第二回戦の結末に誰もがあぜん、とした。
決闘場の丁度ど真ん中に、巨大な機械の山が出来ている。
それは二つのロボットのなれの果て。マッドダイアモンドとレプレツェンの。
双方ともほとんど原型をとどめていない。事の成り行きをしらぬ、今この瞬間に現場に到着した者であればこれが2体のロボットであったことなど予想だにできぬ。
夕暮れにはえる異形のオブジェ。勝利も敗北もない、引き分けなどという穏当にはほど遠いダブルノックダウンの混沌だけがそこにある。体現される正義などどこにも。
誰しも言葉がない。混沌を支配するは沈黙。
時田氏も、葛城ミサトも、綾波レイも、リチャード・ポンプマンも、真田女史すら。
悪党の餌食になることを断じて拒否した弱い口だけウサギの凄絶な抵抗に言葉を失う。
死二モノ狂イ・・・・・自らの顎を破壊してでも襲い来る悪党を呑み込もうとする気迫。
魔法使いでないものが魔法を使う場合に必ず発生する悲劇なども噛み砕いて。
レプレにそんな道理がわかっていたはずもない。野生のカン、だったのだろう。
レプレツェンは相手ではなく、自らの機体に魔法をかけた。
決闘直前に、手拳につけた魔法薬を機体の機能中枢部と中心線、そこから両脚部に伸びるように・・・「人」を描くラインに「ダイヤを鉛筆の芯に変える魔法」をなすりつけた。
決闘相手の襲撃者が本気であることは肌がぴりぴりする弱者の感覚で分かった。
こちらをもて遊ぶことなく、一撃でケリをつけにくる・・・・急所狙いであることも。
戦闘用のロボット相手にこちらが先手をとれるはずもない。カウンターでやられるだけのこと。動物として正解なのは、さっさと逃走することだが、それはできない。
ならば、ともに滅びるしかない。
こちらの機体に魔法薬を塗れば、必ず攻撃してくる相手に触れる。外れることはない。
早い,速い動きは必要ない。ならば、止まっていればいい。待ちかまえていればいい。
殴れば、殴った手も痛い。ダイアモンドのグローブをはめていようが、それは物理の掟。
魔法薬が反応して、ダイアモンドの装甲が失われる・・・・その反作用を二次装甲が吸収しきれるかどうか。装甲を失った剥き出しの機械の腕から逆流するマッドダイアモンド自身のパワーに耐えきれるかどうか。
「クレイジーダイアモンドパンチ!!ドラドラドラ!」
決闘開始直後。
ジャブで相手の様子を見計らうことすらせずに、いきなり踏み込んでのパンチの轟連打。
ニワトリを割くに牛刀を用いる、にも似たオーバーキル攻撃。レプレツェンは案の定、それをまともにくらった。同時に、マッドダイアモンドの両腕が砕けた。破壊の波紋疾走(オーバードライブ)。また、レプレツェンもただではすまない。平等に半分わけした破壊波紋疾走を己の体内に走らせた。通常考えれば戦闘用ではないその軽装甲に耐えられるはずもない凄まじい衝撃、一瞬で全身をバラバラにされるはずがなんとか耐えきったのは、両脚に仕込まれたパレルモ副代表製作の世界一のショックアブソーバーのおかげだった。
とはいっても、その一瞬で機能の四分の三が停止。レプレツェンは死んだも同然、かろうじて立てているだけのこと。マッドダイアモンドの凶暴電子頭脳が刹那の混乱から回復してキック攻撃なり頭突き攻撃なりに切り替えたら、それで終わる。
抱いた。
レプレツェンの腕が伸びて、マッドダイアモンドの腹を抱いた。病気の娼婦猫(グリザベラ)のように。マッドダイアモンドの凶悪電子頭脳はその瞬間、確かに恐怖を感知した。逃れようとしたが、皮肉なことに、戦闘極悪ロボの本性がそれを承認しなかった。攻撃続行。そのまま押し倒して、マウントポジションから、ハンマーヘッドバッド断頭台の戦闘オプションを選択してしまう。・・・・・そこで、マッドダイアモンドの戦闘プログラムは永久停止する。文字通りに「クラッシュ」されて。
レプレツェンに抱かれたまま、重力をたっぷりのせた孤を描く。
転んだような、スープレックスホールド。何投げともいわく判定し難い。
エヴァが使徒相手に見せるそれと比べると芸術性は雲泥の差であるが、破壊力と怨念は文句のつけようがない。こんなもの練習のしようがなく、ぶっつけ本番で成功させるあたり、レプレは確かに操縦の天才であった。同時に、己の機体に愛情がわずかでもあるなら、ここまでのことはできない・・・自らの弱さを憎悪するが如き機動・・・仕掛けた方も、ただではすまない
グシャグシャのグチャ・・・
前半がマッドダイアモンドの、後半がレプレツェンの。破壊音である。心の弱い者は耳を塞ぎ目を閉じ、心の強い者は目を血張らせてその音を刻んだ。自分の心臓が潰れた方がまだましな音・・・冷血の真田女史がそう後に評したのだから、他の者は推して知るべし。
開始直後、わずか七秒ほどのことである。それで、全てが終わった。
脇役が悪役を喰らうとき、腹が裂けて弾けて死んでしまうときでもあった。
誰も動けない。いまさらロボットの鎮魂でもあるまいに、石となる。都合がよい、とロボットがもし笑えるなら笑っただろうか、泣けるなら泣いただろうか、怒れるならば怒っただろうか。
「第二回戦はレプレツェンの勝利です」
時田氏が沈黙を破る。鬼のごとき凄まじい形相で。目は限界まで見開かれ血走り、髪は逆立ち額には青筋が浮かび、背中には地獄の炎を担いで、獅子吼した。出来ることならば無力で愚かな自分自身を粛正してやりたい・・・悔恨を噛み砕いて歯ぎしりして。
式典会場は時田氏の気迫に震え上がった。その中にUBダイアモンドもある。
異論を唱えられる者はいない。もし、そんなことをしようものなら、目の前のこの男に何をされるか分かったものではない。事実も真実も、すでにこの連合会長の腹の中にある。今、噛み砕いているのはそれら。常人には舌にのせることもできない苦蓬汁。
すまない、すまない、と破壊されたレプレツェンに内心で詫びながら、時田氏は壇上を降りて、ゆっくりと歩き出す。その先には脱力した敵首魁、UBダイアモンド。
完全に勝負は決まった。悪あがきさえ敵わずに、息の根を止められた。
「こんなはずでは・・・・・・こんなはずはない・・・・」
今もって、モニターに映される決闘場の惨状が信じられない。悪党の性根が、ドロドロと消化されて溶けていっている・・・かといって善人になるわけではない、ただボケていっているだけだ。
「まだ、やりますか」
見下して時田氏は問う。それがUBダイアモンドに残るわずかな悪闘志を発火させる。
こいつを人質にすれば、まだ逆転できる・・・・・!
