「いらっしゃいませー、ネルフを売ってもらえませんか?」
 
 
その屋台に座ったサラリーマンのおじさんはびっくりしました。
たまたま仕事帰りに小腹がすいたので、ちょっと寄ってみただけなのに、そんなことを言われたのですから。まじまじと屋台の人を見てみると・・・・・少し、というかかなり後悔しました。ちょっと普通ではありませんでした。江戸川乱歩の少年探偵団のあやしくてふしぎな世界に入り込んだ気がしました。
 
三人とも、そろいのはっぴをひっかけるようにして着てはいますが、まるで違います。
一人は長い金色の髪、羽毛色の白い軍服に・・・・・頭から大きながま口をヘルメットのようにしてかぶっていて・・・男か女か分からないけど、鳥のように綺麗な人。
一人は空色の短い髪、白い肌、赤い瞳の居酒屋和服姿の愛想のいい少女。
一人は半分壊れた髑髏の仮面をかぶった両肩の盛り上がった全身緑タイツの怪人物。
 
その屋台がおでんなのかラーメンなのか冷やし中華なのかも確認せずに座ってしまったのも悪かったのかもしれませんが、それはあんまり常識外のことでした。
すぐに逃げたくなりましたが、接着剤を塗られたように動けませんでした。
 
「な、なんだなん・・・・君たちは・・・・ここはラーメン屋じゃないのか」
 
「ああ、そうかぁ。ウ$ェ$様、今度からそうしましょう。道理でなかなかお客が集まらないと思った。ラーメン屋とかおでん屋とか、食べ物屋台だと思わせればいいんですよ」
手をぽん、と叩いて嬉しそうに赤い瞳の少女が言いました。
「成る程・・・・貴重なご助言、ありがとうございました」
ウ$ェ$、と呼びにくい名で呼ばれた金髪のがま口ヘルメットが丁寧にお礼をいいました。
「それでは、サキゾウくん、そのあたりで調達してきてください」
サキゾウ、と呼ばれた全身緑タイツの髑髏仮面はひとつ頷くと怒り肩でズシズシと行ってしまいました。
「その食べ物で釣るって観点はすばらしいですよ。見落としてました・・わたしとしたことが。いっそ、美味しそうな料理をこれみよがしに腹ぺこの人間にみせつけてつまみ喰いしたところにつけこんで契約にもっていく・・・という方法もいいですね。こないだビデオでみたアニメ映画でやってました」
 
「ラーメン屋じゃないなら、わたしはここで帰らせてもらうよ。取り込み中、すまなかったね」
サラリーマンのおじさんは、やばい、と思って逃げようとしましたが、やはり動けません。
素晴らしいアイデアに気づいた、とばかりの表情をしていたのに、基本的に抜け目がないのか赤い瞳の少女は、逃がしませんよ、とばかりおじさんの方になおりました。
「あ、いえいえ、実はここはラーメン屋台なんです。実は本日開店したばかりで店長以下、三名もー、緊張しまくりで」
そうはいいつつ、この屋台にはラーメンを作る鍋だのコンロだのそもそも材料すら見あたりません。どこからどう見ても100%口からでまかせの大嘘つきでした。
「わ、わたしはこう見えてもラーメンにはうるさい、お、美味しくないラーメンには金を払わないでいい国家許可証を所有しているラーメンハンターなんだ。嘘だと思ったらネットで検索してみたまえ。わたしのコードネームは・・・ラーメンタイガーだ。
気の毒だが、今日オープンしたような半分素人集団にそんな仕打ちはしたくないんだ・・・・
とゆーわけでわたしは帰らせてもらう・・・・・」
このサラリーマンのおじさんもなかなかいいます。かなりのほら吹きです。
 
「ふっふっふ・・・・それは望むところですよ」
少女の赤い瞳がキラーンと光りました。
「そんな貴女の下を虜にして、ぜひ契約にもっていこうじゃありませんか。もう、貴女はこのラーメンなしでは生きていけません!いやー、”一番の望み”がたかが美味しいラーメンなんですから、なんて欲のない人なんでしょう。かけそばより感動的です!・・・・・・というわけで、ウ$ェ$様、お願いしまーす!」
 
