もう音は鳴る準備をしている






地球防衛バンドと名のついた、ちょっと奇妙なバンドが本当に生まれたのは土曜日。
碇シンジと惣流アスカの住んでいる、葛城ミサトの家だった。



昼過ぎより、集まり始めて・・・・・
相田ケンスケに鈴原トウジ。
「おっじゃましまーす」
「よお、シンジ。もー来とんかい、さすがに早いのー」

「ここに住んでいるんだから早いのは当たり前だよ、トウジ」
早い遅い、の問題じゃないような・・・・
「とにかくあがってよ。トウジたちが一番乗りだね」
「おう。あがらしてもらうでー」
「ミサトさんは留守か・・・・・ちょっと残念だな」



山岸マユミと委員長洞木ヒカリ
「こんにちわ!」
「・・・・あの、おじゃまします・・・・」

「おっそーい!ヒカリ、鈴原たちに負けるなんてたるんでるわよ!」
「ごめんね、でもお土産もってきたから」
べつだん競争ではないのだが、苦情を呈する惣流アスカに、にっこりとビニールの手提げ袋をみせる洞木ヒカリ。さすがに手ぶらでぶらぶらやってきた鈴原トウジらとは違う。
女三人よればかしましい・・・・・・の黄金律どおり、その中は「かし」である。
「さすがヒカリ!えらいっ」
その元気は周りの者の調子も確実に、るんたったとあげてしまう。
「よく来てくれたわね」
とても女の子の言葉ではあるまいが、山岸マユミにそう言う惣流アスカ。
これが高圧的に響くには、元気がありすぎたし、笑顔は明るすぎた。
本の中にはちょっといそうにないクラスメートの笑顔は山岸マユミにとってひどく印象的に映った。



「・・・・・・・・」
綾波レイ。もしかしたら、来てくれないかもしれない・・・・と心配していた碇シンジは
うれしかった。約束はきちんと守ってくれるんだ。
「いらっしゃい。綾波さん」
碇シンジは、礼を込めるだけ込めて、出来得る限りの丁寧さで、綾波レイに微笑んだ。
慣れていないから、不自然でおかしくても。
その不格好をわらう綾波レイではなかった。



一番最後は渚カヲルだった。
余裕というのかなんなのか、遅刻すれすれでやってきた。
しかも、どこで買い込んできたのやら大抱えにして花束を。

「どうしたの、カヲル君。その花束・・・・・・」
来る途中で女性のファンにもらったのかしらん、とかいう想像は出来ない碇シンジ。
ふぁさっ・・・と両の手が塞がっていなければその白銀の髪をかき上げていた。
「音楽について語るときは花は必需品なんだよ、シンジ君」

「なるほど・・・・・さすがはカヲル君」

そのような話は聞いたことがないが、カヲル君がいうならそういうものなんだろう。

渚カヲルが代わりに消火器をもって来てきたとしてもそのまま納得しそうな碇シンジ。 ちなみに頭の中にはダンシング・ひまわりが歌っていた。

事実、他には誰もその話に納得しなかった。それどころか、惣流アスカからは「へーえ、どこらへんがさすがなの?具体的にどこが?」といじめられるハメになった。



なにはともあれ、面子はそろった。
リビングに会する一同。鈴原トウジ、相田ケンスケ、惣流アスカ、洞木ヒカリ、碇シンジ山岸マユミ、綾波レイ、渚カヲル。けっこうな数だ。クラスメートとして、学校で顔を合わせている面々ではあるが、こうして集まってみるとなかなか新鮮なものであった。
これは私服だからだろうか・・・・・。勿論めかし込んでいるわけでもないが、どうしても制服とは、いつもとは違った顔があらわれる。
綾波レイでさえ、飾りのかの字もないとはいえ私服であると、違って見えた。


こうしてかたまって座ってみるのも、ひどく新味があった。教室は机と椅子で構成され、四方十文字に区切られた、雅さからかけ離れとるくせに平安京でも真似ようとでもいうのか的空間なのは、子供の数が少なくなっている今日でも変わらないのであった。

こうして集まってバンド活動などやろうというのだから、知らない仲ではないし、縁というやつがあるのだろうが、こうして、山岸マユミの近くに渚カヲルがいたり、鈴原トウジの、「かなり」隣に洞木ヒカリがいたり、少しひかえ気味とはいえ、綾波レイが人の輪の中にいたりするのは、今日が初めてだったかもしれない。

大人しいのもいれば騒がしいのもいるが、この年の子供が八人もいればやはり活気があって、足し算にはならないのに、総体としてやかましい。


ここは鈴原トウジの出番だった。
「あー、メンバー全員揃ったようやし、そしたら、そろそろ始めさせてもらおうかの」

全員が鈴原トウジ、バンドマスターの方へ注目。ここらへん、やはりグループ平均の精神年齢の高さがでている。一人足を引っ張っているのがいないでもないが、まあ、平均だ。

「あー、今日はみんな、ホンマようきてくれた。元はと言えばワイの勝手な思いこみから始まった話やけど、こうして勢揃いしてみると・・・・・なんや、・・・・・・学校でいつも顔見とるやないかー、とつっこまれそうやな・・・・・とにかく、ウレシイわ。

この面子でなにかやれたらオモロいとワイは思ったんや・・・・・・けどな。

もしかすると、大勢でかたまったり人前でなんかやったりするのが、あまり好かんやつもおると思う・・・・・バンドみたいな騒がしいんが根本的に肌にあわんとかな。
そういうやつにしてみると、無理いうて引きずり込んだかたちになってもうた。

ここでいうとくが、この先、何か言いたいことがあったらまずワイに言うてくれ。
腹の底にためとかんでな。出来る限りなんとかしてみるさかい、最後までつきおうたってくれ。 ・・・・・・・ホンマ、おおきに」