「時田アアアアアアッッッッ!!!」
数々の敵、無能な部下どもを葬ってきた無敵のダイアモンドフィンガーを閃かせる。
腕の一本、切り落としても死にはせんだろう。脳みそが無事ならば利用価値はある。
「これは・・・・・正当防衛でしょうな」
時田氏は恐れるどころか、逆に目からビカビカと強い光を放つ。金剛石など問題にならない。顔面を切り裂きにきたダイアモンドフィンガーを見切ってかわすが、わずかにかわしそこねて、せっかくのちょび髭が剃られてしまった。ひげ剃りのCMのようにはいかない。
「では。約束どおりにいかせていただきますよ・・・・」
するり、と懐に入り込むと、UBダイアモンドにコブラツイストをかます時田氏!!。
ぼきぼきぼきぼきぼきぼきぼきぼきぼきぼき!!
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
お次は卍固め。
ごきごきごきごきごきごきごきごきごきごきごき!!
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
お次はキャメルクラッチ。
ぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん
「のわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
最後に第二東京名物レインボー・タワーブリッジ。
めきめきめきめきめきめきめきめきめきめきめきめき
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんせレフェリーもロープもないので好き放題にやる時田氏。完全に抵抗できなくなるまで、痛めつけた。過剰防衛だとは思うが、止めに涼しい顔で警察を呼んでやった時田氏であった。箱につめてネルフの諜報部あてにクール宅急便で送ってやろうかと思ったが、そこまでなれ合うのもイヤだったので、警察にした。ヒゲを剃るのも立派な傷害罪だ。ざまみろ。とにかく、ここで完全にMJ−301のJA連合乗っ取り計画は消滅した。
「それでは、JA連合発足式典、これにて終幕にさせていただきます。皆様、本日はありがとうございました」
時田氏は勢いを駆り、一方的に閉幕を宣言した。まだ第三回戦、つまり本日のメインイベント、エヴァンゲリオンの起動が見られないことに招待客はブーイングの嵐になるはずだったが、なんせ先ほどの時田氏の乱心を見ている。逆らう者はいなかった。
「ええ〜?!」不満の声をあげる者もわずかにいたが、時田氏の一睨みで黙る。
なんかトラブルがあれば、途中で終わってしまってもこの手の式典は暗黙の了解となるのが業界の”仁義”である。悪いのは主催者側ではなく、トラブルを発生させた輩なのだ。
出来れば、ネルフの、エヴァの手など借りたくない時田氏にしてみれば、願ってもないタイミングであり、逆ギレなどして襲ってくれたダイアモンド君には感謝したいくらいでああった。だから必要以上に痛めつけるのを見せつけたわけだが・・しれっと警察などに通報したのもそのためだ・・・・改造人間にでもならん限り、再起不能であろう。
どろり、とした石油の河のような不平不満の退場者の流れを捌くのもトップのお仕事、腕の見せ所である。が、そういう点、時田氏とその指示を受けるスタッフは実にうまい。
ちょいと間違えば大混乱が起きるような現場をうまーく仕切って、淀みなく流してしまう。
強引の極み、まさに力業そのものなのだが、それを感じさせない。定時がきたから終わりましょう、という顔をして案内にあたる。もちろん、チケット代などは返却しない。
時田氏は影でトマトケチャップなどを口の周りに塗り、「時田氏負傷!」などという軽めのデマを流しつつ、同情すらひいた。葛城ミサトやU・R・U総裁など、呆れるしかない。
式典会場の仕切は時田氏がいるから万全であったが、肝心要の舞台の裏方はそれは大変であった。一方的に中止された三回戦に出るはずのネルフのエヴァや、完全にぶっ壊れたレプレツェン、何の動きも見せないヨッドメロン、退くも進むもできない海上の空母”赤壁”や”あやかし”、役に立たなかったドクロタワーなど、それらの厄介極まる連中の対応を一手にこなす真田女史こそ。
こちらこそ、わずかな手違いでもう一戦始まるのだから、絶対にヘタは打てない。
半端な器量ではどこから手をつけていいかさえ、判断できなかっただろう。その緊張度は爆弾処理のそれを上回るに違いない。だが、それを液体窒素のように冷静に淡々とこなす真田女史。
または料理の名人のように、それらの対応を同時進行させて、同時刻に出来上がりにしてしまう。正確には、ヨッドメロンの件は半熟にしたまま。
「喜んでいいのか、どうか微妙よね・・・・」
葛城ミサトは真田女史との通信を切ったのちに、嘆息した。
このJA連合発足式典は、イベントの皮をかぶった決闘、であり、決闘相手が倒れればそれ以上なにもすることはなくなるわけで。確かに、第二回戦であんな光景を見せられた日には、なんと言われようともうこれ以上戦闘などやりたくなくなる。見せ物でない以上、勝っても負けても意味がないならば、戦わぬ方がよい。時田氏の判断は正常だ。
これでエヴァに負けられた日には、連合の看板に傷がつく、とでも思ってんのかもしれないけど。
「ヨッドメロンの方はどうぞご自由になさってください。人手が必要ならば仰ってくだされば、時田会長以下、連合の全スタッフがお手伝いいたします」
、ときたもんだし。いっとくけどシャレじゃないわよ。分からない人はスルーして。
空母”赤壁”は朱夕酔提督に勘弁・・・・というか、甲板で寝てやがったのを起こしたのだがLCLの中だけどありゃヨダレ流してた顔だ・・・してもらって解放。先攻者を拾っていそいそと海路を帰っていった。
