葛城アジト・


リビングで葛城ミサトは、うつぶせになってしんでいた。




ヘッドホンをつけたまま、何やらCD音楽を聴いていたらしいが。





じゃー・・・・・じゃー・・・・「ふん、ふん、ふん・・・・・」
ちょうど台所で洗い物をしていた碇シンジはその水流ゆえに気付かなかった。

「へー、グレートバリヤリーフって月からも見えるんだ」
自分の部屋で、「みんなの珊瑚礁」という本を読んでいた惣流アスカも気付かなかった。



何が起こったのか。ただのしかばねのようだ。へんじがない。
ネルフの作戦部長、葛城ミサトをしなせてしまうほどの殺人音波が混入されていたのか。
どこぞの秘密組織の陰謀か。ぴくりとも動かない葛城ミサト。生命の気配はない。
碇シンジも惣流アスカもあと、十五分はこの悲劇に気付きそうもない。


謎の手かがりは、今もシャカシャカと流れる、何らかの音楽。日本語の歌詞が。
歌っているのは、声からして成人男性。



・・・・・・・・・・ちょっーぷ、ちょっーぷ、ちょっぷの鬼ーだー・・・・・・・

・・・・・・・・・わるーい使徒にはー・・・・真空飛び膝蹴りー・・・・・・・・



「げふっ・・・・・・」

葛城ミサト蘇生編。五臓六腑を蝕んでいた、悪しき空気を吐き出すような下品なげっぷとともに甦ってきた作戦部長。がちっ。痺れの残った指でかろうじて音楽を停止させる。
「な、なによ・・・・これ。誰も知らないだろうからって・・・・」

とても子供たちには聞かせられたものではない。CDを取り出すと粉々に砕いて広告の紙にくるむとゴミ箱に捨ててしまう葛城ミサト。まるでゴキブリの死骸の如き扱い。一応、貰い物だが知ったことか!

このCD・・・・・・・実は時田氏の会社でもらってきたものである。むろん、欲しくもなんともなく、100%迷惑だったのだが、しかたがなく押しつけられたものであった。
歌詞を聴けば、分かる人にはなんとなく分かるだろうか・・・・「JAの歌」なのである。
歌っているのは、社長の時田氏本人。



つい先日、チルドレンの休暇中、つまりはエヴァの休暇中のことで、どうせこりもせずにシャシャリ出てくるつもりであろうJAと時田氏相手に第二東京市まで話をつけにいった時のことである。社長室に通されて・・・・ちゃっかりしっかり復活しているJAを知る。

「今回のJAは、前回までの反省をもとにして改良された、”うたれ強い”JAです。
コンセプトは”雨にもマケズ風にもマケズ”です!!まあー、今まではやはりいくら優秀とは云え、ひ弱さの残る、秀才ぼっちゃんだったわけですな。うちのJAは。踏んでも蹴っても死にそうにない雑草のようにたくましく育っておられる、ネルフのエヴァがうらやましい限りです。ははっはははあは」

(顔に”使徒にもマケズ、エヴァにもマケズ”って書いてあるわよ。しょーこりもなく、まだこりてないわけか。ふん、なにが秀才ぼっちゃんよ。あの図太いボディーのどこらへんに、ンなヒ弱さがあるわけ・・・・)

「JAの盾」なる、例外的守備計画(補・予算はない)を発ててきた葛城ミサトは一応、好き勝手に言わせておくことにした。いちいち云うことに腹をたてていてもしょうがない。
が、後半になって、顔がひきつってくるのを抑えられない。この野郎・・・・・


「その名もJA二世号RX!先の戦闘によって得られたデータから開発した特殊装甲によって、おたくの初号機並に頑丈になりましてね。これでもう、旧東京方面から飛来する使徒の迎撃はネルフさんを煩わせることもなくなりますねえ。古い言い方ですが、西のオオカミ、東のJAというところでしょうか。これからはまー、力をあわせて人類に対する未知の脅威に立ち向かおうじゃありませんか。手に手をとって、知恵をあわせて。よそはどうか知りませんが、うちは、そうは見えないかもしれませんが、なかなかネルフには好意的なのですよ。確かに、端からみれば特務機関なんて胡散臭い面もありますが、その仕事は十分に敬意を払うに・・・・」


(まだ肉弾戦にこだわってるのか。このオヤヂは。そっちのほーは全然期待してないから、
あのジェットストリーム砲とやらで使徒の足止めさえしてくれればいい。アスカの弐号機が使える時間さえ稼いでくれさえすれば、片はこっちでつけるんだから)