鈴原トウジにしてはえらく真面目な。何人かは窓の外を見た。いつもの通り真夏日だが、こりゃー、帰る頃になったら夕立でもざんざん降るんじゃあるまいか。

「別にそんなこと言われなくたって分かってるわ。毒をくらわば皿までってね。最後までつき合ってあげるけど、意見の相違にはガシガシいくわよ!」

「惣流、オノレは除外じゃ!さっきのは聞いとらんことにせい!」

「ぬあんですってええええっっっっ!!」

あれは綾波やら山岸やら大人しいやつ向けに言うたんじゃい!と早くも先ほどの照れやら真面目さを吹き飛ばして、雲を呼んで風を呼んでいる鈴原トウジ。
実はさっきからからかってみたくて仕方がないのを洞木ヒカリの手前、腹にためていたのだが早速、遠慮なく吐き出している火炎放射な惣流アスカ。
それを「まあまあ」となだめに入る洞木ヒカリ。事前に根回しをしていたのに、自分でケンカを売ってどうするの。まったく・・・・鈴原は・・・・
でも、自分を頼ってくれてちょっと嬉しかったりする委員長であった。


「え・・・・それじゃ、本題に入るとしますか」
鈴原トウジの血圧が高いだけに、その分冷静にならねばならぬ相田ケンスケ。
栄誉あるバンドマスターと華のボーカルの二人をほうっておいて進めるあたり、かなり冷静だ。
「えー、まず基本的なところで各人の認識が異なっているだろうから、その確認をするよ。メンバーはこの通り、の計八人。別に音楽性を追求して集められたってわけではないから人数的にも楽器もバラバラなんだけど、なんとか頑張ってやっていこう。

発表の場は文化祭。時間はあるけど、練習のことなんか考えるとそうのんびりもしてられない。全員集まって練習する機会も少ないだろうから、各自の元々操れる楽器を最大限に生かしながらも、自宅で個人練習をしてきておいてほしいんだ。あと、学校の音楽室でも放課後や昼休みにやれるから、とくに・・・・・綾波とマユミちゃん、キミ達はピアノの連弾っていうコンビネーションのいるものだから・・・・・」

相田ケンスケはここで言葉をきった。いや、詰まった。
綾波レイと山岸マユミ・・・・・・よく考えたら、技術的にはもちろん、時間的にそれが出来るのだろうか・・・・・そして、それ以上に・・・・・あの綾波レイが他人とコンビなんか組めるのか・・・・・・・今更ながら、改めて、その裏にかくされた困難さを思う相田ケンスケであった。

「いける。いけるよ、ケンスケ」
その気持ちを見抜いたわけでは決してあるまい。単に綾波レイの連弾の話がでたのが嬉しいだけなのは顔みりゃわかる、の碇シンジ。

「いけるって、なにがだよ」
「綾波さん、すごくピアノが上手いんだ」

すごく、と単語を碇シンジが言うと半端でなく、芸術的ショパンピアノコンテスト金賞受賞くらいにすごいのか、と思わせて、それが山岸マユミにプレッシャーを与える。
足を、ひっぱるんじゃないかしら・・・・・やめておけばよかったかな・・・・・


顔色を変えない、いつも通りの綾波レイ。照れも否定もしない。
超然として、楽器の仙女のような雰囲気が・・・・深韻として、それが音に聞こえる。

「あ、いや、シンジ君。相田君の言おうとしているのは、コンビネーションのことだよ。お互いの息を合わせるには、技量だけではどうしようもないからね」
サポートに入る渚カヲル。すぐ隣にいるだけに、山岸マユミの翳りはすぐに感じられる。

「相性のこと?」

「それもあるだろうけど・・・・・」
練習の量だよ、ましてや、流した汗と涙の、努力の分だけ人は報われるんだ、とは言い難い渚カヲルであった。人にはその人なりの事情というものがある。
「じゃ、大丈夫。綾波さんと山岸さんは、相性がいいよ。きっと、大丈夫」

僕が保証するよ、とでもいうように。ちなみに、これが霧島マナからの入れ知恵であることはまだ誰も知らない。なんの根拠もないくせにとにかく、すごい自信だ。

「シンジがそういうなら・・・・・・大丈夫だよな。どっちみち、やるしかないんだから。ピアノは防音設備のない普通の一般家庭にも置いてあったりする点は、ギターやベースなんかより練習に便利かも知れないしね・・・・・ところでシンジ、綾波のピアノって何処で聴かせてもらったんだ」

山岸マユミの方をちらちらと確かめながら、ふと気になった。綾波レイはとても音楽室で弾くようなイメージじゃないのだが。

「綾波さんの家。トウジもいっしょだったよ」
「ふーん、そうか」
トウジも聴いたっていうんなら大丈夫だろう・・・。しかし・・・・・・・トウジを一般常識として使えるんだから・・・・・シンジってやつは・・・・・・うーん。

「まあ、いいか。それじゃ本題に戻るよ。
そういうわけで、発表する場と時間は文化祭ってことで泣いても喚いても決まっているんだけど、メンバーも固定、楽器もある程度特定されて、と。今は機械がけっこうやってくれるけどね。それじゃ、肝心なことを決めなきゃならない。地球防衛バンドの命、

どんな曲を演るか?

これだね。曲目によって役割も変わってくるからね。これだけいるから、ロック系の烈しいやつをやって手が疲れたあとに、いかにもなMCいれなくたってピアノの連弾ソロ・・・・紛らわしい言い方だね・・・・にいけるとかね。構成もそれで決まってくるからさ」

「MCってなに?」
「曲と曲の間にするお喋りのことだよ。ほんとうはマスター・オブ・コンサート。俗にいう司会だけど、・・・・これは文化祭の実行委員に任せるか、または・・・・なんだ、まだやってるのか・・・・あそこで怪獣大決戦やってるバンマスにやらせるか、だね。
曲目紹介、メンバー紹介、曲の間のつなぎ、それにいまいち客がノってこないときのペースメーカーとかね。あるシンガーソングライターのコンサートなんてお喋りが面白いから聞きに行くっていう人もいるくらいだし、けっこう重要な役割ではあるんだ」

「それで・・・・今日は全員そろっているわけだし、多少時間が遅くなっても、これだけは決めておかなくちゃならないんだ。そんなにたくさんの曲ができるわけもないし、でも各自、やりたい曲ってのがあるんだろうし・・・・・・」

キラーン!相田ケンスケのメガネが光った。勿論、こう言っている自分にもあるのだ。
「未熟なオリジナルで自己満足を得るよりも、有名バンドのコピー曲を完璧に演奏できた方がよい」という格言もあるが・・・・・・オリジナル曲であった。
しかも。このバンドならではの「曲」。
なんの因果か、エヴァのパイロットが四人もいるのに、これを見過ごす手はない。
彼らのことを歌ってやろうじゃないか!その名も「奇跡の戦士、エヴァンゲリオン」!!

