡大し連続しチェインしコンボする。邪悪コーティング加工された嫌らしさである。
使徒バルディエルはビリヤードが得意である。それも、特殊な撞球台とキューを用いて対戦相手はいない。あえていうなら、玉がそれ。人の世を台として、人の闘志を玉とする。
人の闘志には九等級あり、生まれつきのそれは変化することがない。面白いほどに。
未だかつて闘志の等級を変化させた人間にはお目にかかったことがない。もし、そんな人間が現れたら、記念にとっておこうと考えている。
使徒バルディエルはドミノ・チャレンジャーでもある。人を牌にしてえんえんと並ばせて、ちょうどよい頃合いになったら、「こつん」と一撃してダダダダ・・・と倒れていくのを見るのがなにより大好きである。ゆえに、途中で倒れるのをこらえるへそ曲がりの牌があればそこに最大限底なしの憎悪をぶつける。
使徒バルディエルはあみだくじが得意である。それも、特殊なあみだ盤と線を用いる。
誰を最後に勝たせるか、自在にコントロールできた。強かろうと弱かろうと関係ない。
使徒バルディエルは遊ぶことが大好きである。それなのに、不思議なことが一つある。
「なぜ、こんなに楽しい遊びをしているのに、悪魔がここにこないのだろう?」と。
オイラも混ぜてくれよぅと来たらよろこんで一緒に遊ぶのに。
「レリエルを狩りたてる」という悪魔にはヨダレもんの極上イベントだって開催中なのに。
ボクのところまできたら、いつだって参加させてあげるのに。
使徒バルディエルは第二東京上空で人界を見下ろしている。ミニチュアのような下界の光景にむかって指先で図形を描く。その目には誰がどこにいるか逃さずに映っている。
いつものように。いつものように。いつものように。
いつの時代から、人間は外敵と戦うことを止めて、同士討ちを発明してきたのか。
それは長いキャリアをもつバルディエルにも分からない。少なくとも、そこまでやった覚えはさすがにないのだけれど。
さあ。
同士討ちゲームのはじまりはじまり。どう影響を与えれば、一番効果的なエレガントでアーティステックでファンタスティックな同士討ちをさせられるか。そのラインを見極める。
いろいろな軌跡がある・・・・・あれとこれとをぶつけることで、あれがこうなって。
使徒バルディエルが描く、神の一線。ゴッドライン。
「うふふ」バルディエルは指をなめた。いろいろ方法はあるわけだが、これを欠くことはできない、という最重要のラインがある。これをベースに考えるか、それすらアクロバットに引き出す感じで思考するか・・・・将棋名人の脳みそを使用した生体コンピューターをあるたけ連結させても敵わぬほどの超高速度でそれを導き出す。
最重要ライン。それは。
エヴァ零号機・綾波レイの戦闘・敗北から、エヴァ初号機・碇シンジの参戦を連鎖発生させること。怒りに我を忘れたエヴァ初号機を暴発させて、それをまた起爆に用いれば、その力は・・・・その起点からは数千万、数億、の戦闘可能性が生まれいづる・・・・
その戦の光輝の中、現在は闇に眠り眼を閉じて胎児の夢を見ているエヴァシリーズの全貌が浮かび上がる。
当分、退屈することはないだろう。見物に飽きたら、皆殺しの廃都の中で魔神のようになってしまっているであろうエヴァ初号機をシメて、レリエルの行方を聞き出せばいい・・・・
自分で戦うことが嫌いなわけでも影からの策略操作のみに喜びを感じるわけでもない、が
夏休みでヒマしている子供がカブト虫を戦わせるように、耳に赤鉛筆をはさんだオッサンが女郎蜘蛛や軍ニワトリや土佐犬を戦わせるように、人間同士を戦わせることが何より、三度の飯より好きな第十三使徒・バルディエル・・・・・
肉と生命をもった人間の身では、最も戦いにくい使徒である由縁である。生命体と使命体という異なる存在でありながら人間を知り尽くし、ノウハウもテクニックも豊富に蓄えている。人類を倒すのに、ビームも火炎放射も500�鼎梁僚鼎鬚�けたキックも必要ない。
ちょいと幻をみせてやればいい。この世にあらざる幻影を。
その幻影を手に入れた、手に入れたと勘違いした者だけを相手にする、という約束を自らに課す使徒。
人類最強、という幻影を。 その手で冠を造りだし、人の世に投げ込んでみた。
それを人の子に食わせてみせばどうなるのか、という好奇心から実験してみたことだ。