そのうち、どう考えても企業秘密なのだろうが、ビデオを見せてくれる。そのオープンがかえって不気味である。


「実は今、JAは武者修行の旅に出しておりましてね」


なんとJAが滝に向かってチョップ攻撃を繰り返している。武道の修業でよくある、「水切り」のつもりなのかもしれないが・・・・・「あ、コレ。十文字チョップです。これが出来るようになるまでは帰ってくるな、とまあいわゆるひとつの厳しい父親ですな・・・」ネルフだってここまでやらない。しかも、自動車CMじゃあるまいし、国外でやっている。アメリカかブラジルかカナダかギアナ高地かどこか分からないが、大きな滝の有るところだ。それから、どこかの灼熱の砂漠で腕立て伏せをするJAの映像。あげくのはてには巨大石仏の隣で座禅をするJA・・・・・葛城ミサトにかまわず、ヌケヌケと続ける時田氏。
「これは精神統一の特訓ですな。戦いにはやはり精神力が・・・」
いっそ殺して・・・・JAのインターナショナル映像攻撃に、仏壇の中にでも逃げ込みたくなるネルフの作戦部長。これを副司令が見たらなんというか・・・・

「タイの映像なんですが、いやー、タイは良かったですよ。なにせムエタイの本場でも」 これは、CGでも特撮でもなんでもなく、モノホンの真実の映像だ。頭が痛くなる。
ここまで追いつめられてるの・・・・・もしかして・・・・やばいかもしんない・・・・ 時田氏の目をじっと見てみる葛城ミサト。


「だから当分の間、帰ってきません」などと云われた日には、葛城ミサトはどうしたか。


「しかし、そのような事情ならば、急遽戻らせましょう」意外なことに時田氏は最後まで協力的だった。ここで、ネルフの困り顔を見る千載一遇の好機とばかりに「後ろ向きに牛歩」するということもできただろうに。駆動系の骨組み部分のアクションはともかくその次で見せられた特殊装甲の強度実験というやつは至ってまともで、確かに言うだけのことはある。前回の使徒戦闘を仮定しているのだが、あの衝撃を耐えられるようになっている。部品部品にばらして、各個・別場所で鍛えるなり機能強化を計れる、「ロボット」であることの良さだ。エヴァはそうもいかない。



何一つ欠けても動かない、エヴァとは・・・・



でも、全っ然うらやましくないのはなぜ?


自慢たらたらだが、一応、こちらの「要請」を聞いてくれそうなところがいい。これが戦自だったら、ハナから諦める。ともあれ、休暇期間中、使徒さえ来なければいいのだが。

ただ・・・・・

「私どもがJA再生の熱意を失っていないのを感じとるとは、さすがにネルフの情報網ですねえ。このところ、戦略自衛隊の方々からもとんとお声がかからないというのに。
正直の所、一時はもう我々には荷が重すぎるとJA計画から撤退しようかとも思ったのですが、・・・・これも分かっているでしょうから話ますが、使徒を真似たロボット、使徒型ロボットの開発に取りかかろうと考えておりました・・・・・我々には巨大ロボットは無理、家庭用ロボットでがまんしようじゃないか、その道で人様の役に立とうじゃないかと・・・・・しかし!社員たちが私を引き止めるのです。それでいいのか、と。
戦うJAに注いだ熱き血潮はどこにいったのだと・・・・・!!」



えーかげんにせーよ、というくらいしゃべる。口が達者でなければ、人の上に立てないのだろうが、自分トコの上にいるのが碇司令だからなあ・・・・・。こりゃ、同席を求められた白衣の知性的な女性が、断ったのも無理はない。立場上、げんなりしつつ内心でつっこみをいれつつ、話を聞き続けた葛城ミサト。書面にはならないが、一応の協定を結び、ネルフの特別回線の一つをホットライン用に開封する。これが仕事だ。神速・韋駄天破産型弁財天の異名を持つ葛城ミサトの手際に十分に応えられるのだから、時田氏も十分以上に有能なのである。さすが実働型社長。発想がなんかあれだが・・

ライバルはライバルを知るのです。とでもいいたげな顔の時田氏。


ところが邪悪なネルフは、ほんとうに、かけねなしに、JAを盾としてしか見てなかった。それをわざわざはるばる頼りにやってきたのだから、葛城ミサトのウソは巨大である。
口先だけではなし得ない。はんぱなスケールではない。真実とはほど遠いことだが。



帰りしな、いやだというのに「お中元のようなものですから」と土産をもらったのは先述のとおり。ばかでかい会社のロゴの入った紙袋にいろいろ入っている。この中に例のCDも入っていた。