「確かにな。このような暁の星のようなつつましいささやかな望みを叶えるのは久しぶりだ・・・まだ人も捨てたものではないかもしれぬ」
金色の鳥のように綺麗なひとは、ヘルメットがま口から「美味しいラーメン」を取り出しました。漫画と違ってその方法を描写しなくていいから、小説は楽です。
 
「はい、ラーメン一丁、お待たせしましたー!」赤い瞳の少女の威勢良いかけ声。
こんな状況でなければ、その声聞きたさに常連になってしまいそうな快さです。
 
もし、ここでこのラーメンを食べてしまえば代価を払わなくてはならないわけです。
世間の常識です。サラリーマンのおじさんはそれを分かっていながら、強ガンマンの抜き撃ちより早く割り箸をわると、ずずずずずっっっ、とラーメンを食べ始めました。
そのおいしそうな香りに抵抗できなかったのです。自分が飢えた狼になってしまったような気分でした。けれど、うまい、うますぎました。そのラーメンは。ラーメンハンターなんてもちろん嘘でしたが、たとえそのハンターであったとしても文句のつけようがなかったでしょう。まさに、究極にして至高、このうえはなし、の味。いままで食べたどんな食べ物より、最高の美味。超越の美味、赤い瞳の少女のことばはうそではありませんでした。
 
「ぷわー!」
カップラーメンをつくる三分とかからずにサラリーマンのおじさんは食べ終えてしまいました。おいしいものはチマチマとなるべく長く楽しむように食べたいものですが、このラーメンはそんな抵抗じみた停滞すらも許してはくれません。おじさんの口から七色の咆吼が発射されました。「うーーーまーーーーいーーーぞーーーーー!!!」
 
 
「ありがとうございましたー!それでは、お会計をおねがいしまーす!」
にこにこっ、とこれまた財布ごと払ってしまいそうな、これぞお愛想。
「いくらになるんですか?これなら、三千円と言われても文句はないですよ。フランス料理のフルコースでさえ足下にも及ばない」
世の中にはテレビでみたけど、熊の掌が入った十万円のラーメンがあるみたいだよ。
 
「いえ、お金はいいです。こちらの契約書にサインしていただければ」
意外なことを赤い瞳の少女はいって、書類を出してきました。
 
私は特務機関ネルフをあなたたちに売ります・・・・・・・
その代価として「美味しいラーメン」を受けとりました・・・・
 
「カッコ」の欄は空白で、あぶり出しのような文字が浮かんでいました。
美味しいラーメン。たしかに美味しかったですけど、その表現は自信を超えて、どこか傲岸なものを感じさせました。味覚はひとりひとり違うのに。美味しいに違いないと。
太陽の光が万人に暖かみを感じさせるように。
 
その文章の下の方にサインをする欄があり、赤い瞳の少女はボールペンを置きました。
 
「い、いや・・・・・お金はいいって・・・・しかも・・・・特務機関ネルフって・・・・・・わたしには関係ないぞ・・・・売ることなんか出来るわけもないっ!!」
サラリーマンのおじさんはとまどったのち、怒りました。
「サインしてくれればいいんですよ。どのみち、あなたは美味しいラーメンを食べたんだからサインをする義務があるんです・・・・ネルフを売ってくだされば」
 
「き、きみたちは頭がおかしいのか!売れるものと売れないものの区別くらいつくだろう!そ、そうか、言い掛かりをつけて有り金全部ぼるつもりだな!いいだろう、たしかにあのラーメンは財布丸ごと払ってもいいくらいの価値はあった。それでいいだろう!」
 
「何をわけのわからないことを・・・・お金が欲しければ最初にそういいますよ。
わたしたちが代価としていただきたいのは、あなたのサインだけです。ほら、ここに」
赤い瞳の少女から強い圧迫感を感じました。見えない手で締め上げられたようにサラリーマンのおじさんの首がうぐ、と鳴りました。
 
「レリ、その者の望みは他にあったのではないか。最初の客だ、特別サーヴィスしてもよかろう」金色の鳥のような人がとめました。
「なんという寛大な心・・・・さすがはウ$ェ$様・・・・だそうですよ、美味しいラーメンをちゃらにしてもいいそうですから、もう一回あなたの”ほんとうに一番の望み”を教えてください。それを叶えてあげますから・・・・なんでもいいですよ。
 
そう、あなたは天使の前にいるんですから・・・・・・・・」
 
 
 
第一回終わり。・・・・続きはまた今度
 
 
 



おまけ