残念なことに、その子供の記録は聖書に記載されず残っていない。小賢しい者が歴史の中途で抹消したらしい。
幻は消えず、しぶとく生き残った。どころか、それはどんどん大きくなり。
当初の予定を遙かに超えて、それは使える道具だったのだ。
田舎の沼に投げ込まれて、在来種を食べ尽くしてしまった異国の猛魚のように。
その意味でバルディエルは職業釣り師でもある。運命という名の紬糸を垂らして適当な頃合いを見て放った幻影を釣り上げて腹を捌いて、中身をとりだし、その手でピカピカ磨いてやり、また放り込む。
それを前にすれば、ぱくり、と食いつかずにはおれないのだ。
そんな人間がバルディエルは愛おしくてしょうがない。まこと、ういやつよのう、と。
倒してしまうのも滅ぼしてしまうのももったいない。もっと強くなれ、人間。
戦わせ甲斐がある存在になれ。・・・・・・自分の議定心臓の中になぜこうした衝動があるのか、バルディエルには分からない。誕生した時からあったのかも覚えていない。
ただ、レリエルに言わせると「歪に歪んだ奇形」なのだそうだ。円い鏡と四角い鏡の言い争いのようなものと分かっているが、殺意が目覚めた。使徒が使徒を殺したい、と思うのは異常なのか。議定心臓はその問いには答えない。
だが、レリエルが使徒でなくなったのなら、もう遠慮はいらない。何になるつもりなのか知らないが、お前にも同士討ち同族殺しの呪いをくれてやるから、それが届く場所にいるがいい。お前の新たな、生まれたての、純白の世界を汚してあげる・・・・。
人をのろわば穴二つ、とはいうが、バルディエルにはその心配はなかった。
なぜなら、常に単体で動き、いかなる作戦行動にも参加しない特殊な孤高の一匹使徒であるバルディエルには同士討ちするほどの相手はいなかったからである。
因果応報されそうもない。いかんせん、仏教思想はどうも通用しそうにない。
こういう性根のバルディエルを退治するには、まこと「正義」の二文字しか、なかった。
だが、そんじょそこらの未成熟な正義では、バルディエルの相手にもならない。いいようにこづきまわされて、うえーん!と泣かされて終わるであろう。
ある意味、バルディエルを超越する・・・・しかし、老獪すぎても元気さが失せてこれまたパワー不足でバルディエルに足を引っかけられて転んで骨折して終わるであろう。
つまり、・・・・・・
「食べ頃に熟れた正義」が必要であった。人類の集合無意識の中にガンダーラのようにそびえたつ智恵の大樹からそれを、もいで取ってこなければならない。旅をする必要はない。旅をすれば手に入るたぐいのものではないし。正義の実は完熟してもニンニクのような味がして苦いらしいので、好んで取ってこようとする人間はまあ、いない。
広い世間にはそれを手にした人徳者も数多くいるだろうが、残念なことに実際現実問題的力に欠けた。一応、バルディエルの厚い面の皮を透過する一撃をかます腕力が必要なのだ。
牙や棘でもいいのだが、そんなもんを装備した人徳者はいない。
それに加えて、バルディエルがどこにいるか、天狼の鼻のように、見抜く、または感じる、「カンの良さ」が必須となってくる。
完熟正義とは縁のなさそうな碇シンジは、この必須項目を一応備えている。
だが、今日の碇シンジはラングレーと惣流アスカに係りきりで他のことは一切我関知せずしらないもんね状態であり、正義探しのインナアトリップなど出来るはずもない。
日程が調整できても、はたして、彼にそんなことができるかどうか。
ともあれ、誰かがやらねばならない。
誰かが。
「・・・・・と、いうわけで積み木崩し、じゃない、なし崩し的ではありますが、エヴァもJA連合時田氏の主催するロボットの喧嘩大会に混ざることにしました」
JA連合の真田女史が帰ったあと、葛城ミサトが綾波レイと黒羅羅明暗を前にして状況の変化を告げた。六分状況読み、四分予定通りという外客相手の応対顔が一気に戦闘指揮官の顔になる。伊達にエヴァを二体も持ってきたわけじゃない。JA連合に花を持たせてやる気もなかった。ここまで熱血スポ根性マンガみたいな展開になるとは思わなかったが・・・・お約束だと、新発足したばかりの弱小クラブ、というか組織は、夢を踏みにじりにやってきたエリートクラブに完膚無きまで叩きのめされて第二話へ、というわけだが。
現実世界だと、負けたらそのまま息の根を止められて再戦のチャンスすらない。