現在、陸に戻った白参号機は左腕の再接続作業中・・・・
戦自の”あやかし”も、海難救助がどうとかパトロールがどうとかおためごかしの電文を連合とこっちに送りつけて大急ぎで海に消えた。それを大学天測は追わなかった。
どっちにしろ、タダじゃおかねー、あとで野散須の親父にちくってやる・・・・
それはいいのだが、ヨッドメロンと・・・・・零号機のレイだ。
オリビアと目の前で見た第二回戦の有様がかなりショックであったようだ。
人の出した、人にしか弾き出せないであろう、醜悪の答の有様が。
あんなことになるとは、夢にもおもってなかったが、やはり気分のいいものではない。
レプレ代表の嗚咽がまだ耳に残っている。当分、消えそうもないしそれを許す気もない。
「機械は機械だから、生命はないけど、レプレツェンには生命があって、それは、自分が使ってきた時間だから・・・これからも一緒だから」そんなことを途切れ途切れに言っているのが聞こえたのだ。
自分で機械を修理しない小娘の戯言ではあろうが、それをもってレプレはマッドダイアモンドを喰らった、それも事実。これからも共に生きるために、曲げることのできないものがある。あの瞬間、レプレツェンは、コピーされることを知らない、オンリーワンの”機械の永遠の生命”を、手にいれたのだろうと思う。何をロボットに与えるか、冠するか、それは人の自由ではある。ロボットは所詮ロボットで、優れた機能も、内蔵される情報も、いくらでもコピー可能で、”オリビアのごとく”愛される機体が次々に生まれてくるはずだ。その流れの中に身を委ねて出す答が、おそらく正解なのだろうと。葛城ミサトは思う。
復讐したければすればいい。それは当然の権利だ。けれど、あまりに性急だった。屈辱に耐えつつ、時間を稼ぎ、レプレツェンを戦闘ロボット化する・・・・マッドダイアモンドなど遙かに超えた破壊能力をもたせて。そして、その力を持ってやりかえす。やってやれないことはないだろう。復讐とはそういうものであるし、仕返しとはそういうものだ。
ロボットはいわば人の写し身であるから、そんな風に使われても、その内部に汲めども尽きぬ憎しみを注ぎ込まれてもいっこうにかまわないはず。わめくだけの口を閉じて闇に影に染まっていけばよかったのだ。そちらの方がいくらか美しかったのに。悪・憶・斬。
執念深く覚えつつづけて、いつまでも恨み続けて、いつか必ず、晴らす・・・・そんな情報をコピーし続けて、機械の体に転写し続ける・・・・ロボットは忘れることをしない。
人間が適当なところで切り上げてやらないと。
地に足がついていない、反癒し理想系のレプレだからこそ、恥ずかしげもなくやれたのかもしれないが、今回のようなことがあり、レプレでなければ、普通の人間が所有していたなら、レプレツェンは十中八九、森に立ち入ることを森に許されたロボットではいられない、なにか本質の異なった、いくら機能を新しく直したとしても、内に何か恨みのこもった陰気なスキあらば人に害を及ぼすようなロボットになっただろう。
玉砕してまで、レプレには、レプレツェンに残したい、何かがあったのだ。
どんなに弱っちかろうと、神聖侵されざるもの・・・機能の優れた後継機にもコピーされることがないもの・・・・陰々滅々とした闇影の道を歩かなくてすむもの・・・・・・
ロボットという人より大きな力をもつものが、人より巨大な暴力をふるわぬように・・・・人の悪事にのせらえて、人より大きな悪事を成さぬように・・・・・了見のあまり広くないレプレであるからそこまでは考えていなかっただろうが。自分のレプレツェンだけに。
おそらく。
戦闘用ロボットに殴られたからといって、自分も仕返しに戦闘ロボットにならなくてすむような、光さす道。ロボットがロボットらしく生きていける基本的ロボット権を。
それは、絶対にある。レプレツェンには、絶対。誰がなんと言おうと。
レプレは正直なところ、戦闘用ロボットなど、ロボットを戦いなんかに使って「ばーーーーーーか」だと思っている。代表としての立場から口には出さないが、しんじゃえ、とも。それを造る者も使う人間も同罪、それ以上だと。ロボットをサル山に投げ込むような真似をして何が面白いのかさっぱり理解できないし、いくら強かろうと尊敬などするはずもない。・・・・こんなことを考えているのだから扱いにくいわけである。リチャード・ポンプマン以上。少数派もいいところ。理想はまず叩き潰されるようになっている。
そんな流れのなかで、孤立してまで愛そうと。それは、人の・・・・我が儘か。
レプレツェンはこれからもレプレツェンであり続けるだろう。マッドダイアモンドはもうダメだが。もう悪の旬が終わっている。
なんにせよ、自然保護団体とこれ以上の縁があるとも思えない。
JA連合内で勝手に考えるべきことだろう。声を耳に残しながら葛城ミサトは打ちきる。
決闘場はリチャード・ポンプマン率いる電気騎士団が片づけ作業をしているが、未だ無言のヨッドメロンに怯えつつの作業であるから少し時間がかかりそうだ。
そろそろ、夜になる・・・・・・・・シンジ君たちはどうしているだろう
零号機に牽制させながら、ヨッドメロンにネルフ専用チャンネルから始まって話かけてはいるのだけれど、まったくもって反応がない。どうも外部からの受信機能がそもそもないのではないか・・・・だとしたらパイロット搭乗型にしてはあまりに非人間的な構造だ。
降伏や説得の呼びかけを受けられなくしてある・・・としたら・・・対人戦闘用には必須の機能だなのだが。結局、最後までヨッドメロンの情報が届かないのが痛い。接触で情報収集しなければならないというのは・・・・・今の今までなんのリアクションもせずに超然と事態を静観してのがまた不気味だ。出来ることなら大学天測に機孔なりなんなり突いてもらって眠らせてもられれば楽でいいのだが。朱夕酔提督は赤子のような顔をして眠り、明暗も目覚めない。通常ならば、ヨッドメロンは撤退、機体の回収が既に来ているはず。