パイロットだからこそ、かえって嫌がるかもしれない、などということは思いもよらない相田ケンスケであった。天文学的予算には及ばねど、十五年も歳月を費やしたわけでもないし、人類最後の希望の歌でもないが、苦労に苦労を重ねて造り上げたのだ。

「僕はなんでもいいよ」
エヴァ初号機のパイロットがこうのたまった。

「アンタ、ばかあ?!」
すぱこーん、と仲間であるはずの初号機パイロットの後頭部をハリ倒す弐号機パイロット惣流・アスカ・ラングレー。
「このアタシが歌う曲を決めようッてのにその消極的かつ安直な態度は一体なんなのよ!自分が演奏するんでしょ?アンタも楽器に関してズブのシロートってわけじゃないんだからなんかやりたい曲ってのがあるでしょーが。それを、なんでもいい?そんな「魂」を十把ひとからげに大安売りするよーな態度は天が許してもこのアタシが許さないわっ!!

こーの・・・・・・・・・・(鏡獅子ような大見得をきる惣流アスカ)

バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカシンジっ!!」

「な、なんでそこまで・・・・・・・いわれなきゃならないんだ。それにアスカはトウジとやりあっていたはずなのに・・・・いつの間に復活を・・・・」

「そやっっ!」
いつの間にか鈴原トウジがぬおーんと南方系の巨石像のように立っていた。

「シンジッ!今のはオノレが悪い!皆のことを考えての発言かもしれんが・・・・・・・それは違うッッ!!」
「トウジ・・・・・は、発声の仕方がいつもと違うんですけど・・・・・」

「この手を貸してみいっ」
いきなり碇シンジの手をぐいっとつかむ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・。おおおおおお・・・・この手が光って唸ってきたでええええ・・・・・・楽器を弾きたい熱い音楽を叫びたいと輝き叫んできたでえ・・・・・・・おおおおおお爆裂うううう」

怪しげなコトをハイテンションでほさぎながら、碇シンジの腕をモミモミする鈴原トウジ。


「はっ・・・・・そういえばそうなのかもしれない・・・・・本当は僕の方がどうも歌が上手いような気がするのに、あんなにアスカが歌いたがっているから立候補しなかったけど、それは間違いだったのかもしれない・・・・・僕は・・・・・・僕は・・・・・・、歌ってもいいのかもしれない!」


「は?」
「ほれ?」
「シンジ君・・・・・・・あの・・・・・・」
「・・・・・・・」
「碇君って・・・・もしかして・・・・・」
「碇君が・・・・・・・こわれた・・・・鈴原、あなたが乱暴に扱うから!」



「あ・・・・・・あんですってえええ!!」

げげげの爆弾発言。
人間、本音を容易に明かすとろくなことにはならないという見本をみせて金色の炎が噴き上がり血の雨が降る・・・・・・


はずだった。


だが・・・・・・・汗くさい熱き魂の咆哮から解放された碇シンジは、アンニュイな感じに頬杖をつきながらバラードを歌い始める・・・・・・こうなると顔つきも別人のよう。




シング・ライク・トーキングというグループの歌、「SLOW LOVE DOWN」である。 本物は、切り立った深い峡谷の原初の流れ・・・とでもいうような激しいほどの清冽な歌なのだが、アカペラで歌う関係上か、碇シンジは自前でアンニュイ・バージョンに変えてしまっている。その意外さが趣を深めていることもあるが・・・。

さすがに、暇なときはSーDATを聴いていただけのことはある。あまり関係ないかもしれないがとにかくうまい。それ以上に碇シンジがこんなバラード風の曲を歌って、それに似合っているというのが不思議だ。歌の魔力というものか。

余韻が残るか残らぬか。紫煙が消えるような終わり方。しぶい・・・・そんな芸当すらできるとは。瞳に蛍火がともっている。



うっ・・・・・・・・・・シンジのくせにぃ・・・・・・・・・・・・・・・・

有名な骨川理論が惣流アスカの胸の内をきゅうきゅうと切り込む。はっきりいって・・・・・自分より上手い。碇シンジの意外な一面を見てしまったわけだが、あんな顔も出来るなんて・・・・・・。


しかしやばい。一旦、思いこんだらシンジの奴はその進路を変えようとしない。
ファーストに対する態度がいい例だ。・・・べつにシャレじゃないわよっっ。
バカだから容易に刷り込まれるのだ。その後はバカだから取り消しがきかない。

ホントに厄介な・・・・・・・・・どーしよう・・・・。


「どうだった?」

「いい歌だったよ。シンジ君」

「ありがとう、カヲル君。でもね・・・・・・・」

「うん?」
それは渚カヲルのみならず、全員に。

「でも、僕は今回は、自分で歌うよりも楽器でサポートしたいんだ。アスカや委員長が歌うときはその歌がよくなるように・・・・・・・綾波さんと山岸さんのピアノの時はそのピアノがよくなるように・・・・・・・トウジやケンスケやカヲル君たちの楽器や機械にあわせてみたい・・・・・・・そんなんじゃダメかな?簡単で悪いんだけど、・・・・・これが僕のほんとうの気持ちだよ」



「それでいい、とおもうよ」


爆弾を投げ込まれるよりはずっと・・・・・・・と内心で秘めたとしたら、こうやさしい顔にはならないだろう、の渚カヲル。ともあれ、その一言で


はぁ・・・・・・・緊張がとけた。


「あー、みんなの前で歌ったりしたからのどがかわいたな。麦茶でもいれてくるね」

みなとは別の意味の緊張がとけた碇シンジは勝手知ったる台所にとてとて消えた。



「ワイ、いまさらながらシンジが怖なってきたのう・・・・」
「今ごろ気づくんじゃないわよ・・・・・・シンジはあーゆう奴よ」



碇シンジがお盆にジュースやら麦茶やら菓子やらをのせてのこのこ戻ってくるころには体勢は立て直っていた。地球を防衛しようというのだからこのくらいのことで負けてはいられないのであった。がんばれ!地球防衛バンド!