「JA連合に夢があるかは、まー、ともかくとして・・・」
ちょいとメガネの部下に影響されている感のある葛城ミサトである。
「天下一武道会に飛び入り参加するピッコロ大魔王みたいな気分ね」
結局のところ、ネルフ、葛城ミサトが考えていたこともJA連合に喧嘩を売ってきた連中とさほどには変わらない。JA連合をのさばらさせない、という点において。
敵情視察にはエヴァは必要ない。つまり、生まれたてのヒナのうちにヒネりにきたのだ。
それに加えて、個人的な感情がある。ない、などとはとてもいえない。
「いつぞや」の意趣返しである。執念深さは戦闘指揮官の必須科目のひとつ。
アスカの汚名返上として本人にやらせたかったが、今の状況ではとてもムリであるから、明暗にやらせる。ついでにスペックなぞ参考にならないエヴァ参号機の機動を拝ませてもらう。外面をいくら眺めてもエヴァの強さだけは分からない。現時点で初号機、零号機、弐号機のもつ能力、戦果を開戦前時点では予想すらできなかったように。
JA連合に”格”の違いを見せつけて、余計なやる気を挫くのがひとつ。
エヴァ参号機と黒羅羅・明暗の実力をみておくのがひとつ。
JTフィールドでいい気になっているようだが。それが通用しないところを見せつけてやればいい。時田氏と連合は大恥をかくだろうが、因果応報というやつだ。おかえしよん。
アマチュアが油断したプロに勝った一度のことをいつまでも喧伝されるのは不愉快だし、使徒との戦闘はすでにそのレベルにない。一対一の果たし合い、というルールはない。
ルール無用の戦の荒野にロボットがどれほどのことができるか。前哨戦は終わったのだ。
戦力が多ければ多いほどよい、とは使徒戦では言い難い。それに各自で勝手に応戦したあげくに貴重な人材や資材や資金をみすみす無駄に失わせるほど人類に余裕はない。
国際公務員としてそれは看過できない。できません。できませんなあ。
・・・・正直な話、ただでさえ金食い虫で嫌われ者のネルフが、さらに金集めに苦労する、ということである。ロンリーであろうともオンリーであるから、それなりにムリが通る。それが、そうでもないのだぞ、と侮られた日には・・・・ウーム・・・まるでヤクザのみかじめ料の論理であるが、まさに逆七人の侍状態であり、むつかしいところである。
その観点から、JA連合がよその超巨大軍需企業あたりにとりこまれて格好の走狗になるのもまた困るので、今回殴り込みにきた連中、MJー301とかいう宇宙人を隠れ蓑にしたあぽたれぷすどものまとめて潰す。
二度と提携なんぞ考えないよう四海六陸に知らしめす・・・。
その中に「ヨッドメロン」・・・・・・・どうも妙なところで出くわしたが、上部組織の直轄研究所謹製の生体部品をくっつけたエヴァもどきの新式実験機・・・・・連合の真田女史には「戦闘代行依頼」ではなく、・・・中にいる十代の少女のパイロットを「救出」して欲しい、という「救出依頼」がきている。人権がうんぬん、という話は一切あの女性はしなかった。「この少女も”チルドレン”なのでしょうか」とイヤーなセリフをフリッカージャブ気味にくらわしてきた。だから、あなたたちにはこの少女を助け出す義務がある。とさらに押してくるわけでもなく、そのまま冷静に引いてしまうのがさらにイヤ。
蛇みたいな女性ね・・・・葛城ミサトは地雷屋ガマのような顔をしてぱっくり呑んだ。
エヴァ、ネルフがここにくるのを承知でこんなバカな真似をしているのか、それとも単なる偶然、もしやJTフィールドがそれほど欲しいのか・・・・至高聖所、アバドンの名をもつ理性と知性の者たちが。まあ、あのリツコでさえJTフィールドは造れないけどさ。
上部組織の研究所と揉めることになろうが、葛城ミサトに恐れも遠慮もない。
そのバカな隠れ蓑が命取りだ。あとでどう追求されようと向こうからコンタクトをとってこない以上、そのまますっとぼけて押し通してやろう。
JA連合の内幕、その戦力のじり貧ぶりに思わず同情してしまったこともある。
真田女史の告げた対戦力比は、だいたい昼食時に綾波リーポーに聞いた話を換算したのと同じで、冷血な正直ぶりが気にいったこともある。
それに、ヨッドメロンの生体部品・・・・・・エヴァ四号機の義眼に・・・サイズは異なるものの同一術式で造られた部品にしか見えない。これもネルフ本部では作製不能の部品。パイロットと一緒にドサクサまぎれて頂くとするか・・・・・・略奪すること火の如し。
