「僕、泳げないから・・・・・(火照)」
そうなので、ばっちおっけーです。その言葉をきいた惣流アスカさんがその夜、どうしたかはわかりません。そして、明日になりました。
「それじゃ、いってくるからっ!」
大きな旅行バッグをひと旋回させて、出発を元気良く告げる惣流アスカ。
後顧の憂いはない。あとは飛行機で飛んでいくだけだっ!
「ミサト!シンジ!!あとはまかせたわよっ。飛行機は急に止まれないんだから」
「はいはい、いってらっさー・・・い」
「・・・・・・・・」
見送りの対照的な景気の悪さ。別に沖縄の太陽に嫉妬しているわけではない。午前六時。ほんとうならまだ寝ている時間だ。出発者がバタバタとうるさいから午前四時から起こされた計算になる。葛城ミサトはまだしも、碇シンジは朝食をつくってやらないといけないのだから、大変だ。寝間着のままでもしかたがない。
「気合いが足りないわよ!!そんなんで使徒が今日やってきたらどーすんの!
連絡してくりゃトンボで帰ってくるけど、それまでに全滅させられるわよ!さ!」
テンション高くして平然と告げてはみたものの、正直そんなのアさすがに勘弁してほしい惣流アスカである。使徒が来襲した時点で休暇が終わる。嗚呼、雨天中止の花火大会か。
「えいえいおー!」
限りなく「へいへいほー」に近い「えいえいおー」だ。特に碇シンジなどやる気の欠片もない。それが、惣流アスカのカンに触る。エヴァ初号機の無敵ぶりを誰よりも知っていながら。乗っている碇シンジに信用がならない。責任感から来る後ろめたさなのかもしれないが・・・・それで母親のように朝食を作ったのは碇シンジなのだから、この二人はわからない。
もしかしたら、いわなくてもよかったことをつい、言ってしまう。必要もない、無駄口。
それ以上、踏み込むことはなんの益ももたらさないこと。だが、言ってしまう。
「頼りないわねー・・・・そんなんじゃ、渚・・
言いかけてギョッと口を止める。眠気にうつむきがちだった碇シンジが顔をあげて。
いや、うつむいていたのは本当に眠気のせいだったのか。そして・・・・
「な・に?・・・・」
惣流アスカの瞳をのぞきこんだ。それだけで、言葉がでなくなった。打ち消されてしまう。沈黙の魔力をひめた、視線。まほとーん・あい。MONTINOを祈られたように。
たまぁに見せる、夜の雲のような表情。怒っているとか、そんな単純なものではない。エヴァとのシンクロを解除されたときによく、こんな表情をみせる。これが素顔なのか・・
「血筋」のなせるものだろうか・・・・・これを表にだすと葛城ミサトも口が出せない。
その中に。惣流アスカをとどめてしまうものがある。
目が、うるんでいた。
渚カヲルの名を出されたせいではない、と思う。その目は・・・・
いかないでよう・・
と引き止めるような・・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・思い違いも甚だしい!錯覚、錯覚。別に二度と会えないってわけでもあるまいし。やっぱ、渚のことかな?
