日本 第三新東京市 アーケード街




「山岸さーん!」


たまたま夕食の買い物の帰りの洞木ヒカリは、書店から出てきた山岸マユミを見かけた。
第三新東京デパートの地下食品売場で、「世界の非常食・缶詰フェア」をやっていたのだ。
武装要塞都市ならではのフェアだが、何かと用意のいい洞木ヒカリはわざわざひと通り見て、気に入ったものを買って帰る途中であった。これを紙袋に入れるとまるでパチンコ屋で勝ったみたいだが、先祖伝来の籐の買い物かごだった。

山岸マユミが今出てきた「明民書房」では、「世界の軍事教本フェア」をやっていた。
これまた武装要塞都市ならではのフェアだが、山岸マユミはそんなものには興味はない。相田ケンスケは喜々として立ち読みにいったであろうが。実際、今日の帰り道、鈴原トウジと碇シンジを誘ってイヤがられていた・・・。
多少古いが、今も残る赤川ジロウと最近話題の「不思議の森のアリス二世」を購入したところだった。



いっしょに帰るふたり。いっしょにバンドなど組んだおかげで、うちとけている。
親友というわけではないが、洞木ヒカリの親友は大学卒でエヴァンゲリオンのパイロットという、一風変わった経歴をもっているので相手をするにはそれなりの「気合い」がいるのである。女の子のつきあいは、気のいるものではあるが、それとは別種の、気がたしかに必要なのである。そこまでして惣流アスカにつき合おうというのだから、洞木ヒカリもかわっているといえば、そうだ。一緒にいて、のほほん、とは出来ない。なぜなら、惣流アスカにそれが許されていないから。緊張感がいつもある。それが良いときもあれば、都合の悪いこともある。山岸マユミの方も、バンドを組んだ「せい」か、同性の友人は少ない。ナイーブだが、現代っ子にはめずらしい聞き上手で、本を読んでいるせいか、片言にも深みがあって、非常によいことをいう。うつむきかげんなので、損をしているが。


洞木ヒカリにしてみれば、うるさい姉貴にさわがしい妹に、やかましい鈴原トウジに、と、逆ベクトルで物静かな人間をみると、ほっとけないような感じがしてくるのだ。

洞木ヒカリが八、話せば、山岸マユミから二ほど返ってくるという案配だったが、それなりにお互い、会話を楽しんでいた。洞木ヒカリが委員長でなければ、もうちょっと寄り道したり歩きながらアイスでもなめていただろう。夕日がショーウィンドーに反射している。
ウィンドーショッピングというほどでもないが、どうしても、ちょっとは目のいく洋服屋。
それも黒塗りの上品な外装のその店は、第三新東京市でも一店の珍しい服屋であった。
ブティックという名称もお洒落で良かろうが、その性質の方が先に立つ。

その店は、この年中夏の日本、第三新東京において、「冬物専門」の洋服屋なのであった。

コートからドテラまで。分厚いブーツや手袋、マフラー、冬物衣類をファッションとしておいてあるのは第三新東京市探しても、この店だけだった。
ドテラがファッションかどうか、論議を呼ぶところであろうがこの店にあるのだから仕方がない。経営者はロシア人の女性。つまりはまあ、外国へ旅行する際に・・・まさか着物を着ていくワケにもいかず・・・・見栄を張りたい人たちのお店だ。なんせ競走相手がいないためにそこそこに繁盛しているようだ。センスも外装の通りで、トレビアン。
商売もこれくらい誰もやらない路線をいけば、成功しないこともないと云う見本である。

店の名前は・・・・・・残念なことにロシア語なので、二人には読めないのであった。
が、読める人はちょっと驚いてしまう店名らしい。ピーカヴァヤ・ダーマ、という。

ウィンドーに飾られているマネキンも、昼間に見れば「さぞ、熱かろう」という代物でしかないが、夕暮れてみればようやくファッションに目がいく。クーラーも無しに実際に、
着てみれば三秒で卒倒間違い無しのあったかそーなミンクのコートやらも、八頭身の辛抱強いマネキンモデルが纏っているのをみると、たしかに素敵である・・・・・・