葛城ミサトの眼に碇シンジや惣流アスカには見せない輝きが宿っている。
エヴァ二体をもってきたからには、それなりの代償を第三新東京市に持ち返る必要がある。
欲張りであろうか。
だが、当然ありがちな要求として「じゃあ、JTフィールド発生装置を寄越せ」、とは葛城ミサトは言わなかったし唇にのぼらせもしなかったしほのめかしもしなかった。
「明暗」
むしろ高らかに、葛城ミサトはフォースチルドレンを呼んだ。
すでに相手はこちらの意を汲んでいる。にやり、と艶で肯いた。つぶしがきく、どころか、つぶしまくりの肉団子級の頼もしさだ。まさに黒羅羅こしあんである。なんだかんだと碇シンジなどではこうもいかない。
「やれる?」
「やれというならなんなりと。それより相手がアバドン製となると後始末の方が大変だぜ。そっちのほうが心配だね・・・・思い切り派手にやらせてもらうけど、それでいいんだろ?あとフィールドの方はどうする、見せてびびらすか見せずにおののかすか、どっちでも」
「そうねえ・・・・」打てば響く。優秀というより、てめえの頭でこの戦況をどうするかとっくのとうに考え終わっていたのだろう。葛城ミサトが考える点があるとすれば、明暗の力を見るのに効果的なオプションはどれか選択するだけ。楽ち〜んである。
それから、あとはレイをどうするか、まあここは控えてもらって「どうせ”これ”は起こるンだろうな」的事態に対処してもらうとするか。そのためのAT フィールドなのだから。
おおよそ、使徒ならぬロボットなんぞに破れることなど思いもしない。まあ、もしヨッドメロンがエヴァを超越して革命的に強ければ、使徒戦にはエヴァを退けてヨッドメロンが採用されることになるだろうわけで、能力の強弱ははっきりしている。真・JAとてヨッドメロンが怖くてエヴァを勧誘したわけではない。めでたい発足式で子供を殺せないからそうしただけのことで、ネルフがそれを蹴れば事故覚悟で事に及んだだろう。パワーはともかく、技と器用さにおいてはエヴァに敵わぬと認めている。自分たちではそんな器用な真似はできないと。なれば・・・・・時田氏はともかく、真田女史にはその覚悟がある。
「待って・・」
ヨッドメロンの資料写真を見ていた綾波レイが言った。いったい何を待つのか。
写真に指をはわせている。うすく眼を閉じ、点字でもさぐるように。
「どうしたの、レイ?」
命令には絶対服従。問題のない優等生である綾波レイらしくもない。
「パイロットと・・・・・機体の”眼”が融合処理されている・・・・・機体から引き剥がすとこの子、失明するわ・・・・この子の眼を、直接、使っているのね」
写真から内部情報を引き出す支配者級のさいこめとりを終えると綾波レイの赤い瞳がしずかに開いた。「おそらくは、メジュ・ギペール式・・・・・」
「なっ・・・メジュ・ギペール式!?ただの生体部品じゃないの?」
葛城ミサトは綾波レイの赤い瞳を見返す。そこにはパイロットでも中学生でもない、ネルフ総司令碇ゲンドウの傍らにおいて世界の舞台裏で数々の有益助言を与えてきたスペシャル巫女が立っていた。
「ただの”眼”じゃないんだろう・・・・人の魔眼だの邪眼だの癒しの手だのをそのまま巨大化してその力を拡大使用して神に近づこうってのはエヴァシリーズ七系統ある基礎的アイデアの一つだからな・・・・珍しいこっちゃないが。ここにもこうして”現物”があるしな・・・サイコメトリーってやつか。パイロットの搭乗はこっちに後手を踏ますブラフじゃないってことだな?正真正銘の有人機か・・・・とどのつまりはエヴァモドキ
にしても、こんな世俗の祭りに出してくるたあ・・・面倒なことになったか、な」
ごくごく簡単にいうと、被験者の目を神経が切れないようにそうっと引っこ抜いて、眼球を特殊な儀式を施して特殊な液体に浸し続けて、「巨大化」させる。その巨大な眼球をそのまま生体部品にして機体に装備した、ということ。言うなればバベルの塔の人体版だ。
人造人間エヴァが単なる巨大ロボとは異なるのは、人の能力を拡大使用可能、という点にある。もちろん、ここでいう「人の能力」とは単なる筋力など肉体的なものではない。
それを実現させるための技術研究の過程において、そういった類の実験は「行われた」。