「ところで、マギの調子はどうですか?」
別れの挨拶代わりにこのようなことを聞かれた。不意のことだ。

「はあ」
エヴァとJA、ロボットしか興味がないのかと思やあ・・・。エンジニアの挨拶だろうか?
とりあえずの目的は果たしたので適当に返しておく葛城ミサト。



「最近、タチの悪い風邪が流行っているようですよ。お気をつけて」




悪寒がして、記憶が逆流している。ほんとうに夏風邪でもかまされそうな歌だ。
だから、そのとき時田氏の顔に浮かんだ表情を葛城ミサトはよく思い出せなかった。

ぶるるっっ。ジャケットレーベルがあるわけではないので、騙されてしまった。ちきしょ。
うー、聞くんじゃなかった。他の土産はそこそこまともなものだったのだが。
気分直しに一風呂浴びてこよう。


一風呂浴びて気分を直してリビングに戻ってくると、子供らとペンペンがテーブルで話していた。なにやら惣流アスカが講義しているようだ。生徒一人と一羽に。
「なになに。何はなしてんのー?」
くったくなく自分もまざらせてもらう葛城ミサト。

「あ、ミサトさん。今、アスカに北欧のことについて教えてもらってるんです」

「へえ」
惣流先生の北欧講座なわけだ。なにせ、欧州の地続きであるし、一般中学生レベルの碇シンジの百倍は知識があろう。北欧はロシアを挟んで、一番近いヨーロッパ、という見方ができなくもないが・・・・やはり、遠い世界だ。ネルフという組織に所属しておいてなんだが、日本との関係も良好である。こんな機会でもなければ、口の端にもかかるまい。
いいことだ。


「ふっふっふ・・・・・」
生徒に教えることにまんざらでもない表情の惣流アスカ。自分も修学旅行にいけるとあってこのところ、やはり機嫌がよい。
「ミサトもアタシの講義受ける?今なら、出席もギリギリセーフにしといてあげるけど」
この家にもやっぱりある百科事典の「ほ」、開かれたフィヨルドの写真をとんとん、と叩きながら問う、惣流アスカ教授。大学を卒業してやってきた、坊ちゃんならぬ、嬢ちゃん。

「はい、ありがとうございますっ」
第二東大時代の犯してきた悪業を思い返しながらも、笑顔で受講する葛城ミサト。

「よろしい。それでは”第弐回”講義をはじめます。出席をとります・・・・碇シンジ君」
ノっている惣流教授。

「はーい」
現役で「学校の生徒」やっているのだから、照れも衒いもない碇シンジ。
これが、エヴァのパイロットとしてなら、「了解」もしくは「ラジャー!」となるのだが。

第弐回ということは、第壱回めもこんなことしてたの・・・・・・葛城ミサトは思った。

「ペンペン君」

「うぎょー」
手をあげて元気良く応えるペンペン。変なところで素直なので逆にぶきみだ。

「うむ。元気があってよろしい!。それでは・・・・・葛城ミサトさん」

「は、はーい!」
アスカに”さん”づけで呼ばれるのってもしかして初めてかもしんない・・ちょっち新鮮。
しかし、恥ずかしいながらもある種の感慨にふける葛城ミサトに、


「へんなシナをつくらないように。もう若くないんだから」
大真面目でいうのでシャレになっていない惣流教授。
「うん。ブランクを感じる。大人だなあ」
自分が現役だからといって、遠慮なくトドメをさす碇シンジ。



あうううううううううっっっっ・・・・・



ムンクの「叫び」状態に変化する葛城ミサト。ちなみにムンク=ノルウェーの代表的な画家です。遺言により作品がオスロ市に寄贈されて、ムンク美術館がひらかれています。




「惣流アスカ先生の北欧講座、第弐回めにようこそ。さて、今回は北欧人の気質などについてお話しましょう。一言で欧州と云っても、広い!たかだか島国の日本人、第三新東京市だけでも鈴原が違う言語を喋るようにね。ファーストみたく、ひたすら無口ってえのも、ここにいるシンジ・・・・君のようにぼけーっとしたのもいるんだから、同じ地域に済んでいるからと云ってひとくぎりにしてしまうのは、あまりにアンタバカ・・・じゃない、乱暴なことなので、地域的、歴史的、または自然環境に錬磨された、民族的精神の骨柱として聞いて下さい。よろしいですね。・・・・第壱回で触れたように、ここでいう北欧とはアルプス以北より、もうちょと北、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、これらの国をさします。ドイツまで入れられてもちょっとねえ。
スカンジナビア、とか、ノーアンとかヌールデン、これは彼ら自身の呼び名ね、スカンジナビアってのは女神スカディの国って意味。スカディは子供を次々に産んではむさぼり食う北欧神話の女神で大地と暗黒を象徴しているといわれます。それから、日本でも自分をジャパニーズ、なんて、思わないでしょ。でも言葉としちゃ、「北欧」が一番イメージが綺麗かな・・・・ですね。・・・・・あー、うー、ちょっと教え言葉ってむつかしい」