ネルフ本部からの帰り道。葛城ミサトは今日も愛車のルノーをかっとばしていた。

「そーいや、今日はお友達が来るっていってたっけ。バンドの相談かあ・・・・・・・・青春だねえ・・・・・・・」
と、いいつつ黄色点滅を容赦なく駆け抜ける。こういう運転はいつしか人生赤信号を招くのだが葛城ミサトは構わない。
「そいじゃ、シンジ君に晩御飯つくってもらうのも可哀想かなあ・・・・。ああいう時間てスグに過ぎちゃうものなのよねえ」
友達が来ているというのに、食事の支度で早めに切り上げ、なんてのは少々あれだった。体裁はさして気にはしないが・・・・・・・すっかりジャンケンで決めた生活当番シフト(一部変則)に慣れきっている葛城ミサトであった。普通は気にするものだ。

「そうだ!今日はあたしが腕によりをかけてカレーでも。ジャガイモとかタマネギとか・・・・野菜の類はあったわよね。たしか。他に・・・買い物してから帰るか・・・・・・ん?」
フロントウインドーに水点が。ぽつ、ぽつ。すぐに回数が多くなる。
「ありゃ・・・夕立か」
ざざーー・・・・・・・・すぐに激しくなってきた。これで夜は涼しくなっていいが、買い物には面倒くさくなってきた。しなれてない事をしようとするとこんなことでも億劫になる葛城ミサト。筋金入りの生活態度である。


どうしようかなー・・・・・・・


二択の考えをまとめるために、スピードを緩める。買い物をするか、そのまま帰るか。
我ながら母親的愛情に縁のないやつだなー・・・・と思いながらも。




「あ・・・・・この歌・・・・・・」
誰かのリクエストだったのか、ラジオからセカンド・インパクト以前の歌謡曲が流れてきた。天気予報ではない。庄司久美「最終便」という歌だった。

最終便でどこかへ旅立つ恋人を追う女。一緒に、その隣にいるはずだったのに・・・。

なんだか立場が逆のような気もするが、女に事情があったのだろう。

切迫した切なさ 激しい雨が涙のかわり 熱い奔流のような想いのもどかしさ ぎりぎりまで

最後まで


今日まで閉じ込めて封じ込めていた想いを告げるために


その切なさに、聴いているだけで肩にキリキリと痛みをおぼえるほど。
それは その女(ひと)が今日まで耐えてきた、一人で肩を抱きしめて耐えてきた痛み

全てをパーにして駆けつけた人気のないロビー・・・・・ここまで、来た。




「傷つけて遠ざけた理由(わけ)、か・・・・・・・」

葛城ミサトはこれ以上聴かなかった。だから、この女がこの先どうなったのか、知らない。



「嵐にはならなかったみたいね・・・・・・あー、気分転換にやっぱ、行くかあ」

そういうわけで葛城家の今夜の夕食はミサト特性、いやさ、特製カレーとなる・・・・・。








まだ葛城ミサトの帰っていない、地球防衛バンドのアジト一号の葛城邸。
夕食の時間にはまだ間があるが、曲の方もなかなか決まらない。やばい、このままでは。しかし「ミサトカレー来襲!」の報を知らぬ子供たちはそれどころではない。

盛り上がりながら騒ぎながら、あーだこーだと、時間さえあればいつまででもやっていそうなバイタリティであった。物事は始める以前が一番楽しい、ということもある。
実際に練習が始まれば、口よりも黙って手を動かさなくてはならないのだから、これは自然の道理というものだ。


それでも・・・・・・・


これほど互いに話したことも今までちょっとなかった。長いつき合いとは言い難いが、それでもまるきり知らぬ仲でもない。だが、そこはやはり思春期の男子と女子である。
面と向かってはおおっぴらに話つらいものもある。平気なのもいないではないが・・・。極端の例をふたつほどあげると、硬派を自認する鈴原トウジはこれほど長時間女と話したことはなかったし、綾波レイもそっと幽かに、だがパイロット以外の人間と口をきいた。

クーラーは効いているが、八人もいてこの活気だと熱がこもってきた。
それを気にするものもいなかったのだが。

どのように会話しているかというと、さすがに八人での会議方式ではまとめきれるものではない。二つに分かれていた。鈴原トウジ、相田ケンスケ、惣流アスカ、洞木ヒカリ、渚カヲルの五人が全体的なこと、または曲目を。
綾波レイ、山岸マユミ、碇シンジの三人がピアノ連弾について。これは、連弾だけのメニューをひとつ入れようということになったからだ。端的にいえば、見せ場だ。
碇シンジがそこに加わっているのは、綾波レイの通訳というか、大人しい二人組では何かと話がもたないためだ。それに山岸マユミに「綾波慣れ」してもらうという側面もある。
どういう手管を用いたのか、綾波レイを口説いたのは碇シンジだったことも見逃せない。見逃しても誰も困るものはいませんけど。
楽譜をひらいてあれこれと相談している光景は、どう見ても女の子三人だった・・・。
こちらはテンションは低いものの、確実で、自分たちに出来そうなものを選んでいるから今日は決まるだろう。と、実はもう決まっていて、細かい点まで打ち合わせを始めていた。



一方・・・・・・・

テンション高いだけになっかなか決まらないのは、五人のこちらである。
検索範囲が広すぎるのである。熱心なのはいいが、草案として持ち込んできた曲数が半端ではない。遠慮会釈なく自分の好みで選んできたのが分かりすぎるほどに分かる。

自分のオリジナル曲がある相田ケンスケがなんとか調整役になってはいたが・・・・・。

その中の一幕。
洞木ヒカリがもってきた袋の中から歌詞楽譜の流砂・・・・・・
その中より。

「えーと・・・これは?残酷な天使の・・・・・ふんふんふん・・・・・いい曲じゃない。これなら三人くらいで歌えるかも!・・・・・・・あれ?途中までしかないの?」
「あ、それはわたしもいいなって思ってたんだけど、整頓してる時かなにかに、ばらけちゃったみたいで・・・・もともとお姉ちゃんが練習用に書き写してきたものだったし」