そして、現在も「行われている」。兵器の夢を体現させる初号機をのぞくエヴァシリーズは新技術を盛り込まれ、時が経つほどにズンドコ強くなる。新型の方が強いのはまあ、世の道理である。未確認情報ではあるが、ネルフ初号機など実戦部隊が反逆しようとあっさり鎮圧してしまうシャレにならんくらい強いエヴァを所有しているという闇の噂もある。
ネルフが使徒と戦う間にそうしたことを行い、神への道を登り続けるセクションが、上位組織のどこかにある。それが部署名なのか、それとも人の名なのか、それすら分からない。
思想も技術力も下部組織とは隔絶した「自分たちの上座にいる奇智」。
それがメジュ・ギペール
外にあればいいのに、内にあるから困る、と葛城ミサトなどは思う。
古代アトランティス人の末裔じゃないか、と日向マコトなら思っただろう。
分かっているのは、たまに下賜してくださる部品は決して開封してはならぬ黙って使えということとそれが凄まじく性能がいいということくらい。特に神経接続の領域は。
上位組織内で、部品製造関係でなにか謎なことがあればメジュ・ギペールの名をだしておけばだいたい間違いはない、とも言われている。
「睨まれて石になるか、カエルにでもなるか、何やら正体不明の”眼”の能力をかわして、潰す、か・・・・ステルスで遠距離一撃、楽しんでるヒマはなくなったな」
いいながら楽しげに、いくつかの事項を決定して明暗は拳をぺきんぺきん鳴らした。
「パイロットの”救出”の方針は変更なしだろう?一応、確認しとくが」
「ううむ・・・・・・」
「なんなら、関係者目撃者の”目隠し”して、ヨッドメロンを背負って山越えて本部に戻ってもいいけどな・・・」
そんなことができるわけがない。
もちろん、この場合の救出とは、強奪のニュアンスに近く、パイロットの生命を最重要視される。生命のみを。生命と眼を天秤にかければ。つまり、そういう話で、明暗は淡々と。
真田女史もこれを承知で押しつけてきたわけではないだろうが、葛城ミサトが決断せねばならない。生体部品に同化させるような組織に扱われる子供をこの機会に救い出すか、それとも適当にギブアップを宣言する程度に抑えつけるだけにして灰色の決着をつけて放っておくか。・・・・アバドン、上位組織の研究所相手だ、この選択肢もある。
真・JAにはこのどれの選択肢もとれない。力はあるが、技はないために、有利な状況を構築し続けた結果の勝利をさっくりと収穫する、ということができない。乱暴にボギッともぎとるだけだ。なにかの幸運に恵まれて、その機会があったとしてもJAはそれを行えない。やるわけにはいかない。パイロット搭乗の危険性と無意味さを思い知らせるために。
パイロットごと粉砕してやるしかない・・・・・いざ立ち会えば。二度とこのようなことがないために・・・・というのがJA連合のお題目であり正義なのだから。
ネルフのエヴァには「技」がある。鍛えぬかれ磨かれた「技」が。
技術・・テクノロジーではない、テクニックが。
若干一名、ないのもいるが。
そして、この場に連れてきているのは零号機の綾波レイと参号機の黒羅羅・明暗。
「面倒なことになったわねえ・・・・パイロット搭乗型のいいとこの一つは、中からパイロットが白旗あげてでてくれば”負け”ってのが誰にでも分かる・・・・ってことなんだけど」
葛城ミサトが明暗に期待しているのは、名人掏摸師がやる究極の技「中抜き」のような、
いったんスった財布からお金だけ抜き取って相手の懐に戻してしまう、手品めいた技であった。生きた虎の口から内臓を引き出して、それを戻して死なせもしない、という明暗の拳法ならばどうってことはないだろう・・・・我ながら都合のいい考えだとは思っているが、こいつならやってくれるだろう。ヨッドメロンの中からパイロットを「抜き取る」。
しかし・・・・
その「抜き取り」が完全に成されたとしても、機体の生体部品とパイロットの少女の目が同化しているとすれば、綾波レイの言うとおりの結果になるだろう。機体を降りれば少女は失明するのだ。機体に乗っている間だけ見えている、といった方がいいだろうか。
その割り切りが出来ている明暗にはなんの遠慮もない。どちらがいいかなど。