「うーん、やっぱりアスカはすごい。ほんとに先生みたいだ」
君づけされたのも、出会ってからなかったような碇シンジは感心する。
教える立場になれば、丁寧語にしようとするのも不思議と云えば不思議だ。
そこらへんが葛城ミサトにとってはかわいくみえる。先の箴言への御礼はべつとして。
ペンペンにとっては・・・・まあ、温泉ペンギンだし・・・・・冷たい海も関係ないし。


「ともかく、イギリスとかフランス、またはドイツとも違う国民性をもっているわけなのです。あ、先送りになるけど、スラブ人ともちょっと違うの・・・です。
例えば、街を歩くと、自動車もあまり走ってなくて、むしろ自転車が多いかな。人の服装も地味というか整った、華美さとは縁がない感じで、商品も高いんだけどその分長期間の実用に耐えるようなもので、宣伝に乗ったようなものはあんまないわね・・・・
夏は短くて冬はとても厳しいから、それを乗り切るために一年の生計を考慮に入れて計画的に仕事をこなす勤勉さがあって、そこから全般的に「堅牢かつ健全」なイメージね。
山小屋で自然に抱かれて過ごすのを、胸の内で望んでいるような、孤独を愛するような・・・・えーっとなんだっけ、童話にあったような・・・・モーミンだったっけ」


「ムーミンじゃないかな?たぶんだけど」
「それに出てくる、目つきの悪い青葉君みたいなスナフキンかしら」


「あ!そうそう、それそれ。二人とも試験の時には五点、加算してあげます。・・・・そんなところもあって、つまり、憂愁や悲哀の色合いが、あるんでしょうね。酒で紛らわすには絡み合いすぎた感情を秘めているともいえます。酒量制限がある・・・のかなまだ。えー、それでご先祖様はバイキングだったりする彼らですが、なぜそのような極端を排し規則性を愛する、「中庸」を得た性格になったのでしょう。外交政策も、はっきりいって小国がとってはいけない、中立主義平和主義です。ただ、第二次大戦中のドイツ軍に対してのデンマーク人やノルウェー人の抵抗運動や、1939年冬戦争におけるフィンランドの果敢な闘争に見られるように、大国を恐れない、豪毅なところも確かにあります」


こともなげに話す惣流アスカ。そして、つづける。


「彼らの中庸とは、Medium ・・・「凡庸」Medelmatta・・・とは異なるものなのです。
中を断ち割っても均質的なものではなく、様々なデモーニッシュなものがもつれ合い牽制しながら、かろうじて破局を免れているといった外観からみた上での中庸なのです」

ムーミンなんぞを出してきたわりには、いきなりごっつい落ちである。
惣流アスカの学識は大したものだが、これでレポートを提出しろなどと云われた日にはかなわない。そもそも「中庸」などすでに日本では古語辞典入りしている。むつかし。


そして講義が回り始めたその時から、それはずっと燃えつづけてきた・・・・


「・・・・・・バイキングの時代、ハラルド美髭王、ホーコン善王、キリスト教化、赤毛のエリック北米到達、ハラルド苛烈王英国侵出返討敗北死、ハンザ同盟ベルゲンに商館開設、黒死病ペスト、カルマル連合、オスロ大火、F・ナンセン、R・アムンゼン、第一次大戦中立を宣言、ナチスのノルウェー侵攻、占領、二次大戦終結、解放、T・リー初代国連事務総長に就任、北海での海底油田・・・・・それからあれからえとせとら・・・・・北欧サンタクロース戦争はもういーかげんにしてほしいわよねっ」

ほとんどビリー・ジョエルの「We Didnt Start The Fire」状態。We Didnt Start The Fire It was always burning Since the worlds been turning・・・・・である。
We didnt start the fire No we didnt light it But we tired to fight it・・・・・・。