「あれ?」

「どうしたの」
歩調はおそくなっていたものの、ふいに立ち止まった山岸マユミに声をかける。


「あれ・・・・綾波さん?」

指さすような失礼なまねはしないが、声の先には、店内の綾波レイ。そろそろ光の具合で
外から内が見えるようになる。
綾波レイとて十四の少女である。このようなブティックにいて悪いことはない。が、
声色がいぶかしげになるのは相手が綾波レイであるから仕方がない。しかも、ここは中学生が冷やかし気分で入れるようなところではない。経済の基本により、品薄のものは高いのだ。綾波レイでなくとも、同年代の子を見つければ、おっと思っただろう。どこそこの
お嬢様が海外の別荘に着ていくものを・・・・というシュチュエーションならまだしも。


「え・・・・・・」

山岸マユミと洞木ヒカリはちょっと、あっけにとられている。真正面から詳しく見ているわけでもない、夕日の反射の具合で偶然、ほの暗く店内が浮かび上がっているだけなのだ。その境界の狭間に浮かぶ、いつも冷然としているクラスメートの姿は・・・・・・


闇雪姫(くらゆきひめ)とでもいうのか・・・・・・


黒を基調とした冬服のコーディネイト。ぱさっと、肩にかけられた長い黒コート。
立ち姿を守護するような白銀の縁取り。ペンダントなのかブローチなのか、ちょっと判然としないが、瞳の赤に合わせた、赤い宝石光が胸に輝く。どこか、歴史のある道具屋の奥に静かに眠る、愛情のゆえに封印された、おとぎ話をモチーフにした肖像画を思わす。
七人の小人に守られる必要はない。少女には青い巨人がいるから。同じく巨人を駆る無敵の・・・頭文字SとAの[守護魔人]がいるから。
その姿はあくまで凛然として夕闇と鏡の世界の境界に佇んでいた・・・・


白雪姫でもなく、シンデレラでもないが、ちょっとこれは、同性として嫉妬してしまうくらいの魅力であった。綾波レイがどんな子か知らなければ、容赦なく速攻で嫉妬した。



「・・・・・・・」

言葉がない。同じ教室で授業を受けているクラスメートだけれども、しびれてしまった。装いや化粧で女は変わる、というが、なんだかこれは、別世界を見たような衝撃だ。
はー・・・・ため息がでる・・・。あの白さが「攻撃」に転じると、ここまでなのかあ。そう思う。このあたりは、野郎には理解不能の絶対領域なのである。男はこの数行、読むことを禁止する。夢見る乙女の領域である・・・・・・





「「いっ!?」」

夢心地にあったはずの、洞木ヒカリと山岸マユミが急にとんきょうな声をあげる。
ふいに鏡の世界にぬらりひょんと謎の生物が現れたのである!

「ダ、ダルマさん・・・・?」


「それ」はひょっこりと綾波レイの前、ちょうど少女たちの視線上に現れたのだった。
「それ」はこんなお店にはいてはいけないような姿をしていた・・・・・


ハゲあがった頭。ギョロリとした眼光するどい目玉。八の字のヒゲ。
軍人のような服でなければ、どこぞの任侠系の人かと思う、親分な雰囲気。


ネルフの作戦顧問、野散須カンタローであった。


少女の感性であるが、確かにこんなところにいてはいけない感じである。
だが、本人は一向にお構いなしの上機嫌。まるで孫娘のお洋服を見立てに来たじいさんだ。
綾波レイの方は表情はいつもと変わらないが、孤独に佇んでいた趣はこれで撃没。