これではまるで、見捨てられた、どころか、はじめから捨てられたようではないか・・・
ヨッドメロンの影にある意図が見えない。機密を衆視のど真ん中に置き曝しにする意味が。
気を使ったらしい時田氏が余計な観客を去らせてはくれたが・・・・機密の解放・・・それは上位組織の最も禁忌とするところではないのか・・・・やれやれだ
JA連合への要請は唯一つ。「手を出すな」
同時に通達。決闘場周辺を現時刻からネルフの管轄におきこちらが許可を出すまで監視も立ち入りも禁ずる。語弊はあるが、ここからはネルフの私闘ということにする。よってヨッドメロンをどう処理しようが、JA連合は関知せず、連絡もしないぞ、ということだ。
JA連合なんぞに慣れ合う気はさらさらない。あくまでも、てめえらはこちらの下風に立つベシといわんばかりの役所口調に、時田氏は苦笑いした。当初の予定は果たせなかったが、そのうち連合もブッ潰して差し上げる・・・・参戦要請をしておきながらの中止であるから、葛城ミサトは好きなことが言えるので言うておいた。こんな機会は二度とない。
そして、回線を一方的に切ってやる。これでよし。黄色いマフラー、黄色い手袋、こういうのを偽悪者という。
「葛城殿・・・・このたびは」
いきなり、背後から澄んだ凛々しい挨拶を受けてぎょっとするが、電気騎士団の団長夫妻がそこに。決闘場の機体回収作業が終わり、電気騎士団と甘苦愚者もこれより退去するという。もう月が照らしている。遠くねおときおの夜景が。
聞かれちゃったかな、と思ったが。世間の機微の通じ無さそうな二人だ・・・だとしたらやばいかしらん、とちょこっと考える。だが、そういうこともなかった。コーンフェイドの捕獲と護衛の件に礼をいい、そのまま別れる。ヘタをすれば、零号機のレイが拳銃でこの団長を撃ち殺して(というか、挽肉も残らなかっただろうが)いたのだから、対話もヒヤヒヤものであった。そうなっていたら、自分の首も胴と離れていただろうし・・・・
それからコーンフェイドのファンたム社一同は簀巻きにしてコンテナに詰め込んだ。
とりあえず、証拠品と証人がいなければレイの無罪を証明できない。第三新東京市まで持ち帰る必要がある。まあ、タダで済むと思わないことだ。
「名残おしいアルが、がんばてほしいアル。後継者の活躍を期待して、遠くの方から心で応援しているアル。苦しくなったら、思い出してほしいアル」
最後に決闘場をあとにしたのは、意外にも綾波李白たちだった。こいつら今までどこにいたのだろうか・・・・安全圏をちゃっかりキープしてたみたいだが・・・昼飯どきのことといい、したたかな。ほんとにレイの親戚か?ファミコンのRPGみたいなこと言っちゃって。白々しい。だから李白か。まあ、いいんだけどさ。
「ああ、はいはい。あなたたちもお早く」
葛城ミサトがこのいかにも”おまけ”部外者四人組の残留を最後まで認めたのは、もちろん綾波レイのことを考慮して身内びいきしたわけではなく、四人の中の最年少、綾波瑞麗の特殊能力使用中のためだった。機械治癒(マシーンヒール)という世にも珍しい能力を発動させ、それを綾波レイの乗る零号機で増幅して、レプレツェンとマッドダイアモンドの機能中枢ですぐに処置が必要な箇所だけ癒していた。人間の言い方でいうと、なんとか生命の峠を越すところまで、能力を注ぎ続けた。後継者の前で頑張って懸命に力を使い果たした瑞麗は李白の背で眠りについている。幸いなことに、ここにはレプレツェンだけ治せばいいのに、というケチな了見の人間はいない。べつにマッドダイアモンドの体に興味があったわけではない。魔法薬の侵食はいまやほとんど硬度10の輝きを失わせているし。
さて、スタッフ以外の人間を全て見送り。気合いを入れ直す。
ヨッドメロン・・・・・下界に墜とされた禁忌の機体
その内部に、なんの意志も表さないパイロットがいる。
難しいことにはならない代わりに・・・・・
厄介で面倒なことになる・・・・・・・・冴え渡った葛城ミサトのカンが告げる。
前座は終わり、これからがメインイベントだ・・・・さぁて・・・
ロボットコンテストの応援席から立ち上がると、ゆらり、という音気が鳴る。
今までは学校の制服を着せられていたような居心地の悪さがあったが、ようやく本番。
真打ち登場。葛城ミサトの顔色が変わる。人類の天敵を尽く喰らってきた夜叉女の顔に。
「行くわよ、レイ。起きなさい、朱夕」
一声で、現場の空気と温度が一変する。終わりの始まりなどではない。これから始まるのだと、思いしらさしめる静かなる気合い。半ば、強制退去させられた招待客は悔やむしかない。これが、この顔、この空気が、エヴァの、使徒戦第一線級の世界。まさに金返せ。
特務機関ネルフ作戦部長、葛城ミサトがその扉を、いま開いた。
「はい」
「ふわァあ〜・・・・い」
零号機と白参号機がスタンバイする。最早、常人の世界を越えた。絶対領域の向こうに自力で立てぬ者は何もの何ぴとたりとておいていく。オリビアもそれを理解して、「ばいばい」と敬礼を足して二で割ったような独特な挨拶をくれて、零号機の肩からおりた。
戦闘術式開始。
ヨッドメロンもそれを感じ取ったのか、封印代わりの棺桶を白光とともにパージさせた。
穢れた外気に触れることすら嫌っていたかのような、本体の純粋が姿を、現す・・・・
「なんで捨てるんだよ」
薄暗闇の中から声がして、煙草が投げ返された。声の方が先立ったので、反射的に指先で受け止めることができたが、さすがにぎょっとする加持リョウジ。まさか、この薄暗闇の中でそんなリアクションが返ってくるとは思ってもみなかった。おいてけ堀の逆か?