「うーん、それは残念・・・・・・・」
なぜかここだけは五人の意見がばっちりと揃った。本当に不思議だ・・・・。


「こーしとってもラチがあかんなー・・・・・・・・そろそろ時間もアレやし決めんとな。各人、どーしてもこれは譲れんでえ!!っちゅー曲を一曲だけ!一曲だけや!!
あげてくれ。それでいこうやないか!」
それなら相談する必要などなかったわけだが、えてして物事というのはこうして決定されたりするのだ。
「アンコールの時はどうするんだい?」
渚カヲルが足をひっぱる。赤い瞳光がピカピカと「固定」していた。
「渚あ・・・・・・勘弁してくれや・・・・オンドレまでそないなことを・・・」
オノレら・・・・カラオケじゃあるまいし、十何曲も演る気かい!!
怒りの@うめぼし@ができている鈴原トウジ。曲が決まっている相田ケンスケはこうなると、だんだん生気を抜かれていき、今やしわしわになってしんでいた。



うー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かなり真剣に悩んでいる。惣流アスカ、洞木ヒカリ、渚カヲル。

「ど、どうしたの?三人とも・・・・・トウジ、これは・・・・」
その異様な音と声に気づいた碇シンジが心配げに見ている。
「口出し無用や、シンジ。イインチョーらは今、選ぶ苦しさを越えようとしとる」


うー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何でそこまで悩めるのか、というくらい苦しげな表情をして。本人達は大真面目だ。
文豪が己の人生をかけての最後の大作の結尾に取りかかろうとするような集中力。


うー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「決まったら・・・・・この紙にかいてくれや。口でいうのは辛いやろからな・・・・」先ほどの怒りの内心ツッコミを忘れたような、穏やかな鈴原トウジの口調。
うめぼしも消え、いつしか、涼やかなせんべいこぶ茶な心域に達していた。

三人は渡された紙切れにギリギリと切り込むように、曲名を、命の名を、記した。

「よーやってくれた・・・・・ほれ、麦茶でも飲んでくれ」



「ううっ・・・・・歌ってあげられなくてごめんなさい・・・・・決してあなたたちのことが嫌いじゃないのよ・・・・・でも、でも・・・・これは運命だったの」
明治大正期の恋愛演劇のようなことを呟いている洞木ヒカリ。


「ううっ・・・・・歌ってあげられなかったけど・・・・・・心配しないで。アンタ達のカタキは必ずとってやるからね・・・・・・赤城の山も今宵限りね・・・・うう」
こちらは浪曲、国定アスカ。


「歌はいいねえ・・・・・・・・・・・・でも、歌ってもらえない歌はどうなんだろう。
きみたちのことは忘れないよ・・・・・永遠に」
完全に精神が古代ギリシャはオリュンポスあたりに飛んでいる渚カヲル。


「ほんま、おもろいなー・・・・・イインチョーまで・・・・・見とってなにやら悲しゅーなってくるけどな・・・・」
おもろうて、やがて悲しき我が身かな、の鈴原トウジ。


「うっ・・・・・・・ようやく・・・ようやく・・・・・決まったのかあ・・・・・・」
しわしわの骸・・・・・いや、相田ケンスケが口を開いた。

「おう、そうや・・・・ケンスケ、オノレの犠牲がムダにはならんかったぞ」
「そ、そうでありますか・・・・・連隊長殿・・・・・自分はウレシイであります・・・」





「ど、どうしましょう・・・・・・碇君」
「な、なんだかこれ以上近づけない雰囲気だよね・・・・・・ほんと、どうしよう。
そろそろ晩御飯の支度もしなきゃならないし・・・・・・」
「・・・・・・・・・」



音楽の静と動を完全に分かつもの。それは「ノリ」である。バンド演奏において非常に大切なもの。これがなければ十代の、大人しく座ってない観客はすぐに聴捨てて出ていくのだ。幸運なことに、地球防衛バンドのメンバーの多くはそれを多量に持ち合わせているらしい。
もちろん、観客にわけてあげられるほどに。感動は聞き手の方が勝手に感じるものだが、ノリの方はこちらで用意しなければならないのが厄介なところだ。しかもお店では売っていない。ある意味、これは自然現象、満ち潮のようなものであるから、時間がたてばおさまっていく。そのあつい火照りは・・・・・



「でも、きっとうまくいくよね。これなら・・・・・・」
「えっ?」
「みんなに喜んでもらえるとおもう・・・・・山岸さんはどう思う?」
「え・・・・・そう、・・・・そうです、ね」
とっさにひとに聞かれて答えるのは、たいてい「応」はい、だ。いいえ、を求めるひとはあまりいないから。でも、今は・・・・・・・・・・・。
「なんだか・・・・楽しくて・・・・・あ、私のことじゃありませんよね・・・」
「ううん、山岸さんが楽しいなら、聴いてくれる人も楽しいと思うから」
ぶるん、と首をふる男の子なんて・・・・久しぶりにみた。


綾波レイは・・・・・夕立の景色をひとり、みていた。
子供たちはそのことにさえ気づいていなかったのだ。


「綾波さんには聞かない・・んですか」
ふたこと、みこと口をきいたとはいえ、やっぱり綾波レイはいつもの綾波レイだ。
白い横顔はひんやりとさびしげに。・・・・・そんなことを考えるのは同情だろうか。
調子づいているかもしれない・・・・・・わたしは。

鈴原トウジなどでは百年経っても思いつかないようなことで迷っている、高級だけれどもよわい心の山岸マユミであった。
自分で声をかけられればいいのだが・・・・連弾のプリモかセコンドかどちらかになるわけだし・・・・能狂言でいう、シテ、アド、のようなものです・・・・・さらに分かりにくいですか・・・・ごめんなさい・・・・・
かくのごとし調子では、まだちょっとかかりそうだ。楽器を前にすれば少し変わってくるかもしれないが・・・。今日も碇シンジがいなければ、話は進まなかったやもしれぬ。