これまた黒の、帽子をかぶせる。本当は最後まで店の人間がやるのだろうし、店の人間もやりたいだろうが、どうも迫力にまかせて取り上げた風がある。帽子は、少し変わっていて、まるでナポレオンの帽子のようだった。角度を変えると黒き箱船のようにも見える。うーむ、これで知性が65ポイントは上昇したような感じである。近くで見れば分かる、銀細工の「月と雁」が千年の品格さえ醸し。



本人はいいのだろうが、見る方にとってみれば美しくも面白くもなんともない。
夢からさめた洞木ヒカリと山岸マユミは、ようやく事態の把握にかかった。


「あの人・・・・誰なのかしら」
「お祖父さんにしては・・・・」

かといって、ネルフの関係者がこんなこと、するんだろうか?血はどう見てもつながっていないだろうし・・・。に、してはあの綾波さん相手に、こういうことが出来るなんて。


・・・・・・・・・・・・・・はっ?!

「「もしかして、碇君のお爺さん!?」」


だとしたら、碇シンジと碇ゲンドウはこの先、髪が心配なわけだ。

ともあれ、少女二人がいくら考えても真実に行き着くことはあるまい。


「そういえば、綾波さん・・・・・ヨーロッパの方に旅行にいくとか・・・・」
山岸マユミがようやく思いだしたように言う。出発日も知らないのだが、確かに休暇で行くとは言っていた。冬物を求めたのは、たぶんそのためだろう。

「ああ、それで」
なんとなくだが納得しようとする洞木ヒカリ。これで人心地ついた。
そうなると、あまりじろじろしげしげ見るのも悪いだろう。店の外でばったり会ったというならまだしも。「・・・そろそろ、行こうか」「ええ」

帰路にもどるふたり。道行くひとびとの足も日暮れに追われて、スピードアップしている。

「綾波さん、綺麗だったね」「ええ・・」ちょっとしたお芝居を見たような気分だった。
が、それ以上に、生活感のまるでない綾波レイのあんな一幕を見れて良かった、と思う。
あんな・・・親や祖父母に服を見立ててもらうなんて、ちょっとしたあこがれであるから。
憧憬というやつである。・・・・よかったね、綾波さん。
しばらく話しながら、互いの家の帰途に分かれる。「それじゃ、また明日」「はい」



少女たちが去って、しばらくして・・・・


かららんっ

黒い木扉の上品なベルを台無しにするでかい声が出てきた。
「それじゃあ、これから飯でも食いにいくかのう。たまには上の街で食べるのもよかろう」
買い物を済ませた野散須カンタローである。


「・・・・・・」
制服に着替えた綾波レイがその後に続く。店内から出れば、外は「夏」なのだ・・・・
本人は嬉しいのか迷惑なのか、その表情からは判然としない。


「そうですねえ」
野散須ソノさんがにっこりとする。時を越えている和服姿。あまりに自然であるのでこれはまさしく小津映画の撮影で、たまたまスタジオを間違えてしまっただけのような感が。
店の方も風がわりを売りにしているわけだが、本日は客の方も風変わりしていたわけだ。「加持さんもぜひごいっしょに」


最後に両にでかいトランクをさげた加持リョウジ。スーツ姿だが、無精ひげにネクタイが崩れてるのは彼のスタイル。店の人間ににらまれても涼しい顔。
「お誘いは嬉しいんですが・・・・これからまだ、仕事が・・・・」
葛城ミサトにハメられて、こうして荷物持ちをさせられることになって、本当にまだ仕事が残っている。しかもこの「休暇旅行」のための手配なのだ・・・・

「何をいうとるか。不肖この、野散須カンタロー、人を使ってそれで仕舞いにするほどケチな男じゃありゃせんぞ!今日は加持君、寿司をたらふく食わせてやろう。ほーれ、ハイヤー!!