惣流アスカにふさわしいといえばふさわしいのだが、その火炎輪のような速度は。
疾風ワルツのパートナー、碇シンジでさえついていけるか?・・・すでに催眠状態。

葛城ミサトはエスケープすることにした。もう学校はダメだ。体がついていかない。
碇シンジとペンペンは、「中庸」に読みをあてられるかどうかすら怪しい。



「・・・・・そういうわけで、第弐回の講義はここまで。九時から大岡越前があるから。
第参回講義は未定です。生徒のみなさん、ご静聴ダンケ。(鈴をふる真似をしてみせる)
あー、たくさんしゃべったからノドかわいたなー・・・・・」


生徒たちのダメさ加減が教えながらよく分かっただろうが、惣流教授はカンシャクも起こさずに適当なところで講義を打ち切った。そういう葛城家風「ダメさ」をのみこんでいる。いきなり「惣流アスカ」に戻ってしまうことも、また。ちろり、と碇シンジを。

「あ、麦茶とジュース、どっちがいいかな」
「さいそくしたみたいでわるいわねー・・・・・ジュースお願い、こないだオチューゲンでもらった”二十二世紀梨”のやつ」
「うん。ミサトさんは?」
「あー、そうねー。それじゃ、お肌にいいよにシンジ君特製黒豆のジュース一丁!」
立ち上がって台所にきえる碇シンジ。がさごそとあさるのは、床を開けてガラス壺からそそぐため。吸血鬼の棺桶のような配置の第二冷蔵庫には、その他ジャムやつけものなど。

「ポテチもつけてねー」
碇シンジに声をかけると、
「にしてもさ、ミサト。今回のあれはよく考えたわねー」
ふと思いだしたように話し出す惣流アスカ。

「あれって?」

「ファーストの、休暇」

「ああ。あれね。ま、便乗させてもらっただけのことだけど」
間が良かったのだ。海外というのはいささかあれだが、レイのような子にとっては、そこまでやらなきゃ「気分転換」にはならないかもしれないしね・・・。個人単位で出すよりは許可も下りやすいだろうし。フルムーン旅行につきあわせてなんだが、奥さんもいるしあの親父はカクシャクとしているし、それほど気をつかわなくてもいいでしょう。
奥様も快諾してくださったし。(作戦顧問本人より、先にソノさんの方に話をしている。葛城ミサトのわるかしこいところだ)我ながらなかなかの名案だと思っていた。

「ただ、なんで「北欧」なのやら・・・・わかんないけどね」

お年寄りが海外旅行して悪いってんじゃないが、あのハゲ親父とのイメージが結びつかない。まあ、パプワニューギニアとかブラジルとかがあっているってわけじゃないけど。
バリバリの「日本人」だからねえ。あの夫婦。



「義足直しにいくんじゃないの」



「あっちはそういうので有名だから。扱える医者ももうあんまいないでしょうしね。わざわざ自分で出向くんだから、ただの点検じゃないわね。オーバーオールか・・・・もしくは新しいのに全とっかえするのかも」
当然のように答えた惣流アスカの言葉に




「え?」




愕然とする葛城ミサト。完全に虚をつかれた。思念のやわらかい部分を冷たい鉄の鉗子でザクシャとこじ開けられ固定されたような一言。断りもなく開腹手術が始まってしまった痛さ。
その表情は、ついてしまった惣流アスカが驚くほど。



「え・・・・な、なによ。だって、あのじーさんの足、このごろヘンじゃない。あれほどカツーン、カツーンってやかましかった足音が全然しなくなったし。歩くの遅いし。ふつうなら全然追いつけないほどなのに、このごろ・・・」


「え・・・あ、そ、そうだったわね。いやー、なんか、いい養毛剤でもあるのかなとか思ってサ」
慌てて取り繕う葛城ミサト。


「まさか」ミサトが知らないわけがあるまい、と信じ込んでいる惣流アスカは、ちょっと云いようが「直接的」すぎたかな、と反省して、そういうことか、と独り合点した。
シンジだって知ってるんだし。けど、そんな遠ざけるのは意識が低い気もするけどね。



しかし、そうではなかった。



作戦顧問、野散須カンタローの足が義足であることを葛城ミサトは知らなかった。

「はい、おまたせしました」
碇シンジが盆にコップを運んできても、耳がじいんと鳴っていた。胸穿たれた、残響の。



なんで・・・・・・



自分でも何について問うているのかよく分からない問いかけが、しつこく木霊していた。
ただ、無闇に悔しい。別にあのハゲ親父が義足だろうが足が八本あろうが、関係ないのに。 軍人だから、そういうこともあるあろう。


押しつけて、しまったわけだ・・・・・あの親父が・・・何も言わないから。



つづく