「え?綾波さんに?」
「え、ええ・・・・・・」

じゃあ、山岸さん、聞いてみれば?といわないのが碇シンジの良い点でもあり悪い点でもある。
「いいんだよ」
碇シンジはそう言った。
「え・・・・・?」

「綾波さんはいてくれるだけでいいんだ・・・・・」
ひどく深みのある言葉・・・・・・どういう意味なんだろう・・・・・もちろん、黙るのが好きな人はいつまでも黙っていればいいさ、と氷のようなそれではない。
温かく、満足している、日なたのふとんのような笑みだった。
二人はこう見えても、気持ちが通じ合っているのかしら・・・・・惣流さんもいるのに。


「だって、気に入らなかったらもう、帰っているだろうから」
ひどく深みがあって・・・・・・すぐに浅瀬にもどってきたような言葉。
・・・・・そういう意味なんですか・・・・・・
山岸マユミさん、TVドラマ、いや、恋愛小説の読みすぎです。





「ただいまあー・・・・・・と、大勢きてるわねえ・・・・・・」
葛城ミサトが帰ってきた。珍しくスーパーの買い物袋など提げて。
この家に八人もの中学生が居ることに加え、この光景はかなり異様だった。

「いらっしゃい。はじめましての子もいるかな。シンジ君とアスカの保護者、葛城ミサトです」
子供らの挨拶と熱っぽい空気にちょっち圧倒されながらもさすがに目敏い。

「よろしくね。さて、シンジ君。今日の晩御飯は私がつくるから、心おきなく相談してていーわよ・・・・・・こういうのも・・・いいでしょ?良かったら、あなたたちも食べていってね」
ウィンクしてみせる葛城ミサト。中学生には羨ましすぎる一品だが、碇シンジは別の意味の敏感さで危険を感じるミサトさんが・・・・・料理をつくる・・・・・・・いけない!
互いの頭に高速回線でも接続しているかのように即座に視線を交わす惣流アスカと碇シンジ。
「まさか・・・・・・カレー?」
「ふふん、それは出来てからのおたのしみいーっと」

その楽しみは未知の領域に踏み込む、何が起こるか分からないという探検家のいうそれに近いかもしれない・・・・。ミサト(さん)の料理にはどこで混入されるのか、「スリル」の要素が多量に閉じ込められているのだ。その扉を開けた者に容赦なく飛びかかってくる凶悪さを秘めて・・・・・。


「うおーっ!!ミサトさんの手料理ーーーー!!ワイ、何時間でも待ちまっせー!!」
「やったーっ!!生きてて良かったー!!自分はウレシイであります!!」

何も知らずに喜ぶ野郎ふたり。女子の方は・・・・自分で夕飯をつくる立場の洞木ヒカリは多少複雑なものがあった。一応、曲の目処はついたわけだし、ズルズルとここにいるわけにもいかないのだが・・・・葛城ミサトの料理を食べてみたかった。もう少し、ここにいたかったという気持ちとどちらが強かったか。

家に閉じこもりがちでこういうことの経験のほとんどない山岸マユミは、ちょっとうろたえていた。門限をとやかくいわれるようなことは今まで一度もしたことがないし、友達の家ならば、かえって両親は喜ぶかもしれない。・・・・どうしよう・・・・かな・。

微苦笑をうかべている渚カヲル・・・・・もしや、知っているのかもしれない。
というより、友人の赤木リツコ博士のところにいるだけに、呑気な想像はしないだけ。
類は友を呼ぶ。


「命令なら・・・・」惣流アスカの目にはそう見える綾波レイ。しかし、ミサトカレー(どーせ、レパートリーなんて皆無に近いんだからそーに決まっている)を食べたとき、このファーストがどんな表情をするのか興味があった。・・・・かといって自分も食わねばならないのが玉に瑕。あれはどこのこ、まほうのこ、アクビ娘とひとのいう、しゅわー、しゅびどぅわーな気分であった。

「わしゃ、かーなわんよ」でくしゃみもでない碇シンジ。とほほな気分であった。
葛城ミサトが、じぶんたちに気をつかって料理をしてくれるというのは分かっている。

せめて「て、手伝いましょうか。ジャガイモの皮剥くのだったら僕が・・・・」と、そばに潜入して味付けの変更を企むくらいしかできない。

「へへへー、残念でした。シンジ君。ジャガイモもニンジンもいれないわ」
何かと物事を秘密にしておいて、楽しむというのは碇シンジの影響だろうか・・・。
子供に影響されてどうする葛城ミサトさん。・・・・もしや、上司のそれかもしれない。「さーてと、みんなお腹すかしているんでしょうから、早くつくっちゃおうかなっと」



拘束具(けっこう重い買い物袋)、除去。安全装置(なけなしの碇シンジの参入)も解除。
葛城ミサト、射出口(台所)へ。電源(冷やしたエビチュ)異常なし。

最終安全装置(普段着に着替え)解除 リフトオフもしないのにプログナイフ(包丁)装備。
「おいしーの、つくるからちょっち待っててねー」

「ミサトさん!包丁降り舞わさないでください!料理することに集中して」

「はーい」
まな板洗って鍋を出して料理にとりかかる葛城ミサトだが・・・・・

エヴァと違って、考えるだけでは料理はできないのであった。そのうち厨房から世にもおそろしげな音が響いてきた・・・・・。

「ご、豪快やな・・・・ちゅ、中華料理かなんかいな」
「シンジ・・・・・お前なら知ってるだろ。ミサトさんは何を作ってるんだ?」

「さあ・・・いつもならカレーなんだけど・・・・・」
「みんな・・・・・今いっとくけど。腹くくって現実を直視しといた方が傷は浅いわよ」

経験者のこの言葉にも逃げだそうとする者が一人としていなかったのは、
がんっ、がきっ、どどんっ!!