「わ、悪かった。ま、まさか・・・ここは君のお腹の中・・・だったとか?」
声はすれど姿は見えず。となると・・・石ころがあるのも、すりつぶして消化を助けるためと考えると合点はいく。ニワトリなどはそうだ。猫などは舐めた毛が毛玉になって胃に入り込んでしまったりもするが。とにかく、なんというか・・・・怪談だこれは。
科学的にいえば「内的宇宙・インナースペース」もので、自分が小さくなってしまったのかもしれないが、どっちにせよ同じことだ。元に戻れないのなら。
しかし、意志の疎通が出来るのなら・・・・交渉しだいでなんとか。だとしたら、いきなり煙草の投げ捨て、というのはかなりポイントが下がってしまいやばい。すぐに仕舞う。
しかも、子供の声だ、これは・・・・・・女の子のような・・・・
「そんなわけないよ。おじさんって童話作家?」
素直に謝ったのがよかったのか、携帯灰皿を持っていることも見られていたのかどうか、とにかく、こちらになんの恐れもなく、声の主が姿を現した。気配は全くない。
「・・・・・・」リアクションに戸惑ったが、煙草の投げ捨てに文句をつけたことには納得できた。
ポリバケツ少女
ポリアンナではなく、そのまんまポリバケツだ。
赤い髪の少女がポリバケツの中に入っている。フタを開けて、楽しげにこちらを見ている。
確かに、おじさん呼ばわりされても仕方のない見た目だが・・・・・ちょっとまて服は着ているのか・・もちろんノースリーブなだけだろうな・・・廃棄人間標本じゃあるまいし。
宙に浮いているわけでもない。どうやって移動してきたのか。あの態勢では煙草を拾って投げ返すのもかなりバランス感覚が必要になりそうだが。いやいや、肝心なのはそんな観察ではなく、コミュニケーションだ。気を取り直す加持リョウジ。個人の趣味はそれぞれだ。たとえそのポリバケツに「放射能」マークがついていようが「バイオハザード」マークがついていようが、「N2」マークもついてそれらがトライフォースの紋章配置になっていようと、それは個人の趣味であれば口出しすることはない。立ち上がりつつ、無難に距離をとる加持リョウジ。
「い、いや・・そうだな、そうだね、童話作家と言えば、山中恒さんや柴田勝茂さん、小野弘康さんがいいけど、あいにくそうじゃないんだ。家はお寺さんだったしね」
さすがにここで「赤毛のアン」のズバリ名をだすほど勇者ではない加持リョウジ。
己を落ち着かせるためにわずかな時間を必要とした。その間に脳はフル回転する。
「ふーん、下界の人なのに、目が、赤くないんだね・・・」
緑の目で、心底不思議そうに。初対面で下界の人呼ばわり・・・・ギアナ高地でももうちょっとましな教育をするだろう・・・・目が、赤い・・・・か
昔、ソウジから聞いた至高聖所の噂話を思い出した。いくらなんでもそんな荒唐無稽な話があるかとその時は聞き流したのだが・・・・・
まさか実現させているはずがない・・・・
人間というのはそこまで無道にはなれないはずだ。道がない、というのはいくらでも暴走できるということでもある。それを見出した者は・・・・どうなるか。加持リョウジの内部にまで薄暗闇が侵入する。暗闇である方がいっそましであるほどの、救いのない無明。
それは世界のどこかにある、不確かな兵器の夢の島、不完全兵器の煙燻山。
廃絶兵器ヨッドメロン
人殺しの夢を見る兵器の進化の末、人類は自分たちを何百回でも殺せるほどの兵器を持つに至ったわけだが・・・・いかんせん、どれほどトチ狂った独裁者であっても、地球全体何百回も繰り返して死ねえ!!などと本気で考えているわけではない。一回死ねば十分であるので、いかに腹の立つ日があっても妄想で止めている。安全管理を含めてその保管と保有には膨大な手間と予算がかかった。あーあ、必要最低限の配備以上のものはもちたくねえなあ、けどそういうわけにもいかないしなあ、というのが本音であった。
ゼーレには世界統括部門というのがあり、支配的平和を維持するのが仕事だった。
そこの何者かが考えて、アバドンに造らせた。「絶対安全な兵器の捨て場所」を。
全人類何百回でも殺戮兵器の保有がイヤになったからと言ってそう簡単に捨てられる代物ではなくなっていた。かといって売るわけにもいかず、譲るわけにもいかない。密かに実験と称して使いきってしまおうにも、いかんせん威力がありすぎた。ほんのちょびっと手違いで漏れた生物兵器でてめえの国が転覆間近の大騒ぎになったとある長靴の国の例を持ち出すまでもなく・・・さらにいうなら、兵器には未完成品もあれば実験途中の失敗作もある。簡単には処理できないのに使うこともできない、これら恐ろしい鬼子たちをなんとかするのが当面の目標だった。迅速を旨とする征服部門と異なり、統括部門の仕事は確実で、焦るということがない。のんきともいえるが、急がず慌てず。すぐさま各国から全兵器を取り上げるなんてことはやらなかった。そこらへんが国連などより遙かに各国首脳から頼りにされる統括部門のうまいところである。ゼーレの議定書によると、あと三千年かそこらはかかってもいい、ということになっている。そして。
「絶対安全な不完全兵器の廃棄場所」ことヨッドメロンが完成した。
超スローモーで緩やかな世界規模の刀狩りの第一階梯・その第一歩である。
そのようなところがこの世のどこにあるのか?やはりガンダーラあたりだろうか。
そんな都合の良い夢みたいな話を実現できるのはよほどの天才であろう。事実そうであり、天才の仕事ぶりというのは、すでに答が見えており、それを逆行していき、その時点で足りないモノを追加していき、最後の都合の良い問いかけに行き着く。
「できるか?」「できた」、と。アバドンには確かにそのレベルの天才が、石を投げれば命中するほどにいる・・・・別に彼らの運動神経が鈍いという話ではない。
凡百の科学者であれば、成功の信念がややもすれば崩れるからこの手の不自然混沌系仕事には向かない。