どういうつもり・・・大金による契約で、パイロットをやっているのかまでは綾波レイにも分からない・・・現在検索中・・・・・・・とはいえ、常識で考えて当人の意志で生き甲斐をもってこの実験に参加している・・・・とは考えにくいうえに、アバドンにそんな人情味があるという話は聞いたことがない。向こうにしてみればネルフのチルドレンたちもえらく変わりはしない、戦死のおそれがないだけこっちのほうがましだろと嘲笑しかえすことだろうが。ともあれ、メジュ・ギペール式であれば、”それ”は捧げられた、ということであり、元に戻すことは不可能だろう。
「いっそ、第三新東京市に使徒が来襲したってことでばっくれちまうか・・・・・」
冗談抜きでその選択もありうるな、と葛城ミサト。パイロットを救出してもその後の身の振り方を考えてやらんといけんわけだし・・・・・家族を人質にとられているとか、または本人の肉体的精神的状態はどうなのか、いかんせん、情報が少なすぎる。てめえのことだけで手一杯のJA連合にそんなことを期待してもむだであるのは分かっている。
こんなとき、加持がいればなあ・・・・・・・・ちょっとひとっ走りしてもらってヨッドメロンの状況を見てきてもらうんだけど・・・・・・決断もせずに幻想をみる葛城ミサト。いくらなんでもそこまで人生都合良くできてない。三河屋のご用聞きではないのだ。
どうも時田氏といい、果断であるべき人間がぐずぐずしている。
「わたしがいきます」
ヨッドメロンの写真から検索を終えた綾波レイが告げた。自らの意志を。
そして、それはいったん出された命令を覆す。逆らった。あのレイが。
「・・・・こういうこたあ、やり慣れた奴がやった方がいいんだがな。躊躇がでればその分、苦痛が長引くぜ」
明暗がドスを利かせた。さすがに大量の人間の上に立つ貫目である。聞く者は腹に鉛を呑まされたように膝が折れて屈してしまいそうになる。
「どうせ光を失うことになるにしてもな・・・・・あとは任せておけばいい」
綾波レイの言葉がどのような意志から放たれたものなのか分からないが、適任は明暗こそ。
「あのね、レイ」
作戦指揮者とはおもえない穏やかな表情で諭しにかかる葛城ミサト。会ったこともない相手を同情できるのは、おそらく人の心における最高等の機能が働いたせいだろう。
レイのような能力を持ちながらそのような心根でいるのは辛いことが多くなるだろうに。
「フィフスチルドレンにきいたことがあります」
「え?」
おもいがけない名が、この場に、出た。フィフス・・・・・・渚カヲル
「メジュ・ギペール式を解放するこたえを」
「どういう・・・・・こと」
「神への道をさかさに下ること・・・・退化の十法を」
「・・・・・・・ちょっと抽象的かな・・・・・もうちょっち具体的に」
いいつつ、ちろ、と明暗をみる葛城ミサト。
「早い話が生体部品化された人体を元のサイズに戻せるってこったろ。どうすんだ?」
嘘つきが嫌いな明暗の眼が鋭くなる。嘘に決まっている・・・・・いやさ、これは嘘でなければならない。もし、そんなことがやれると判明した日には・・・・・ゼーレがどう出るか・・・・・それが分からないようなファーストチルドレンではあるまい。
火中の栗を拾って、それを自分の胸元にいれてしまうような真似をすることはない。
ヨッドメロンのパイロット・・・・ジャムジャムとか言ったか、その子には気の毒だが、こうした場にて出会ったからには、やれることには限界がある。それは義理の限界だ。
機体はエヴァに劣るとはいえ、能力が未知数である以上、その危険性は普通に立ち会うだけでも相当なものになる・・・・・それを相手にその気がないのに治療しようとは・・・・危険性は飛躍的に高まる上に、その後にはかなり頭の痛い問題が立ち上がることになる。
葛城ミサトが今回の担当に明暗を指名したのは、そういった引き際や挑む好機を確実に読む戦闘政治センスを備えているせいもあった。自らの本拠地をもちながらこの時期にネルフ本部にいる、というその一点でそれは証明されている。
使徒来襲と嘘をついてばっくれるのがベストなのかもしれない・・・・・・・・
傾き始める葛城ミサト。レイはヨッドメロンの目玉がメジュ・ギペール式であることを看破した時に、それを決めたようだ。でなければ沈黙しているだろう。実行者である明暗に聞かせることはない。告げたのは、意志。自分ならばどうにか、光を失わせずにすむと。
「レイ、自信は」
「あります」
「おいっ!!?」珍しく明暗があわてたように。黒髪が龍のように踊った。
具体策を聞いてもないのに、自信もへちまもねえだろう。 それが信頼なのか?