やたらに機嫌がいい。これはもうダメだ。加持リョウジは観念した。
気合い一発で三台ものタクシーを緊急停止させてしまう作戦顧問には逆らえない。
「あー、三台もいらんぞ。止まってくれて悪いが後ろの二台はまた今度じゃ」

加持リョウジは携帯を取り出しネルフ本部に、貸しは石に刻み、借りは水に流すという・・血のなせる「アリガトウ・キョウダイ」コールした。



「レイちゃんは、お寿司でいいのかしら?」

「はい、問題ありません」

野散須夫人が綾波レイに問うている。もしかしたら肉料理でなくとも行きたくなかったかも知れないが、問題がないのだからとくに断る理由がない。どうせ、しばらくはこの夫婦とつき合うことになっているのだから。海外旅行の前に日本食の食いダメというのも、まあ、いかにもたこにもである。「なんでも好きなものを」と言われて「カッパ巻き」を注文して周囲の涙をさそいそうな綾波レイであった。


「運ちゃん、第三新東京市で一番旨い寿司屋にいってくれ」


乗り込んで野散須カンタローは上機嫌のまま、ほんとに寿司屋のような注文をする。
カウンターに座っておしぼりで手をふいて顔を拭きながら、「う゛いー」とした口調だが、まだ寿司屋にはついておらずここはタクシー内の助手席だ。しかも偉そうに腕を組んだまま追加注文・・・いや、指示はしないのだから。

それはないでしょう・・・・・・運転手認識票を見ながら内心でつっこむ加持リョウジ。「菅山ブンタ」でっぷりと太って額のところに何本か古傷が・・・・ムスっと黙り込んで車を進めようとしない。よりによって、この車を止めなくとも。この顔を見た途端、窓は防弾ガラスになって、車体も鋼板入りのような気がしてきた・・・・しかも「個人」だ。


「お客さアん」

なんだか広島弁系の声だ。今はまだいいが、そのうち語尾に「けえ」がつくようになったら困るかも知れない。ばくん。あ。ドアが開けられてしまった。乗車拒否か。

「ム。なんだ、運転手」
ジロリとギョロ目の野散須カンタロー。瞼の重い、凄みを宿す運ちゃんの目とぶつかる。

どちらも引く様子は見せない。どちらも相当な貫目だ。空気がいきなり重みを増す。
が、後部座席の三人は平然としている。なんかあった場合の片づけを考えると加持リョウジはそちらの方が面倒で困ったが。初めからウチの車を使えばよかったかな?


ぷぷぷぷ・・・・じじっじじじ・・・・・
重い沈黙を破ったのは、電気の紙の音。


「旨い寿司屋は・・・・・そこの通りの裏、ミサキ寿司が一番ですけえ。一見も常連も区別なしで、気分もいいですけえ。車では、いけませんで」
運転手は、カーナビから簡単な周辺地図をプリントアウトして渡してくれた。
まるきり関係ないが、女性の筆文字タイプだった。元データは手書き地図かもしれない。

「ああ、すぐそこじゃの。それなら歩いた方が早い。すまんかったな、降りるぞ」
後部座席に目をやって、三人を先に降車させる。
「運ちゃん、掻き入れ時に引き止めて悪かった。これは気持ちじゃ」
「いえ、走っとらんですけえ・・・・」
「いいからいいから、とっておけ」

そう強引に言って、野散須カンタローが渡したのは、「お米券」だった。

「綾波のお嬢、何が食べたい?卵焼きか、タイかヒラメかイクラかウニか」
道行く者がかたはしから道を開けてまさに歩行路独占状態。しかし、声がでかい。
「そういえばのー、加持君よ。君もコートと帽子を買っておいた方がよかったのう。なにせあっちは大男ばかりで、日本人にはサイズがあわん。それと帽子はかぶっとかんと、髪どころか脳みそが凍ってしまうほどだぞ・・・・カカカ。まー、昔の話だがのう・・」


あの娘さんも出来ていなさる・・・・・赤面もしない綾波レイに感心して恐い顔の運転手は変な客の「なりそこね」一行をしばし見送り、そのうち夜の街に消えていった。




つづきます