まず必要なのは「必ず出来る」という信念なのだから。天才はこの点、そこから出発するものだから、足さえすくわれなければ凡人に負けるわけがない。悩みもないし。
「絶対安全な兵器の廃棄場所」・・・・は、どこか。ここで、アバドンの科学者は信念があって天才であるから、「とりあえず無害化してからどうにかしよう」という考えは一切もたなかった。一気に結論まで突っ走った。命ぜられた言葉どおりの場所を探した。
ロケットに積んで宇宙に捨ててしまう、という古典的な手段もあるが、それはそれで見方を変えれば宇宙兵器と言えなくもないので没。
廃棄した後の管理などする気はさらさらないので、捨てた後に何者かが発動させても全く困らない環境にないといけない・・・・他にやりたい研究はいくらでもあるのだ。
そうなると、今後も持ち込まれてくるほぼ無限の兵器の殺傷力を呑み込める空間、ということになる・・・・となると、既に「そうなっている場所」を探せば、いくら捨てても構わない問題ない、ということになる・・・・・なるな・・・・・百万回脳内で検算してみたが、恐ろしいほどに見事な解法でケチのつけようがない。完璧完全ビューテホー。
核の冬に凍りつき、生命の死に絶えた世界・・・・・それを探した。
アバドンの科学者には信念があった。それが存在すると。なんの疑いももたなかった。
そこに至る回廊が開かれることを確信していた・・・・。天才と凡人の差はおそらく。
”必ず”核の冬で滅亡した世界がある、と確信して本気で探し求めるあたり、真田女史が誘いを蹴るのもムリはない。人間が想像可能なものは必ず実現する・・・・・
そういう発想に膨大な予算がついてしまうのがアバドンが至高聖所たる由縁である。
実際にその出鱈目な発想に形質をなさしめる秘儀をいくつか所有していることもあるが。
そうして探索の日々の中、ある情報がマルドゥック機関経由でアバドンのアンテナにひっかかった。
プラッチックの色ブロックを積み上げていろんなものを作るおもちゃ会社が慈善で経営している孤児院の中に奇妙な女の子がいるのだと。その子供は、どこにも遊びにいけない他の子供のリクエストに応えて、色ブロックでその通りの、海水浴なら、海の、お城ならお城の、宇宙ロケット発射基地ならそれを、”箱庭”をつくり、その中で「遊ばせる」ことができる、というのだ。その遊びはいつも、大人の目のないところで内緒に行われていたらしい・・・ 子供ならではの豊かな想像力よのう、では済まなくなったのは、「恐竜に会いたい!」というある日の子供のリクエストに応えてジュラシックパークをこしらえて”遊ばせた”ところ・・・・数時間後、施設の大人たちが子供たちの悲鳴に駆けつけて見た光景。腕を鋭い牙に食いちぎられ、片足を何か巨大な重量物に踏みつけられてペシャンコにされて、死にかけている子供たち。
なんとか全員、一命をとりとめたのだが、・・・・幸運というか奇妙なことにというか、箱庭を作ったその女の子だけが無傷でけろりとしていたのだ。
「リアルだったでしょ?」と。被害にあった子供たちは皆口をそろえて、箱庭の女の子のせいだ、と病院のベッドで震えながら大人に伝えたが、当然、そんなことを信じられるはずもない。だが・・・ナイフで切られた、ハンマーで叩かれた、というにしてはその傷痕はあまりにも異形だった。「猛獣にでも襲われたのですか・・・」医者も絶句していた。
当然、ニュース種になった。が、真実とはほど遠い記事にしかならなかった。
しばしの観察を経て、特異能力の真偽を確認されると、その女の子はマルドゥックに連れられることになった。社会的対外的には、さらなる高等教育を受けられる施設への移転、ということだが、実状は研究所行きであった。最早その子は物理的にも精神的にも隔離されていたから、話はすんなりとまとまった。が、アバドンはそこに横槍を入れて、その子をもらい受けることにした。毛色や血統の珍しい猫の子のような扱いであるが、金だけはたっぷりと注がれた。命題にその能力が有効だと判断すると、統括部門に上申して、メジュ・ギペールのテストを受けさせた。同時進行でヨッドメロンの機体の製作にとりかかり、女の子がテストから戻って義眼を手に入れた時、ヨッドメロンも完成した。
この日から、ヨッドメロンと女の子は一体化した。アバドンの奥から出ることも許されなかった。奪われたモノは多く、これよりは大量のモノを捨てられる身となる。代わりに与えられたのは「ジャムジャム」という名前だけ。メジュ・ギペールのテストに合格した代償に、女の子はそれまでの記憶や名前を失っていたからだ。テスト自体が原因なのかテストに合格すべく能力をブーストさせる薬品の大量投与が問題だったのか、それは分からない。だが、好都合といえば好都合であった。赤毛で緑の目でそばかすがあったから、という単純な理由だった。機体にのせられている、という揶揄もあったかもしれない。
箱庭で作られる「最果て」の世界。それをヨッドメロンで深層拡大する。
そして、そこに不完全兵器を投下廃棄する。その具合はメジュ・ギペールの生体義眼から、天体望遠鏡を逆に覗くようにして視認することができた。全く問題なし・・・・・
命じられた課題は実現した。成功。アバドンの奥深く、安置されたヨッドメロンは世界統括部門が回収してくる兵器を廃棄処理しながら、一生を終えるはずだった。延命処置をしてもさすがに三千年は生きぬであろうから、残る課題はジャムジャムの後継者を捜すことくらいだ。それは彼女がもう少し生育すれば・・・・・の話になる。能力と才能の継承についてはまたアバドンには有能な専門家がいる。
人知れず、危険な兵器を見境なしに好き嫌いなく喰らい続ける浄化非戦の大口女神(フレイア)・・・・アバドンとしてはご満悦であった。
ジャムジャムの能力が実際どんなことになっているのか、解析もせずに。