フィフスの名において思考停止してるんじゃあるめえな・・・・・・・じろぎろ。
「なによ、明暗。目つきわるいわねえ」
「オレの眼に変わりはない。そう思うのは、心にやましいものがあるからだろ。で、
まさかとは思うが」
「そのまさか。明暗ごめん。臨機応変して、レイでいくわ」
「正気か」
「マジ正気。・・・・・レイはメジュ・ギペール式を見抜いたけど、あなたにはそれが出来なかった。もちろん、それは能力の高低をいってるんじゃないわ。今回みたいな支援ゼロ状況でなおかつ情報が少ないとくれば、いくら参号機が格闘戦最強でも足掬われる可能性もある。今回JA連合から受けたのはパイロットの”救出”であって、勝ち星をあげることじゃない」
「だがなあ・・・・」
「まあ、待って。それだけじゃないの。初めから参号機にはステルスで待機してもらって零号機を囮にしての実質二機体勢で”救出”を計る気でいたんだから。別にあたしたちは連合所属ってわけでもなし、二対一でもかまわないでしょ。向こうもなるべくたくさんのエヴァを観たいんだろうから文句はいわせない。エヴァは使徒を倒せばいい。箱根の山の東以降のばんどーえびすの噂なんてへのかっぱよ」
「2対1い?!こっちが2で向こうが1かあ?」
忍者天誅エヴァ・参号機の搭乗者である明暗にはついぞない発想である。
それに、それではこっちの力をみせてびびらす、という当初の予定に反する。
ロボット如きにエヴァが二体で当たるとは・・・・勝って当然、いや勝っても恥だ。
以前の弐号機の汚名を返上するためにも・・・・とかいう考えはこの女にはないのか。
「そうよ、なんか文句あるっての。こんなイベントでケガなんかしてたまるもんですか」だが葛城ミサトはそんなこと構わない。ほんとうのプロの矜持はそんなとこにはない。
「ドライバーはショー、パットはマネー、だとジャック・ニクラウスも言ってるわ。
それから、本当の勝負は試合が終わってから始まるものよ・・・・ふふふ」
「え?」綾波レイと明暗がはもった。葛城ミサトの考えが届かない。
「伊達に昼にご馳走食べさせてもらったわけじゃないのよね。レイ、明暗、適当に体力を温存しておきなさい。このバカバカしい決闘イベントが終わった直後に、今度はこっちから模擬戦を申し込むわよ!時田のJAのJTフィールドをコテンパンにしてやるの!