いくらシンジだって子供じゃないんだから。そんなの・・・・・まてよ?霧島ムスメにそれほど会いたいんだろうか・・・・とにかくっ!そこまで想われる義理ないわよ・・。
「いってらっしゃい・・・・アスカ」
それは、夜の森に雨ふらすようにやさしく。
「え・・・」
「頼りないかもしれないけど、そんなに気にしないで。なんとかがんばるから。
僕じゃあんまり信用ないんだろうけど、僕が守るよ。みんなの留守は・・・ぜったい。
それに・・・・」
「それに・・・?」
「休暇のあいだは、なんだって好きなだけわすれていていいんだ」
「そう、シンジくんのいうとおり。アスカ、あなたは頑張りすぎ。悪いけどこれからもきついことが続いていくわ。・・・・たぶん。前回、あれだけ痛めつけてやったんだもの。使徒も恐ろしがって当分来やしないわよ。だから、ゆっくりしてきて、ね」
「うん・・・・・」
そんなことばに惣流アスカは送りだされる。後顧の憂いと、自身の疑心を払われて。
送る言葉に納得したわけじゃない。現実は苛烈なのだ。
だけど、この葛城ミサトの碇シンジのコンビが守るなら・・・・。
「いってきます」
シュサッ。惣流アスカの右手が疾く、敬礼の形とる。凛とした指先が引継の証。
苛立ちも力みもなく、確かな挨拶。こくり、と答礼をかえす葛城家の双人。
人類で初めて使徒を撃退した操縦者と指揮者、ふたりへ。
それから。すっと、碇シンジの方へ一歩踏み出す惣流アスカ。もう一度、右手があがる。
でこぴんっ。軽く指先が碇シンジのおでこをはじく。驚いて顔をあげて目を合わせる。
ああ、そうか。この目だ・・・・・・。シンジがこの所、うつむきがちだったのは、この目を合わせないためだ・・・・。この目のゆえに、あやうく殺されかけたんだ。この目を合わせれば、思い出さざるを得ない。エヴァを用いて使徒を殲滅する役目を背負ったたった何人かのうちの一人なのだ、ということを。世界にひとりしかいない子供達。
コイツ・・・・もしかして、くるしんでんのかな・・・・・
この目は魔眼。この目にとまった敵はすべて倒されてきた。其れ即ち、無情なり。
さっき、告げてくれた「僕が守る」という言葉の、精一杯重くあろうとして、それでもかなしいくらいの軽さ。具体性という数量のないそれは、観念の空気のように説得力がない。
まともな人間・・・・たとえば洞木ヒカリのような・・・・が聞けば、底冷えのするような感覚である。素直でないとかいうレベルではない。結局は、信用という温度を切り離してものを考えてしまう。初号機が顕現する莫大にして底なしの力は、サード・チルドレンとしての感覚が制御すべきもの。そして、その責務の重圧もその内に管理されているもの。いってみれば、必要以上に重圧を感じなくてよい仕組み、知恵といっていいしずるさといってよい。いわば便利な無重力の装置をもたないくせに、アトラスになろうとしているわけだ・・・このバカは。一体、何を支えればよいのかさえも、よくわからないままに。
心配なのは、コイツの方だ・・・・・・・ひとりにしてもいいのかね
ホントに。なんでこんな奴がサード・チルドレンなのかな・・・・
そう思いながら、キスを切り上げた。
考えごとをしながらだったから、ガラスのように冷たかったかもしれない。
ので、一応てきとうなことをつけ加えておいた。
「からだを大切にしなさいよ・・・」
コイツに言ってやるとすれば、こんなことくらいだろう・・・とどのつまり
「ありゃま。だーいたん」葛城ミサトが目を丸くしている。
「朝ごはんの味見をしたから・・・・・」ぼーっとして時間差ぼけしている碇シンジ。
「じゃ、ほんとにいってくるわね。いってきまーす!」
「いっちゃったかー・・・・・シンジ君」
「はい」
「まだ最終回じゃないから、真っ白く燃え尽きないでね・・・」
「はい」
「五臓の一つで、左右対称にある呼吸器の名前は?」
「はい」
「心の中、まごころって意味もあるんだって・・・・呼吸って大事よね・・・」
「はい」
「この一週間、大変だけど・・・・がんばってね」
「はい」
だが・・・・・まさか、この言葉通りに本当に大変になってしまうとは、さすがに葛城ミサトも思っていなかった。その兆候はすでに現れているのだが、葛城ミサトも惣流アスカも気づかずに見落としてしまった。予知の女神でもない彼女らにその事で責められるのは酷というものなのだが・・・・・碇シンジが倒れ、そして使徒が来襲する。
京都神事編につづく