「もし、こうであったら」という可能性の世界に、本流を遡り、分岐点で支流を辿り、そこから連結させることができるのではないか、それとも原子一個以下の極少世界内部を意志の照射で変異させられるのではないか、推論は様々あったが、ジャムジャムの力が命じられた課題にあまりにも都合良くジャストフィットしていたので、これは神が我々に与えられた才能だ、ということにしてあまり考えなかったのだ。命じられた仕事であるからさほどに熱意もなかった。
兵器の廃棄量は年々増加していった。変換すれば馬に食わせるほどの量を一人で呑み込み続けなければならないジャムジャム。しかも、年々種類も増加している・・・・よくもまあ捨てるくせに飽きもせずに開発するものだ・・・・・けれど、他にやることもないし、記憶がないので下界に里心が起こることもなく、仕事をこなし続ける。
自分が、昔、想像力のままに小さな楽しい世界をつくって他の子供を遊ばせていたことなど。
皮肉なことに、ジャムジャムにとって世界は、このアバドンと自分のつくる箱庭しかなかた。世界が二つもあるのに、なんて狭さ。空の色も地の色もなく。想像の翼は剪定され。
それが、ある日、あの時、転機が起こった。
柔らかな赤い瞳と、銀色の髪をもつ、一人の少年がアバドンを訪れたのだ。
渚カヲルである。自分とこの実験場との技術交流だか打ち合わせだかで、やってきた、ヨッドメロンの中で初めてみる同年代の異性・・・・・アバドンの科学者連中とはあまりに違い過ぎる・・・・これが同じ人類・・・・いや、この男の子は天使なのではないかと。
圧倒的。いつもは蝋細工のように不気味で味気ないアバドンの科学者が少年の影を踏まず。
「こんにちは」
こんなにも優しいことばをかけられたことはなく、少女のおかれている環境を考えると、それはかえって残酷だったかもしれない。それがあたりまえ、が、終わってしまう。
この世に温度があると知れば。けれど、その赤い瞳の灯火は、えいえん。
「ど、どこっ、どこっ、どここっっ・・・・・から、き、きたっ・・・の」
特別に吃音癖や薬剤で舌が痙攣したわけではない。普段、あまりに使わないから回らなかったのだ。ジャムジャムは羞恥に究極赤面したが、渚カヲルは笑わずに答えた。
ただ、冗談のつもりか、リラックスさせるつもりか、・・・こういうのが罪作りなのだが・・・・真面目な顔で、天窓から見える月を指さした。「あそこからだよ」
初めてみた者が最高の者であった時の墜落など、しらない。
どこかで、卵の殻にヒビが入る音がした。それは自分の頭の中から。頭には卵の殻が。
ずるり、と後頭部から這いだして生まれてきた、想念。この子のいる世界に行きたい。
アバドン、箱庭、そして世界はもう一つある。この子のやってきた世界だ。
兵器機械工場の他に、存在するものがあるらしい。そして、それは素晴らしいものにちがいない・・・
けれど、ジャムジャムに出来ることはアバドンからの脱走ではなく、”もうひとつの箱庭”をつくることだけだった。ヨッドメロンに接続されている身ではそれしか、できなかった。
あの男の子、渚カヲルのいるはずの世界・・・・・
下界のことは何も教えられなかった。ただ、アバドン内の断片情報から、想像力を駆使して、数年かけて造り上げていった。その箱庭はもしかしたら児童心理学上の貴重な標本になったかも知れない。隔絶された環境にいる人間が、外界にいる人間に惚れると、一体何を考え出すのか・・・・。共通しているのは、そこには神の存在がないこと。活躍するのは魔物だけ、ということ。願望が叶うかわりに、救いというものがない。徒に時間と空間が動き、平穏というものがない。
ジャムジャムも例外ではなかった。そして、彼女には特異な能力と、それを拡大増幅させる特別な環境があった。
最初、異変に気づいたのは、いつものように兵器の廃棄具合を確認していた週番であった。
メジュ・ギペール生体眼から覗く光景が、突如、暗黒夜に切り替わる。中央に白点。
ズームしてみると、白点は光の円となり、その円に人型の影が何体か手を繋ぐようにして、立ちふさがっていた。さらに限界まで倍率を上げ昆虫型機械顕微鏡眼を凝らすと、人型は光円から攻撃を受けているふうであった。輝く障壁で防いでいるようだったが、見ているだけで苦戦が分かる。・・・・・「どういうことだ」・・・・・死に絶えた核冬の世界に動く者がある・・・・?アバドンがジャムジャムの隠し箱庭に気づくのは遅すぎた。
光円がズームせずとも見えるようになった頃、ヨッドメロンは運搬されてくる兵器の廃棄を一切拒否するようになった。そこにどれくらいジャムジャムの意志があったのか分からない。意志の疎通が一切出来なくなったからだ。ヨッドメロンに搭乗していれば、三ヶ月ほどの絶食は問題なくなる。ハンストなどではない。ただメジュ・ギペール生体眼を外部から覗くことで得られる情報から判断するに・・・・・「能力の逆流」・・・・光円は日々近づいており、そこに立つ人型の影もある程度判別できてきた。当初、数体見えていた影も、光円の攻撃に撃墜され、残るは一体となっていた。
それは・・・・・エヴァによく似ていた。ただ、それはシリーズにない型式で、三本の角を生やした武骨なものだった。装甲には戦闘用の棘が。機体には癒す間もない深い傷が何カ所も。そこまで見てとれるようになった時、そのエヴァによく似ている機体が受ける衝撃の余波が「こちら」に飛び火するようになっていた。ヨッドメロンが、アバドンが、わずかな震度だが確かに、振動する。そして、ATフィールドも共鳴する・・・武骨三本角エヴァが発する怪獣めいた苦痛の呻き声すら幽かに聞こえるようになっていた・・・事、ここに至っては「夢」ですませることもできない。
調査の結果、今頃になってジャムジャムの部屋にあった「もうひとつの箱庭」の存在に気づいた。金額で計れる待遇は最高級のものであったが、その立場に降り積もっているのは深夜の雪のごとく無関心・・・・プライベートの名の下に凍結されたその部屋に何年もかけて構築された”もうひとつの世界”の狂気ぐあいに、調査者たちは立ち竦み凍りついた。自分をこんなふうにした者たちのかそけき声をひそかに、ひそかにひろいあげ、くみあげていった下界の光景。ここ、アバドンよりも非道い場所を想像するなら、これほどまでの地獄を造り上げないとならないのか、と。ならば、この至高聖所は一体、なんなのだ、と。