明暗、あんたならいっぺん巻き取られたATフィールドを再び取り返すのも可能よね・・・・・出来そうになかったら、ギルチルドレンお得意の双方向ATフィールド、あれで一枚とられてるすきに、片方でドタマ叩きつぶしてやって。意表さえつかれなきゃ、こっちが反撃もせず盗らえるのをのんびり待っていると思ったら大間違いだってこと思い知らせてあげる」
「おいおい・・・・・」
相手の気が緩んだ直後に襲って士気をくじくのは、それは確かに兵法であろうが。
救出を請け負っておいて、そのあとで模擬戦を申し込めば・・・相手の慌てふためく顔が見える。なんという邪悪な女であろうか。歳を経た山犬の智恵がある。
「別に。ひきょうでもなんでもないわよ〜。ただ、連戦対応を見るだけのことだから。
戦が終わった直後にすぐさま次のがくる可能性は十分にある。それだけの力をJA連中が持ってない備えていないというなら・・・・・所詮、実戦の役には立たない」
「だが、零号機でいいのか・・・・?」
「むつかしいせいじてきあとしまつーは碇司令に丸投げしとくわよ。なんとかしてくれるでしょ・・・・それにあんたがやってもギルを巻き込んで話がややこしくなるわけだよ・・・・まあ、半分冗談だけど。
メジュ・ギペールがこんな下界のお祭りに関与してくるのが大体おかしいのよ。
アバドンの独断じゃないのかしらね。となれば、なんぞトラブルがあれば隠したがるのはあっちだし・・・・初めからエヴァとやる気で機体を出してきたならまだしも、ただJAがウザいだけだったとしたら・・・JTフィールドがウザいって点じゃうちと共通するからね」
「ただの予想だろ・・・・だが、ありえるな。通常、エヴァを二体もってこんなイベントに参加しようって戦闘指揮官はいないからな。向こうさんも面くらってるかもな」
「それに、ヨッドメロンのパイロットに、チルドレン、エヴァのパイロットの素質があるとしたら・・・」
「裏返しすれば、オレたちも生体部品化可能ってわけだ。ぞっとしない話だな・・・・
まあ、エヴァのパイロットってのも一つの生体部品ではあるけどな」
「・・・・・・」
「とりあえず、ミッションは、ヨッドメロンのパイロット、コードネーム・ジャムジャムの・・・・”救出”・・・・その中身は”治療”と”強奪”ね。できれば人目につかないようにしてくれれば最高だけど、自分たちの身の保護を最優先。ちょっとでもヤバイと思ったらさっと救出を放棄して現場離脱。明暗はバックアップをお願いね」
「満座に恥をさらしてもかい」
「そうよ。恥をかきたくないだけなら、わざわざこんな時によそに出てこないわよ。
そいから、これは特に依頼があったわけじゃないけど、ロボットの決闘中、十中八九、”爆発事故”が起きるわ」
「・・・・・」明暗の頬が引きつり犬歯が鳴った、綾波レイがその横顔を見た。
「戦闘中の破損もあるかもしれない、負けた腹いせに相手を巻き込んでの”自爆”かもしれない、その他いろいろ・・・・・
まあ、そういうことがあったら、ロボットどもを守ってあげて・・・・ATフィールドで」
「・・・・・」葛城ミサトこそ人格分裂しとんじゃあるまいか、とまじまじとその顔を見る綾波レイと黒羅羅明暗。付近の住民、いやさ住民はいないから連合の運営スタッフなどを守れ、というならまだ分かるが、ロボットまでもというのは・・・・なぜ?
計算などありそうもない腹の太さだ。ブクブクと。ビール腹のような。
「これはもう、依頼もないし、命令にもなるような類のこっちゃないんだけど。
守ってあげてほしいな、と・・・・・お願いかな」
「まあな。原子炉内蔵のロボットが破壊されたら、広範囲でただですまないだろうしな・・・・・・そういうことだろう?そういうことなら仕方がねえ、そういうことにしとくか。なあ、葛城の姉貴」
「わかりました」
自分の身の保護を最優先、と命じておきながら「どうせ起こるんだろうな」的爆発から周囲の守護を頼むとは矛盾している。命令を受けた者は混乱する。最悪手である。
「はーい、わかりました」と素直に従いつつ機を見て迅速に介入などできそうもない碇シンジならともかく、その技をもつ綾波レイ黒羅羅明暗ともに、そんなもんに従うほど頭も眼も悪くない。葛城ミサトは痛烈にどてっ腹を蹴られても文句はいえないところだ。
招待客スタッフ周囲環境を守る防護策などJA連合が自前で持っておかねばならないところで、非好意的よそ者であるネルフ、しかも時田氏のJAには恨み辛み系のいいたいことが山とある葛城ミサトがだいじなだいじな手駒をつかって算段してやることではない。
バカか!、と一喝され、冷視されても返す言葉はない。
だが、ファーストチルドレンとフォースチルドレンはそれを受けた。矛盾を、抱えた。
「・・・ありがとう、ふたりとも」
しんみりとした、まじめこくった顔で葛城ミサトは言った。恐れを知らぬわけでもなく、失敗を知らないわけでもなく、後悔を知らぬわけでもない、現時刻の第二東京における最強の人物がそこにいた。
それが、格の違いというものだ。