連続する音の圧迫感が子供たちの足をからめとっていたからにすぎない。
ここで逃げようものなら厨房から包丁もって追いかけてきそうな気がしたのだ。
もしや、台所に賊が侵入して葛城ミサト包丁一本で大立ち回りを演じているのではなかろうか・・・・・しかし、加勢に入る余地もなく、バッタバッサと切り捨てていくのが音越しにわかる。


冷蔵庫住宅から、ちょっとだけ隙間をあけてペンペンがのぞいていたが、決して外に出ようとはしなかった。


なぜか、しいんと静まりかえるリビング。クーラーの音がやけに大きく感じる。
包丁の音も止み、フライパンで炒める音も止み・・・・あとは・・・・・



ぐつぐつと煮込んでいるのだろう。ぐつぐつ。ぐつぐつと。



「な・・・・なんでみな急に黙っとんのや・・・・・・なあ、ケンスケ」
さすがに鈴原トウジは度胸がある。一番先にこの状況で口を開いた。
「そ、そうだね・・・・。なんでなんだろう・・・・あはははははは」
乾いた笑いの相田ケンスケ。


「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
この家の住人であるくせに俯きながら真言を唱え出す碇シンジ。顔が赤い。

「ね・・・・ねえ、アスカ。いつも食事は誰が作ってるの・・・・」
「ミサトも料理は作れるわ・・・・・下手じゃないの・・・・・ただし、袋レトルトなら」
こちらも俯き加減で視線を誰とも合わせない惣流アスカ。顔があかい。
さすがに・・・・身内の恥、というやつは・・・・・・・。



「いーざ、すすめやチキーン。目指すはがーじゃーいーも・・・・ゆでたーら・・・しゅっぴしゅびどぅわ、だわどぅわー、イエーイ、イエーイ」


厨房から葛城ミサトの、セカンドインパクトのせいで誤って現代に伝えられた歌が楽しげに聞こえる。それだけに意味は不明で、知らぬ者には怪しげな呪文におもえる。

「何が出来るんだろうね」
何が、の許容範囲がやたらに広いらしい寛大な渚カヲルが言った。


そのうち、それすら楽しんでしまおうという子供たちの柔軟な心は、葛城家の住人二人と綾波レイをのぞき、小声で予想を話し始め・・・


ぐつぐつ・・・・ぐつぐつ・・・・・


「おまちどーさま」
そして出来てきたのは・・・・・・なんともグレンな感じの・・・・・・

ハヤシライスだった。しかし色が変だ。ドロリとぐろい。

「シメジをいれたから色はこんなだけど、さあ、食べてみてよ」

碇シンジが手伝ったのはご飯を皿によそうだけだったのだから、味にはその手の加えようのない。全力百パーセントで葛城ミサト味だ。
「うん。けっこーイケるわ」
作るだけ作って、食べる段になると気がすんで食が進まないタイプの人間もいないでもないが葛城ミサトはそのタイプにあらず。自分で作ったのもひとが作ったのもうれしそーにもしゃもしゃと食べる。一番先にスプーンを動かして味わって満足している。


子供たちの中で一番先に手を動かしたのは・・・・・・・・鈴原トウジだった。

「う・・・・・お?おおお・・・・・おっしゃーっ!!うまいでっせ、ミサトさん!」
「へっへー。そう?ありがと。鈴原クン」
その言葉を頂戴するために根性で耐えているのかと思いきや、さにあらず。
その様子を見るに、本当にうまいらしい。

それにつられてスプーンですくって口にいれてみると・・・・・おいしい。
直前までびびらされた反動で、当社比1.78倍くらいは割り増しに感じられる。
それに加えて、殺人的に不味い!というのでないなら・・・・・やはり、大人数で食べる食事は美味しく感じられるように、人間の舌はできているのかもしれない。




「空腹は最高の調味料 愛情も最高の調味料 しかし運にはかなわない」・とある宮廷料理人ミシェル・マヨゲッタの最後の言葉







「それで、曲目は決まったの?なーんか一生懸命相談してたけど」
「あ、はあ、おかげさまでなんとか決まりましてん。あとは血の滲む練習ですわ。あんたっちゃぶるをモノにするための」
「それ・・・アンサンブル、じゃありませんか」
「おっ、山岸。あんさんに言われるとはなー・・・・・なんやウレシいのう」
「山岸、マユミさんだっけ。レイとピアノの連弾をするって・・・・」
「あ、はい・・・・」


こんなほのぼのした食事光景もあれば・・・・


「そーいやあ・・・・・シンジ・・・・さっきは不意をつかれて忘れてたけど・・・・」「なに?アスカ。ミサトさんもカレーはああなのに、なんでハヤシだとけっこういいんだろう・・・・・」
「そうねえ。これは研究に値するテーマかも・・・・って話をそらすんじゃないわよっ!」「アスカが忘れるほどすごいことってほかになんかあったっけ」
「あったっけ、じゃないでしょう!!アンタはっっ!!さっきはよくも・・・・・・・・自分の方が歌が上手いだなんてほざいてくれたわねっ!」
「あの話はもうすんだのに。意外とアスカってしゅうねん深い・・・・」
「ぬあんですっってええ!!」

こんな夫婦漫才風?の光景もある。かみあってないのが新婚未熟。




「綾波。正ー直な話、マユミちゃんと・・・・やれると思うか」
「ええ・・・」
「そうか。・・・・頼むな、綾波」
「ええ・・・」

真面目な、先ほどの打ち合わせの続きと個人的な依頼。相田ケンスケと綾波レイ。





「へぇ・・・・洞木さんは小さい頃に合唱を」
「え、でもそんな本格的なものじゃなくて、児童館でやっている、クラブみたいなもので・・・・でも、歌うのはそこで好きになったの。細野先生っていういい先生がいらっしゃって・・・あ、今はもう引っ越されたんだけど・・・・」

「歌はいいねぇ・・・・・・」
「歌はいいわねぇ・・・・・」
「くわっくうう・・・・・・」

マジメではあるのだが、思い出話に「人生」モード入っている渚カヲルと洞木ヒカリ。
それにくわえてペンペンの「ペン生」。かなり最強だ。





このあと、葛城ミサトの引率でカラオケに繰り出すのだが、長くなるので割愛します。
しかし、地球防衛バンドの誕生前夜祭にふさわしい、大騒ぎであったそうで・・・・。
ほんの一部を。