浄化するものが浄化をやめても、兵器物、いやさ廃棄物は運び込まれてくる・・・・
受け取りを拒否することなどできるはずもない。それをやればパワーバランスは崩れ、その当日に大きな戦が始まることだろう。アバドンはかなり困ることになった。
試しに、「もうひとつの箱庭」を破壊してみたりしたのだが、意味はなかった。ジャムジャムは完全に、廃棄用の「最果て」の場所を閉じてしまっていた。
これまで従順すぎるほど従順だったジャムジャムが、なぜこのような真似をするのか
こんな行動をとる原因は・・・・・・
あの武骨三本角エヴァ、あれは何か。それを攻撃するのは何か。
答は全て箱庭にあった。ジャムジャムはヒマにまかせた設定マニアなところがあり、ご丁寧に年表や資料集や読本までつくってあった。アバドン内の伝言ゲームで造られた下界の光景・・・・子供の想像力と、アバドンの高位機密情報との、奇妙で異形なパッチワーク。その中での混じることのない白と黒。世界を支える柱は2本。襲撃と、防衛。
渚カヲルについて肝心なことは知らぬのに、知らなくてよいことは伝え聞いている。
もし、もう少し会話して知り合う時間があれば、それは歌の満ちる世界になっていたはず。
月孔城、エヴァ四号機、バイオスフェア�検▲優襯嫗萋鷸拮堯◆ΑΑΑΑ嵜洋爐療慧┐箸寮鐺�」「姿形を残さぬ原因不明の消滅」
下界で何が起きているか、起きてしまったのか。もう一つの箱庭の核が穿たれた。
ああ、あの男の子はもう、いないのだと。だったら、こんな箱庭いらない。すててやる。
赤い目の人間が住む、空気のある月・・・・・
今まですてられ続けたきた少女が、はじめて自分で何かをすてようと考えた時。
もう、すてられることを認知するはずがなかった。
ジャムジャムの年表によると、天敵が毎夜襲撃してくる人の住める月では現在、とんでもない計画が立ち上がっていた。想像力が豊かな子供を放っておくとろくなことを考えないが、これは極めつき。さびしがりやの小娘の戯言ですまないのは日々強くなる衝撃が証明する。
もしや、「箱庭」を「現実化」させるつもりではないのか・・・こちらがわに投棄する気でいるのではないか・・・・自分で処理する気がないのならば、そういうことになるだろう・・・アバドンの科学者もその考えにさすがに震え上がった。
こんな至高聖所の奥でそんなことになってはたまらん。その前に先手を打って、ヨッドメロンを”どうでもいい”かつ”なんとかしそうな”場所へ捨てることにした。
そういう計算だけは速く、アバウト極まる設問であったが、アバドンの至高聖計算機”マザー・フー”はすぐに答を弾き出した。
メジュ・ギペール生体眼を装備している以上、電源を抜けば止まるというエヴァのようなお手軽な対応策は使えない。外部からの自爆操作も不可能。相手は半ば以上、既に現人神になってしまっている。
おまけに、閉じたとはいえ、いままで捨てに捨ててきた不完全兵器がヨッドメロンには溜まりに溜まっている。ヘタに手を出してそれまで逆流して吐かれたりした日には、アバドンが消滅する・・・そんなものではすまないが。全人類が即座に不幸になるだろう。
第二東京でのロボットどもの式典など、願ってもないシュチュエーションであった。
まさかノコノコ二機もエヴァを連れて出席するなどと・・・・JTフィールドなど裏から手を回せばいくらでも手に入れるだろう・・・・統括部門が本気になれば
カバな女だとアバドンは評価するが、そのカバさに救われるのだからまあ、よかろう。
さすがにエヴァを擁するとはいえ、第三新東京市に投下するわけにはいかない。だが、このヨッドメロンを相手に出来るのは、戦闘慣れし、なおかつ救いようのないお人好しが作戦部長をやっているネルフのエヴァしかなかった。高確率で、エヴァを戦闘用以外に用いようとするだろう。即ち、パイロットの救出など。機能の単一先鋭化より、多彩を好む傾向がネルフの葛城ミサトにはある。それが吉に転んだケースがこれまでは多かったが。
戦力を分析し、最適の組み合わせをシュミレートして送り込む。危機感を煽るために多少、襲撃側に色をつけ加えて。使徒戦に慣れている葛城ミサトはそれくらいでないと本気を出してこないだろう。そして、それは見事なまでに的中した。MJー301などまったくいい化け面の皮だった。
ヨッドメロンはこの先も、世界にとって必要になる機体であり、未だ後継者が発見されていない段階では、パイロットのジャムジャムももちろん必要不可欠な存在だ。
出来れば、無傷でなんとかしてほしい、という世界一安っぽい祈りと願いをこめて、下界に放した。ギネスにのるような無責任であった・・・・が、天網恢々疎にしてもらさず。
さすがにこれは、統括調整調律官、調調官の目に止まった。
機動試験中の終時計式エヴァンゲリオン二体を引き連れてアバドンに乗り込むと、聖域もへちまもなく疾風烈火のごとき凄まじい速さで一刀両断の制裁を与え、すぐさま第二東京へ飛ぶ。こういう人材がいるからゼーレも世界を裏から操ってこれたのだろう。
「それで、おじさんはこんなところで何してるの?」
ポリバケツ少女が尋ねる。薄暗闇の想念に耽っていた加持リョウジははっと己を取り戻す。
「少し、道に迷ってしまってね・・・・ここ、どこかな」
緑の瞳が半月にゆるまる。おもしろかったのだろうか。正直に答えてくれた。
「赤い目をもつ人が住む空気のある月・・・・・”ナギサ”」
ウサギが餅をつくかわりに、ここでは人類の天敵が人を襲っており・・・という子供の割にはなんとも夢がないポリバケツ少女の殺伐話に加持リョウジはしばらく、つき合うことになった。