出発前 綾波レイ
「わたし・・・・・いかない・・・」
「なんで?ミサトさんも一緒なのに」
「・・・・・・・・」
「真面目ねー、ファーストは。そんなに優等生でいたいわけ?パイロット同士の信頼関係を醸造育成するためのレクだと思えば気が楽でしょ。直属の上司がつきそってんだから」
「うた・・・・しらないから・・・・」
「あ・・・・・・う・・・・・・・(シンジ、なんとか言いくるめなさいよ、パス1!)」
「知らなくても歌は歌えるんだよ・・・綾波さん」
「(めるへんちっくな言い訳かましてんじゃないわよ!そんなことできるわけ・・・)」
「できる・・・というより、普段みんながやってることだよ。心配しないで」



「(シンジの奴、綾波の舎弟やないんか、ホンマは)」
「(あの態度はちょっと普通とは違うよな・・・・かといって弱みをにぎるタイプでもないしなあ・・・綾波は)」
「るっさいわね、そこっ!!」


そんな調子で同行することになった綾波レイが夏の夜に歌った歌とは一体・・・・・。



「えー、それでは一番、鈴原トウジ。先陣切らせてもらいますー・・・・・歌いますは・・・・上田正樹「悲しい色やねん」
「却下」ほぼ全員

「なんでやー!!トップに歌ってもええやないかー!!ええ曲やでー」

この後、愚かな先頭争いが二十分にわたって続くことになる。時は金なり。お金のムダ。そして、この争いを制した者は・・・・・・・・





葛城ミサト発案、よくある企画「くじ引きでデュエット」。曲目が決まっており、それはどういうわけだが葛城ミサトにいわせると「これを歌えば本性がわかる」歌らしい。これをくじで当たった相手と歌うというデスゲーム的なイベントも行われた。

相田ケンスケと山岸マユミの「三年目の浮気・2015年バージョン」では、一気に室内の温度が下がったような・・・・一番、情念がこもっていたといえばこもっていた。

中学生の「本性」をあばいて何が面白いのか・・・・・・・しかし、歌はこわい。


「こんな面白いもの、独り占めする法もないわよね・・・・・・」
葛城ミサトは電話をかけてオペレータ三人衆や、こういう時はサクッとつかまる加持リョウジを呼び寄せた。・・・・・・赤木博士は?

「絶っっっっっっ対、来ないわ。人が、子供が多いのは苦手なの・・・とかなんとかいっちゃってさ。なんか研究に燃えてるみたいだしー邪魔しちゃ悪いでしょ」








さて、そのころ・・・・・
ジオフロント ネルフ本部 赤木研究室

さすがに仕事に疲れて、一息ついている赤木博士。今日の成果をマギに転送している間に
端末のディスプレイに星猫・ぷらねたを呼び出して、ぼんやりそれを眺めている。

電子の猫はきまぐれさも本物以上で、画面のそとに消えていってしまった。

画面には漆黒の闇。紅い桜の花びらが散り始める・・・・・・それは

マギからの返信だ。琴を爪弾くような鮮やかな推論をもって自分を包んでくれる。



ふと 「四辻が裏の辻が辻・・・・・」
赤木博士の朱唇がつぶやく。ぼそぼそと・・・・・・・うたっている。






「辻が花浪漫(ロマンス)」という歌なのだが、赤木博士が夜、ひとりこもってこれを歌うと半端でなく、怖い。歌われているのは平安時代かどうか知らない。歌っているのは、セカンドインパクト以前の「クレヨン社」という。そしてまた現代の赤木リツコにもその心、通じるところがある。
白無垢の嫁御料が、ひとり黒の籠台の中で緋の涙を流している姿、浮かび。

最先端のテクノロジーを支配し操る万能天才科学者赤木リツコ博士の中にも、この歌を聴いてその光景を思い浮かべる・・・・または、その嫁御料を見上げている妹の視点が・・・・・・少女の部分が残っている。同時に、その歌われている嫁御料の心情を重ね合わせる自分も。絶対誰にも・・・・葛城ミサトにも伊吹マヤにもみせない部分であった。



また、それ以上に、この歌を口ずさむのは、少し気が楽になるような気がするためで、労働歌でもあるというのが・・・・実用的といえる。

このあと、赤木研究室を霧島教授が訪問するのだが、話は再び地球防衛バンドへ。






さすがに中学生であるので門限というものがある。この面子ではない者の方が多いが。
そんなこんなで適当なところでお開きになる。日向マコトや加持リョウジを呼んだのは、アッシーにするという目的もあった。(ここで青葉シゲルの名前がでないことに不審を感じた貴方はするどい)荷物は葛城邸に置きっぱなしのため、解散はそこからだ。



「あー、楽しかった」要約すればそうなる。有意義な一日だったといえよう。

「ほいじゃ、また明日なシンジー」「アスカ、それじゃ、またあしたね」
碇シンジと惣流アスカは見送る方だ。この時感じる寂しさはなんなんだろうか。
口にだすような、言葉になるようなものではないけれど。

鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリ、綾波レイ、山岸マユミ、そして渚カヲル。

一ぺんに出られるような大きな玄関ではないから、順々に出て行くわけだが山岸マユミが
「おじゃましました・・・・」となんとか聞こえるくらいの小さい声で挨拶して出ると、最後に渚カヲル。その後ろ姿がみえる。

「それじゃ、シンジ君。今日はとても楽しかったよ・・・・」
「僕もだよ。カヲル君。それじゃ、また明日。練習、がんばろうね」
ずうっとずっといっしょにいようねえ。その表情にはなんの衒いも迷いもなく。
即答してしまうにはもったいないほどの。渚カヲルもその表情をいとおしげに何秒か確かめて。


「・・・・・・・うん」


そのとき、それを見ていた山岸マユミはなんだか不思議な連想をした。とうとつに。
すごく仲がいいのね・・・・あのふたり・・・・そうだ・・・・・



碇君と渚君って・・・・・・・ジョバンニとカルパネルラみたい・・・・・・



そう見えた。けど・・・・・・
まったく根拠のない・・・勝手なイメージの思いこみだ・・・・・・それに結末を考えると、あんまりいい連想じゃない・・・・・・やだ・・・・・こんなこと思うなんて・・・

山岸マユミはすぐさまその思いこみを黒板のやうに打ち消しました。





そして、葛城家もしずかに夜になりました。




また、明日?